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原始佛教 その5

1 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/16 22:44
ここではアーガマやニカーヤに説かれている教法や教理を中心に、
様々な議論を重ねていけたらと思います。
佛教の原点を闡明できる良スレになること期待して・・・。
引き続きよろしくお引き立てのほどを。
★過去ログ★
原始仏教
http://life.2ch.net/psy/kako/1022/10221/1022157378.html
原始佛教 U
http://life.2ch.net/psy/kako/1031/10317/1031764449.html
原始佛教 V
http://life.2ch.net/psy/kako/1035/10354/1035423266.html
原始佛教 その4(前スレ)
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1056128400/



2 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/16 23:04
宗教板のこのシリーズとしても新スレ立てました。
前スレでもやはり輪廻転生と無我思想についての議論が盛りあがってますが、
それ以外の原始佛教についての話題も当然OKですよ。

3 :名無しさん@3周年:03/09/16 23:42
魂=ダマシい

4 :666改:03/09/17 00:08
私は微分の話の続きが聞きたい・・

5 :名無しさん@3周年:03/09/17 01:02
ここ狂った人多いからおれとしては哲学板がいいけど・・まあここもみにくるよ

6 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:03
ベロさん、こんばんは。
スレ立てご苦労さまでした。

議論が見えるよう便宜を図り、
哲学版で続きとして投稿された主要な部分をこちらに転載します。
尚、ただの煽りなどの投稿は省いています。
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/philo/1063635819/-100
より..



4 :考える名無しさん :03/09/15 23:37
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1056128400/980
>>動物への輪廻は三悪趣に落ちるという風に一般的に説かれています。
>この点についてはチト、私は納得がいきませんね。
>たとえばそのジャータカ物語などでも、たしか仏陀の過去世としてウサギの物語などが描かれています。
>これは飢えてヒモジイ人間に自分(ゴータマの過去世)を食べさせた
>過去世での功徳を説くものであったと思います。
>これらは、どう考えても明らかに動物への生まれ変わりという意図で述べたものです。
>つまり、インドでは一般的には人間が動物にも生まれ変わり、
>再び動物から人間へも転生するという考えが当然のようにあったことを示しています。
>そして動物に対する慈しみの大きな理由の一つとして、
>自分の愛する家族や先祖たちが転生している姿かもしれないから、
>という教え方をして、動物への不殺生および無害を実践するよう教えていたものと思われます。

輪廻のあり方や過去世の話は、想像や意図ではなく宿命通によるありのままの
記述と考えますが、クリスタルさんはそうは考えられないですか?

7 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:05
5 :考える名無しさん :03/09/15 23:53
//4
>輪廻のあり方や過去世の話は、想像や意図ではなく宿命通によるありのままの
>記述と考えますが、クリスタルさんはそうは考えられないですか?
>
宿命通による過去世についての教えそのものは、私ももちろん肯定しています。
前スレ: http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1056128400/
573-574『ディーガ・ニカーヤ:2/沙門果経(出家の功徳)』
を紹介した通りです。

しかし、ジャータカ物語や動物←→人間の転生というものは無いと見ています。
ゴータマ直による教えであったかどうかについても強い疑います。
(もし、あったとしたら、それはインドの伝統思想をそのまま引き継いだだけの方便でしょう)

尚、
>「こちらでは主に大乗仏教を中心にやってみませんか?」
ということですが、
大変申し訳ありませんが、
このような主旨の場合には、私は参加する意思がありません。

以降については、適切な続きのスレが宗教板に建ってから、
再び、議論の再開に参加します。

さようなら....

8 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:06
6 :考える名無しさん :03/09/16 00:07
>>しかし、ジャータカ物語や動物←→人間の転生というものは無いと見ています。
>>ゴータマ直による教えであったかどうかについても強い疑います。
>>(もし、あったとしたら、それはインドの伝統思想をそのまま引き継いだだけの方便でしょう)

これではベロさんの立場と変わらない感情論ではないですか?
要するに自分のイメージや感情に沿わないものは方便とか、改竄といって切り捨てる。



7 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 00:20
//6
880 885 889 902 918
私は、前スレでのこれらの投稿にて、
動物←→人間の転生が無い理由と、
そして、ジャータカ物語の信憑性の無さについての説明を述べました。

これにて、ここでの投稿を終えます...(尚、>>5も私の投稿です)

9 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:07
8 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 00:20
諸法無我と諸法実相は
「勝義の真理」と「世俗の真理」

大乗仏教は、仏像に見られるように、原始仏教の「勝義の真理」が
とてもじゃないが、理解しがたいので、もっと分かりやすく説明を
していると思います。

分かりやすい説明とは、「有」を導入した説明、輪廻転生の説明などです。
みなさんが、(「有」で理解するから)ある物を目にされる時、
特徴をつけた方が理解できませんか?

「勝義の真理」の説明では輪廻転生など、説いていないでしょう。
輪廻転生や、永遠のものなどについての観念が頭にある
と言うのは、「有」なのです。 明らかに執着しています。

苦しみの解決を図るには、「有」を滅さなくてはなりません。
大乗仏教は、最小限の有への智慧のある誘導だと思います。
その後は、各自に委ねられるのだと。


9 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 00:31
//8 続き
「勝義の真理」と「世俗の真理」の違いは根低に「有」が
あるか、ないかだと思います。

「世俗の真理」は輪廻転生が前提と言いましたが、釈尊の無記に対する
答えをこちらは、含むものと考えます。
だから、実際に様々な仏様がおられる事や、
(個人的にも大乗仏教の仏のような存在は認めてはいる)
実際に輪廻転生や霊界の存在は多くの方々が唱えているので
信憑性はかなりあってもいいでしょう。

10 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:08
10 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 00:33
ただし、「勝義の真理」では、
世俗の方で真実を知ったつもりになってしまうが
実はそれすら、執着に過ぎなく、苦しみを滅する事が出来ないと
主張していると思います。

クリスタルさんは、勝義と世俗をごちゃ混ぜに考えているのでは
ないでしょうか?
そうでなければ、あそこまで意見が対立することは無いと思うんです。


11 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 00:34
あまりにも馬鹿げた内容であきれ果てました。とさぁ..
もう一つだけの「オマケ」です。

あなたの中では、
「仏陀」や「ニルヴァーナ」までもが、「無常」(一時的な非実在)扱いなのですか?
あなたにとって仏陀とは、「有」という「執着」の産物というわけですか?
無常を離れた世界にこそ仏教の求める究極の境地があるのですから、
当然それは、「永劫不滅」の境地以外の何モノでもありませんよ。
無常という苦の世界を離れた境地が「涅槃」(ニルヴァーナ)です。
その意識状にある存在が仏陀です。
仮の一時的でしかない非実在性の世界(境地)を求めて命がけの修行をするのではありませんよ。
仏弟子というものは!

(繰り返し読んで下さいませ!!)

暫く会えなそうですね。
では、また。いずれ.....

11 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:09
12 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 00:44
>仮の一時的でしかない非実在性の世界(境地)を
>求めて命がけの修行をするのではありませんよ。

そう思ってしまうのが、執着であると思います。
仮では決してなく、それを判断するのが、凡夫であるなら
常住なのです。

涅槃寂静は「ああでもない、こうでもない」と思いをめぐらす事の無い
火を消したような静まり返った世界ですから、
それを「有」で考えるのは変です。「空」です。


13 :考える名無しさん :03/09/16 00:47
//11
如来についての無記はこのような見解を防ぐためのものだと考えます。

たしかにクリスタルさんは常見ですね。もうこれは仕方がない。
まあ、いずれ気が付く時がくるかもしれません。

また、いずれ、いつでもどうぞ、


14 :考える名無しさん :03/09/16 00:56
//8-10
私は逆に大乗仏教が微細なこと、深遠なことを説いていると考えます。
多分、クリスタルさんは『般若経』等の光明や『宝性論』などの如来蔵などに
魅力を感じるのではないかと思いこのようなテーマにしたのですが、ショボーンです。

勝義/世俗の二諦を分離したものとして理解せず、不二と考えたいです。

12 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:10
15 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 00:59
ここ数日であることに気がつきました。
それでは、クリスタルさんが「有」「空」の混同なさる核心
を突きましょう。 よく聞いてください。

クリスタルさんは、「空」を広い意味合いで捉えられてます。
「有」の定義が重要です。

「有」というのは変わらない存在です。
つまり、有なモノは何をしても、変化しないと言うのです。
完全に停止した(静止した)状態を言います。

無常は停止したものが無いと考えたほうがよろしいと思います。
それは、有と空を区別するためです。
つまり、涅槃というのは、「停止した状態」ではないのです。


16 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 01:00
「永劫不滅」とおっしゃるモノも、「有」といった
静止した状態では無いのです。

無常ですから、何らかの変化をしている。
釈尊の教えと言うのも、聞く人によって理解の度合いが違います。
「諸法無我」でもあなたと私で解釈が違います。
だから、その真実自体「有」ではありません。

悟りを開いたからといっても、更なる悟りの高みがあると
いう事です。

だから、釈尊のおっしゃる「諸行無常」はこの世で
静止した者などないのだよ!という事です。

13 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:12
17 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 01:01
//12
はいはい、いずれ再びきました。とさぁ
優しいから、更にオマケですよ(笑)

>涅槃寂静は「ああでもない、こうでもない」と思いをめぐらす事の無い
>火を消したような静まり返った世界ですから、
>
こういうことを述べる自体が、何も理解していない証拠なのです。
では、何が消えるのかを述べてみて下さい。
すぐ、簡単でいいです。


18 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 01:08
>悟りを開いたからといっても、更なる悟りの高みがあるという事です。
それは同意。問題ないです。
スンマセンが、
くぅさんは、半分解かって半分はコンランしてるようにと見えますよ。

14 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:13
19 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 01:09
//14
>私は逆に大乗仏教が微細なこと、
>深遠なことを説いていると考えます。

実はこの意見にも賛成なんです。
釈尊の説く真理は「苦しみを滅する」を主眼にしているので、
もっと広いところから見ると、それ以外の部分の真理が
あるのではないかと思うのです。

つまり、真理の一部だとも思えるのです。

釈尊の教えで悟りを開く者がいただろうし、さらなる深遠な
ものを説いたのが、大乗仏教の仏陀とも考えてます。
ただし、そこまで深遠でなくても十分ではとも思います。


20 :考える名無しさん :03/09/16 01:10
//17
それは煩悩が消えた状態と言われます。



21 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 01:14
//20
はいはい(笑)
20番のあなたは正解です。ピンポン
けどぉ、何もあげません。。。

では、煩悩が消えて「何が」在る??

15 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:14
22 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 01:19
//17
わたしの中では、筋が通ってます。
なんどもなんども、「有」について考えて下さい。
わたしは、かなり時間が掛かりました。

>涅槃寂静は「ああでもない、こうでもない」と思いをめぐらす事の無い
>火を消したような静まり返った世界ですから、
>
>こういうことを述べる自体が、何も理解していない証拠なのです。

あのですね。以前、その境地になってみないと、実際は分からない
と申しました。
涅槃が理解できたら、今頃、涅槃してます。

だから、苦しみを滅した境地は「火を消したような」と先人から
伝えられていることを述べたまでです。
理解をするというのは頭だけですか?
心の底から実感しないと、理解とは言いませんよ。
空を頭で理解をしているだけですか?
心の底から理解をしてますか?
空を理解できずに、涅槃は理解できないと思いますよ。

16 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:15
23 :考える名無しさん :03/09/16 01:25
勝義諦から見れば、本来のあるがままの状態から見れば、「在る」とは言えません。
『中論』によれば空だからこそ、縁起し輪廻するからです。
「有」というか「〜がある」というのは日常言語的にだけ使われる、という意味で世俗的にあるのです。
『中論』的に「有」「在る」といった場合、恒常不変の実体を指示し、恒常不変では何も作用を与えられないから、そうは言えないと考えます。
『般若経』『般若心経』等も同じ意味だと思います。

つまりあらゆるものが変化し生成しているのを、
分別によって名付け恒常な何かがあると我々凡人は捉えてしまうわけです。

また、煩悩が消えた状態で、生きている間を解脱していて、業の縁起は現れるが煩悩とはならない、
それが肉体的にも死んだ時、業の顕現も消え、完全な涅槃になると考えます。



24 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 01:27
//21
あなたはそれが聞きたかったのですか…
もっと先の話をしています。

涅槃の心境を述べているのですよ。
論点がずれてます。

「ああでもない、こうでもない」という戯論の余地が
無い状態は、どうしたらなりますか?

17 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:18
25 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 01:31
//23
そうですね、
言葉の使い方が難しいですね。

私の使った「ある」は「在る」と別で考えていただきたいです。

18 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:20
26 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 01:46
//22
>涅槃が理解できたら、今頃、涅槃してます。
それはそうですが、
もっと明確に示されているということをいっているのです。
それを、

>だから、苦しみを滅した境地は「火を消したような」と先人から
>伝えられていることを述べたまでです。
などというわけです。

まー、これは昔からの伝統的に言い回しではありますが、
こういうとを述べている限りは、全然、具体性がこちらに伝わりませんね。
どうしてこんな言い回しがされてきたのか?
それは教えを理解できていない者がこういう言葉で誤魔化してきたからに他なりませんね。
こんな言葉をいくら聞いても、いつの時代になっても誰も意味が判りませんよ。

「涅槃」とは何か、ももう少し具体的に判る筈ですよ。
教えているわけですから・・・。

>空を理解できずに、涅槃は理解できないと思いますよ。
その考え方は否定しません。いいと思いますよ・・・。

私は「空」とは縁起の因縁生起のことであり、諸行無常とも殆ど同意に捉えています。
よって「涅槃」とはこれらを超越した世界です。
涅槃は無常なる五蘊や六処と一緒ではありません。
よってこれら消滅後にもそこに「在る状態」を意味します。

19 :名無しさん@3周年:03/09/17 01:23
さっそく狂った人が・・・

20 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:26
27 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 01:51
>>23
>それが肉体的にも死んだ時、業の顕現も消え、完全な涅槃になると考えます。
はい、これは何を意味しますか?
判っていってますか??

わたしからあなた方の説明を見ていると、
結局、普通に死を迎えようと、或いは煩悩が消えた状態で死を迎えるようと、
その違いが全然見えてきませんよ。


28 :考える名無しさん :03/09/16 01:59
> 私は「空」とは縁起の因縁生起のことであり、諸行無常とも殆ど同意に捉えています。
> よって「涅槃」とはこれらを超越した世界です。

なぜ<よって「涅槃」とはこれらを超越した世界>なんでしょうか?
我々凡夫は諸法の生成を何か不変で固定した実体と捉えてないでしょうか?
特に自分があると、生まれたときから一貫した自分があると考えている。
そうではなく、自分などなく、ただ縁起し、無常で空であることを実感すること、
それが悟りであり、解脱であり、その状態で死ねば、再生しないので完全な「涅槃」なのです。

それでもう再生しない涅槃した如来が、
在るとか無いとかいう問い自体が無意味であるというのが無記でしょう。

21 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:28
29 :考える名無しさん :03/09/16 02:05
> わたしからあなた方の説明を見ていると、
> 結局、普通に死を迎えようと、或いは煩悩が消えた状態で死を迎えるようと、
> その違いが全然見えてきませんよ。

それはクリスタルさんが涅槃を日常の縁起の世界を越えたアートマン・ブラフマンと合一すること
と捉えているからではないでしょうか?

私から言わせれば明解です。自分という意識が消えたか消えないか、消えていなければ輪廻し、
消えていれば涅槃するというのが非常に単純化した答えです。

それを人無我とか有身見という訳です。もちろん細かく言えばもっと複雑です。

22 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:29
30 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 02:09
>>22
もう、レスがないかと思いましたよ。(笑)
>もっと明確に示されているということをいっているのです。

クリスタルさん、初めに申しましたように、涅槃のことはおきまして
常見というのを解決すべく、
諸行無常・諸法無我の2つを考えていただきたいと申しました。

涅槃を詳しく言ってくれないと、聞いてくださらないなら、 
折れましょう。

「有とおもってしまう、心の働きをやめて、
その原因ともなる執着の心をなくす。
怒ることも、動揺する事もない、愛着すらない状態」
 (>>23さんの指摘ですと、ない→滅する ですかね?)

私の主張している事はこれ以前の問題なのです。
私の「有」とクリスタルさんの「有」でよく検討していただきたいのです。


31 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 02:17
>>30
ちなみに、
輪廻転生から解脱とは言いませんよ。
未来の生死の原因を消滅したといっても
苦しみの解決程度に考えてますから、
輪廻転生は自分で確信できないから、特に考えません。
いろいろ、考えると涅槃と言う言葉に執着してしまう。

23 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:30
32 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 02:18
28
>なぜ<よって「涅槃」とはこれらを超越した世界>なんでしょうか?
無常なる苦の世界からの解脱が仏教の目的です。
これは諸法は無常なのと思考理解することでは、達成されません。
「無常」な世界からの解脱は、即ち永劫なる境地に他なりません。

>そうではなく、自分などなく、ただ縁起し、無常で空であることを実感すること、
>それが悟りであり、解脱であり、その状態で死ねば、再生しないので完全な「涅槃」なのです。
思考的な理解の世界ではなく、更にそれらを超越した境地です。

>それでもう再生しない涅槃した如来が、
では、あなたについては、
涅槃に到達できなかった者の場合には「再生」(転生)を認めるのですね。

>在るとか無いとかいう問い自体が無意味であるというのが無記でしょう。
そのときに無記の態度を取っただけです。
無記の態度は「無い」ことを意味してません。
それは、形而上学的な果てしなく切りの無い疑問に対する無駄という意味と、
もちろん、それらに必要以上に囚われることに対する戒めなどの理由も当然、含むでしょう。
しかし、だからといって「仏」や「ニルヴァーナ」すらも
無常で一時的なものにしか過ぎない、ということでいい理由とはなりません・・・。


33 :考える名無しさん :03/09/16 02:21
>>31
くぅさんの行が進んで輪廻を確信し、
そこからさらなる精進の心が生じることを願うばかりです。

24 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:31
34 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 02:32
 『解脱の境地においては、生死が存在しない。修行を完成した者は《生死を明察せる者》(スッタ
ニパータ:484)である。この究極の境地は、「不滅の領域」、「不滅の境地」といい、あるいは単に
「不死」とも称する。また単に「不老」ともいうのである。
 そして仏教はこのような最高目的に達することを教えているものであるから、仏教は「不死の門」、
「不死の獲得」であり、修行者は「不死の境地を見る」のである。』
--------中村 元著『原始仏教---その思想と生活』NHKブックス(日本放送出版協会刊)より

もう一度、抜粋で掲載します。
ここでいう究極の意味での「生死がない」
不死で「不滅の境地」とは、何のことをいっているのか熟考して下さい。

以上です。


では、またいずれ・・・。


36 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 02:35
>>33さん 温かい気持ちに感謝します。

そうですね〜輪廻の確信するなら副産物程度に考えてます。
次に生まれ変わろうと無かろうと
この肉体が果てるまでに、本当の自分に目覚めたいです。

現実的には、怒ったりして、自分を見失わない事です。
常に、充実して、やすらかな気持ちで生きるために。
それが、自然で幸せな生き方ですから。
きっと、その願望は成就すれば、人のためにもなりますね。

輪廻を確信する事で、囚われたら大変です。
そのためにも、どの道わたしにはまだ早いですね。

25 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:32
37 :考える名無しさん :03/09/16 02:42
> 「無常」な世界からの解脱は、即ち永劫なる境地に他なりません。

これ誤解だと思います。何か根拠ありますか? 
単純な反証としてもし涅槃が永遠の境地なら如来は死後常住であると言ったはずです。

> 思考的な理解の世界ではなく、更にそれらを超越した境地です。

もちろんです。自我をなくすというのはとても高度な境地なんですよ。
五蘊ありますよね。色が空になる、つまり外的世界が空だと感じるのはかなり簡単です。
受、感受が空だと感じるのも、その後、想、概念の空は結構難しい。
行が空だというのを越えるのは、より難しい、その後で識、自我意識がやっと空になるですよ。
大変です。頭で考えて論理的に理解して終わるものではありません。行によって体感するものです。

> 涅槃に到達できなかった者の場合には「再生」(転生)を認めるのですね。

私はずっと輪廻なしに仏教はありえないという立場で一貫してますです。

> >在るとか無いとかいう問い自体が無意味であるというのが無記でしょう。
> そのときに無記の態度を取っただけです。
> 無記の態度は「無い」ことを意味してません。
> それは、形而上学的な果てしなく切りの無い疑問に対する無駄という意味と、
> もちろん、それらに必要以上に囚われることに対する戒めなどの理由も当然、含むでしょう。
> しかし、だからといって「仏」や「ニルヴァーナ」すらも
> 無常で一時的なものにしか過ぎない、ということでいい理由とはなりません・・・。

少なくとも涅槃が永遠の状態であるとは言ってないでしょう。
あるとかないとかは無意味だということでしょう。繰り返しですが。

26 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:34
38 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/16 02:47
>>34
そもそも、生死は人間が意識しているだけの事で
無から有が作り出されるわけではなく、
有から有が作り出されるわけではない。

真理からみれば、無も有もないと理解します。

不滅と「有」とは全然違います。
ここがポイントです。

無から有になるわけではなく、
有から有になるわけではない。

この意味が理解して下さるようになったでしょうか?

そろそろ寝ないと…ふあ〜


39 :考える名無しさん :03/09/16 02:47
>>34
簡単です。「生死が存在しない」つまり再生しないということです。
そうゆう意味で「不滅の領域」「不滅の境地」「不死」「不老」
なわけです。これをアートマン・ブラフマンと合一と誤解してはいけない。

そうかんがえれば如来無記や吹き消されたということと整合性あると思いません?
アートマン・ブラフマンでは整合性がとれないでしょう。

27 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:38
45 :ハルカ ◆0tZOcyVq86 :03/09/16 02:54
簡単に言うと【悟り】とは…

・【生命】としての強制輪廻からの脱出
・虚無(存在そのもの)への融解による個体化意識の消滅
・【生命】からの脱却、二元的な『生死』では無い完全なる消滅
・個たった独りにだけ関連する『存在そのもの』への反逆行為
・悟った後生を終えるまでの僅かな期間、心底より『楽』で居られる

たったそれだけですが。

28 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:39
68 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 21:57
>>37
>>涅槃に到達できなかった者の場合には「再生」(転生)を認めるのですね。
>私はずっと輪廻なしに仏教はありえないという立場で一貫してますです。
どうもここには、
輪廻は当たり前だが転生はない、という方が多い・・・。
転生を肯定する場合には、転生する「何かが在る」ことを認めなれはせなりません。
ただ、その「在る」状態を通常は示すことができないと知るべきなのです。

>>「無常」な世界からの解脱は、即ち永劫なる境地に他なりません。
>これ誤解だと思います。何か根拠ありますか? 
>単純な反証としてもし涅槃が永遠の境地なら如来は死後常住であると言ったはずです。
はい、これについては「私の独創による見解」を示そうとしているわけですよ。

まず、重要なキーポイントですが、
一般の人間たちの意識の焦点というものはアートマンには定着していません。
よって、意識は今生のパーソナリティー、
即ち、低級我(低我)に焦点化しているために、ただの無常なる意識なのです。
これは死後、まもなくして消滅します。
しかし、一般大衆は自己(低級我)が不滅であると誤解しています。
このことに対する否定であったと私は見なします。
それから「無我」はアートマンが無いことを言ってはいないのであり、
逆にそれら(無常なる五蘊)は「アートマンではない」として、
アートマンが本当は何かを知らしめる意図が感じられる言い回しになっているのです・・・。
------------もう、ここでは詳しくやりません。

29 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:40
尚、仏典にその根拠探しても到底、無理です。
それから一般的な仏教書というものは、
真理を理解できずに誤解している者たちが書いているものなので、
当然、それらを読んでも殆ど無駄骨です・・・。

生意気な言い方ですが、
私の見解以外に、これらすべての矛盾が問題なく解決することは有り得ないものと自負します。

30 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:43
69 :クリスタル  ◆rXhk8XNQU6 :03/09/16 21:59
>>39
>>34
>簡単です。「生死が存在しない」つまり再生しないということです。
>そうゆう意味で「不滅の領域」「不滅の境地」「不死」「不老」なわけです。
>これをアートマン・ブラフマンと合一と誤解してはいけない。
「アートマン」と呼ぼうがブラフマンと呼ぼうが、そんなことは問題ではないのです。

つまりは、「再生しない」とはどういう状態に在ることになります?
また、「不滅」とは「滅することがない」ということですよ。
よって、滅することがない存在とは当然、「永久永劫の存在」のことです。
中村氏がこの言葉を用いていることは意図的であり、とても大切なことです。

 ・ふ【不】 (接頭)打ち消し,否定する意を表す。(新辞林 三省堂)
 ・ふめつ【不滅】
  滅びないこと。永久になくならないこと。 (新辞林 三省堂)
 ・ふめつ【不滅】
  いつまでも【何時迄も】
  永(とこし)えに 末永く 行く末永く 後々(あとあと)まで 幾久しく 相も変わらず 
  永久 永遠 恒久〈平和〉 悠久 悠遠 無窮〈に伝わる〉 久遠(くおん) 不滅 
  不朽〈の名作〉 鶴(つる)は千年、亀(かめ)は万年(類語実用辞典 三省堂)

31 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:43
大.大.サービス、投稿でした。
あまり書くと、あとのネタが無くなるのですよぅ。ハハハッ(笑)
それから、何度も登場する方は(笑)、
なんでもいいから、何かコテハンのほうがいいと思うよ。
その人と何々まで対話したか、サッパリになるからねぇ・・。
ということで、
暫くの後、再び「心と宗教@2ch掲示板」の「原始佛教スレ 5」で元気に会いましょう。
私もチカレタよ・・・・

さよならです。みなさま。
トホホ.....

( 転載移動 完了!)

32 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 01:49
過去ログを読んだり、
自己主張の展開をタイプしたいので、暫くの間、私は投稿を控えたいと思います。
皆さんで意見交換など、ご自由にどうぞ!!
(ということで、質問されてもすぐには応じれないかもしれません。)

33 :名無しさん@3周年:03/09/17 17:24
いろいろ自説を披露されてるけど、要するに

>尚、仏典にその根拠探しても到底、無理です。

なわけでしょう、あなたにとっては。クリスタルさんの見解に賛同する人が
どれだけいるか知らないけど、少なくともそれじゃあ、文献学的な事実に基
づいた議論という今までの流れとは関係のない話になってるし、原始仏教と
も関係ないでしょう。クリスタルさんが考えるところの「本来の仏教」を開
陳してるだけで。
一言で言えば、スレちがいだと思うけどね。自分専用のスレ立てて、そこで
やってもらえんかね。

34 :名無しさん@3周年:03/09/17 17:36
>>28
クリスタルさんの説は理解しています。常見、 単純なヴェータンーンタ、チベット他空説的見解、
無常な現象界、恒常な真理界を想定し、行によって現象界から真理界へ行くというものでしょう。
この見解は単純ですから、だれでも理解していると思いますよ。そんな難しいものじゃないですよ。

私のいう輪廻は転生も含む古典的な輪廻です。輪廻と転生を分ける珍説ではありません。
なんども言うように仏教は輪廻は認めるが、恒常な輪廻の主体は認めません。
世俗的言語習慣上、輪廻の主体があるという場合はありますが、それが不変なものとは言いません。

>>29
つまり俺様のいうことを聞けということですね。いや無駄なことを長々とやってしまったものです。
仏典というのは聖者たちが細心の注意を払って確認し伝えてきたものですよ。
我々凡夫の意識での語学的推測とは全然レヴェルが違うんですけどね。

>>30
「不滅」「非我」解釈には笑いました。仏典の文脈に戻して読んでみてください。
そんな意味ではないですから。>>29の発言を見ればそんなことしないでしょうが。

クリスタルさんがニューエイジ風に諸テクストから諸見解を寄せ集めて、
自分の主観で見解を構築するのは、結構ですが、
その見解を仏教にも押しつのは止めてください。
もしかすると信じちゃう不幸な人がいるかもしれませんから。

私もやっと無意味さを実感できたので、消えることにします。さようなら。脱力感だけ残りました。


35 :名無しさん@3周年:03/09/17 17:51
まぁー一人一人解釈が違うわけだから仕方ないわな。
ただ自分が「正論」で学者を始め他者や先人の解釈を間違いだと言い切るクリスタルさんに
原始仏教語ってほしくナイネ。

悟りを得るため、迷いを滅する為、もしくは、その時代や環境のなかで、いかに衆生を救うかと発展してきた仏教を認めない態度も気に入らんな

つーか、偉そうに「原始仏教」語るなら
とりあえず出家しろ
スッタニパータに感化されたなら、少しでも実行に移したらいい
理解した気になって満足ならそれでもいいけどね

36 :名無しさん@3周年:03/09/17 18:12
>>つーか、偉そうに「原始仏教」語るなら
>>とりあえず出家しろ

じゃ、だれも語れないじゃない。日本のお坊さんという意味じゃないでしょ?

37 :名無しさん@3周年:03/09/17 18:26

違う、そんな意味で書いたんじゃないよ

他者(仏教学者や先人等、並びにスレ住人)の解釈にダメだしした上に
あげくには
仏典に依らない自説を長々と書くクリスタルさんに向けたレスです。

どれだけ実行してるのかが疑問なのよ。

38 :名無しさん@3周年:03/09/17 18:34
まっ2chだからいいんじゃないの
鵜呑みにする人少ないやろし

ただ、仏典に依らない自説とやらは
出来れば他スレでお願いしたい。

クリスタルさんも何か整理してるみたいやし、
ちょっと待ってみようヤ。

39 :名無しさん@3周年:03/09/17 20:44
>>36
いや極論だが>>35の意見は解る
結局実行無くして頭の中で考えても理解できん事だと思うよ
勿論オレなんかさっぱりだし

ただ語り合うのはOKだ(偉そうでなければ)

40 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 22:08
すいません。。。
どうやら皆さん、私のことで憤慨されてしまったようですね。
いや、まずはここで私から謝罪しておきたいと思います。

私は何も威張るつもりなどではないのですが、
ついつい、少しばかり熱きものが込み上げて来たのは正直、本当のことです。
現状の仏教界といいますか・・・
根本思想であるところの「転生」すらも否定する仏教者たちの輩出等
に対して、少々怒りにも近いような憤りの想いが、
抑えても抑えても、それが沸々と湧いては消えることがないのですよ。

それは、ここで議論したからというわけではなくて、
これは私の個人的な想いなのであって、いつかどうにかならないものだろうか?
と、いつもそれを願っているのです。
自分たちの勝手な誤解から転生を否定してしまうと、
ここでの答弁にもありましたが、
死期の間際に仏道帰依した弟子などというものは、
到底、ニルヴァーナへの到達は不可能であることを意味する事態へと陥るのです。
言い訳ばかりで、死期の間際の僅かな時間でも、
死後はそのままニルヴァーナに至るなどの、まるで阿弥陀信仰のような、
ゴータマの壮絶な修行体験をものともしないようなことまでも平気で言い出すのです。
そんなもので仏陀に成れるならば、世の中は仏陀だらけで困るというものです。
絶対につづきの修行体験を積む必要があることなどは、それは誰の目にも明白の理です。

たとえば今は「転生」のことを例にして話しましたが、
そういう湧いてくるような憤りを強く感じるのですね、私は・・・。

ということで、私は威張れるような人間ではないし、
そういうつもりは毛頭ありませんので、何卒ご理解下さい。
ついつい、キツイ表現になっている箇所もたしかにあります。

ごめんなさい。

41 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 22:10
>>33
>一言で言えば、スレちがいだと思うけどね。
>自分専用のスレ立てて、そこでやってもらえんかね。
まぁ、そう云わずに、どうかお付き合い下さい。
私はこれでも大真面目。未熟薄学、自分の恥を露呈しながらやっているのです。
考えを変える必要は全くありませんが、
皆さん方にも真剣に考えてみて欲しいのです。
そのキッカケになれれば幸いです。

>>35
>つーか、偉そうに「原始仏教」語るならとりあえず出家しろ
>スッタニパータに感化されたなら、少しでも実行に移したらいい
>>37
>どれだけ実行してるのかが疑問なのよ。
>
出家の意思は全くありません(特に僧侶にはなりたくありませんね。なるならば沙門?)。
若い頃はそういう思いの時期もありました(随分と無理もしました)。

私などは仏弟子といえるような範疇ではありません。
また、「仏教徒」なるカテゴリすらも好みません。
「自分はこれだけのことをしている」などと自己宣伝する姿は愚かしいことです。
私も一応は道を歩む者であり、カメのごとく遅々と自分なりに好き放題やっております。

42 :名無しさん@3周年:03/09/17 23:00
阿弥陀信仰って基本的に「(極楽)往生」じゃなかったか?
「成仏」ましてや「さとり」は元々説いてないんでは…

43 :名無しさん@3周年:03/09/17 23:02
ようするに
クリスタルさんは「仏教徒」でも無いし、なる気も無いという事ですね。

44 :名無しさん@3周年:03/09/17 23:10
>>42
阿弥陀信仰は、もろもとは浄土に行って良い条件で、修行して成仏することを目指していました。




45 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/17 23:15
>>42
それだけで済む安易さについていってを云っているのです。
>>43
理由.
 1)仏教以外では真理に到達できないという考えを否定します。
 2)現状の信仰世界における「仏教」には同意しません。
 3)私は何教ではない、真理の学徒たらんと欲します。

46 :名無しさん@3周年:03/09/17 23:21
>45
それは、ここで偉そうに解説している「仏教徒」もしくは
「仏教学者」が、一皮向けば、オウムなどの信者と
ちがわない、頑なで偏ったエリート意識が鼻につく
からでしょうか?

47 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 00:11
>>46
たしかに非常によく勉強されている方々だなとは思います。

元々、何もここに集う方々が原因しているわけではありません。
私はもっともっと大きな意味で、
現状仏教の信仰世界には、どうも興味が向かないのです。

ここのスレ内容とは全然、リークしませんが(笑)、
霊魂は無いなどとかいいながら法要(大衆の祖霊供養信仰)を営み、
仏陀が否定した追善供養なる祭式で故人の亡き後の向上を後押しする習慣。
生前、仏教のブの字も知らない故人に高額の戒名が与えられ・・・。
まぁ、概ねは葬式仏教に対する批判ですけれど、
仏像(仏壇)を前に読経して、それが何になる? とか・・・。
葬式仏教と化した仏教信仰の世界にはホトホト、失望します。

原始仏教の勉強といってもそう(鼻にはつかないけど)、
なぜやら「転生」を否定して、死んだらそのまま涅槃であるとか・・。
それらを批判する私などは、まるで基地外やカルト扱いの罵声です(笑)

宗教には興味のなかったこの私に
仏陀の教えについて知るキッカケを与えてくれた阿含宗
(そういう意味において当時の入信を後悔していない)は、
桐山氏によって、阿含経を奉ずる「阿含宗だからこそ」霊障が解けるなどと、
いつのまにやらニルヴァーナへの道を霊障害の話しにと摩り替えて、
信者たちの洗脳作業を続けている・・・。

私はオウムを全面非難しません。
寧ろ、とても感心できる面もあります。
(こういうことを書くと、すぐまたカルト扱いでしょう?)

48 :名無しさん@3周年:03/09/18 00:27
私は割と純粋にクリスタルさんがスレ立てしてくれればなって思ってますよ。
これ以上このスレを荒らされたくないし、クリスタルさんの熱き思いもぶつけるところができるわけだし、ね。
ここは文献学に基づいてぐちゃらぐちゃら楽しむ人たちの場所だよ。

49 :名無しさん@3周年:03/09/18 00:33
>>46
自称仏教徒はいるけど、「仏教学者」は来て無いやろ
どのレスで、そう思ったの?
あとな、偉そうさでは……

50 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 00:37
>>48
>私は割と純粋にクリスタルさんがスレ立てしてくれればなって思ってますよ。
なるほど・・・。

>ここは文献学に基づいてぐちゃらぐちゃら楽しむ人たちの場所だよ。
私はここへは招待? じゃなかった(笑)、
参加を求められてこの場所を紹介されたのですよぅ。

文献学上からの私の主張に対するご批判は、本当に大いに歓迎しています。
私は常に批判を歓迎するのであり、無批判や安易な同意には失望します。
徹底的に批判して私の主張などは破壊して下さい。
私自身を納得させて頂ければ、それに越したことはありません。
間違いに気づけば、考え方はいつでも改めるつもりですよ!

51 :名無しさん@3周年:03/09/18 00:40
クリスタルさんは、いったい何人、何百人の僧侶(日本の)と話し合ったことがあるのでしょう
一度や二度嫌なことあったぐらいの嫌い様ではないような


52 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 00:50
>>51
あっははははは!!

いや、これはすいません・・・。
個々の僧侶というか個人に対しては、その信仰心も含めて敬意を抱いていますよ。
特に僧侶に知り合いはいません。
まっ、以前の職場の同僚が高野山真言宗の僧侶でしたが・・・。
一度、得度について話をもらいましたが...。

(討論を交わしてきたのは、
 たまたま学会ばかりと宗門法華講員でした。)

53 :名無しさん@3周年:03/09/18 01:10
えっ
で、でも
霊や魂を否定しながら、法要、葬儀等を行ってる日本僧に失望したんでしょ
何で霊や輪廻、魂を現代の日本僧が否定してると思ったの???

知り合いいないでしょ
ただの想像ですか?
それとも以前の自分自身が信じてなかったから、
じゃないの?

54 :名無しさん@3周年:03/09/18 01:18
>>50
>参加を求められてこの場所を紹介されたのですよぅ。
その方に今度は退陣を言い渡されないと出て行かないおつもりですね。

なんつーやつを招きいれたんだ、ったく。
責任取れ!!!

55 :911:03/09/18 02:10
あークリスタルさん、こんなとこで油売ってたんですか?
投稿がないので心配しておりました。
早く帰ってきてくださいね。


56 ::03/09/18 06:07
ネットサーフィンしてたら、たまたまここにたどり着いたので、
暇つぶしに適当なこと書いてみます。

こないだパーリ仏典、中部(マッジマニカーヤ)(大蔵出版)を読んでたら、
その中に念処経という経を見つけました。
いわゆる四念処観について解説している経典です。
ビックリしたのは、この経典がとても詳しく四念処観を解説していることです。
今まで四念処観というのは、ただ単に
  この身は不浄なり
  受は苦なり
  心は無常なり
  法は無我なり
という四つのことを観想するだけのものだと思っていました。
それがパーリ仏典では、この四つのそれぞれについて細かく説明されているのです。
しかも、四念処観については長部に大念処経(まだパーリ仏典シリーズには翻訳されてない)
という経があって、これは中部の念処経よりさらに詳しく解説されているのだそうです。
無知でした。漢訳仏典には四念処観について詳細に解説している経典はないのでしょうか。
阿含経典には、ぱっと見、上記に相当する経典名が見あたらないのですが・・。
多分あるのでしょうが、もし無いのだとしたら、仏教的に致命的な失伝ですね。




57 :名無しさん@3周年:03/09/18 13:58
「諸法無我」は

「諸法」は「アートマン」ではないのだから
「諸法」に捕らわれてはダメ

という意味ですか?




58 :名無しさん@3周年:03/09/18 19:09
>>57
そういう意味だと思います。
ただ私は、「捕らわれてはダメ」と、いきなり強制的に否定する感じではなくて、
「捕らわれていれば、それは苦の因になる。苦を滅ぼしたければ、捕らわれるな。」と、
修行者によく理解させ、自発的に捕らわれを無くそうとさせるような感じの言葉として
「諸法無我」を解釈してます。



59 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 22:54
>>54
心配せずとも、もう時期に出て行きます。

皆さんとの幾度かのやり取りにて、
ある程度は皆さんとの理解や認識の違いが浮き彫りになってきたものと思います。
あとは、私の自己主張を解説したものを、後ほどこちらへ提示しますから、
それにて、「さよなら」ですわ。
再び、議論再開でここをゴッタ返すつもりもありません。
あとは皆さんが自由に判断されれば良いだけのことですから。

ほーーれ.見なさい!! >>55
どうやら、お迎えが来ているようです(笑)
私の大切な友人であり客人であられる方々をおいて、
随分とながーいこと留守でしたから・・。

>>56
その経の内容がどの程度の詳細解説を述べているのかは、とても興味深いですね。
経典中における三十七菩提分法、各科の解説はいずれも漠然として、
どうも具体性のないものばかりだ、という印象を私は抱いています。
残念ながらここに、口伝に拠らざる得ないという経典の限界性といったものを感じてしまいますね。

>漢訳仏典には四念処観について詳細に解説している経典はないのでしょうか。
>阿含経典には、ぱっと見、上記に相当する経典名が見あたらないのですが・・。
>多分あるのでしょうが、もし無いのだとしたら、仏教的に致命的な失伝ですね。
>
全然、内容は詳しくないですが、
一応、これが四念処観についての基本解説が提供されている阿含経です。

60 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 22:55
『かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、ヴェーサーリのアンバパーリ園にとどまっておられた。
その時、世尊は、もろもろの比丘たちに告げて仰せられた。
「比丘たちよ」
「大徳よ」
と、彼ら比丘たちは世尊にこたえた。世尊は説いて仰せられた。
「比丘たちよ、ここにただ一筋の道があって、衆生をして清浄にみちびき、とおく愁い悲しみを超
え、苦しみ嘆きを克服し、ぴたりと正道に到達し、涅槃を実現せしめる。すなわち、四つの念処
(心にかけて忘れざること)がそれである。では、四つとは何であろうか。
 比丘たちよ、ここに比丘がおり、彼は、わが身において、熱心に、正知に、正念にしてその身を
観じ、貪欲よりおこるこの世の憂いを調伏して住する。また、受(感覚)において・・・受を観じ、
・・・心において・・・心を観じ、・・・法において、熱心に、正知に、正念にして法を観じ、貪欲よりお
こるこの世の憂いを調伏して住する。
 比丘たちよ、ここにただ一筋の道があって、人々をして清浄にみちびき、とおく愁い悲しみを超
え、苦しみ嘆きを克服し、ぴたりと正道に到達し、涅槃を実現せしめる。すなわち、四つの念処が
それである。」
世尊は、そのように説きたもうた。かの比丘たちは、歓喜してその説きたもうところを受もちした。』
-------------[念処相応 1.アンバパーリ(雑阿含経:24.20/相応部経典:47.1)
       増谷文雄訳著「阿含経典・第三巻」筑摩書房刊]

61 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 22:55
先日、「毒矢のたとえ」の無記において、
tathaagataを「人」(大衆)と訳したのは前後の文脈から・・・という話が出ましたが、
それはたぶん、これからのようですね。
 『原語 tathaagataは普通、「如来」と訳される語で、仏陀の呼称として用いられるが、ここでは必ずし
も仏陀を意味意味するのではなく、ひろく一般的に人間を意味すると思われるので、「人」と訳した。』
(「バラモン経典/原始仏典-世界の名著1.中央公論社刊」473頁−注釈(3) )

しかしここは、一般的な人間のみならず、
当然、如来であるゴータマ仏陀の死後についても尋ねようとしているということも察するべきなの
であって、それ故に用いられた原語が「tathaagata」であったとして理解すべきであると思います。

62 :名無しさん@3周年:03/09/18 23:21
なら、こんなとこ来てないで
自分で勉強すりゃいいだろ
経典など、読んだ人の解釈でどうにでもなるんだよ。
あんなの

63 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/18 23:34
>>60
最後の一文、タイプミスでした。
 訂正-「歓喜してその説きたもうところを受持した。」

64 :名無しさん@3周年:03/09/19 02:12
話だけで自分の癖が変わるわけがない。
人間なんだし。
聖人って何でしょうか。感情の無い人間なんでしょうか?
業の全く無い人間が聖人なんでしょうか。
じゃあ、業って何でしょうか。
不明な点が多いし、経典を読み解くにはそれなりの知識がいる。
そんなことをやってたら、有限な人生はあっとゆうまに終わるでしょう。w

65 ::03/09/19 07:48
>>59-60
パーリ仏典シリーズは南伝大蔵経よりわかりやすい現代語訳で、大蔵出版から出版されています。
その第一期として中部(マッジマニカーヤ)全6冊が完訳されています。
今は第二期・長部に入っていて、一冊目が出ています。
中部6冊の題名は、以下のようにちょっとややこしく、
   (1冊目)根本五十経篇T
   (2冊目)根本五十経篇U
   (3冊目)中分五十経篇T
   (4冊目)中分五十経篇U
   (5冊目)後分五十経篇T
   (6冊目)後分五十経篇U
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/250-2639349-5775458
この中の(1冊目)根本五十経篇Tに>>56で書いた念処経が入っています。
長部の大念処経は、まだ翻訳されていません。

66 ::03/09/19 07:49
>>60の四念処の経は、そこで終了してしまっているのでしょうか?
パーリ仏典・中部の念処経には、それとほとんど同じ文章が、経の冒頭にあります。
以下のようなものです。
「比丘たちよ、この道は、もろもろの生けるものが清まり、愁いと悲しみを乗り越え、
 苦しみと憂いが消え、正理を得、涅槃を目のあたり見るための一道です。
 すなわち、それは四念処です。四とは何か。
 比丘たちよ、ここに比丘は身において身を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、
 念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。
 もろもろの受において受を・・・・心において心を・・・・もろもろの法において法を観つづけ、
 熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて住みます。」

そしてこれは経の冒頭であって、このあとに、
「では比丘たちよ、どのようにして比丘は、身において身を観つづけて住むのか。・・・」と、
「身」「受」「心」「法」それぞれの、観察の仕方が細かく解説されていきます。
これは仏教の基本の基本のような教えだから、もし漢訳の阿含経に
これに相当する部分がないのなら、ビックリですね。
もっとも昨日、大正新脩大蔵経について解説している『大蔵経全解説大辞典』(雄山閣出版)
を見てたら、「経集部二」の項目に座禅に関する経典がたくさんあったので、
この中には四念処を詳しく解説したものがあるかもしれません。ざっと、こんな感じです。
 0602 仏説大安般守意経   0603 陰持入経   0604 仏説禅行三十七品経
 0605 禅行法想経   0606 修行道地経   0607 道地経   0608 小道地経
 0609 禅要経   0610 仏説内身観章句経   0611 法観経   0612 身観経
 0613 禅秘要法経   0614 坐禅三昧経   0616 禅法要解   0617 思惟略要法
 0618 達磨多羅禅経   0619 五門禅経要用法   0620 治禅病秘要法
しかしこれ、全文漢文。現代語訳されてない・・。(´Д`)


67 :名無しさん@3周年:03/09/19 11:17
漢訳の長阿含經、中阿含經、雜阿含經のどれにもたくさんでてきますよ。
国訳一切経を読みましょう。

あるいは倶舎論、大乗荘嚴經論、解脱道論あたりでも解説されてます。

四念処のような行法は小乗の方法ということでシナ・日本では、
それほど重要視されなかったのではないかと思います。

比較的重要視するのは天台みたいですね。四念處觀という著作もありますから、
一番簡単に見るには岩波文庫の摩訶止觀でしょうね。

ついでながら『大蔵経全解説大辞典』(雄山閣出版) は、よくないです。
古典的な『仏書解説大辞典』の後発本とは思えません。
値段もあまり変わらないので後者(縮刷版) を強くお薦めします。

68 ::03/09/19 21:31
>>67
漢訳の阿含で四念処について詳細に解説されてるんですか?
いずれにしても、国訳一切経はパーリ仏典・中部を全て買った後に買うことにしましょう。
しかし、仏典って、高すぎですよね。(´Д`)
大きくて立派でカッコつけた装丁なんていらないから、
もっと小さく安く出版・販売して欲しい・・。

『仏書解説大辞典』はアマゾン(http://www.amazon.co.jp/)で検索したら、
17冊も出てきちゃったんですが、一番高いものが全てを収録していると考えていいんですか?


69 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/19 21:48
>>65-66
pさん、ご紹介と詳細解説を誠にありがとうございました。

>>>66
>60の四念処の経は、そこで終了してしまっているのでしょうか?
>
いえ、「念処相応」はすでに紹介した
1.アンバパーリ(雑阿含経:24.20/相応部経典:47.1)
に続いて、

2.病(長阿含経:2/相応部経典:47.9)
3.チュンダ(雑阿含経:24.39/相応部経典:47.13)
4.チェーラ(雑阿含経:24.40/相応部経典:47.14)
までの四経が紹介されており、

四念処について説いた部分は、下記の文章と殆ど同一です(慣例のごとく)。
違いは、「住する。」が「住するのである。」になっていたりする程度です。
 『○○たちよ、ここに比丘がおり、彼は、わが身において、熱心に、正知に、正念にしてその身を
観じ、貪欲よりおこるこの世の憂いを調伏して住する。また、受(感覚)において・・・受を観じ、
・・・心において・・・心を観じ、・・・法において、熱心に、正知に、正念にして法を観じ、貪欲よりお
こるこの世の憂いを調伏して住する。』

2.〜4.は大パリニッバーナ経や遊行経などにそのまま引用されている、
「自灯明法灯明」の教えが締めくくりとなっており、
2.-「教師の握りこぶしはない」「革紐のたすけによって」などの涅槃経の最後の旅路の話しが出ます。
3.-サーリブッタの死の知らせの中で、戒定慧の三学の話がでています。
4.-サーリブッタとモッガラーナ二人の死に仏陀が悲しまれている様子が伺え、
 ここでいつものように無常について語っています。

70 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/19 21:50
>>64
私、クリスタルの解説ではご不満の場合(及び皆様からの反発)も多々あると思いますが、
一応、私個人的な簡単な説明です。ご参考まで。。。

>聖人って何でしょうか。感情の無い人間なんでしょうか?
感情が無くなるのではなくて、
低級性質を克服して感情を制御している人間であり、
内在する仏性(聖なる特質)が自然な状態で顕現している稀な人間のこと。

>業の全く無い人間が聖人なんでしょうか。じゃあ、業って何でしょうか。
「業」は本来、「行為」を意味する言葉(カルマン)ですが、
人の行為によりそれ相当の結果がもたらされるに至る、
因-縁-果-報の流れを生じさせているところの作用(力)でるあります。
よって聖人だから業がなくなるということはありません。
大抵の場合、業とは「悪業」のことを意味して使われています。
聖人は当然、悪業を成すような行為、そのような低級性質を克服しています。

>そんなことをやってたら、有限な人生はあっとゆうまに終わるでしょう。w
ものごとというのは、程度問題であって、
なにも経典や聖典などに精通せずとも、日々の瞑想なり善行なりに十分に勤しむことができます。
もちろんながら、普通に立派な人生を送ることもできます。
しかし、経典内容に精通し、尚且つ、学問的に研究したりなどとなると、
到底、何十年費やしてもやりきれず、
仰るとおり、その人の「人生はあっとゆうまに終わるでしょう。w 」

71 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/19 21:50
>>67
いつもながら、
さすがの解説ですよねぇ、電波男さん。
いや、阿呆陀羅經さんという可能性もある? が・・・
けどぉ、たぶん電波男さんだろうなぁ(激笑)

---オヒサ。。。
-------------こういう解説は、このお二人さんなしではやっぱり、-------------
うーーん、チト厳しいでしょうねぇ(笑)

72 ::03/09/19 22:12
>>69
ありがとうございます。
やはり、国訳一切経買わなきゃならないですね。

73 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/19 22:12
>>71
見切ったぞぃ!!
投稿者は阿呆陀羅經さんでした。ペコリ..

74 ::03/09/19 23:06
『仏書解説大辞典』、わかりました。
一番高いヤツが縮刷版で、全てを収録してるようですね。
しかし高いなぁ。古書でも30000円はする。
『大蔵経全解説大辞典』(雄山閣出版) は17000円で手に入れたんですが・・。

75 :名無しさん@3周年:03/09/20 00:01
>>74
そうです縮刷版です。たしか索引と補遺を除くものを集録しているはずです。
質が違います。が買っちゃったんですからもう買わなくてもいいんじゃないですか。

国訳一切経がいいと思いますが、ダイジェストとして以下の三つも優れています。
   1.新訳仏教聖典、大法輪閣(大正時代の現代語訳、ルビ多し)
   2.仏教聖典、三省堂(漢文書き下し総ルビ)
   3.現代仏教聖典、大蔵出版 (現代語訳)

 1.は文章が美しく信仰も感じられて、お勧めします。

76 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/20 01:55
『仏典解題事典』には主要な経律論の解説がなされています。
http://www.shunjusha.co.jp/book/10/10101.html
僕は学生時代に良く利用していましたし、今もよく見ますね。
ただ『仏書解説大辞典』とは収録件数が桁違いに少ないですけど。


77 ::03/09/20 05:18
>>75
『国訳一切経』のこと、大蔵出版の『新国訳大蔵経』と勘違いしてました。
どうやら全て完訳してるみたいですね。『大正新脩大蔵経』を底本としてるんでしょうか。
調べてみたら、経集部も翻訳されてる。>>66で書いた経典も読めそうです。
http://www.daitopb.co.jp/
http://www2.books.or.jp/asp/cat/cat.asp?sc=4384
読みやすい文章だといいのですが。

>>76
手元に置いて、さっと取り出すような辞典としてはいいかもしれませんね。
『大蔵経全解説大辞典』(雄山閣出版) はデカすぎて大変です。


全然関係ないけど、仏教書調べるのなら、ここはいいかもしれません。
既に知ってるかもしれないけど。
   ↓
http://www.bukkyosho.gr.jp/


78 :滝川クリステル:03/09/20 23:13
クリスタルは
各地の いけた駄作文化会館 の前に行って
葬家の連中たちに「子作りは、大罪です!」「子作りは、大罪です!」
と演説するべきだ。

79 ::03/09/21 00:38

俺んち、カンバン屋         プラカード作って、持っていこうか?

80 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 01:26
>>78
>葬家の連中たちに「子作りは、大罪です!」「子作りは、大罪です!」
>と演説するべきだ。
>
またか? 意味不明だな?
馬鹿にしてるつもりなのか、お前は!!
何がいいたのか、ハッキリと述べよ。
この馬鹿タレが。。。

81 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 01:31
>>78
どうせ、たぶん「転生」を支持する私を馬鹿にしたいのだろ、
クダラナイ煽りは辞めて、
シッカリした意見を述べたらどうだ!  ん???

できないのか、どうだ!!!!!!!

82 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 01:39
おまえは、
必ずでて来よいな!!!!!!!!!!

83 :滝川クリステル :03/09/21 02:37
ご指名とは、景気のいいこったぁー

ところで、アンタ。   卵子に種付けして、子を持っちまった口かい?

84 :名無しさん@3周年:03/09/21 06:44
転生に関しては証明出来ないので、別の議論を希望します。

85 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 10:43
>>83
私は独身、子供も無し。

しかしなんだか、たった一言、二言で去るんだな。
何を言いたいのか、ちゃんと自分の意見を述べなさいな。ホレホレ


>>84
人間、何も証明だの体験だのといったことが無かったとしても、
必ずしも信じるに足り得るというものです。

人は、自分がシリウス星に実際に行ってみなくても、その存在についてを疑いませんね。
人は、自分がアイスランドに実際に行ってみなくても、その存在についてを疑いませんね。
各自は、自分が入手する情報から総合的に判断し、結果的にそのことを常識として認識しています。
転生についてもまた然りであって、
転生を否定すればつじつまが合わなくなって、ものごとの道理が崩れること。
そして、転生を肯定しなければ説明のつかない出来事について知って、
より賢明に判断することが可能です。

まぁ、尤もここではもうやる気はありませんが・・・、
ただし、滝川クリステルさんの批判意見だけはしっかりと聞いておきます。

86 :名無しさん@3周年:03/09/21 13:59
電波=阿保ダラはご自慢のMLでも沈黙だな。死んだか

87 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 14:26
>>78
おい! 
寝てる場合じゃないぞ、お・ま・え。

ホント.早いところ、
 なんで、「子作りは、大罪です!」なんて私に言えなどといってるのか?
 なんで、「葬家の連中たちに」なのかを説明しなさい!

一行、二行で引っ込むなよ。
-----------------詳しくな!!!

88 :名無しさん@3周年:03/09/21 15:24
>>87
不条理なコピペはスルーしてください
わざとですか?

89 :名無しさん@3周年:03/09/21 16:02
ベロ。
ネット中毒に蝕まれているクリちゃんを(それも相当、重篤)
あんたのチカラで諫めてやってくれんかのぉぉぉ。

90 :名無しさん@3周年:03/09/21 16:07
>>86
電波(男)以上に知っているやつも覗いてることにやっと気づいたのだろう。

91 :クリトリス:03/09/21 16:50

クリステルとクリスタルは仲良くね♪

92 :名無しさん@3周年:03/09/21 19:54
クリスタルの存在によって、真我を説く者が誤解されないように祈る。

利他と信愛は両立しがたい

だから、無自性を主張する方々に安易に真我を主張する事は、
有害な結末を呼び込みやすい。
サリン事件であれだけの被害者を出したのにまだ解らないのか?

正しくヒンドゥーの哲学が説かれることを望む。

真面目に地道に修行しろよクリスタル


93 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 20:11
>>92
TV番組を見終わったら、即、反論する。

94 :名無しさん@3周年:03/09/21 20:17
>>93
お願いだから一生見ていてください

95 :名無しさん@3周年:03/09/21 20:20
>>85
アイスランドは……まぁーいいか
クリスタルさんはシリウス星を知っている、
うーーん、確かにな知ってるだろう
私もその意味ではシリウスを知っている

そっか、そっか
その程度の理解ですかぁー、ちょっと残念
仏教にしても、輪廻にしても
そら知ってるでしょうな
珍しい事じゃないわな

でもな、それは知ってるとは……
まぁーえぇーわ
ガンバッテな

96 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/21 20:22
>>92
>サリン事件であれだけの被害者を出したのにまだ解らないのか?
>
このような発言こそが世間の誤解を生むものであるから、
本当にどうか謹んで頂きたものだ。
その無知については、強く反論しておく。
もう、TVどころではないなぁ・・(笑

97 :666改:03/09/21 20:35
関係無いけど、人の認識がどんなにいいかげんかわかる画像を見つけたのでご紹介。
いっとくけど静止画です。

http://www.gazo-box.com/wara/img-box/img20030920000249.jpg

98 :666改:03/09/21 20:54
こんな単純なのでもやっぱ動きます。

http://www.gazo-box.com/wara/img-box/img20030920145220.gif

99 :名無しさん@3周年:03/09/21 21:45
目を動かさなければ動いて見えないよ。


100 :滝川クリステル :03/09/21 23:36
休みの日ぐらい、秋冬バーゲンに行かせなさいよっ!
他局だけど、TBSの世界遺産「ブッダガヤ」見るから、また明日。(二行  おやすみ。。。

101 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/22 01:01
>>92
>サリン事件であれだけの被害者を出したのにまだ解らないのか?
>
あなたは仏教及びヒンドゥーのどこに、
あの大量無差別殺人テロを肯定する教えがあるというのですか?

ハルマゲドンやらメーソンの攻撃だのとウンヌン抜かす馬鹿の妄想。
(しかも、ハルマゲドンもメーソンについても無知誤解だらけ・・・)
最終戦争だかに向けての武装強化と抜かす基地外麻原と、
それに追従する馬鹿弟子どもがやったことの、一体どこにヒンドゥーの説く真我があったというか!
あの基地外どものせいで、ヨーガというだけでオウムかという疑いが掛かる迷惑が起きたわけだ。
というより社会の、宗教団体全般に対する敬遠へと至ったのだが・・・。

仏陀の教えによれば、
 『心の中であらゆる方向を巡ってみても、どこでも、自己よりも愛しいものに巡り会わなかった。
それ故に自己を愛する人は他人を害してはならぬ。』(サンユッタ・ニカーヤ:T.75)
 『自己よりもさらに愛しいものは決して存在しない。同様に他の人々にもそれぞれ自己は愛しい。
故に自己を愛するものは他人を害してはならぬ。』(サンユッタ・ニカーヤ:T.75-ウダーナ)
 『自己を護る人は他の自己をも護る。それ故に自己を護れかし。しからば彼は常に損ぜられる
ことなく、賢者なのである。』(アングッタラ・ニカーヤ:V.373)
 『もしも、自己を愛しいものであると知ったならば、自己を悪と結ぶなかれ。』(スッタニパータ:790)
といっているのです。

そして更に、
 『原始仏教では自己を愛することを教えている。アートマンは愛しきものである。ある小さな神が
「子に等しい愛しいものはない。」といったのに対して、釈尊は「自己(アートマン)に等しい愛しい
ものはない。」(アングッタラ・ニカーヤ:U.21)と答えた。これは明らかに古ウパニシャッドにおいて哲人
ヤージニャヴァルキヤが・・・などと説いた教えにちょうど対応するものである。』
 以上. --------------中村 元著『原始仏教---その思想と生活』NHKブックス刊

102 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/22 01:01
 真我とはウパニシャッドが説く人間の本質、唯一にして至高の存在のとこ。私は一般仏教が信
じるところの「常見」批判には誤解があるものと推測しており(常見批判などは言われんでも当然
知っている・・・)、真我=ニルヴァーナ境であるとして捕らえているのです。
 人間の真実の本性「真我」とは、その性質において「愛」そのものであり、実際上は「利他」(心)
として発現するものなのです。低級性質が鎮まり昇華されて透明なものになることで、本来の自己
であるところの真我の特質(光)が顕現してくる。どうしてこれが、他者を傷つけ命さえも奪う性質
になるのです???

 それから参考までに、こういう言葉を知っておくといいでしょう。
 『49 弟子は、「その無明とは何でしょうか。その対象とは何でしょうか。また明智によって自分
の本性に立ち帰るわけですが、その明智とは何なのでしょうか」と尋ねた。
  50 師は答えた。「君は最高我であって、輪廻しない。それにもかかわらず《私は輪廻していま
す》と言って、正反対に理解している。また行為の主体ではないものにもかかわらず《(私は)経験
の主体である》、(永遠に)存在するにもかかわらず、《(私は永遠には)存在しない》(と、正反対
に考えている)。-----これが無明なのです。」』(ウパデーシャ・サーハスリー:U散文篇.第2章.49-50)
--------------シャンカラ著-前田 専学訳
             『ウパデーシャ・サーハスリー/真実の自己の探求』岩波文庫刊

103 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/22 01:06
滝川クリステルさん の件は次回...

104 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/09/22 01:18
>>102
こら、もうそのへんにしておけ。upadeSa-sAhaSrI やBrahma_sUtra-Sankara_bhASa で説かれていることを
原始仏教と関連してどう捕らえているんだい?簡単でいいから説明してみ。あんたのスタンスのしべてが
露呈されるから。

そしてもう来るな。あんたの水準で発言できる場ではなかったんだよ。感想文や三文小説は自分でスレッド
たてて勝手にやってくれ。これ以上荒らすな。

105 :名無しさん@3周年:03/09/22 12:02
良い方法があります。クリスタル氏には電波MLで
語っていただきましょう。

106 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/22 14:02
クリスタルさん、釈尊が真我の存在を説いた事のある仏典などはあるのでしょうか?
ウパニシャッドと釈尊が思想的に異ならないなら、なぜ仏教が成立したのでしょうか?


107 :名無しさん@3周年:03/09/22 15:28
>>102
>真我=ニルヴァーナ境であるとして捕らえているのです。
そういうこったろうと思っていた。

>>106
>ウパニシャッドと釈尊が思想的に異ならないなら、なぜ仏教が成立したのでしょうか?

またベロさんは極論を。
思想内容だけではくくれない、様々な要素もあるのはベロさんも知っているだろうに。
微妙な問題を排除して、そのような質問が出てくるとは。

>upadeSa-sAhaSrI やBrahma_sUtra-Sankara_bhASa で説かれていることを
原始仏教
>と関連してどう捕らえているんだい?簡単でいいから説明してみ。あんたのスタンスの
>しべてが露呈されるから。

これはぜひ電波男さんの考え(解説)も聴いてみたいものです。
楽しみだ。

108 :名無しさん@3周年:03/09/22 15:45
>>107
ちょっと追加→( )内。
>思想内容だけではくくれない(「ウパニシャッドの思想」というのもかなり大雑把では?)、〜。

109 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/22 18:24
一昨日帰宅。スレも更新されてますが相変わらず妄言病患者が跳梁してますな(苦笑)。

110 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/22 18:37
その昔−といっても昨年ですが−、このスレの1で以下のようなやり取りがありました。折角ですからこの延長で
議論があってもいいのではありませんか。

920 別スレ住人 New! 02/09/15 18:37
>>918
関心があるのでROMしておりました。
1 輪廻が生まれ変わりを示す以外のものではない
2 パラローカは死後の来世以外のものではない
と言うのはどこかに書いてありますか?教えてください。

921 コテハン New! 02/09/16 17:46
>>920
これではだめですか?『スッタニパータ』779偈、
    想を遍知して暴流を度るべし.牟尼は諸遍取に染取するなく、箭を抜き不放逸にして行じつつ.
    此世と他[世]とを願求するなし.
                 水野弘元訳、南傳大蔵経、第42巻、79頁
『ニッデーサ』:
此世と他[世]とを願求するなしとは、此世たる自己の身体を願求せず、他世たる他人の身体を願求せず.
此世たる自己の色・受・想・行・識を願求せず、他世たる他人の色・受・想・行・識を願求せず.
此世たる自己の六内処を願求せず、他世たる他人の六内処を願求せず.此世たる人世間を願求せず、
他世たる天世間を願求せず.此世たる欲界を願求せず、他世たる色界・無色界を願求せず.
此世たる欲界・色界を願求せず、他世たる無色界を願求せず.
更に趣・生起・結生・有・輪廻又は輪転を願求せず.欲求せず、楽はず、冀求せず、希望せず、熱望せざるなり.
これ「此世と他[世]とを願求するなし」[の義]なり.
                 水野弘元訳、南傳大蔵経、第42巻、85-86頁
「以外のものではない」という限定は厳しいですね。言葉ですから例外はあるでしょう。
輪廻に関しては術語として固定されて意味の強度が強く揺れが少ないと思いますが、
パラローカは、別の意味で使われる可能性があると思います。
別スレ住人さんは輪廻をどう捉えますか?
結局、こうゆう議論って知識量や語学力、レトリックがある方、あるいは多数派が優位なだけで、
本質的本来的正しさってゆうのはあんまり関係ないんでしょうね。
言葉を見ずに行いを見よ!ということになる訳でしょうか? ネットでは行いが見えにくい。

111 :名無しさん@3周年:03/09/22 18:37
>>105
賛成!!

112 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/22 18:38
その続きです。

922 別スレ住人 New! 02/09/16 18:43
コテハンさん。コメント有難う御座います。

引用された文献だけでは非常に難しいものを感じます。paraloka を死後の来世のみに限定すること
は不可能だと考えます。現在文献を引用できる環境から離れていますが、滅尽定や無想定規の出入定
を示して paraloka と言うようですし(アビダルマディーパ、倶舎論、声聞地)出定時には「結生」
と呼びます。(同文献)

その話の流から考えると、『スッタニパータ』や『ニッテーサ』の読み方も二様になります。

上記のように、滅尽定の用例がある限り、電波さんのおっしゃる現世での心のあり方としての輪廻も
否定は出来ないと思います。もちろん生まれ変わりに関しても否定はできないし、私の脳味噌ではわ
かりません。

>結局、こうゆう議論って知識量や語学力、レトリックがある方、あるいは多数派が優位なだけで
電波さんと「ディベート」抜きにして腹を割った議論をもたれることを希望いたします。


923 コテハン New! 02/09/16 23:30
>は不可能だと考えます。現在文献を引用できる環境から離れていますが、滅尽定や無想定規の出入定
>を示して paraloka と言うようですし(アビダルマディーパ、倶舎論、声聞地)出定時には「結生」

別スレ住人さん、よく分かりました。
しかし、滅尽定や無想定で悪趣を他世とは言わないのではないですか?
引用した箇所は悪趣ではありませんが、 

うーん、お恥ずかしい! 


113 :名無しさん@3周年:03/09/22 20:11
阿呆陀羅經さんに如来を衆生とする理由をお聞きしたいです。

>>159 
>如来は、死後、
> 11.存在する。
> 12.存在しない。
> 13.存在しかつ存在しない。
> 14.存在するのでも、存在しないのでもない。
阿呆陀羅經さんが既に欠いていました。
>>160 
> >>159
> >如来は、死後・・・
> は「タターガタ」−この文脈では衆生一般−と認識するほうが適切ではないかと思います。


114 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/22 20:46
>>113
> 阿呆陀羅經さんに如来を衆生とする理由をお聞きしたいです。
「原始佛教スレその3」での私の発言です。一部は省略し、ケアレスミスは訂正しておきます。
http://life.2ch.net/psy/kako/1035/10354/1035423266.html

452 阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ 02/12/02 21:06
最近気付いたことを少々・・・。
出先での徒然に本など買い込んで寝る前に拾い読みをしていたのですが、アーガマの無記説についての面白い
語釈を見つけました。
「タターガタは死後に存在するか、存在しないか、存在しかつ存在しないか、存在するのでもなくかつ存在しな
いのでもないか」 という設問で言及される「タターガタ」とは、「修行完成者」といった意味に限定されず「衆生」や
「自我」といった意味も含んでいるということです。また、「佛教でもジャイナ教でも説くところの、このコンテクス
トにおけるタターガタとは『如来さま』のことではなくて、『たましい』のことである。タターガタは『衆生神我』と訳
されていることがある。」
                                         『原始仏教の思想T』p234 中村元著作集
「たましい」という訳語の是非はともかく興味深い記述でした。

453 阿呆陀羅經 ◆SEX2ZdVDQM New! 02/12/02 22:44
佛教とジャイナ教が教理の相違はともかく、同時代に成立した隣接宗教であるとよく指摘されていますが、同
じ論題を共有していたという事実には興味をそそら れました。当時巷間でしきりに論じられていた事柄なので
しょう。それにタター ガタの語義の多義性も知ることが出来たのも収穫でした。

459 阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ New! 02/12/04 01:15
>「タターガタ」が「如来」意味のみでないと言うのは興味深いですね。
『別訳雑阿含経』第十巻(196)
T02n0100_p0445a18(01)?身異命異。衆生神我。死此生彼。為有為無。
T02n0100_p0445a19(02)?亦有亦無。非有非無。非非有。非非無。曇瞿。
という記述があります。

また、パーリ聖典の註釈にもこの場合の「タターガタ」とは「サッタ(衆生)」や「アッター(我)」のことであると記され
ています。

115 :名無しさん@3周年:03/09/22 23:52
>>114
>阿呆陀羅經 ◆SEX2ZdVDQM New!

これ凄いね!やってやって

116 :名無しさん@3周年:03/09/23 00:05
なるほどそれでは否定しようもない。
>>114
>>パーリ聖典の註釈にもこの場合の「タターガタ」とは「サッタ(衆生)」や「アッター(我)」

これ原典みたいです。


117 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/24 02:21
今日はここは静かだったみたいですね。

118 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/24 12:36
>>65 pさん
>長部の大念処経は、まだ翻訳されていません。
雑誌形式ですが中山書房仏書林から『原始仏教』第11巻として片山一良氏による和訳が刊行されて
います。ご参考までに。
http://www.kotobuki-p.co.jp/nakayama/g-menu.html#11

119 :名無しさん@3周年:03/09/24 20:04

>>102
> 人間の真実の本性「真我」とは、その性質において「愛」そのものであり、実際上は「利他」(心)
>として発現するものなのです。低級性質が鎮まり昇華されて透明なものになることで、本来の自己
>であるところの真我の特質(光)が顕現してくる。どうしてこれが、他者を傷つけ命さえも奪う性質
>になるのです???

自分で修行しないからこんな事↑を妄想するんだよ。

被害者や加害者の苦痛を、
吾身に引付けて考えられなかったんだね。
だから、あの事件から何も汲取る事ができなかったんだね。

とてつもない浪費・無駄、大盤振る舞いだな?!

神は残酷だ。
これ以上ないと言えるほど平等なゆえに,神は残酷だ。

クリスタル、正気ついても自殺するなよ。<混じれ酢。

スレに関係ないから下げ。散発的乱入でスマソ。本題に戻ってくだしい。

120 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/24 20:16
>>119
意味不明だな。

テキトウなこといわず、もっと具体的に説明して批判しなさい!!
文字数が少な過ぎだなぁ・・・。
遠慮するな。

121 :名無しさん@3周年:03/09/24 20:21
>>119
オウムのは真我じゃないでしょ
もちろん○リスタルのも違う。
利他とかいう概念があるのは本来おかしいの。
自他を分けないところのものであり、自己そのものだから、
他人への干渉というのは全て自分のエゴです。

122 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/24 20:35
>>121
>オウムのは真我じゃないでしょ
>もちろん○リスタルのも違う。
はぁ?意味不明です。
テキトウに書かないで詳しく願う。


「利他」というのは便宜上。
>自他を分けないところのものであり、自己そのものだから、

同じではないか!!

123 :名無しさん@3周年:03/09/24 20:41
>121
うん、俺が言いたいのは真我を追求するにしても、
正しい追求の仕方、間違った追及の仕方があるという事。

仏教という、組み立ての上では
利他はやはり言及すべき要素と思いませんか?


124 :名無しさん@3周年:03/09/24 21:13
実際は利他と利自は対立するものではない筈です
利他という括りを設けてしまうのは、
外から見てそのように見えるだけのことです。
実際は利他といえども自分のエゴになってしまいますから、
利他を心がけることは非常に危険であると言えます。

利他といえども、自分の為に行っているに過ぎないという
はっきりとした意識の下に行うのでなくては、
これほど迷惑なものはありません。
「あなたの為に」「誰かのために」
これらの言葉ほど、偽善に満ちたものは無いでしょう。
「利他」というものを考えてしまうようでは、
本当の利他を知ることはないのです。

仏教でそこまで言ってるかどうかは知りませんが。

125 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/24 22:16
>>124

>>102
> 人間の真実の本性「真我」とは、その性質において「愛」そのものであり、実際上は「利他」(心)
>として発現するものなのです。低級性質が鎮まり昇華されて透明なものになることで、本来の自己
>であるところの真我の特質(光)が顕現してくる。どうしてこれが、他者を傷つけ命さえも奪う性質
>になるのです???
>
これが私の述べたものです。

しかし、
>実際は利他といえども自分のエゴになってしまいますから、
>利他を心がけることは非常に危険であると言えます。
>「あなたの為に」「誰かのために」
>これらの言葉ほど、偽善に満ちたものは無いでしょう。
>
という、
あなたのいうことは、私がいっていることとは全然違うものです。

私は、真我の本来の性質であるところの愛が「顕現してくる」、といっているのです。
その意識からくるところの行動(行為)を、私は便宜上「利他」(心)と表現したまでのこと。
熟考して下さい。

尚、あなたの主張である
>実際は利他といえども自分のエゴになってしまいますから・・・
については別段、私は意義などはありませんが。

126 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/24 22:25
また、解からないといけないので、
 一応、追記しておきます。

真我の特質である慈愛の意識は、
決して、自分勝手なエゴには成り得ないのです。
そのような自分勝手なエゴなる低級性質を克服することで発現されてくる本来の自己意識、
自己の姿、それが真実の利他心といえるものになります。

これでも解からない場合には、
それ相当量の説明が必要であるか、或いは時間の無駄ということになります。

127 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/24 23:24
>>119>>121は、同一人物なのかどうか判然としませんが、
119に対する小コメントを付けます。

>自分で修行しないからこんな事↑を妄想するんだよ。
これは修行してもしなくても、
ごくごく基本的な真理(残念ながら、これも実に安っぽい言葉となった)を述べたまでです。
尚、あなたのいう修行が何を意味するかは不明ですが、
私も道の途上に在るところの一人です。

>クリスタル、正気ついても自殺するなよ。<混じれ酢。
しかしなんで、私の自殺なんかを懸念するのでしょうか?
ハイハイ.ご心配に深々と感謝ですわ。。うーーん結構、愉しいねぇ..(笑

しっかし、何をそんなにキリキリされているのか不思議。
まるで、反抗期の子供たちを相手にするようであり、
少しだけ親御さんたちのお気持ちが分かるような気がしました。
あっははははは!

(何度も登場する方は何かコテハンを使ってはどうでしょうか?
自分の一貫した主張と投稿が相手や読者に見えたほうがよりイイ筈です・・)

128 :名無しさん@3周年:03/09/25 00:04
真我とは?

129 :名無しさん@3周年:03/09/25 01:04
>>127
(何度も登場する方)>>34 以後あなたに対して書いてませんけど。

この発言で無駄を悟りました>>29
> 尚、仏典にその根拠探しても到底、無理です。
> それから一般的な仏教書というものは、
> 真理を理解できずに誤解している者たちが書いているものなので、
> 当然、それらを読んでも殆ど無駄骨です・・・。

この発言>>50は上の発言と矛盾しませんか? 
> 文献学上からの私の主張に対するご批判は、本当に大いに歓迎しています。
> 私は常に批判を歓迎するのであり、無批判や安易な同意には失望します。
> 徹底的に批判して私の主張などは破壊して下さい。
> 私自身を納得させて頂ければ、それに越したことはありません。
> 間違いに気づけば、考え方はいつでも改めるつもりですよ!

経典を引用して、つまり文献学的に常見であると指摘してきたつもりでしたが、
忘れてください。もう貴方に対して書きませんから。
>>67 は私の発言です。

130 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 01:20
>>129
>経典を引用して、つまり文献学的に常見であると指摘してきたつもりでしたが、
>
だから、その経典とやらは誰の言葉ですか?
それは仏教解説者らが翻訳した言葉や文章に他なりません。
解説書ならば尚更のことです。

「無常」と「常見」、これについては、
ゴータマの実際の教えが忠実に再現されているかは疑わしいことを私はいっています。
あなたはゴータマが云った「アートマン」とは何を指していったのか?
本当に判って私を批判しているのですか?
本当に仏教解説者らの説明は正しいものといえますか?
第一にあなたは、「アートマン」が何々を意味するか理解して言ってますか?
そして、「無我」についてもこれは解説書の説明が悪くて多くの誤解が発生しています。
だから、涅槃も仏陀も無常などというトンデモナイ勘違いを犯しているのです。
これでは、話にもなりませんよ。

131 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 01:22
>>128
これは文字通り、
真実の自己(本性)「わたし」のことです。
これが何んであるかが判れば、人間にとっての当面のゴールに到達したことになります。
これは当然、頭脳で知的に理解することを意味しません。
真実の自己そのものに意識が留まり、
真実の自己以外のもの一斉が消滅する状態です。

私は仏教の目指す境地と同義であると主張するのですから、
これはもちろん、克服すべき煩悩の全てを消散せしめることに成功した本来の自己性に他なりません。
平均的な仏教徒らは誤った解説に洗脳されて、無常や常見についてを誤解しています。
よって残念ながら、このことに気付くことができません。

例えば、シャンカラはそのような仏教徒を痛烈に批判しています。
(あなたはインド最大の哲学者シャンカラと討論しますか?)

132 :666改:03/09/25 01:33
原始仏教と関係なくて申し訳ないけど、
>>97で紹介した絵のような原理を使った曼荼羅なんてないんですかねぇ。
動く曼荼羅。
あってもよさそうな・・

関係なさ過ぎるのでsage

133 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 01:41
>>102
>君は最高我であって、輪廻しない。それにもかかわらず
>《私は輪廻しています》と言って、正反対に理解している。
一見、ヒンドゥー本来の業法輪廻思想とは違うように見える
こういう説明をシャンカラがしている意味が判りますか?

これらは、私が意図的に掲載投稿したのです。
こういう意味が理解されてくれば、
おのずと仏陀が批判したアートマン存在が本当は何んであったかも見えてくるのです。


>>132
あれは、楽しかったですねぇ。
曼荼羅の諸仏たちが動いて見えれば、実に愉快愉快...

134 :名無しさん@3周年:03/09/25 02:48
>>133
シャンカラの輪廻に対する見解は、二重底どころか三重底ですよ。
でも、まずはクリスタルさんの見解を聞いてみましょう。

しかし解っているのは自分だけ、というその興奮状態から早く抜けられると良いですね。

135 :名無しさん@3周年:03/09/25 21:22
鏡に写った自分の姿を見て、これこそが本当の自分だと思い込んでいる馬鹿が
ここにも一人いるようだ

136 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 21:36
>>134
>でも、まずはクリスタルさんの見解を聞いてみましょう。
ありがとうございます。

>しかし解っているのは自分だけ、というその興奮状態から早く抜けられると良いですね。
あっはははは!
まぁ.しかし、別に興奮状態でありませんよ(笑

「仏教の根本教義であり、
ヒンドゥーとの最大の違いとも目されてきた<常見>は誤解されており、
本当は常見とヒンドゥーの真理とは何ら矛盾しない」という私の考えについて、
何か他で明確に説かれているのを自分は見たことがありません。
ただ、たぶん気付いてる方は他にも何人もいるだろうことは察します。
恐らく中村 元氏などは分かっていた可能性を考えています。
(電波男さんによれば、こういうのは私による身勝手な「悪用」になるようです)

尚、通常は仏教徒の中にはいないであろうと思いますが、
仏教の目指すニルヴァーナ境と真我一体境とは全く同一である、
と見なしている人は仏教徒の他にはもちろん大勢いるでしょう。
特にヒンドゥー側の立場からは分離した見解などはない。
まぁ、電波男さんからはこういうのは「基地外」のようですが・・・。

エーと、スイマセンが、
他にもチト多忙になってきておりまして、
お急ぎでなければ、どうかマターリとお願いします!!

137 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 21:51
>>136
>・・・他で明確に説かれているのを自分は見たことがありません。
そりゃそんな非論理的でデムパなトンデモ説を普通思いつきませんよ(嗤)。
>恐らく中村元氏などは分かっていた可能性を考えています。
そんな謬見は選集所収の『原始仏教の思想』を一読すれば、完膚なく吹き飛ばされます。

要するにあなたが論証抜きでだらだらと書き込んでいる「持論」は、結論が設定された信念体系に
沿って経典や概説書の記述を切り貼りしているだけのものです。その手口はオウムや阿含宗など
の似非原始佛教カルトと同じ。いわばあなたの「独房カルト教義」でしょうね。それと内容の伴わな
い長文発言はスレの無駄使いですよ。


138 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 22:24
>>78
滝川クリステルさんの登場、
その後の追加、詳細説明を待っていたのですが、
いつまで経ってもラチがあかないようなので、もう痺れを切らしました。
こちらからいくことにしますわ(少しだけねぇ)。

もしも、転生を肯定する考え方とは、
この世の苦の世界に人が生を受けることを意味するので、
そのような世界へと引き込むことを意味する生殖行為は罪深いものになる、
という理由から、転生肯定説を馬鹿にしているのであれば、
私はこのように説明しておきます。

人間は繰り返し転生することで、
人と人との正しい関係、及び自然(界)との正しい関係についてを学びます。
業報輪廻の法則に沿って人生経験を積んでいく必要があり、
無常なるものへの執着によって自らの苦悩を集めている
己れの実態についてをしだいに理解していくことになります。
霊的な進化の道、
人生についての克服は再びこの人生体験を経ていく中で養われていきます。
仏道修行も当然であって、再び肉体を纏って、
物的な束縛やら誘惑やらの環境の中において、
自己を克服できることを証明しなければなりません。

言い換えるならば、
転生とは「学び舎への帰還」であり、
完成途上で更に体験を必要としている若き魂を招来することになる生殖行為とは、
人間にとってなくてはならない必然性のものです。
受胎は転生外にあった魂を磁力的に引き付ける神聖な神秘です。

139 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 22:24
もう一つ、
なんで創価学会や池田文化会館が出てくるのか、
私に「そこで言え」などというのは、ちょっと意味不明ですが、
それは、私はかつて彼らと討論したことがあったことについて触れたからでしょうか?
これは、たまたま彼ら信徒数の多さが接触のあった主たる原因だと思います。
まぁ実際に、若き頃に池田文化会館や地域の幹部宅へ招待を受けたので、
行ってきて議論したことはあります。 以上..

140 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/25 22:26
でも釈尊は比丘に対して生殖行為を厳禁したのでは?

141 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 22:43
>>140
ゴータマも生殖行為を体験していますが、
まずは、性行為や生殖行為を悪と見なすことについては否定しておきます。

霊性の修行の道においては、
いずれは生殖行為を必要とせず(当人にとって)、
性行為に向ける時間や体力その他一切のエネルギーの浪費をしないことを学ぶ段階がきます。
もっとも、そういうレベルにある弟子は自然とそれらに対しては注目を注がなくなるでしょう。

魂の転生を招来する役割は、肉体本能による自然な行動として一般大衆がします。
しかし弟子たちは違う。何れはそれらを不要とします。
出家僧に対する戒としては、別段、不思議でもないのではありませんか?
出家僧にとって、どうして性行為は必要なものですか?
そのようなものすら克服できずに、その後に続いていく壮絶な行を続けられる筈がありません。
無理な者は、まだ下の段階で歩めばよいのではありませんか?

142 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 22:50
>>137
>結論が設定された信念体系に沿って経典や概説書の記述を切り貼りしているだけのものです。
>いわばあなたの「独房カルト教義」でしょうね。
>
-----自分自身で考えることを止めたらお終いです-----
それが如何なる経典であれ聖典であれ、
ただ、自己を縛り付ける条件付け以外の何モノでもありません。

経典に載っていないことについては、
自分で判断する術を全く知らず、
その語られる言葉は経典を開けば載っているだけのもの。

143 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 22:57
>>142
>経典に載っていないことについては、自分で判断する術を全く知らず、
>その語られる言葉は経典を開けば載っているだけのもの。
おやおや、日本語になっていませんよ。そこまで言い切れるほど経典の記述を各方面から検討吟味
してるのでしょうかね(嗤)。

自説に都合の悪いものは経典の記述すら切り捨てるのであれば、それならそれで「反佛教」あるいは
「反ゴータマ」の旗色を明確にされたらいかがです。すっきりすること請け合いです(笑)。

144 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 23:03
追記
ろくに議論も出来ず、根拠も論拠もない妄想体系を垂れ流すのならば、オカルト板あたりにスレ立てて十分
に愉しまれてはいかがですか。あちらでは大受け間違い無しでしょう(笑)。

145 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/25 23:10
>>143
>それならそれで「反佛教」あるいは
>「反ゴータマ」の旗色を明確にされたらいかがです。すっきりすること請け合いです(笑)。
わたしは元々、
「キリスト教=イエスの教え」とか、「仏教=ゴータマ仏陀の教え」といった具合には見なしません。

ではもしも、私が言うとするならば、
「反-ゴータマの教えを誤解した弟子たちと解説者らに拠って編纂された経典及び思想体系」
でしょうか?

146 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/09/25 23:18
うーむ。まあ。経典を一個も知らずとも、仏教用語をいっこも知らずとも、
仏教の真髄・精髄を語りつくすことは、実は理論的に可能なんですよね。
他ならぬ釈尊その人がそうだったんだから。

だから、クリスタルさんがもしは弥勒仏であるならば、そっち方面で是非とも
がんばってほしいと思うんだけど、、悪いが今の所、弥勒の迫力はないね。

と、日記には書いておきまうす。

147 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 23:19
>>145
相変わらずあなたは、そうした主張を裏付けるような根拠や論拠を何も提出出来ませんね。いい
加減にその種のトンデモドグマの垂れ流しは他所でおやりになれば如何。ここはギャグスレでは
ありませんよ。

148 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 23:22
>>146
NBさん、お久しぶりです。
>他ならぬ釈尊その人がそうだったんだから。
バラモンやウパニシャッドなどの語彙を駆使して、それを思想的に換骨奪胎してしまいましたからね。


149 :名無しさん@3周年:03/09/25 23:30
阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ の文章は読むに値しないと思うのですが、
いかが?

150 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/09/25 23:34
>>148
いやあ、おひさです。うれしいなあ。まったくもう。

151 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 23:42
>>145
>「反-ゴータマの教えを誤解した弟子たちと解説者らに拠って編纂された経典及び思想体系」
>でしょうか?
ならば、あなたがブッダの教説として依拠するものはそもそも存在せず、あなたの主張の根拠は
あなたの恣意のみとなりますね。まさしく脳内妄想似非佛教(苦笑)。


152 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/25 23:46
>>150
最近出張仕事が多く、ご無沙汰しております。ここも例の御仁が現れてから糞スレ化しておりますがお暇
な時にでもどんどん書き込んでくださいませ。

153 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/09/26 00:15
>>152:阿呆陀羅經 さんおおお、なんまんだぶつ。ありがとうございます。

まあ、個人的には糞スレ化?の中でも面白いほうだったり…(w
おやすみなさい。

154 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/26 00:26
>>145
クリスタルさん、
前スレのあなたの発言↓と、現スレの>>145のあなたの発言とは矛盾してませんか?

355 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/08/29 00:17
>>347
つづき.

 仏陀ご自身とその思想について知ることのできる資料は、原始経典とか根本経典などといわれ
ているパーリ五部聖典(Pan~ca-nika^ya)、もしくは漢訳四阿含経(パーリ五部中の4部が漢訳され
た経)の中に求められるべきです。
 その他の経や資料は全部がダメということではありませんが、当然、その信頼性はありませんね。
また、内容を比べれば違いも歴然とするでしょう。
 それが仏陀の説かれたものと見ていいかどうか、もしくは正しく真理として認められるかどうかは、
すべて自分自身が判断を下すことです。一切、誰も強制しません・・・。

更に・・・
 どんな天才や高僧が出現して何を云おうとも(それが全部間違いという意味ではない)、仏教は
ゴータマ唯一人が説かれたものであって、これ以外に仏教はどこにも存在しません。




155 :名無しさん@3周年:03/09/26 00:43
あほだらの電波ぶりが進んでるねぇ


156 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 00:44
>>154
全く矛盾しません。
良いツッコミですから、こういうのは遠慮しないでどうぞ!
(尚、すぐに返答できない場合もあります)

ゴータマの思想は原始経典/根本仏典を拠りどころとすべきであるとはいいましたが、
原始経典/根本仏典の内容全てが完全にイコールで、
ゴータマの思想そのものであるとは決していっていません。
他の経典郡などと比較して信頼を以って見てはいますが、
全面的に鵜呑みにはしません。
最終判断はあくまでも「自己の意識に拠るべき」であって、
その他の如何なるものにも-------「従属すべきではありません。」

できましたら、
繰り返して再度、読まれるよう願います。

157 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 00:50
>>146->>153
NB さん、どうもはじめまして。
  そして、ありがとうございまする。

現時点における最大の賛辞? として、
心からお礼申し上げます。
まぁ、一人だけ変わったオモロイ投稿? かなぁ、
ぐらいに見てもらえれば、
私も睡眠を削っている意味があったものと思います。ペコリ

158 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 00:50
>最終判断はあくまでも「自己の意識に拠るべき」であって、その他の如何なるもの
>にも-------「従属すべきではありません。」
要するに、あなたの発言は我田引水牽強付会に基づく恣意的見解であることを宣言されたわけで
すね。了解しました。
>できましたら、繰り返して再度、読まれるよう願います。
読んだ上で論理破綻を指摘されているのではありませんか。


159 :名無しさん@3周年:03/09/26 00:58
あの〜、荒らしは無視が原則なんでは?

160 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 01:12
>>158
自己を拠りどころとし、
私に頼ってはならないがゴータマの教えの一番大切な根幹です。

>要するに、あなたの発言は我田引水牽強付会に基づく恣意的見解・・・
従属することよりはマシ。
尚、私の見解に沿うことで矛盾は解決され、幾多の分離は消失するのです。
人のことは言いたい放題ですが、あなたは第一、
私が提示してきた数々の疑問点や指摘に対しては、
何らマトモナ返答が返せなかったではありませんか?
それらに対して納得いく解答が出ない限りは到底、あなた方の主張などは認められる話ではありません。

161 :名無しさん@3周年:03/09/26 01:17
「輪廻」は通常人の生き死にの繰り返しを言い表しますが、
それ以外は「何々の輪廻」と区別してください。
さしずめ、「経験の輪廻」とか。

162 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 01:26
>>160
>・・・何らマトモナ返答が返せなかったではありませんか?
過去ログを精読すればこちらの見解はおのずから明らかでしょう。それにあなたは都合が悪くなれば
論点ずらしや質問返しに終始し遁走を続けるばかりではありませんか。文献の引用などもあなたの恣
意に沿わないものはスルーしてましたからね。

>それらに対して納得いく解答が出ない限りは到底、あなた方の主張などは認められる話では
>ありません。
「納得いく解答」なるものが「クリスタル教」への同意であるとすれば、それは金輪際無理ですね。なぜな
らあなたの主張の前提そのものが戯論であるからです。

163 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/26 01:42
自らを帰依処とすると言う教えは、我欲の奴隷になっても良いと言う事では決して
ないと思いますよ。クリスタルさんの論理ではサンガの意義が無くなりますね。
全てを自分の判断で確定してしまうのならば、ブッダもブッダの教えも無意味でしょう。
「自帰依」とともに「法帰依」もお忘れなく。

164 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 01:45
>>163
>「自帰依」とともに「法帰依」もお忘れなく。
それが真実にして「ダールマ」そのものであるとして認める判断決定は、
すべて「自己が成す」のです。

165 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/26 01:57
釈尊も自ら悟ったダルマは、先人が辿った足跡を自分も歩いたんだって言ってたような。
大切なのはダルマの判断決定には釈尊やその教えが加味された上での自己決定でしょ?
それがないなら完全に自分教になってしまうのでは?

166 :名無しさん@3周年:03/09/26 02:06
電波度:  阿呆陀羅經、電波男Ψ(´д`)Ψ < クリスタル

人格的問題: 阿呆陀羅經、電波男Ψ(´д`)Ψ > クリスタル

167 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 02:20
>>165
それでいいです。
世には先人(聖賢)たちによって提供された教え、積み上げられてきた一連の真理があります。
それらを踏まえそれらも含めて、尚且つゴータマ仏陀の教えを知って、
その上で判断するというのは、「自分自身がすること」なのです。

他人様の支持に従属して、自己を明け渡すことが洗脳に繋がることなのです。
これが「グルに従うこと」の最大のリスクです。グルが誤れば、弟子たちも全てが墜落します。
尚、ゴータマは自分がそのようなグルであることを否定しました。それが自灯法灯明を説いた意味でしょう。

168 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 02:40
>>162
別に阿呆陀羅經さんとの対話は終わりにしてもいいのですが・・・

>「納得いく解答」なるものが「クリスタル教」への同意であるとすれば、それは金輪際無理ですね。
それは違うでしょう。
私の間違いを判らせるほどの説明があればそれでイイことです。
あなたにはそれがありません。

>なぜならあなたの主張の前提そのものが戯論であるからです
お好きにお任せしますが、
その「主張の前提」・・・がなければ、矛盾や誤解については解決されないのです。

169 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/26 04:43
クリスタルさんの
>仏教はゴータマ唯一人が説かれたものであって、
>これ以外に仏教はどこにも存在しません。
と言う前言と
>わたしは元々、「キリスト教=イエスの教え」とか、
>「仏教=ゴータマ仏陀の教え」といった具合には見なしません。
この矛盾を指摘しましたが、それに対して
>全く矛盾しません。  と言い張って、さらには

>ゴータマの思想は原始経典/根本仏典を拠りどころとすべきであるとはいいました
>が、原始経典/根本仏典の内容全てが完全にイコールで、ゴータマの思想そのもの
>であるとは決していっていません。
>他の経典郡などと比較して信頼を以って見てはいますが、全面的に鵜呑みには
>しません。最終判断はあくまでも「自己の意識に拠るべき」であって、その他の
>如何なるものにも-------「従属すべきではありません。」

とおっしゃるからには、ゴータマの「無我説」もクリスタルさんご自身の判断に
基づくかぎりそれは誤りであり、それを引きずった弟子達や仏教学者達に対する
批判も、客観的な資料に基づくものではなく、単にあなたの判断基準に合わない
とから言う事なのですね?

ゴータマが現存しないのですから、限られた文献資料を客観的に正確に読み解く
作業を通してゴータマの金言に触れ得ると僕は思うのですが、それに対して、
最終決定はクリスタルさんの悩内ですると言うなら、ここでのあなたのお話も
客観的には明かに「非ゴータマ」「非仏教」と言う事でよろしいでしょうか?

真我の発露とか、真のアートマンの発見がニルヴァーナの境地であるとか、
胎生的な業報輪廻転生を認めないと道理に合わない、因果律が崩壊する等々と
おっしゃってましたが、それも全てゴータマとは何の関係もない、あなたの悩内
判断で決定された事なのですね。それなら何の問題もありません。後はあなたの
説をここのギャラリーがどう判断するかは、ギャラリーに委ねられますから。

170 :名無しさん@3周年:03/09/26 07:38
>>156
> ゴータマの思想は原始経典/根本仏典を拠りどころとすべきであるとはいいましたが、
> 原始経典/根本仏典の内容全てが完全にイコールで、
> ゴータマの思想そのものであるとは決していっていません。
> 他の経典郡などと比較して信頼を以って見てはいますが、
> 全面的に鵜呑みにはしません。
> 最終判断はあくまでも「自己の意識に拠るべき」であって、
> その他の如何なるものにも-------「従属すべきではありません。」

あのね、ここに素朴な混乱があるように思います。
「原始経典/根本仏典の内容全てが完全にイコールで、ゴータマの思想そのもの
である」と主張している人は、ここには誰もいません。ただ、仏陀の思想である
/何らかの意図に基づく後代の付加であるということを判別することのできる客
観的根拠にもとづいて、より正確には、そのような客観的根拠の探索には何が必
要かということをめぐる客観的基準にもとづいて議論してるんですよ、ここの
コテハンさんたちは。

その「根拠」を「自己の意識」にしてしまうと、それはある意味でとっても楽に
なります。定義上、他人からの反駁を受け付けないで済むので。でもね、それで
はあえて他者に向かって語る意味がないでしょう、教祖様でないかぎり。また、
あなた以外の人から見たとき、あなたは「批判は歓迎」っておっしゃるけど、批
判のしようもないことになる。反証可能性のある立論になってないからです。
なので、やっぱりスレちがいだと思いますけど。


171 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 11:30
>>169
あなたの読解力には、ホトホト疑問を持ちます。

>ゴータマの「無我説」もクリスタルさんご自身の判断に
>基づくかぎりそれは誤りであり、それを引きずった弟子達や仏教学者達に対する
>批判も、客観的な資料に基づくものではなく、単にあなたの判断基準に合わない
>とから言う事なのですね?
>
無我説については、ゴータマはアートマン否定などしていないにも関わらず、
仏教らが無常観と結びつけて受け取って失敗しました。
これは「非我説」と呼ばれて、今日では強く支持する学者が出てきています。
非我説は、「それらはアートマンには非ず」と説いたというものであって、
このことは、真実のアートマンとは何かについて示唆しようとしている言葉に他ならないわけです。

疲れるので、もうご勝手にどうぞ!!
以降はベロさんによる誤解と無理解からくる繰り返しの事柄には応じません。

172 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 11:31
>>170
>その「根拠」を「自己の意識」にしてしまうと、それはある意味でとっても楽に
>なります。定義上、他人からの反駁を受け付けないで済むので。
あなたの読解力もです。
そんなことは言ってません・・・。

私はその客観的根拠も含め自分で判断することになる、といっているだけです。
では、あなたは他人が何々といえば、
全部それを正しいものとして従う馬鹿ですか?
相手や根拠が何モノであろうとも、最終判断は全て自分自分が成すのです。
これを放棄するものは洗脳されたロボットに過ぎません。

173 :名無しさん@3周年:03/09/26 11:50
学者批判した後に、学者が支持している「非我説」を支持するんだ?

って、皆さん「すいません、荒し野郎に反応してしまいました。」

∞逝ってきます∞

174 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/09/26 11:54
>>171
クリスタルさん。いい加減に私の問いに答えてください。シャンカラと原始仏教とどうつながるのかを。

>無我説については、ゴータマはアートマン否定などしていないにも関わらず、

これについて根拠を示してください。あなたの感想文ではなく。

175 :名無しさん@3周年:03/09/26 12:58
電波キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!


176 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 13:36
>>168
> >>162
> 別に阿呆陀羅經さんとの対話は終わりにしてもいいのですが・・・
都合が悪くなると遁走ですか。そもそも「対話」の土俵そのものからしてお気に召さないようです
が・・・(嗤)。

> 私の間違いを判らせるほどの説明があればそれでイイことです。
> あなたにはそれがありません。
理解能力の欠損を論証責任の転嫁に摩り替えていますね。過去ログをまともに検討した形跡も
ないし、だいたいあなたは主張に伴う挙証責任も果たしていませんよ。

> その「主張の前提」・・・がなければ、矛盾や誤解については解決されないのです。
あなたが「矛盾」や「誤解」が生じると思い込む前提そのもの、つまりあなたの信条体系である形而
上的断定が果たして成立可能であるか否かを吟味する必要があると繰り返し述べていますが。ブ
ッダの「無記」の理解には必須の筋道ですよ。

177 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 13:45
>>171-172
ほう、つまりは「ブッダだろうが経典だろうが学説だろうが、俺様の信念に沿わないものは正しくはな
い。俺様教義を補完して初めて佛説といえるのだ。」という思考様式なのですね。まあ珍しくもありま
せん。オウムの松本や阿含宗の桐山、それと昔ここに来ていた仙人氏と同類です。

178 :名無しさん@3周年:03/09/26 13:45
読書の秋、
  お金ないので
    2ちゃん読む

179 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 13:46
>>173
学者だから、全部ダメなどとは言っておりません。
内容を自分で考えることが重要・・・。
しかしまぁ、ここの参加者は、よくこんなのバッカリですなぁ。
あなたはもうあっちへ、∞逝ってなさい∞

>>174
忘れているわけではないので、この件については投稿しますよ。
しかし、今は疲れています(笑
ゴメンナサイ。

180 :名無しさん@3周年:03/09/26 13:50
>内容を自分で考えることが重要・・・。
多いに結構だけど、原意を無視して得手勝手な解釈して
言いたい放題の洗脳工作やってる連中を一まとめにして
「カルト教団」って総称されるんじゃないのかい?

「自分の解釈」を信仰するのと、原意を忠実に読み出そうとする
事はまるで別物だと思うね。
電波さんたちがやってるのは後者、あなたがやってるのは前者
だと感じるよ。

というかクリスタルさん、あなたはオカルト板行ったほうが良くない?


181 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 13:51
>>177
>俺様の信念に沿わないものは正しくはない。
>
誰もそんなことは言ってはおりません。
私に間違いはないなどとは主張しません。
全面的に間違いかもしれないし、部分的であるかもしれない。
それを判断するのは「あなた自身」ですよ。
皆さんはどうやら、議論になる意識状態でないようですねぇ・・・。
「こりゃ.ダメだぁー」(長介さんより)

では、休みますね。クークー


182 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 13:59
>>181
>誰もそんなことは言ってはおりません。
論拠も根拠も示さずに愚にもつかない見解をだらだらと垂れ流す態度、都合の悪い反証には答えな
い姿勢にその有様が如実に示されています。あなたの主張の根本的な「間違い」は既に各方面から
指摘されていますよ。しかし、自己の信条体系の盲信者たるあなたにはそれを認識する能力すら欠
如していますね。お気の毒に・・・。

183 :名無しさん@3周年:03/09/26 14:06
あのう・・どんな宗教でもいいんですけど
宗教やってる人って無宗教で生きていくのは
やっぱり怖いものなんですか?

184 :名無しさん@3周年:03/09/26 14:27
ん?
怖いとかの問題か?

185 :名無しさん@3周年:03/09/26 14:33
もう電波さんも阿保さんも
クリスタルは放置しましょうよ
何言ってダメだから…
と言うか、自分を失ってるよクリスタルは
精神も意見も統一されてない

186 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/26 15:21
クリスタルさん、ご無沙汰してます。

人の気持ちが分かる人は
自分自身をよく知る人です。

普通の人は、自分を分析する時に言葉に置き換えて理解すると思います。
別の側面で考えますと、もし、すべて言葉に置き換えるのが可能ならば、
一般的にも、その人が理解されます。
自他の隔て無しになりますね。

これで他人の気持ちを知りえますか?
それならば、仏教や宗教などいりません。
一緒に悲しむ必要もなければ、喜ぶ必要もありません。

つまり、言葉を越えて理解を示さなければなりません。
言葉を越えて、理解を示した時に、初めて他人に対しても応用して
本当の言葉を越えた観察をすることが出来ます。
(だれでも少しはあると思います。愛といったように)

187 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/26 15:22
少し考えていただきたいです。
クリスタルさんの場合は、いろいろ勉強をされているようですが
その方法は「言葉に置き換える」方法ですね。

それは自分自身ですら、言葉に置き換えるだけで、理解するのに繋がります。
段階的に、言葉にして理解をするのは、必要ですが、
そこに留まってしまいますと、本当の自分は見えて来ないと思います。
「常見」はそう言った危険性が一つにあると思います。

ここの住人さんたちは、ある程度の言葉を越えた理解を示して
それを、話し合う為に、止むを得ず言葉にしているのです。
形而上だから妥協しているものを、形而下でこだわるのは妙であります。

しかし、本当の自分を知るという点では、同志です。
同じ理解をしたいとは思いますが、これ以上不毛な事は避けましょう。
このスレッドに執着せずに、クリスタルさんの真実を追求されては
いかがでしょうか?

そして、巧みにあなたの意見に誘導できるように進化した際には
またここに来ていただきたいです。
とにかく、このままでは、このスレが石化した状態で意味がありません。
いつまでも平行線に…そう輪廻みたいですね。

188 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 16:04
執筆に取りかかって、
ウンウン唸っている最中なんだから、慌てないほうがイイでないかぃ!
せっかく煮詰まったところで、
あなたがたは人を馬鹿扱いしてただ辞めてしまうのか?(笑

損するのはあなた方ですよ!
私は別に辞めても平気です。楽になりますし・・・。
何も困ってなどいない。


189 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 18:51
>>188
トンデモな内容の「執筆」とやらをだらだら書き流すよりも、いままであなたがスルーしてきた幾多のレスや
論難に対する筋道の通った反駁を行うのが先でしょう。それともお手上げなのですかね(苦笑)。

190 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 18:54
>>189
>
そちらこそどうだったのよぅ?
じゃー何々さぁ?箇条書きにして列挙して貰えます。

191 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/26 19:04
しかし、よほど悔しいのか、
シツコイほどの粘着質です・・

192 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/26 19:27
>>190
> そちらこそどうだったのよぅ?
相変わらず過去ログ読む気もないみたいですね。議論から遁走し続けた付けが廻ってますね(嗤)。
> じゃー何々さぁ?箇条書きにして列挙して貰えます。
論証責任の転嫁は見飽きました。まあ予想通りの反応ですが(笑)。


193 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:33
電波男と阿呆陀羅經のキャラはホントにかぶるなぁ(笑)
電波男=阿呆陀羅經はもう自明のことなのか?

194 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:35
分身の術はほどほどに>某氏

195 :194:03/09/26 23:36
>>193
ケコーン寸前でしたな

196 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:50
クリスタルさん
あなたがいなくなって損するなんて事は決してありませんし、この議論を止めても困らないなら
即、退場してくださいお願いします。

197 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:51
阿呆もクリも同じ穴のムジナだよ。
どっちもどあほ。

198 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:53
クリスタルさん
今まで楽しましてくれて有り難うございました。

退場して下さい!!!
バイバイキーーン

199 :名無しさん@3周年:03/09/26 23:58
>>197
いや阿保さんもクリさんも「どあほ」なんかではない。
よく勉強されていると思います。(私なんかより何倍も)
しかしこれ以上荒らせれたら嫌ですね
特にクリさんは出来れば遠慮してもらいたい

200 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/26 23:59

>損するのはあなた方ですよ!私は別に辞めても平気です。楽になりますし・・・。
>何も困ってなどいない。

クリスタルさんの御説を拝聴してても、特に得した気はしませんでしたけど。
それに今お辞めになられても、僕も何も困りませんけど。

クリスタルさんご自身のゴータマブッダ観と僕のそれとの間には相違があると言う
だけで、どちらが正しいとか間違っているとか言う話は、それぞれが決定・納得
していればいいだけでしょ?
自説を披露したり、文献の奴隷にならないと言う態度はそれなりに立派だと思います。
ただそのクリスタルさんの自説をゴータマブッダも同様に主張されたと言い出すから
紛糾してしまうのではないでしょうか?

201 :666改:03/09/27 00:32
ようやく正常化の兆しか?

202 :名無しさん@3周年:03/09/27 00:45
電波男と阿呆だらは別人だろうが。
阿呆だらは意味不明
電波男は自作自演
せめてこの違いぐらいわからないと
釈迦のことなんてわからんだろう

203 :名無しさん@3周年:03/09/27 01:05
202の言ってることがいちばん意味不明のようなきがする

204 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/09/27 01:32
それでは、

私の説明の執筆が出来上がりましたら、もう何度も投稿せずに、
こちらにサイトリンクにて一度だけ掲載することにします。
あとはご一読頂いて、各自にそれぞれの感想をお任せすることとします。
お笑いのネタにしたい方はどうぞ構いません。。。

電波男さんの
>>174に応える投稿を最後にしたいと思います。
ただし、
>>無我説については、ゴータマはアートマン否定などしていないにも関わらず、
>これについて根拠を示してください
については、今書いているものがそれに当たりますから、
ここへは書きません。

では皆様、暫くごきげんよう。
お元気で!!

205 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/09/27 01:51
では、クリスタルさんもお元気で。

206 :124様へ 119=123:03/09/27 15:26

全く御説の通りなのですが、
放棄の対象を神ではなく(彼)我に向けていく仏教においては、
利他行は修行上欠かすことができない重要な指針なのです。
そちらから御覧になられたとき、小賢しい計らいのように見えるでしょう。
しかし、そこにも貴方方が仰る「神そのものの自己」が在るのではないでしょうか?

また利他行を言えるのは、大きな誇りでもあります。
程度問題とは言え、私と貴方 双方にとって好い選択ができる
という言明ですから。


207 :名無しさん@3周年:03/09/28 03:07
>>206
貴方は我を放棄するために利他の修行が必要であるとおっしゃるが、
決してそうではないと思われます。
利他は自分を放棄したところからは行えないからです。
自分があってこそ、利他が可能になります。
確実な自分を保った人間になることが先決です。(自利→利他)



208 :名無しさん@3周年:03/09/28 06:30
よく知らないんですが、仏教では『我は無い』と説くんですか?
もしそうなら、『我は無い』と認識している(あるいは悟っている)主体は誰なんでしょう。

209 :名無しさん@3周年:03/09/28 07:04

ん?

210 :名無しさん@3周年:03/09/28 07:07
さーてらいしゅうのさざえさんは
ん我ぐぐ
 ↑


211 :名無しさん@3周年:03/09/28 07:54
我は無いでしょうな

212 :名無しさん@3周年:03/09/28 07:55
主体は無いでしょうな

213 :名無しさん@3周年:03/09/28 09:06
主体が「ある」とか「ない」とか言ったって、その「主体」が人間に掴み切れ
るものじゃないんだから、何時までたっても始らず、終らないの。

仏教は「五蘊非我」を説いたのであって、「我」と言われるものの実体や主体
の有無を問うたり、教えたりするものではないと思うよ。

214 :名無しさん@3周年:03/09/28 09:51
だから無いんでしょ

215 :名無しさん@3周年:03/09/28 11:46
「五蘊は我ではない。」ということと、「我は無い」ということを
混同しているのが一部仏教解説者の現状です。
お粗末な早とちり、早合点です。
「我ではない」と、「我」を説いている以上、
我は無いものではないことになります。

216 :名無しさん@3周年:03/09/28 12:38
では「我」とは?
何処にありますか?

217 :名無しさん@3周年:03/09/28 12:50
>>216
人体の中のとある一箇所。

218 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/09/28 17:31
>>215-217
人についていえば、五蘊が仮に和合したものであり、そこに我を求める事は出来ない。

「人は我ではない」と言うこと。

219 :208:03/09/28 19:33
『我は無い』と認識している(あるいは悟っている)主体が無いならば、
『我は無い』と認識(あるいは悟る)こともあり得ず、
まして説法することもあり得ないんですが。

220 :名無しさん@3周年:03/09/28 20:12
>>219
たしかに、認識にも主体が必要だわな。
主体は識ってことかな。
ま、人は識のみで構成されているわけではないってところかな?
原始仏教でどうなのかはしらんが。

221 :名無しさん@3周年:03/09/28 20:17
>>218
仏教は我に関しては専門外であり、語るものを持っていないでしょう。

仏教(顕教)からは外れますが、我というものは人間の中にあるものです。
五蘊である人間が我ということではありません。

222 :208:03/09/28 20:29
>>220
そうすると、客観的にはその『識』が『我(わたし)』という事になって、
客観的には『我』は存在するということになってしまう。

しかし仏教ではそういう客観的な哲学の探究ではなく、
主観的な自己探求・変革的なものだから、その立場から言う『我は無い』というのは、
つまり、『我を自覚しない、執着しない』『自意識を捨てる』といったようなことなのかな。

あるいは『非我(私ではない)』と訳すところを『無我(私は無い)』と
訳してしまったところからくる混乱なのでしょうか。

223 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 20:32
原始佛教では「認識の主体」という不可捉なものにに言及することなく、「認識された事物事象」を探究し
ます。

224 :208:03/09/28 20:36
>>223
『不可捉』って『捉えられない』ってこと?
どうして認識主体が捉えられないんですか?
認識しているという事実が認識主体の存在を示しているじゃないですか。

225 :名無しさん@3周年:03/09/28 20:39
>>222
人を構成するのは五蘊だからして、識が「わたし」ということではないと思います。
それに、識も空なので存在しているとは言えないのでは?


226 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 20:40
>>223
>認識しているという事実が認識主体の存在を示しているじゃないですか。
それは「認識主体」ではなく、「認識作用」とされるべきです。そこへ主体を追及し始めると無限遡及に陥り
ます。

227 :208:03/09/28 20:50
>>225
いえ、そこんとこは分からないんですが、いずれにしても、
『空である、よって我は存在していない』と認識するならば、
そのように認識している主体があるのであり、
それは客観的には『我(わたし)』なんじゃないのかなってことなんだけど。(→>>208>>219)

>>226
ですから、『認識作用』があるということは、
そこから当然、その作用をなす『主体』があることになる、ということなんですけど。
「主体を追求」云々は関係ないです。
あなたが>>223で不可捉って書いたから、ちょっと引っかかっただけですから。


228 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 20:54
>>227
平たく言いますと・・・。
「自己言及のパラドックス」はご存知ですね。「認識主体」を立てようとすると陥る罠です。

229 :208:03/09/28 20:56
>>228
まったく知りませんが。


230 :名無しさん@3周年:03/09/28 20:57
>>227
あなたの論法で言えば識も主体として存在していることになるということでいいと思います。
でも、そこには永続性みたいなものは無いし、様々な他所サマからの影響も免れない。
主体といえども主体のみの普遍性を保っていられない。
これが故に主体ではないとも言えるのだと考えます。

231 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:00
ぐぐりますた。

自己言及のパラドックスとは?

自己言及のパラドックスというのは一般に次のような文章で書けます。

・「この命題は偽である。」

 もしこの命題が「真」であると仮定すると「この命題は…」という文章から 「偽」であることになってしまいます。一方、この命題が「偽」であると仮定すると 同様の議論から「真」であることになってしまいます。
 このようなパラドクスは一見私たちの生活とは無関係に見えますが、 さまざまな場所でこのようなパラドクスが見られます。いくつかの例を 挙げてみます。

・「私はうそつきである」(うそつきのパラドックス)
・「私の言っていることを信じてはいけない」
・「例外のない規則はない」



232 :208:03/09/28 21:01
>>230
それは要するに「自分だ」と思っている表面的な自分は本当の自分ではなく、
もっと、深層にある意識こそが本当の自分であり、
表面の自分を否定するのが、いわゆる「無我」ってことでしょうか。

233 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:02
さて、私にはこのパラドックスがどのように認識主体に適用できるのかわかりかねます。
あほだらきょうさまは説明できるのでしょうね。

234 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:02
>>232
ぜんぜんちがいます

235 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:03
ついでながら、
>『空である、よって我は存在していない』
という我の存否を論ずる前提と、「空」とは異質な概念です。我の有無を説く議論を離れたところに
「空」は見出されるのです。

236 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:06
>>233
認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体・・・(以下略)。

237 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:06
>>235
せっかくだから空を簡潔に説明願います

238 :208:03/09/28 21:06
>>231
ありがとう。
要するに彼が「自己言及のパラドックス」と言ったのは、
私の「無我説を真とするならば、そこから結果的に無我説が偽である、ということになる」
というような論法のことを言ってたんですね。
・・・で、だからといって>>228が何を言いたいのやら・・。

239 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:08
>>236
認識する主体自体が自信を認識すれば終わりです。

240 :208:03/09/28 21:12
>>234
じゃ、>>230はじぇんじぇんわかりましぇん。
私とあなたとは「主体」という言葉の意味づけが違うように思われます。
わたしは「動作・作用を他に及ぼす存在」という意味で用いています。
意味づけが違えば論理はかみ合うはずもありません。
それから、申し訳ありませんが、一応数字でもかまいませんから、
ハンドルをつけてもらえないと、これ以上レスは交わせません。
誰が誰やらわからなくなりますから。


241 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:13
>>237
「一切の事物事象は縁起したものであり、そこには実体やアートマンは見出せない。」ということです。

>>239
だからしてその「主体自体」が不可捉ですがな。その存在を論証しようとすれば上みたいな無限遡及に陥ります。

242 :208:03/09/28 21:15
>>235
わたしの『空である、よって我は存在していない』は>>225から来ているので、
実際のところは知りません。

243 :666改:03/09/28 21:16
>>240
名無しさんが好きなのです(w

主体の意味は同じだけど、それが普遍の実体みたいなものではないんでないの?ってことです。

244 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:19
>>241
お久しぶりです(w

>だからしてその「主体自体」が不可捉ですがな。その存在を論証しようとすれば上みたいな無限遡及に陥ります。

その不可捉性とやらを示すためにパラドックスを持ち出したのに、そんなこと言っちゃいやです(w

245 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:20
>>243
おお、666改さんでしたか、お閑ならよろしく(笑)。

246 :208:03/09/28 21:20
>>241
それはあなたの勘違いじゃないですか?
どうして不可捉なんですか。もしそうなら、
「認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体を認識する主体・・・(以下略)。」
と認識する主体も存在しないことになります。
とするとそのように書いた>>236は存在しないことになります。



247 :666改:03/09/28 21:21
>>244
名前入れ忘れた。

248 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:21
名無しは電波男かと思ってしまった。

249 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:24
>>246
整理して言えば「主体の存在を論証しようとすれば無限遡及に陥る。ゆえに不可捉である。」といったところで
す。それと「主体は存在しない」とは主張していませんので、誤解のありませんように。

250 :208:03/09/28 21:24
>>243
とすると「無我」というのは「『普遍の実体みたいなもの』としての我は無い」ってことでしょうか。

251 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:26
>>238

アホンダラからは、事実に即した解答は得られないよ。
それはベロも同じ。
どの文献に書いてある? と問い返すのが関の山。

しかし>>231で説明されている「自己言及のパラドックス」なるものと、アホンダラの
説明(>>236)が著しく、くい違っているのが笑えるな。
アホンダラは誤解していたのかもな。

電波男で登場しなくて良かったな。

252 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:28
>>250
私はそんな風に解釈してました。
主体がないと断定するのはあなたの言うように無理だと思うからです。
ある時点においては明確な主体があってしかるべきです。

出典なんてないけどね。

253 :666改:03/09/28 21:28
また忘れた(泣

254 :208:03/09/28 21:28
>>249
う〜ん、じゃ、「論証しようとすれば無限遡及に陥って不可捉」だが
「論証しようとしなければ、可捉である」ってことでしょうか。
んー、じゃあ、>>246の「もしそうなら〜」からの文章は論証ではないということでしょうか。


255 :208:03/09/28 21:31
>>252
そうですよね。
私も同じような考えから疑問に思い、ここで質問してみたんですが。

256 :208:03/09/28 21:32
>>251
まあ、何らかの変わった見方からの意見があれば面白いですから。

257 :名無しさん@3周年:03/09/28 21:41
確か前スレだったと思うが、「だったら、あなたの言葉で空を説明してみろ」といわれた
アンホダラは、出張と言って遁走したままだったな。
今出てきた言葉が
>「一切の事物事象は縁起したものであり、そこには実体やアートマンは見出せない。」
とな?

つまらん答え。
もっとがんばってくれ。

258 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:43
>>252
>ある時点においては明確な主体があってしかるべきです。
措定されたものとしては可ではないかと思います。
>254
つまりは「認識主体が存在する」という主張はは、証明不可能な仮説になっちゃうよってことです。ここいらが
ウパニシャッドなどの形而上学と原始佛教との思想的分岐点の一つでしょうね。

259 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:44
>>257
>つまらん答え。
事実は得てしてつまらんもんです(笑)。

260 :666改:03/09/28 21:48
>>258
>措定されたものとしては可ではないかと思います。
だから「しかるべき」と言ったのでありんす。

261 :208:03/09/28 21:48
>>258
よく分からないんですが、「認識主体が存在する」という主張からも、
そこから、「認識主体は存在しない」という結論が導き出せて、
『「認識主体が存在する」という主張は偽である』という論になるんでしょうか。
もしそうなら、具体的にどんなふうに論理展開するんでしょう?



262 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:51
>>260
措定されたものであるからには、探究を深める過程でどのようになるか・・・。おっと、言い過ぎないうちに沈黙しましょ
う(笑)。

263 :666改:03/09/28 21:54
>>262
沈黙する前に、208さんの疑問に答えてあげてくださいね。
私もあなたのパラドックスの用い方は不思議です。
どっからそんなもの持って来たのでしょう。
ご自身で理解されていますか?

264 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 21:56
>>261
「認識主体が存在する/しない」というどちらの主張も成立不可能でしょうね。この辺「有無常断の中道」の思想
とトレースしてみると興味深いと思われます。

265 :208:03/09/28 21:57
ちょっと、話がズレるかもしれないけど、質問。
>「一切の事物事象は縁起したものであり、そこには実体やアートマンは見出せない。」
縁起の中の流れとして存在するものは、そこに実体がないというのは分かりますが、
この説でのアートマンの否定は、「真のアートマンは、事物事象の縁起の外にあるものである」
という意味なんでしょうか?
それとも、「世間では事物事象の縁起の中に、普遍のアートマンがあると思われているが、
そんなものはないのだ」という意味なんでしょうか?

あと、如来というのは永遠、普遍なのではなかったでしょうか?


266 :208:03/09/28 22:02
>>264
「私を認識する主体が存在する」という説を起点として、
「私を認識する主体は存在しない。よって、私を認識する主体は存在するというのは偽である」
という結論へ到る、論理展開とはどのようなものなのかを希望したんですが・・。


267 :666改:03/09/28 22:04
私も話はズレるが(w
どっかでだれかが言い出したディベートに勝つ詭弁を再うpしときます。
あほだらきょうさんは何番でしょう(w

1
事実に対して仮定を持ち出す。
犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか ?
2
まれな反例をとりあげる。
だが、尻尾が 2 本ある犬が生まれることもある。
3
自分に有利な将来像を予想する。
何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない。
4
主観で決め付ける。
犬自身が哺乳類であることを望むわけがない。
5
資料を示さず自論が支持されていると思わせる。
世界では、犬は哺乳類ではないという見方が一般的だ。
6
一見関係ありそうで関係ない話を始める。
ところで、カモノハシは卵を産むのを知っているか ?


268 :666改:03/09/28 22:04
7
陰謀などであると主張する。
それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ。
8
議論をぶち壊す。
なに、犬ごときにマジになってるの ?
9
相手の人格を攻撃をする。
犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠。現実をみてみろよ。
10
ありえない解決策を言い出す。
犬が卵を産めるようになれば良いって事でしょ。
11
レッテル貼りをする。
哺乳類といって犬しか思いつかない奴は馬鹿だな。
12
経緯を無視して決着した話を蒸し返す。
犬が哺乳類とは限らないだろ。
13
勝利宣言をする。
犬が爬虫類ではないって言う根拠はないんだから、素直に負けを認めろ。
14
細かい部分のミスを指摘し、相手を無知と認識させる。
爬虫類って言ってもたくさんの種類の動物がいる。もっと勉強しろ。
15
新しい概念が全て正しいのだとミスリードする。
犬が爬虫類であることを認めない限り、生物学の将来はない。
16
誰でも知っているようなことを問いつめて相手を疲労させる。
爬虫類ってなに ?

269 :名無しさん@3周年:03/09/28 22:06
>事実は得てしてつまらんもんです(笑)。

事実なら証明してください。>阿呆陀羅
それが無理なら出張してもかまいません(笑)



270 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:09
>>263
無限遡及に関してはよかったと思いますが、自己言及に関しては誤認がありました。お詫びして撤回します。

271 :太刀山型の土俵入り:03/09/28 22:09
インドの売春婦が非難されないのは仏教だけ!
それだけで仏教が存在する価値がある。

272 :太刀山型の土俵入り:03/09/28 22:11
>>271訂正
インドの→×
インドで→○

273 :666改:03/09/28 22:12
>>270
あ、いや、2ちゃんでそんなに真面目にお詫びされても・・・

274 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:14
>「真のアートマンは、事物事象の縁起の外にあるものである」
「事物事象の縁起の外」という問題を原始佛教では取り扱いません。無記あるいは捨置記の対象とされます。

275 :208:03/09/28 22:15
>>267-268
今問題となってるのは、「私を認識する『主体』は不可捉かどうか」ということですよね。
阿呆陀羅經さんは単に説明不足だけな気がしますが、しいて言えば、4、15あたりでしょうか・・。
よくわからん。w



276 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:16
>>273
いえいえ、お恥ずかしいミスです(赤面)。208さんも混乱させてごめんなさい。

277 :208:03/09/28 22:19
>>276
いえ、こちらこそ無学で申し訳けありません。。
ところで、無学ついでですが、如来の永遠、普遍性は経典では説かれていなかったでしょうか?

278 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:20
>>275
かなり長文ですが、インドの自己論については下記が参考になります。
http://homepage1.nifty.com/manikana/m.p/articles/jiko.html
原始佛教との思想的分岐点についても一考してみて下さい。

279 :208:03/09/28 22:22
>>278
うおお。ありがとうございます。
こりゃ説明しようと思っても大変で、説明する気になれなさそうですね。w

280 :名無しさん@3周年:03/09/28 22:32
しかし208さんは素晴らしいバランスだ。
尊敬してしまいました。
文献だけに頼らず、自分で考察しようとする姿勢には学ばせていただきました。
ありがとうございます。

281 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:35
>>279
お詫びついでに・・・。姉妹HPの、
http://homepage1.nifty.com/manikana/logos/kakologos14.html#marun
人名がマールンクヤ「ブッダ」になっているのがご愛嬌ですが。それと
http://homepage1.nifty.com/manikana/logos/kakologos15.html#utakata
軽妙な筆致ですが、洞察は深いのではないかと思ってます。

282 :名無しさん@3周年:03/09/28 22:40
前スレから
輪廻の如く続く
「無我(非我)」の議論は
いい加減やめましょうや

283 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 22:41
>>282
いやいや、ちゃんとやれば有意義でしょう。

284 :666改:03/09/28 22:42
明日あたり電波さんにいぢめられそうな気がする(w

285 :名無しさん@3周年:03/09/28 23:01
輪廻はどうした!

宮本啓一先生は確か仏教における輪廻を認め、ひろさちや先生(あえて先生と呼ばせてもらおうw)は、
仏教は輪廻を否定したと言う。

あなたならどっちを取りますか?

286 :208:03/09/28 23:03
>>280
わたしはベンキョ不足で知識がないから、ここで知識のある人に頼ってるだけです。

でもちなみに、仏教は経典の文章をそのまま理解して分かったつもりになってても、
ダメなんだと考えてます。だから瞑想など、実践しなければ真に理解はできないのだと思います。

たとえば、ある人が国語や算数の本を書いて、
A君がそこに書かれている論理内容を完全に理解したとします。
そこでA君は、その本の内容について、その著者と同じ理解に達したといえるかどうか考えたとき、
本の内容の裏に含まれる思想や、内容から発展した事柄は別にして、
本に書かれている内容に限っていうならば、A君は、著者と同じレベルに達したといえると思います。

また、ある人がスポーツや武道の極意やコツの本を書いて、
A君がそこに書かれている論理内容を完全に理解したとします。
そこでA君は、その本の内容について、その著者と同じ理解に達したといえるかどうか考えたとき、
それはいえないと思います。
なぜなら、極意やコツの解説は、元々言葉にできないものを、
なんとか理解させようと参考として言葉にしたものであって、
結局学習者は、自分で体験・体感して掴み取らなければならないからです。
そうして掴み取ってこそ、極意やコツを真に理解したといえるのだと思います。


287 :208:03/09/28 23:04
こうしてみると、文章・言葉による解説は、
言葉の論理内容の理解がそのまま理解の達成になるもの(1)と、
言葉の論理内容の理解はあくまでも指針を得ただけで、
真の理解に達するには、自分で体験・体感しなければならないもの(2)があることが分かります。

では、仏教や、ヒンドゥー・道教の典籍などは、どちらに属するのかというとき、
私は(2)だと、考えています。経典の説明は月を指す指で、月そのものではないということです。
だから経典の内容などについても、疑問を持ったりします。


>>281
ありがとうございます。
最近はその手のホームページの数も、どんどん増殖してるみたいですね。
お気に入りに直行です。


288 :208:03/09/28 23:14
今日はずいぶん2chに居着いてしまった・・。そろそろ落ちます。
阿呆陀羅經さん、666改さん、ありがとうございました。m(_ _)m

あ、ちなみに如来の永遠、普遍性は経典では説かれたかどうか気にしたのは、
もし説かれていたならば、仏教は
「人に『我は無い』が、永遠・普遍の如来性はある」と
説いていることになるのではないかと思ったからです。


289 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 23:15
>>287
>経典の説明は月を指す指で、月そのものではないということです。
言説表現という「有為法」を尽くして、解脱涅槃という「無為法」に導くのを目的に編纂されたのが経典であり論
書であると考えます。
>だから経典の内容などについても、疑問を持ったりします。
疑問をもって探究したほうが理解が深まると思いますし、実践にも資するのではないかと思いますよ。

290 :666改:03/09/28 23:16
では、私も一つだけリンクを貼っておこ。
こんな文章を読んだことがありました。

>初期の無我説は、「我は存在しない」ことを説くのではない。
>倫理主体としての真の我の確立は、むしろ積極的に求められていた。
http://lapc01.ippan.numazu-ct.ac.jp/b/muga.htm


291 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/28 23:18
>>288
私もそろそろ落ちますが、
>「人に『我は無い』が、永遠・普遍の如来性はある」
という主張は、原始佛教の段階では顕在化してはいなかったと考えます。後に大乗の『涅槃経』などでそうしたことが
説かれますが、それにしても経典成立時の思想的文脈を調べる必要があると思います。

292 :208:03/09/28 23:19
>>289
>疑問をもって探究したほうが理解が深まると思いますし、実践にも資するのではないかと思いますよ。
はい。それをやったのが、>>208からのわたしのレスです。
今日はありがとうございました。おやすみなさいです。


293 :太刀山型の土俵入り:03/09/28 23:19
>>290
俺にはヒンディーイズムへの妥協としか思えん内容だね。
ああ仏教ってこうやって腐っていったんだっていうね

294 :208:03/09/28 23:22
>>290
ありゃ、ありがとうございます。

>>291
結局、経典全てに対して批判的に見る目は必要なようですね。
択法覚支ってやつですか・・。

今度こそホントにおやすみなさいです。w m(_ _)m。


295 :280:03/09/28 23:24
>208さん
自分の考えていらっしゃることを文献に頼らず(←シツコイw)、解りやすい言葉で表現することほど
難しいことはないかもしれませんね。
208さんの書き込みには、様々なものにたいする誠実さを感じます。
今考えていらっしゃることを、とても大切になさっているのでしょうね。
これまた自分が反省しなければならない点です。


296 :666改:03/09/28 23:25
>>293
どこが?

297 :太刀山型の土俵入り:03/09/28 23:39
無我=アートマンはないという説ははっきりいって当時のインドにあっては
邪教もいいとこの説であったろう。
ゆえに仏教がほんとに無我説(中村ゲンちゃんのいう非我説ではない)
だったとしたらこれほど画期的なことはないので逆にいうと今の仏教徒どもが
なんで非我説にこだわんのか理解できない。メシの食い上げになるから?
とかついうがった見方しちゃうですよ。
新宗教は常に以前からある思想に対して反発する形で生まれてくる。
仏教が旧来のインド思想に反対する形で生まれてきたのだとしたら
無我説というのは非常にわかりやすい主張だね。
非我説は仲間はずれにされないように私たちはあなた達と同じなのですよと
すりよってるようにみえるのですよ。釈尊が否定した外道どもに


298 :666改:03/09/28 23:47
>>297
すまん、寝るわ。

299 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/09/29 00:07
>>297

>新宗教は常に以前からある思想に対して反発する形で生まれてくる。

せめて、
新宗教は常に以前からある宗教に対して反発する形で生まれてくる。
あるいは、
新思想は常に以前からある思想に対して反発する形で生まれてくる。

だったら、666改さんも寝なかったんじゃないかと思われ。いや、知らんけど。

300 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/29 00:43
>>291の補足です。「永遠・普遍の如来性」というような問題には解答を与えなかった例です。まあ、そうした概念が当時に
明確にされていたかは、かなり疑問ではあります。

引用先は『スッタニパータ』の第五章「彼岸に至る道の章」です。

1073 「あまねく見る方よ。もしもかれがそこから退きあともどりしないで多年そこにとどまるならば、かれはそこで解脱し
て、清涼となるのでしょうか? またそのような人の識別作用は(あとまで)存在するのでしょうか?」

1074 師が答えた、「ウパシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた火炎は滅びてしまって(火としては)数えられないよ
うに、そのように聖者は名称と身体から解脱して滅びてしまって、(存在する者としては)数えられないのである。」

1075 「滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? 或いはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか?聖
者さま。どうかそれをわたくしに説明してください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」

1076 師は答えた、
「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれ
には存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである。」

では、おやすみなさい。

301 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/09/29 11:25
なんか方向性や焦点が散在していてコメントしにくいな。。。

>>208 さんへ

永遠・普遍の如来性なんて、原始仏教ではまったく誰も考えていませんでした。釈尊滅後経年し、教団が組織化
権威化していく中でどうしても釈尊の神格化が必要になってきました。それは対外的にもその思想性の優位を
示すものとして提示され、内部的にも勿論必要不可欠な思想転換でありました。

この傾向は上座であっても大乗であっても教団組織化する過程では同じ現象であり、よりインド体部分の宗教に
近づく事でその支持を得る事が出来ました。輪廻転生もおなじ意図を含んでいると考えます。

しかし佛教の特殊性を保たなければ他の宗教と同じことになり、ここで苦心するのです。法(ダルマ)に関する
解釈でそれが常住であるかどうか、果ては仏身論まで色んな主張が飛び出してきます。これらの思想は部派
仏教や大乗仏教に影響を与え、複雑怪奇な思想体系を生むことになります。

さて、佛教にかかわる者のなかにはどの時代でも原理主義者というのが存在し、常に佛教の堕落に対して牽制
を掛けてきました。その牽制効果の有無は別にして。。。。。その一つとして大乗仏教運動があり中観思想などの
体系がありました。それらもまた段々と腐敗していくのですが真剣に原理主義を唱えることも歴史とともに減少
しています。

>>認識の主体について
認識しているからといって、その主体があると考えるのはかなり早計です。そして主体であるからそれは「我」
であると考えるのもメチャクチャな理屈です。

認識内容について、常に誤謬が存在し、同一の内容を他者と共有できないのでその認識主体がウパニシャッド
でいうところのアートマンなどではないと言うのが原始仏教でいう無我の説明の一つです。


302 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/29 17:52
>>232  208さんへ

>それは要するに「自分だ」と思っている表面的な自分は本当の自分ではなく、
>もっと、深層にある意識こそが本当の自分であり、

そういった考え方に好感を持ちました。
そのように自己の深層を追求しますと、表面上での我はもとより
いざ、本当の自分を我で捉えようとしても、それは
掴み所がないと考えてますがどうでしょう。
(そもそも本当の自分の境地では、我で捉えようとしないと思いますが)

どうも、物質の最小単位を突き詰めることで、
真実を求めるも、見つけられないことに被ります。

303 :666改:03/09/29 21:48
>>301
>認識しているからといって、その主体があると考えるのはかなり早計です。
早計の理由は無限遡及のパラドックス?

>認識内容について、常に誤謬が存在し、同一の内容を他者と共有できないのでその認識主体がウパニシャッド
>でいうところのアートマンなどではないと言うのが原始仏教でいう無我の説明の一つです。
この文では「認識主体」そのものは認めているように読めますが・・・?

304 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆oGUHqg51EY :03/09/29 22:03
>>303
無限遡及をいきなり持ち出すのも早計です。詰めるべきものがあるからです。

>この文では「認識主体」そのものは認めているように読めますが・・・?
なぜ?認識自体の曖昧さが認識主体の存在にかかわる疑問を提示しているのに、
どこをどうすっ飛ばして寝ぼけたらそう読めるのですか?

305 :666改:03/09/29 23:00
>>304
>無限遡及をいきなり持ち出すのも早計です。詰めるべきものがあるからです。
あほだらさんも早計だった様ですね。
で、詰めるべきものって?

>なぜ?認識自体の曖昧さが認識主体の存在にかかわる疑問を提示しているのに、

まあいいです。結局認めないのね。

306 :太刀山型の土俵入り:03/09/30 00:08
戯論だらけ

といってみるテスト

307 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/09/30 00:15
明日からまたしばらく消えますので、私見の整理だけしてまいります。出先から参加できるといいのですが・・・。

昨日からの議論は208さんの
>仏教では『我は無い』と説くんですか?もしそうなら、『我は無い』と認識している
>(あるいは悟っている)主体は誰なんでしょう。
から始まっています。それに関連しての愚見を述べますと、

1. 『我は無い』の「我」が、日常的な意味のそれ−「私は・・・」などなのか、あるいはウパニシャッドなどにおけ
  る「アートマン」を指すのか明確にした方がいいと思います。
2. ブッダが説く「我」とは前者であり、解脱涅槃に導くために措定され仮設されたものであると考えます。そ
  れを実体視すれば執着の対象ともなり実践に支障を来すでしょう。後者に関しては無記・捨置記の範疇
  であると思われます。『無我相経』などに説かれている内容が参考になると思います。
3. 「認識主体」に関しては、「識が流転して輪廻する主体である。」と主張したサーティ比丘に対し、ブッダが
  「それは縁生の識である」として、十二因縁を説き教誡するという経(『中部経典』38「大愛尽経」)もあり「主
  体」としては取り扱われておりません。また、認識作用も無常にして苦であり無我であるとされています。
4. 原始佛教で探究されるのは、「なにが」ではなく「いかに」あるいは「なにゆえに」であると思われます。しか
  し、そこでは「主体」が否定されているわけではなく、その実体視が誡められていると考えます。

>>304 電波男さん
> 無限遡及をいきなり持ち出すのも早計です。詰めるべきものがあるからです。
実体化された主体を設定しようとすると陥る錯誤かと考えたのですが・・・。軽率だったかもしれません。

308 :208:03/09/30 06:49
>>295
誠実とか言われると恐縮してしまいますが・・。w


>>301
つまり輪廻転生も、魂の存在も、解脱もウソだということでしょうか?
だとすると、仏典は学ぶ値打ちもないタワゴトの羅列ということになりますが・・。
それだと仏教を学んでも、インテリヅラしていい気分になるくらいの効果しかありません。
この世の享楽を満喫してる方が、よっぽど喜びが多く、賢明な生き方でしょう。

> 認識しているからといって、その主体があると考えるのはかなり早計です。
根拠もなくそのように言われても、まったく納得できません。
認識の主体を否定したがる人たちは、単に頭がこんがらがってるのではないでしょうか。
そこに「行為」が確認できれば、行為の主体があるのは当然のことです。
認識も「行為」です。主体があるのは当然です。

> そして主体であるからそれは「我」であると考えるのもメチャクチャな理屈です。
メチャクチャではありません。
論理的根拠もあげずにそのようにいう方が、メチャクチャじゃないでしょうか。
「誰かが何かを認識している」ことを確認したとき、その人の心の中にそのように
認識する主体が確認され、客観的にそれがその人の「我(わたし)」の本体であると
見るのは自然なことです。


309 :208:03/09/30 06:49
>>304
わたしには666改さん(>>303)の言ってることの方が正しいと思われます。
認識に誤謬が存在しようがしまいが、認識自体が曖昧であろうがなかろうが、
認識が「行為」であることに違いはありません。そして「行為」には当然、主体があります。
認識における誤謬の存在・曖昧さは、その主体の存在の否定にはつながりません。
思うに、「主体」という言葉に対して、私たちと電波男さんとでは
違う意味を設定しているのではないでしょうか。


>>302
深層にある本当の自分は、瞑想によってしか得られないと思うのですが、
そのときには、表層の自分は自然に消えてしまうのではないでしょうか。
というより、表層が消えるのと深層が目覚めていくのは同時進行なのかもしれません。
瞑想やってないから断定的にはいえませんが。

> (そもそも本当の自分の境地では、我で捉えようとしないと思いますが)
我を自覚することに執着しないとは思いますが、捉えることはできるのではと思います。

> どうも、物質の最小単位を突き詰めることで、
> 真実を求めるも、見つけられないことに被ります。
ごめんなさい。まったく分かりません・・。


310 :208:03/09/30 06:50
>>307
もともと仏教、インド哲学の知識が乏しいので、ちゃんとレスを返すことができません。
が、将来的にはよく吟味すべき内容であるように思います。
このスレ、わたしにとって要保存スレとなってしまいました。

あれからちょっと考えたのですが、阿呆陀羅經さんは、
「認識作用へ主体を追及し始めると無限遡及に陥る。(>>226)」と言いますが、
そうはならないのではないでしょうか。
自己言及のパラドックスからの無限遡及とは
>>231さんのレスから例を取ると、以下のようなものでしょう。

〔例〕「私はうそつきである」ということに対して、

  @もし「彼がうそつき」ならば、
  彼は「私はうそつきである」と本当のことを言ったのだから、
  「彼はうそつきではない」ということになる。

  Aしかし、もし「彼がうそつきではない」ならば、
  彼は「私はうそつきである」と事実と違うことをいったので
  「彼はうそつきである」ということになる。

  ○しかし、もし「彼がうそつき」ならば
  彼は「私はうそつきである」と本当のことを言ったのだから、
  「彼はうそつきではない」ということになる。(これは@と同じ)

  @→A→@→A→@→A→・・・・・・・・・と延々と続く。


311 :208:03/09/30 06:51
上記が「私はうそつきである」への自己言及のパラドックスからの無限遡及ですが、
しかし、認識作用に主体を追求してもこのようなことにはなりません。
認識という行為があることを確認した時点で、主体の存在の確認できます。
>>236の「認識する主体を認識する主体・・・(以下略)。」というのは、
認識主体を客観視する作業を延々とくり返しているだけです。
確かに「客観視しなければ、対象は確認し得ない」と思い込んだ上で、
認識主体を追求するならば、このような連続に陥って、主体の不可捉に陥るでしょう。
しかし、対象を確認するのには、必ずしも客観視は必要ないと思います。
「認識という行為が確認される→行為があるならば当然その行為主体がある」
という論理だけで十分のはずです。論理だけでも対象は確認しうると思います。
だから、認識主体は可捉と考えます。
もっとも、仏教の無我論は、そのような論理による可捉によって、
語られているものではないのかもしれませんが。

スッタ・ニパータの「彼岸に至る道の章」は面白いので、
研究して書こうかと思いましたが、他の人のレスも多く、
これ以上書くと、ワケわからなくなりそうなのでやめときます。
が、ちょっとだけ書くと、この経文に書かれている内容は、
一般の人たちに向かって、「お前たちには『我』などないのだ」と言っているのではなく、
単にニルヴァーナに入った聖者の状態を、説明しているものだと思われます。
(ちなみにこの経文からいうと、「論ずる基準がなく説明できない状態」になることが、
 ニルヴァーナに入ること、と言えるのかもしれませんね。)




疲れた・・・。


312 :名無しさん@3周年:03/09/30 10:08
まぁー一時的には「認識する主体」は存在?しているんでしょうな。

しかし無常ですな
(この議論での)主体「我」さえも無常なんですな

認識した(過去形)時点で
極論自分ではないんですな

それに「因縁」といいますか、いままで薫習されてきた経験・意識により
一人一人「認識」が違います、当たり前ですが…

こうなってきますと
「認識の主体」=「我」
は不成立かと私は思います。

313 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/09/30 17:21
>>309 
>深層にある本当の自分は、瞑想によってしか得られないと思うのですが
そんな気はします。
私は、夢でもある程度、触れられるようなと最近感じるのです。

端的に申しますと、
どうしても、「我で理解しようとしてしまう」という事です。
パラドックスが出来てしまうのも、無意識にあたかも言葉が真実であると
錯誤しているからだと思います。

>>312
説明がうまいですね。感銘をうけました。
一時的というのは、もし時が止められたらという前提ですね。
それだったら、存在していると言えると。
等号の不成立に賛成です。

314 :sage:03/09/30 19:16
>311
通りすがりですが。。。
基本的には認識主体の定義がちがうだけだと思います。
認識行為があるかぎり、行為を記述するための定点としての
agentが設定できるという意味での「主体」というのが、まあ
一般の認識主体了解でしょう。この場合、無限遡行自体がさほど
問題にならない。あるいは、無限遡行すると言われても、それを
可能にする何かとして「主体」を考えてしまうだろうな、と思います。
無限遡行してしまうというのは、唯識的に言えば相分と見分の話
だというのは分かるけど、これは普通の「認識主体」とはかなりちがう
前提上での思考だから。。。
インド哲学系はかなり特殊な「認識主体」定義を取っているので、
我=常住かどうかというのも、本質的にはその定義のうえでの議論
でしょう。そこをちゃんと説明すれば、この方(208さん)の疑問は解消さ
れるのでは。


315 :名無しさん@3周年:03/09/30 21:48
結論:電波はうんこ

316 :名無しさん@3周年:03/09/30 21:53
これもデムパ教?

317 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/09/30 22:40
>>305
キャップ注意報。

318 :666改:03/09/30 23:39
>>317
うわっ!

319 :>:03/09/30 23:59
やめよ

320 :滝川クリステル :03/10/01 00:21
あのー、すっかり原始人になってしまった私ですが・・・
いたずら厨のあおりでアクセス規制されておりまして(涙
どちら様か、クリちゃんに会うようなことがございましたら、
このクリステルが「毒をもって毒を制して欲しかったのよ」と
申していた、とお伝えください。あー、ご縁が無かったわー。
それでは、皆様、失礼いたしました。

321 :名無しさん@3周年:03/10/01 00:53
ここで延々と論争している皆さん、

原始仏教は実践ですよ

322 :名無しさん@3周年:03/10/01 09:17
オマエモナー

323 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/01 23:54
あれ?>>304は電波さんの発言ではなかったのですね。
僕もすっかりだまされました。でも文体はとても電波さんっぽかったです。

324 :名無しさん@3周年:03/10/02 00:00
>>323
新しい分身では?

325 :太刀山型の土俵入り:03/10/02 03:43
で原始仏教的には小泉政権はどうなのよ?

326 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/02 08:35
>>323
考えかたも私っぽいです。

327 :名無しさん@3周年:03/10/02 17:56
キャップ間違えただけだろ

こうしてまた新しい分身の術を会得する毒でむぱ

328 :名無しさん@3周年:03/10/02 23:23
2chではもう飽きられたような気がする(笑)>:電波男Ψ(´д`)Ψ
もう新鮮味はないしな。
悪あがきするのは止めて、しばらく姿を消すのも良いかもな。
偉そうに喧嘩を売ったヴィパッサナースレでも、うざい邪魔者と無視されたしな。

329 :208:03/10/03 00:22
主体の議論はそろそろやめましょうか・・。
レスを返そうと、長文作ってあったんですが、アクセス規制くらって、
すっかりテンション下がってしまいました。


330 :666改:03/10/03 00:36
>>329
そんなこと言わないで、折角だから見せて見せて。
無限遡及パラドックスで主体を否定しようなんつうドキュソな意見は華麗に覆しときましょう。

331 :208:03/10/03 01:42
>>330
それについてはすでに、>>310->>311 に簡単に書いてます。
阿呆陀羅經さんが説明した、>>236の「認識する主体を認識する主体・・・(以下略)。」は、
自己言及のパラドックスからの無限遡及ではなく、「無限客観視」とでも言うべきものです。
ドキュソというより、阿呆陀羅經さんはちょっと勘違いしただけだと思いますが。



332 :名無しさん@3周年:03/10/03 02:08
>2chではもう飽きられたような気がする(笑)>:電波男Ψ(´д`)Ψ
だからってハンドルだけアホダラに変えてもなあ

333 :名無しさん@3周年:03/10/03 02:21
>だからってハンドルだけアホダラに変えてもなあ
アホンダラは例によって出張だし(呵)

334 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/03 08:00
>>328
>偉そうに喧嘩を売ったヴィパッサナースレでも、うざい邪魔者と無視されたしな。

はぁ?お前、新参だろ?そして宗教のこと何も解ってないだろ?
あれで、テーラワーダ仏教協会の修行体系は紛い物だと言うことが周囲には理解できてるんだよ。

>>329
認識、感受主体について、デカルトの領域から出ることが出来ないでいる?ここは原始仏教スレッドだから、
私はその記述に専念している。でも原始仏教の思想が完全なものだとは思っていない。他の宗教から
見た場合、より論理的で科学思想にも通じるところがあり、不整合なところはないという信仰めいたものが
まかり通っている現状があります。新興宗教もそれを利用している面があります。666さんが、当初勘違い
していたのもこの点です。

「認識することに主体が絶対前提になるのか」という議論は文献学や歴史学を超える部分があることは述べました。
これは哲学界でも大問題になっている分野であり、かなり研究も進んでいます。いろいろな考えかたがありますが、
共通する前提として、「この問題を議論している主体の存在は不問にする」があり、これこそまさに無限遡及に陥る
からです。独我論が攻撃される要因にも同じ一面がありますね。

始めるとすれば、「主体」の言葉の定義ですね。このスレッドで危いのは「主体=アートマン」と短絡してしまう
誤謬に気付かない人が多いことです。「認識しているもの=主体と措定する」というのであれば、異義はありませんが、
そこからアートマンを見出したり、デカルト的に展開していくのなら、原始仏教の思想とは相容れません。
また、論理的にみても、その主体を実体視するには埋めるべき堀がたくさんあります。

ウパニシャッド聖典でアートマンについての考察部分に帰納演繹両面から様々に説明がなされています。認識
している「もの」としての哲学的考察もありますが、それをそのままアートマンで有るかのごとく結論付ける学者
もいますが、「部分と全体」、「上位概念と下位概念」、「種差」、「近隣概念」について、既に疑問が投げかけられて
います。

335 :名無しさん@3周年:03/10/03 10:59
さっそくヴィパッサナースレにカキコしてるしw
なんという単純! >電波男Ψ(´д`)Ψ

336 :名無しさん@3周年:03/10/03 12:43
>334
…と言ってる主体があるわけだが。


337 :名無しさん@3周年:03/10/03 12:46
アイデンティティ・クライシスになっちゃうだから、そっとしてあげようようよ。

ヴィパッサナースレのみなさん、さすが実践家だけあって彼を忍辱の修行に使ってるし、
知識はあるということで尊敬してます。仏教徒として随喜すべき態度ではないですか。

338 :名無しさん@3周年:03/10/03 12:53
>337
そういうの気持ち悪いと思う。
態度が横柄な奴は干される。それが当たり前。
どんなに知識があってもダメ。

339 :名無しさん@3周年:03/10/03 13:37
あなたの主体が

香具師と議論したくない 香具師と議論したくない 香具師と議論したくない
香具師と議論したくない 香具師と議論したくない 香具師と議論したくない
香具師と議論したくない 香具師と議論したくない 香具師と議論したくない

と言っているのに対しての気づきはないようで。。。

340 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/03 14:17
>>336
人の発言をぜんぜん読んでいないだろ?

>いろいろな考えかたがありますが、 共通する前提として、
「この問題を議論している主体の存在は不問にする」
があり、これこそまさに無限遡及に陥る
からです。独我論が攻撃される要因にも同じ一面がありますね。

不問にすることの是非を議論したいのなら別だが、この意味が解らないのなら
発言しないほうが好いよ。

341 :名無しさん@3周年:03/10/03 14:30
>340
と、言ってる主体があるわけだが。どうしても不問にしたい主体が
あるわけだが。

342 :名無しさん@3周年:03/10/03 14:48

どこ?何処にあるの?
「ここにある…」は無しで論証を希望します。

343 :名無しさん@3周年:03/10/03 14:50
342の数行上にあります。

344 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/03 15:40
>>341

面倒なので、参考にでも

http://www.law.keio.ac.jp/~hagiwara/CDpph/point.html

3)ミュンヒハウゼンのトリレンマ

 第三講の最後で、信仰と理性の関係について述べたが、科学と宗教を分かつものは何だろうか。
「真理」の探求、「なぜ」という根拠への問いを行うのが科学で、それを放棄したのが宗教であるとい
う答えは明らかに満足のいく答えではない。この問題を考えるときに示唆的なのはハンス・アルバートが
「ミュンヒハウゼンのトリレンマ」と呼ぶ基礎づけ思考の落とし穴である。

 アルバートは根拠を求めるかぎり、その作業は根拠の根拠を求める無限遡及、循環論法、特定の時点
での作業中断のいずれかに至りつかざるをえないと主張し、乗馬中に沼に転落し溺れかかった自分自身を、
自らの後ろ髪をつかんで、馬もろとも沼から引きずり出したとの自慢話を語って聞かせるほら吹き男爵のエピ
ソードにちなんで、これをミュンヒハウゼンのトリレンマと呼ぶ。現実的には、無限遡及、循環論法のどちらも
があまりに受け入れがたいので、第三の作業中断の選択肢が、究極の根拠として持ち出されることが多い。
それはもはやそれ以上は疑いえないものとして呈示されるが、そうだとするならばその「疑いえないもの」が
ドグマ化された一種の疑似宗教がそこに見て取れよう。(自己)正当化主義的科学は宗教となる。
-------------------------------------などなど。

ここで記述されているのは「科学と宗教」についての考察ですが、アルバートが
1 無限遡及
2 循環論法

について、作業中断にいたる説明とその評価をしています。私の言いたいのは、無限遡及に就いての取り扱いは今に始
まったことではなく学問を論じる時に、当然心得ておくべきだというのを知って欲しいのです。



345 :名無しさん@3周年:03/10/03 16:24
>338
2ちゃんでは当然の意見ですが、もし、仏教に興味あるなら、
彼みたいな人に哀れみの心を持つのが自然で気持ちよくならないと、いかんです。

346 :名無しさん@3周年:03/10/03 16:29
>345
そんなことは既に実行してるし。
褒めて丁寧に訊ねたら詳しく教えてくれる香具師がいるので、
利用してるだけだよ。

347 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/03 17:09
>>345-346
どうでも好いけど、内容を語れ。


348 :208:03/10/03 19:12
無限遡及論による主体の存在の否定は、勘違いによる間違いだとしか思えません。
 「コップがテーブルにあるのを見た」→「コップの存在を確認した」
 「そこにあったボールが転がりはじめた」→「ボールを転がす何らかの力の存在を確認した」
 「何かに対すしての認識を説明する言葉があった」→「何かを認識し説明する存在(=主体)を確認した」
当たり前のことです。無限遡及、循環論法など、普段わたしが聞いたこともないような言葉
を持ち出すまでもない話です。
わたしは上記のようにコップを確認したり、ボールを転がす力を確認したり、
主体を確認したりするのに、無限遡及に陥ったりしません。

電波男さんは、無限遡及論からちゃんと具体的に論理的に否定できていません。
「偉い人がこういう風に言っているから・・・」という、権威主義的理由によって否定しているだけです。
>>336>>341さんや、わたしの「『我は無い』と説くが、『我は無い』と認識している主体がある」を
具体的に論理的に否定するには、「そのように考えたら、これこれこのようになり・・・・無限遡及に到る」と
実際の無限遡及を示さなければなりません。
それができないならば、無限遡及論は勘違いだということです。
ちなみに「自己言及のパラドックスからの無限遡及」は既に否定済みです。


349 :666改:03/10/04 00:23
>>334
>「認識しているもの=主体と措定する」というのであれば、異義はありませんが、
微分をつきつめれば、やがては認識の主体を認識できるかもしれない。
ステキだ。ステキすぎる。

350 :半裸厨:03/10/04 00:25
早く全裸になりたい。
お前らだってそう思っているはず。

351 :208:03/10/04 00:36
あ、もうこの議論やめようと思ってたから、書かなかったけど、
一応、わたしが考えている「主体」は以下の(3)に当たる、ごく普通のものです。

しゅたい【主体】
(1)自覚や意志をもち、動作・作用を他に及ぼす存在としての人間。
(2)集団・組織・構成などの中心となるもの。
 「学生を―とするデモ行進」
(3)〔哲〕〔(ギリシヤ) hypokeimenon; (ラテン) subjectum〕
  (ア)何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの。読書という行為における読み手、赤いという性質を具有する花、の類。
  (イ)(「主観」が認識論的意味で用いられるのに対し、存在論的・倫理学的意味で)行為・実践をなす当のもの。

つかもう、この議論終わっていいでしょ。

352 :名無しさん@3周年:03/10/04 00:40
>>347
内容は詰めると分裂するし、時間の無駄だから、やりたくないよ。
あんたと話してると心が汚れてくるのがよく分かる。今も分かる。

例えば、我が無いっていうのは普通使ってる言葉上の意味、言語習慣的意味じゃないでしょ。
既にどなたかが指摘されてたけど。日常言語的には我、私とだれでも使うでしょう。

しかしすべては変化し、空であるということを実感した悟った状態から見るなら、
我があると思っているのは根本的な間違いで、そこから全ての誤りが始まるというようなものでしょう。

それをアビダルマ、唯識系統の無限遡及論を説明なしに根拠とするから、話は平行線なわけでしょう。

>>350
たしかにすっぱだかに成りたいかも。でも露出狂は嫌かも。ほどよくなりたい。

353 :名無しさん@3周年:03/10/04 02:18
SRS


354 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/10/04 02:51
とある名無しさんは、時々鋭い突込みをされますなぁ。
大雑把ですが、精神レベルの高さが伺えます。
でも電波男さんの教判は凄いなとは思います。

それにしても世間のしがらみは本当に大きな障害で、
自分を見つめる時間が無いと疲れますね。
この前、パチンコをしてみたら、思いのほか楽しくて
急に死ぬのが怖くなりました。
戒が無くてはいけないほど、人は弱いのですね。

あとタバコをすってる坊さんは自分の限界を
世間にアピールしているように見えますが、
釈尊ならば、タバコについて、どのような見解を持つか
皆様の意見を是非聞かせていただきたいです。

355 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 03:57
>>348
>無限遡及論による主体の存在の否定は、勘違いによる間違いだとしか思えません。
人の話を全然読んでいませんね。私が無限遡及に言及したのは
「認識の主体を語る場合、今現在議論している我々まで言及するのは無限遡及に陥るので、それは不問にする」
ということだよ。考える筋道というものをぜんぜん理解していないし、非常に非論理的な思考をしていますね。

>「偉い人がこういう風に言っているから・・・」という、権威主義的理由によって否定しているだけです。
度々ですね。これは誤認による中傷といいます。非常に非論理的です。(笑) 上記のような議論主体を認識主体に
摩り替えて議論自体の主体を問うてしまうのは無限遡及に陥るというのは独我論とともにタブーであることを
説明するのが面倒なので引用しただけ。あほ相手にしか普通はこんなことしないんだけどね。かみくだいでも
理解しないジャン。

>具体的に論理的に否定するには、「そのように考えたら、これこれこのようになり・・・・無限遡及に到る」と
>実際の無限遡及を示さなければなりません。
これも完全に読み違い。

>ちなみに「自己言及のパラドックスからの無限遡及」は既に否定済みです。
はぁ?自己言及と議論主体言及の関係を埋めてる?(笑)

久しぶりにあなたには「ハクチ認定書」を贈呈いたしましょう。

356 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 04:02
>>349
208の馬鹿は>>334の発言を全然読んでいないか、読んでも理解できていないらしい。
ところで、

>微分をつきつめれば、やがては認識の主体を認識できるかもしれない。
>ステキだ。ステキすぎる。

そのような哲学的なことはこのスレッドではしないと言ったの覚えている?ここでは原始仏教を
記述することに専念するって。私の哲学的考察はこんなもんじゃない。208は本当に低級。

357 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 04:06
>>351
>あ、もうこの議論やめようと思ってたから、書かなかったけど、
>一応、わたしが考えている「主体」は以下の(3)に当たる、ごく普通のものです。

あなたが馬鹿厨房であることを理解いたしました。そのような浅薄な知見で主体論してたと思うわけ?
ふうーん。つまらんね。主体論とアートマンをどう埋めるんだ?

>つかもう、この議論終わっていいでしょ。

馬鹿は去れ。因みに哲学的な主体論はMLでしようと思う。私の専門は認識論、存在論ですから興味の
ある方はMLへどうぞ。


358 :名無しさん@3周年:03/10/04 04:10
けっこうです

359 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 04:11
>>352
>あんたと話してると心が汚れてくるのがよく分かる。今も分かる。

論証無しにそう言うのを侮辱、ないし名誉毀損と言います。(笑)
また人の話をまったく読まずか理解せず評価を下すのを「愚かな行為」と言います。

>例えば、我が無いっていうのは普通使ってる言葉上の意味、言語習慣的意味じゃないでしょ。
>既にどなたかが指摘されてたけど。日常言語的には我、私とだれでも使うでしょう。

だれが「我が無い」と言った?なんの話をしている?

>しかしすべては変化し、空であるということを実感した悟った状態から見るなら、
>我があると思っているのは根本的な間違いで、そこから全ての誤りが始まるというようなものでしょう。

はぁ?文脈完全にそらしてますけど?あーしんど。

>それをアビダルマ、唯識系統の無限遡及論を説明なしに根拠とするから、話は平行線なわけでしょう。
なに?それ?だれがアビダルマ、唯指揮系統の無限遡及論に言及した?そもそもその無限遡及論ってなに?
おしえて。



360 :名無しさん@3周年:03/10/04 04:13
>>355
それは、そうなんだけど
>>314 でせっかく親切な人が纏めてくれてるのに。。。
電波さんは栗栖樽ショックが抜けてないね。

>208
答えたくなかったら無視してください。
208さんは高○英○先生の御弟子さんですか?
俺、御会いしたことありますよ。


361 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 04:38
>>360
>>314 でせっかく親切な人が纏めてくれてるのに。。。
>電波さんは栗栖樽ショックが抜けてないね。

その親切な人は原始仏教の文脈ではなかったのですよ。唯識を持ち出すからかえって話がややこしくなる。
いいたいことは解るのですけどね。

また、「主体」という一般認識に関して、哲学分野でもその存在自体を疑問視している分野があり、
かなり研究が進んでいてそれをふくんだ議論をすべきなのに

>(3)〔哲〕〔(ギリシヤ) hypokeimenon; (ラテン) subjectum〕
>  (ア)何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの。読書という行為における読み手、赤いという性質を具有する花、の類。
>  (イ)(「主観」が認識論的意味で用いられるのに対し、存在論的・倫理学的意味で)行為・実践をなす当のもの。

こんな間抜けなことを言い出すのは馬鹿以外のなんでもありません。

また別にショックを受けていないよ。シャンカラで答えられなくなったから遁走しただけでしょ。


362 :名無しさん@3周年:03/10/04 04:44
今日はまた必死だね。
専門分野で野次られたのが許せなかった?

363 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 04:52
>>362
>今日はまた必死だね。
>専門分野で野次られたのが許せなかった?
なにが?今日はたまたま家にいるからだよ。最近忙しいからね。


364 :名無しさん@3周年:03/10/04 05:47

>361

あら、御返事ありがとうございます。
ところで電波さんも武道をおやりですよね?
主体〜不要・有害な自意識の発生要因≒無駄な力み≒拘束という文脈でやれば、208と会話が成立ったかも。
原始仏教からはズレてしまいますけど。

>ショックを受けていないよ。
馬鹿は移ります。
スレッド200番台の阿呆陀羅經さんのレスについて、
いつもの阿呆陀羅經さんのレスと比較すると軽く感じませんか?

レスを返すために栗栖樽の文を繰返し読返すうちに、
影響を受けてしまったのは、電波さんも同様と思われ。

疲れたら休むべきです。
本来なら国費を使っている先生方や、
檀家に養ってもらっている出家の仕事なんですから。


365 :208:03/10/04 07:44
>>360
え、違いますよ。わたしは誰の弟子でもありません。
ちなみにその高○英○は高岡英夫ですね?


366 :208:パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/04 07:47
さて、問題の方へ返していきましょうか・・。w

>>355 、356 、357 、361
一体何なんでしょう、この呆れるほどの醜悪な悪意っぷりは?(藁
このスレで嫌われてた理由がわかりましたよ。
>>337 さんが言うように、忍辱修行のためには最高の逸材キャラですね。

電波男さんは、わたしを低級と言いますが、わたしは一番初めの>>208 から、
「よく知らないんですが、仏教では・・」と書き始め、途中で何度も自分は無学だと書き、
さらに、あなたがイキリ立つ理由になった>>348(普通この程度でこうもイキリ立つか?w)では、
「無限遡及、循環論法など、普段わたしが聞いたこともない・・」と書いているんですよ
(ちなみに「独我論」という言葉すら知らない)。
わたしが仏教、ヒンドゥー、西洋哲学の知識に無知、低レベルなのは初めからわかりきったことです。
そんな低レベルなものに対して対して、一体、何をあわてたようにシャカリキになって、
>>355>>356>>357>>361 と興奮した攻撃的レスを重ねてるんですか。
仏教や哲学に詳しいことを自認しているらしい人としては、とてもみっともないですね。
自分が何をやったのか、よく見つめ直してみるべきでしょう。


367 :208:パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/04 07:48
>>355
> 人の話を全然読んでいませんね。私が無限遡及に言及したのは
> 「認識の主体を語る場合、今現在議論している我々まで言及するのは無限遡及に・・・・・・・
それはたぶん>>236 と同じものですね。わたしの>>208に対する説明じゃないですね。
まあ、>>355>>356>>357>>361 と読んでみて、電波男さんは初めから、
何かを人に善意で解説するようなキャラではないことがよく分かりましたので、もうどうでもいいですが。

> >「偉い人がこういう風に言っているから・・・」という、権威主義的理由によって・・・・
> ・・・・・・これは誤認による中傷といいます。非常に非論理的です。(笑) ・・・・
> 説明するのが面倒なので引用しただけ。あほ相手にしか普通はこんなことしない・・・・・
結局それなんですよね、あなたは。元々何かを解説して、理解を得させようなんて気ではない。
初めから相手を見下し、バカにしてせせら笑うのが目的なんですね。それがあなたの本質。
ちなみに、あなたの神経を逆なでするようなことを言わせてもらいますと、
わたしは当初はあなたのその悪意的人格を知りませんでしたし、このスレにふさわしく、
善意で西洋哲学なり、仏教、ヒンドゥーなりを解説してくれる人だと思っていました。
当然、あなたが「あほ相手には説明しない」と考えてるなどとは察するはずもないので、
あなたのその説明を省いた「偉い人がこういう風に言っているから・・・」的論理を、
「権威主義的」と見るのはごく自然にありうることです。決して非論理的なことではありません。
したがって、あなたの「非常に非論理的です。(笑)」という、わたしをバカにしてせせら笑う文章は、
そのように考えるあなたの方が非論理的であり、結果的には、むしろあなたをバカッぽく
表現してしまっていると言えるでしょう。(笑)
人をバカにする文章を書くときももう少しよく考えて書かないと・・。


368 :208:パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/04 07:48
>>356
> 208の馬鹿は>>334の発言を全然読んでいないか、読んでも理解できていないらしい。
> ・・・・・・208は本当に低級。
ええ。もう終えるつもりでしたから、まともに読んでいませんし、
読んでもあの内容では、無学のわたしが完全に理解するには時間がかかるでしょう。
しかし、666改さんを相手にしたこのレスにまで、わたしの悪口を重ねてますね。
ホントにシャカリキ。w わたしの低級を気づくまでに、随分時間がかかりましたね。w

>>357
> あなたが馬鹿厨房であることを理解いたしました。そのような浅薄な知見で主体論してたと思うわけ?
> ふうーん。つまらんね。主体論とアートマンをどう埋めるんだ?
あのー、ヒジョーに申し訳ないんですけどー、わたしが>>208からはじめた低レベルでの議論を、
いつの間に仕切っちゃってるんでしょーかー? 「主体論してたと思うわけ?」と質問されても、
元々あなたのこと注目してたワケじゃないですし、困るんですけどー? 「つまらん」と言われても、
あなたを楽しませるためにやってるわけじゃないですし、
「主体論とアートマンををどう埋める」と言われてもサッパリなんですがー?
まあ結果的に「俺はこんなにスゴイんだゾー。バカめ」的本性を現してしまってる醜いレスですな・・。


369 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/04 07:51
>>361
> また、「主体」という一般認識に関して、哲学分野でもその存在自体を疑問視している分野があり、
> かなり研究が進んでいてそれをふくんだ議論をすべきなのに
知りませんよ。w
「議論をすべき」っていったい何を勝手に決めてるんでしょーか。
人が始めたテーマに勝手に横から入ってきて、一人で勝手に盛り上がって、
テーマの方向やレベルを勝手に決めないで下さい。仕切らないでください。

> こんな間抜けなことを言い出すのは馬鹿以外のなんでもありません。
ですから>>351でわたしが書いたのはごく普通の意味でのことということであり、
初めからそのレベルでの議論だったということです。
間抜けなのは、何を血迷ったか、それをハイレベルな議論に解釈し、熱くなってたあなたの方でしょう。
なお、主体の語の説明について文句がある場合は、goo 国語辞典のほうへどうぞです。
http://dictionary.goo.ne.jp/index.html?kind=jn&mode=0


370 :名無しさん@3周年:03/10/04 08:55
>>362
設備設計が専門のデムパがなんでここで専門をやじられる?

371 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 09:00
>>364
>主体〜不要・有害な自意識の発生要因≒無駄な力み≒拘束という文脈でやれば、208と会話が成立ったかも。
>原始仏教からはズレてしまいますけど。

>>365 以下をお読みになったらご理解いただけると思いますが、彼は端から一般理解での「主体」でしか語ろう
としていませんでした。そして彼の攻撃的な物言いに対して当初普通に答えておりましたが、全く理解しようと
しません。自説しか認めないのか理解しようとしないのか理解力が無いのか私には解りませんが。

挙句の果てに人を非論理的などとの醜悪さをさらすので罵倒レベルを彼に合わせました。するとご自身を私に
投影して

>一体何なんでしょう、この呆れるほどの醜悪な悪意っぷりは?(藁
と言う始末。さらに

>このスレで嫌われてた理由がわかりましたよ。
というご自身の立場を暴露ししまい、最初から議論する意思が無かったことを説明しています。
そもそも原始仏教を語る気持ちが無かったのでしょう。また、

>電波男さんは、わたしを低級と言いますが、わたしは一番初めの>>208 から、
>「よく知らないんですが、仏教では・・」と書き始め、途中で何度も自分は無学だと書き、
よく知らないのであれば、それなりの話し方があるはずです。同じ目線で話そうとするから相手を下に見ず、
対等に激論しようとしたのです。それは変わらぬ私のスタンスです。すると「私は無学だから、、、」と逃げてしまう。
あれでは何の進歩望めないでしょう。スレタイトルにそぐわない荒し認定で終りです。

>疲れたら休むべきです。
>本来なら国費を使っている先生方や、
>檀家に養ってもらっている出家の仕事なんですから

ここで多く発言している人たちは私を含めて本業は別に有ります。私はもう大学で教えていませんし、現役坊主
でも有りません。


372 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 09:05
>>370
>設備設計が専門のデムパがなんでここで専門をやじられる?

それは専門ではなくて本業の方。
因みに本業は設備設計のみにあらず。文系だから指定学科じゃなかったけど実務経験や諸条件をクリアして
所要資格を獲得できた。現在は建築設計(構造も設備もいじれる)、都市開発関係として色んなことしてるよ。

なお、理系土建板ではわたしがインド哲学出身で、しばらくその方面で食っていたことはあまり知られていない。

373 :名無しさん@3周年:03/10/04 10:03
印度哲学じゃ食えなくなったのか・・・可哀相だね。
でもこんな調子じゃダメだめになるのもうなずけますよ。

374 :名無しさん@3周年:03/10/04 11:24
>印度哲学じゃ食えなくなったのか

この件に関して余程の恨みがあったんだろうな。
でも印度哲学方面って何を指している?

表現の曖昧さの中に虚栄と自信のなさが伺える。

375 :名無しさん@3周年:03/10/04 11:34
簡単にいうと、葬式坊主の手伝いをして食っていたと

376 :名無しさん@3周年:03/10/04 11:46
>>375
なるほど!
それは考えつかなかった。
しかし俺は頭が固いな(笑)

377 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 15:39
>>373-375
違うよ。研究していたが、親がうるさくて建築関係の家業を継ぐことになった。
でも、古い体質なのでそりが合わず、独立したというわけ。

だから結構時間にも融通が利いて、色んなことができている。

>>374
>でも印度哲学方面って何を指している?
解らないの?マジで?

378 :名無しさん@3周年:03/10/04 16:13
……たしか
原始仏教のスレだったよな
ここは…

379 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 16:58
>>378
>原始仏教のスレだったよな
>ここは…

そうなんですよ。
「無我=真我」
というところからおかしくなってきた。

380 :名無しさん@3周年:03/10/04 18:22
電波男さんも大変そうですね。
「荒し」(原始仏教以外で盛り上がる人)は放置で行きましょうや

381 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/04 19:42
>>380
テーラワーダスレッドでテーラワーダ仏教協会をカルト視しているからそこの信者の嫌がらせもあるのでしょう。
彼らは狂信的ですからね。

382 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/10/04 23:00
電波男さんに失礼なことを申します

以前から、電波男さんの思想は常見の域を越える印象があるのに
何故、覚者と感じさせないのか考えていました。
そして先ほど、お怒りのレスを読んで正直びっくりしました。

心の中のとても純粋な真理に対する追求と
現実とのギャップが電波男さんの進化を阻害していると感じました。
怒りが三毒の一つと知りながら、それでも
カッと怒ってしまうというのは、よっぽどな事です。

このスレの第一人者なのですから、クリスタルさんという強者を
完全調伏ぐらいの進化を期待しているのですが。
単なる私の煩悩ですかね。。。

383 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/05 00:07
クリスタルさんのシャンカラと原始仏教の関連性についてのレスが来ないんだもん。
そこから電波男さんがクリスタルさんとどうやって対決するのか期待していた
僕にとっては、彼が出て来なくなったので期待外れですね。

ひょっとしたらクリスタルさんが208を名乗って出て来てるのかと妄想して
しまいましたが、クリスタルさんと208さんとではレベルが違う事に気づきました。


384 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/10/05 00:26
>>383
208さんは、とても柔軟なモノの見方ができると思います。
クリスタルさんはある意味レベルが凄いです。

385 :名無しさん@3周年:03/10/05 00:38
>>384
私は、208さん、くぅさん、NBさん、アホダラさんは客観的で公平で心の綺麗な方だと思います。

クリスタルさんとベロさんも心の綺麗な方だと思います。


386 :666改:03/10/05 00:44
208さんとは会話が成立するが、クリスタルさんとは無理。
クリスタルさんの再登場を願う人が二人もいるというのは驚きです。
特にべろさんは以前、仙人さんの再登場も期待していたことがありますね。
どっかネジはずれてません?

387 :名無しさん@3周年:03/10/05 01:00
ベロさんは論争を詠むのを楽しむ人だと思うよ。

388 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/10/05 01:46
皆さん、どうもご無沙汰しております。
取り合えず、ご挨拶のための投稿しました。

私自身も中途半端なモヤモヤ状態のままで、
オサラバしてしまうというのは自分の本意ではありません。
シャンカラのことがどう関係するのか?についての投稿は必ず致します。
それと、自分の見解と主張をまとめたページの作成も必ず実行して、
それについても、後ほどお知らせするつもりです。

私の個人的な事柄で、これは言い分けになるのですが・・・
皆さんご存知のように北海道では巨大地震が発生して多大な被害が生じました。
そして、その他にも大地震の発生が懸念される状況下にあるものと見られています。
只今、私のもう一つの日常ワークである地震関係に
かなりエネルギーを注いでいるところなのです。
http://that.2ch.net/test/read.cgi/disaster/1064917417/l50

それに加えて、
余命数ヶ月、数週間という末期患者二人の件で、いろいろと忙しいところです。

シャンカラの件については、簡単な内容で済ませることもできるのですが、
よーく落ち着いてから、じっくりと考えて記述したほうが良いかと・・・。
どうかごめんなさい。

皆さんで、
更に有意義な内容で投稿が続けられますに!

389 :ノーモア阪神大震災:03/10/05 02:11
輪廻転生もいいが、それより地震予知
おながいします。

390 :名無しさん@3周年:03/10/05 20:35
>アホダラさんは客観的で公平で心の綺麗な方

これはちょっと保留にしておいては?
彼は結構他人を罵倒しているぞ。
それに例の疑惑もあるしな。

391 :名無しさん@3周年:03/10/05 20:44
疑惑って、アホダラさん=電波さん
でつか? それは違うと思うよ。

アホダラさんには自己顕示欲が感じられないし、論証法のクセが違うと思うです。

392 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/10/05 23:14
>>391
同意。

阿保陀羅さんと電波男さんは完璧に別人。
つか、もうそういう煽りはいいかげん放置がよかろうかと。

ちなみにかつて喧嘩みたいなこともしたことありますけど、電波男さんは
ものすごく優しい、いい人だと思いますよ。

393 :名無しさん@3周年:03/10/05 23:33
>>392
>ものすごく優しい、いい人だと思いますよ。

強引な鬼上司にふと優しくされるとほろっときてしまうのと同じ心理で砂。
リーダーシップの基本です(w
真実は何処に

394 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/10/05 23:55
>>393
えと、べつに電波男さんとぼくとは鬼上司と部下の関係ではないです。

つか。そのあたりの権威関係めいたものは電波男さんも嫌いなんじゃないかと。
そのへんは明らかに潔いですよ。

395 :名無しさん@3周年:03/10/06 00:34
>>394
いえ、ぼろぼろにされてたの見てましたから(w

396 :名無しさん@3周年:03/10/06 01:36
もう一度言う
…確か
ここは……
「原始仏教」スレでは?

仏教以外の話も、たまには良いですけど
脱線しすぎなんでは?


ではむりやり話を戻すために基本的?な質問です
「諸行無常」や「諸法無我」に使われ(訳され)ている『諸』とは
例外無しの「一切」とイコールなんでしょうか?

397 :名無しさん@3周年:03/10/06 01:56
なんか、アホダラとデンパオが同一人物だなんて意見があるみたいだけど、

全然別人だからね。

以前、他のスレで、アホダラにはこっぴどくやられたけど、ちゃんと論理的
に解説してくれたし、自分にはとてもおよばないものも持っているし、悔しい
けど、腹には何も残らなかった。
禅スレのような、訳のわからない狡い誤魔化しもないから、そういう点は清清
しいといえる。ただ、人間的には高圧的だな〜と思うが、それは独覚にありが
ちな欠点かとも思う。師を持たずに、理論観察だけで悟りを得るのが独覚醒ら
しいがね。

398 :名無しさん@3周年:03/10/06 01:57
>そのあたりの権威関係めいたものは電波男さんも嫌いなんじゃないかと。

他人の権威は嫌うが、自分の権威を認められないと罵倒や白痴認定に走るのは何故?

399 :名無しさん@3周年:03/10/06 01:58
一切皆苦だから苦を行わなければいい。
苦である一切を取り除くことに努めれば、
涅槃を得て、苦がなくなるわけだから、
一切というのは涅槃状態を除いて一切ということだろう。
諸、一切というのは、涅槃に属さないあらゆる現実のことではないか。


400 :名無しさん@3周年:03/10/06 02:01
でんぱおとこは喧嘩っ早いけど、冷めるのも早い。

401 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/10/06 03:44
>>396
>ではむりやり話を戻すために基本的?な質問です
>「諸行無常」や「諸法無我」に使われ(訳され)ている『諸』とは
>例外無しの「一切」とイコールなんでしょうか?
>
ここは一番大切な部分です。
これが間違って認識していたらどうにもなりません。

どの仏教解説書でもいいですが、
「仏陀」存在までの無常扱いしている解説は絶対に見つけられる筈がないのです。
苦なる無常な世界から解脱した存在が仏陀なのであり、
その境地が仏教徒が求めるべきニルヴァーナ境です。
無常なるものに執着しないことを知るだけでは到達はできません。

「諸法無我」もそうです。
何と何が我では無いのか? 
その「我」とは何かについて熟考しましょう。

402 :クリスタル ◆rXhk8XNQU6 :03/10/06 03:46
タイプミスです。
-----「仏陀」存在までも-----

でした。

403 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/06 05:50
>>396
便乗してわたしも問題提起。
『諸』以上に、『無』という漢字の方が問題ではないでしょうか。
『無』は一般的に「存在しない」という意味で解釈されますが、
漢和辞典を調べたら、動詞の否定「〜し・ない」という意味や、
「〜とは違う、〜ではない」という意味と思われる説明が書いてあります。
「存在しない」と「〜し・ない」と「〜とは違う、〜ではない」とでは全く意味が違ってきます。
漢訳された『無』がサンスクリット語では、どのようになっているのかはとても重要な問題だと思います。

404 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/06 06:58
「〜とは違う」というのはちょっと大げさだったかも。
上記の「〜とは違う、〜ではない」の部分を「〜ではない」に訂正。

405 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 09:49
>>396-403
諸行無常の諸は「行」の複数形を示す訳語であり、翻訳も場面では「一切」(sarva)をふくむ場合が多いのです。
諸行とは
「なされた(つくられた、行われた、作用があるもの)一切のもの」
と言う意味になります。ですから

>例外無しの「一切」とイコールなんでしょうか?
とは記述関係が異なります。つまり、「なされた一切のもの」という限定を加えた場合、それ以外に一切に含まれるもの
があることになります。ですが、「なされたものこそが一切である」という考えかたも否定できないのでその場合、
イコールが成立するでしょう。また、この「行」が仏教理解の大きなカギであり、諸説あり歴史的に内部論争が絶えません。
目の付け所はいいですね。

>>403
>漢和辞典を調べたら、動詞の否定「〜し・ない」という意味や、
>「〜とは違う、〜ではない」という意味と思われる説明が書いてあります。
そのとおりです。中国では本来否定の意味での「無」の方が多く使われていました。勿論「ない」の意味もありますので、
それと混同しないために「非我」と言う漢訳も多いのです。

406 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 09:50
>「存在しない」と「〜し・ない」と「〜とは違う、〜ではない」とでは全く意味が違ってきます。
先ほども言いましたが、「無」は否定と非存在の2つの意味があり、彼らは文脈によって使い分けていたのです。
唐代の中国語の影響を一番受けているとされる台湾語も同じ使いかたをします。また、現在中国語でも「ない」
→「没有」は否定に使われる場合があり、それは地方になると顕著に表れます。

また、be動詞も叙述と存在の両方(notをつければ否定と非存在)になり、文脈で読み取るしか仕方ありません。
サンスクリットのbe動詞相当では√as語根から作られ、同じ意味内容になります。
要はこの「a(an)-否定辞」に問題があり、これも場合によっては「ない」ということを示しますから混乱するのです。
中国、日本人が無我を「我が無い」と多く誤解しますが、インドでも場所人によってその誤解が生じます。

>漢訳された『無』がサンスクリット語では、どのようになっているのかはとても重要な問題だと思います。
an-Atman ですが、完全に否定辞の(a)になります。インドでは論理的に否定辞を二つの方向に意味付けします。
一つはそれ以外の何かを強調して示す場合、もうひとつは「それではない」と強調する場合です。

407 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 10:52
ついでに言いますと無いとか非存在を表すのは「ある」を意味する動詞語根"√bhU"から派生するものに
否定辞の(a)をつけます。この語根の意味は「生まれる」であり、インドでは存在を「生まれおこってきたもの」
と捉える言語、思想習慣があることが伺えます。

「無い」という"abhUta"にはスリランカやヒンディーなどに「おばけ」や「幽霊」という現代語が当てはめられ、
非常にオモロイ現象です。釈尊在世当時にそのような意味があったかどうかは知りません。

408 :名無しさん@3周年:03/10/06 13:25
素晴らしい!
いつもこうだと荒れないですむのだが。>電波男

しかし、パーラミターさんも相変わらず落ち着いた冴えをみせていますね。

409 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 15:35
「論理的、、」と言いましたが、インドの言語習慣として古来から議論法、論争法、推論法、論証法etc.が非常に
意識されており、「”AはBである”は決して”BはAである”とは限らない」と言う意識を子供の時から植え付けられ
ます。(勿論、階層や家風にもよりますが)現在のインドでもめったに暴力沙汰はおこりません。喧嘩が始まった
と聞いて行って見ると大声で真面目な論争が始まっているのです。それは周囲を巻き込んで「対象の限定」やら
「近隣概念による誤解だ」とかの論理用語が飛び交います。

そのような歴史的風土で”否定辞a”を付けた場合、論理構造として何を示すのか考慮しなかったとは考え難いも
のがあります。先ほどの二方向性を考えた場合、前提として内容主体を考えないと先に進むことはできません。
つまり

1 ”私と言う存在には”我は〔認められ〕ない
2 ”人間存在とは”我ではない〔なにか他の真実がある〕
3 ”我”はない
4 ”我”ではない

という具合に考えることが出来ます。五蘊との関係で暫く考えてみてください。色々と想像が膨らむことでしょう。
一つ考慮したいのは1の〔認められない〕のように、”否定辞a”が省略された動詞ないし動詞派生後を意図している
場合が指摘されることです。このような合成語形式をバフビリーヒと言ってその形容された語が省略されている場合
があります。例えば如来藏の”如来”と”藏”との合成語関係についてもこの手の議論の決着を見ていません。

410 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 15:36
>>408
「わたしは荒しや煽りに対しては同レベルにおちる修羅である」と以前から言明しています。

411 :名無しさん@3周年:03/10/06 15:41
元々同レベルのアホタレだろうが

412 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/06 15:50
>>411
お前のようなハクチ未満は放置です。
今回は特別です。

413 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/10/07 00:54
質問された方が、電波男さんの良さを引き出すために
敢えて、カキコされたのではないかと想像してしまいました。
本当の目的は、とある第三者の方便の為です。

真偽はともかく、その方は流石に衝撃を受けたのではないでしょうか。

それと、一連の流れが電波男さんの自作自演でしたら、
チベットでやっている五体投地をしたい心境です。

414 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/07 02:54
396さん、パーラミターさん、電波男さん、良い書き込みをありがとうございます。
大変失礼な言い方でホントに恐縮しますが、電波男さんをうまく「利用」すれば、
こんなに良い勉強になるなんて、2ちゃんも捨てたもんじゃないなと思いました。

415 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/07 06:07
>>413
彼はわたしと気づかずにレスを付けたんでしょう。
気づいていてレスを付けたのなら、とても気持ち悪いです。
わたしにとって彼は既に放置対象ですから。
頭のてっぺんから、腹の中まで邪気が流れ込んでくる感じがしました。


416 :名無しさん@3周年:03/10/07 07:04
>>415
電波氏は気付いていると思う。このスレッドをもう一度読んでみたら?
あなたの質問に対しては丁寧に答えている。あなたは横柄で教わる人の
態度でなくなったときに罵倒がはじまってますよ。
電波氏の答えにそのような態度で応じるあなたには、場を同じくしたくない
汚らわしさを感じました。

417 :396:03/10/07 07:44
>>414  ベロさん
やっぱり荒れてない方が良いですもんね。

結局ここでは
『諸』=一切
とは考えないという事なんですね
原典読む力量無いんで一苦労です。
>電波男さん
ご丁寧に有り難う。

418 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/07 08:20
>>417 396さん
>結局ここでは
>『諸』=一切
>とは考えないという事なんですね

いいえ、そう言うわけではありません。「諸行」という場合、

1 ”saravasamskArAni”一切諸行という原典がかなり多く見られる
2 現象界(三界→迷いの生存)におけるすべてのもの→「行」であると解釈もできる

という前提から諸行無常の「諸行とは一切である」といってもいいと思いますよ。
ただし、涅槃などの悟りの境地は除きます。

>>416
主体の話を続けても好いが、この場の議論しているものたちに主体を求めて論じるのはやめておこう
と彼に提言しました。それこそ無限遡及に陥り、議論が成立しなくなるからです。「この世というものは
私以外の存在は証明できない」などとする独我論を論じる時にも議論の担い手にそれを当てはめると
議論自体成立しなくなるから、そのような議論を停止させるようなことは止めよう。そして、全ての根拠を
突き詰める作業というものはこのような停止線を一応設けておく必要があるということを引用文献で
示しました。そこから飛び出てきたのは

1 無限遡及の非論理的扱い
2 権威主義
3 無学だと言ったのにわからんのか

と言う非難でした。でもスレに沿った質問であり、396さんが最初に発したことですから、ギャラリーの益す
ることでもありお答えしました。

>>666
微分を突き詰めましょう。そしてそれは共同作業でなければなりません。あなたの専門分野を教えてください。

419 :名無しさん@3周年:03/10/07 09:14
>>416が生体辞書デムパ男の本体ですか?

420 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/07 09:26
>>419
またその手の疑惑ですか。。。。。

「生体辞書」、「歩くCD_ROM」その言い方は誰かに似ているなぁ。。。今は亡き、、、もういいや。
ちなみに辞書や書物だけでは出てこないものがありますが、あなたにそれが解りますか?
辞書や書物だけでは出てこない。それがこのスレッドの存在価値です。

421 :名無しさん@3周年:03/10/07 12:57
ただ単に、我執の我と真我とか自性の我との区別ができてないだけだろう

422 :名無しさん@3周年:03/10/07 13:00
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi?bbs=psy&key=1056434326&st=74&to=84&nofirst=true

423 :名無しさん@3周年:03/10/07 13:11
辞書や書物には電波男さんの醜い心根が出てきませーん


424 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/07 13:33
>>416
好きなように解釈してください。

425 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/07 13:55
>>421
やっと次への切り口を開いてくれる人が現れましたか。
「無我」の我とはウパニシャッドのAtmanを想定していないわけではありませんが、
「執着すべき我」と言う意味で解釈しないと方向性を見誤りますね。

次に、この【我執】を考察しなければなりません。
1 端的に言えば、「どうしようもない苦しみ」をもたらす【執着】という
2 言動を慎むのが心の【安穏】への道だと釈尊は説きます。
3 そして、この執着の原因として誤ったものの見方【転倒】を説明していきます。
4 この文脈で【諸法無我】が開示されていきます。
5 原始仏教において、「もの」とは人の認識と認識【五蘊】されたものと言う素朴実在論を説きます。
6 ................続きはまた今度。

426 :名無しさん@3周年:03/10/07 17:41
電波男さんの我執がこのスレッドの価値だったのれすね!

427 :名無しさん@3周年:03/10/07 19:30

ん?
荒し?
??


428 :名無しさん@3周年:03/10/07 20:53
荒らしを呼ぶ雷波男

429 :名無しさん@3周年:03/10/07 23:25
うまい!

430 :666改:03/10/08 00:37
微分を突き詰めるなんてすばらしくステキですね。
あんまり私の専門なんて感けーなさそうだけど。
一応基礎系の薬学者すけどなんか参考になる?
あぁ、携帯入力めんどい!出張中なの。

431 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/10/08 00:56
まあ、西洋的思考法って、所詮はアーサー王のエクスカリバー。

誰にも抜けない剣を抜く勇者を(ry

432 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/10/08 01:01
あ、一応>>431>>430へのレスのつもりです。

433 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/10/08 01:40
>>415
曖昧な表現で、誤解を招いてしまいました。
申し訳ありません。別の方のことですよ。
電波男さんはその方の事を念頭において、話されておるようですが。

それと、パーラミターさん。貴方にしては、めずらしく
拒絶反応を示しておられますが、
あなたが感じるという邪気は苦しみの元ですね。
という事は滅する事ができると思います。
その方法がご自身の中にあるのではと感じました。
三毒は手ごわいですね。

434 :名無しさん@3周年:03/10/08 02:13
あなたがたは私の嫌いなタイプです。

435 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/08 05:10
>>433
誤解でしたか。すいませんでした。
「邪気は苦しみの元である。苦しみの元である、という事は滅する事ができる。」
という考えはよく理解できませんが、現状、私には何の問題もありません。
どうやら、私も誤解されてるようです(まあ、あまり気にしませんが)。
私は電波氏を憎んでもいませんし、好きでもありません。
私にはもともと人を好きになる心が希薄なので、逆に人を憎む心もほとんどないんです。
「気持ち悪い」と書いたのは、憎しみの表現として書いたのではなく、
「うわー、来た来た!」って感じで、ホントに気持ち悪かったからです。
拒絶は邪気の遮断と、悪性のカルマの人との縁を作らないためのものです。
これをしなければ、>>352さんが言うのと同じように心が汚れてしまうでしょう。


436 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/08 05:10
>>430
薬学、、あまり知らない世界だね。バイオテクノロジーをマニュアルに沿って利用するぐらいだし
基礎物理や工学系の一部にしか言及できない。でも数学や科学史的な見方に沿って考えましょう。

インド思想におけるアトム論を検証するとか。。。

ちょっと待てよ。。薬学?。。。ひょっとしてお猿さんかそのゆかいな仲間?
違ってたらゴメン。

するのなら、やはりMLが妥当だと思います。

437 :太刀山型の土俵入り:03/10/08 10:00
議論のための議論は戯論である。
なぜならそれはなにものも生み出さず、なにものも為さないから。
それは浪費であり、正勤の人への冒涜である。
議論は判断つきかねる問題を決定するときや、なにかわからないものを
認知する時にするべきであり、暇つぶしにおこなうものではない。



原始仏教でこんなこといってる経典とかありますかね?

438 :名無しさん@3周年:03/10/08 14:21
2chに来てる時点でアンタも既に『戯』なんだが。

439 :名無しさん@3周年:03/10/08 17:25
薬学者さんに質問です! 毒手って可能?(w

440 :666改:03/10/08 22:01
わかんない

441 :666改:03/10/08 22:01
わかんない

442 :名無しさん@3周年:03/10/09 01:14
夜すらかに戯論を寂滅させましゃう

喪前等よ

悟りは文字から離脱しているが故に

443 :名無しさん@3周年:03/10/09 01:20
>拒絶は邪気の遮断と、悪性のカルマの人との縁を作らないためのものです。

表現にオウムが薫ってきますね〜

444 :666改:03/10/09 20:44
邪気?悪性のカルマ?理知的な語調にすっかりだまされていた。

445 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/09 21:59
>>444
理知的な語調?
立論構築を眺めてみれば、そのいかがわしさは一目瞭然でしたよ。
すぐに気付かなかったのですか?

666さんがものを教わる人の態度ではなかった時、なぜ私がブチ切れなかったか思い返してください。
208さんは、かなり異質です。

自身は壊れていながら、周囲はそれに気付かない。そしてそれに巻き込まれていく図式はオウムなどの
第三次カルト宗教の特徴でもあり、ある意味・・・・・・な人の特徴でもあります。

208はそれを示すサンプルでもありますから、MLで解剖して何処でだませれやすいのか分析しましょう。

446 :名無しさん@3周年:03/10/10 03:18
>自身は壊れていながら、周囲はそれに気付かない。そしてそれに巻き込まれていく図式はオウムなどの
>第三次カルト宗教の特徴でもあり、ある意味・・・・・・な人の特徴でもあります。

>208はそれを示すサンプルでもありますから、MLで解剖して何処でだませれやすいのか分析しましょう。

208さんは、今まで教団のドグマ論しか習って来なかったのを悔い、ようやくその矛盾性に
気が付いて、現在では真剣に仏教を学ぼうとされてるのだと思います。文面からも、その内面の切実さ、本当に学ぼうとする心意気が伝わってきますよ。こればかりは理屈じゃなく、ハートでキャッチするもんだけどね。
原始仏教スレの皆さんは、たいへんな有識者揃いなんですから、どうかその知識を生きた
大慈・大悲に照らしながら、質問者に対しては、あたたかく導いてやってください。
世間のカルトに対するアレルギーや反感、憎悪は凄まじいものがありますが、そんな逆境の中にも、せっかく立ち直ろうとする人間を好奇の眼差しで見たり、慰み者にするような態度は止めてください。2chの宗教版は、それとも単なる暇人や知識愛好家のサロンに
すぎないのですか。そんなことありませんよね。


447 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/10 06:49
>>446
うにょにょ・・・。
そのような優しい446さんには恐縮なんですが、かばってくださらなくても大丈夫ですよ。(´-`)
私はそんなにヤワじゃないですから。べつにヘコんでもいませんしね。
中傷に言い返さないのは、屈服したからじゃなくて、その必要を感じないのと、
既にこのスレを忍辱に利用しているからです。
そういう意味ではとてもいいスレです。反感、憎悪はどんと来いです。w

それから、私は何らかの団体に入ったことは一度もありませんし、
これから入る気も全くありません。キリスト教にはちょこっと入信してたことはありますが、
これは自分の意志でやめていますし、教義的に影響は受けていません(むしろ否定してやめました)。
ですから立ち直るとかどうとかいうことは、私にはありません。

また、カルトが以下のような意味であるならば、私はカルトなのかもしれませんし、
それをやめるつもりはありません(もっともこのような意味なら、ブッダもそれ以前の宗教に対して、
また、仏教各宗派もそれ以前の宗派に対してカルトになると思いますが)。
   ↓
カルト 【cult】
〔宗教的な崇拝の意〕既成の社会から正統的とは見なされない宗教的集団。
転じて,趣味などで愛好者による熱狂的な支持をいう。(goo 国語辞典より)


448 :パーラミター ◆sT3EYE/DD. :03/10/10 07:03
あ、カルトの説明の、2行目の意味は私には関係ないや。

449 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/10 07:35
>>446
>>447 をご覧いただけたと思います。

>世間のカルトに対するアレルギーや反感、憎悪は凄まじいものがありますが、
>そんな逆境の中にも、せっかく立ち直ろうとする人間を好奇の眼差しで見たり、
>慰み者にするような態度は止めてください。

脱カルトの意思をお持ちの方に対しては、皆さんは暖かく、そして協力的だと思いますよ。
しかし、言論の場で中傷や排除を叫ぶ人に対しては場の崩壊を導きますので厳しくするようです。

自らの非難中傷を棚上げして、人を「中傷呼ばわり」し挙句は「邪気、悪性のカルマ」ですから
精神病理としては非常に解りやすい教科書の例示みたいな人です。随所に摩り替え発言がありますが、
恐らくご自身も自覚症状が無いようで、それは周囲にも影響を与えています。宗教神経症として
ある特徴を見せておりますので、上記精神病理とは別にそれを分析しようと考えております。
事実、内容にはもう触れる能力が無いようですし、中傷発言しかしておりません。

投射・防衛線から切込みを入れ、硬直概念・硬直知性などからその病理を対象化していきたいと
思います。なお、クリスタルさんの病理については悪影響がそれほど重症ではないので分析
する価値もないと判断いたします。

450 :名無しさん@3周年:03/10/10 10:24
>言論の場で中傷や排除を叫ぶ人
電波は「人」じゃないからかまわないとでも?(w


451 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/10 10:43
壊れてしまった208は捨て置いて、

「原始仏教における不可知論と無限について - 周辺思想を巡って」

の考察に入りましょう。無我説を論じる前に周辺の堀を埋める必要があります。
「認識している私」の考察は全く別文脈でやりましょう。原始仏教の枠内では
語れませんので。

452 :名無しさん@3周年:03/10/10 13:05
そろそろ音波男が降臨する予感

453 :名無しさん@3周年:03/10/10 21:26
>451
>
>「原始仏教における不可知論と無限について - 周辺思想を巡って」
>

  周辺思想を巡って と副題が振ってあるので申します。

1)現在、上座部を名乗られる方達が、サマタよりヴィパッサナーを重視する文脈で語られるのは、
 >>301で電波男さんの御指摘の
 >インド体部分の宗教
 を強く意識しての事ではないでしょうか?

2)また仏教登場時、その母体となり背景として作用した『インド体部分の宗教』について
 仏教を理解する事を前提に、好適な入門書を御存知でしたら、教えていただきたい。

3)阿呆陀羅經さんの
 >>110>>114
 非常に重要な事が書かれていると思うのですが、いま一つ腑に落ちません。
 >>115、116 がなぜ驚いたか?その『驚きの内容』の解説をお願いしたいのです。

スレッドの流れを遮る質問は無視してくださいませ。
よろしくおねがいします。

454 :太刀山型の土俵入り:03/10/10 22:23
遅レスすまんが>>438
あんたもね。

ここの人たちの言葉遣いはわかりにくいし、話してる内容も
ガンダムファンがアムロやシャアのことを話してるのと世間的重要度ではかわらん。
お釈迦さんてこんな実のない話をさせるために教えをといたのだろうか?

まあ浮世のつらさが少しでもやわらぐのであればヘロインと一緒で多少は
役にたつのか。

455 :名無しさん@3周年:03/10/10 22:39
>454
探りを入れるのは重要だよ。
チビッコがいたずらしたときにイキナリ頭蓋骨を鉈で叩き割る奴はいないだろう?
ハイラインの宇宙の戦士が元ネタな。

遊んでるようで牽制しあってる。


456 :名無しさん@3周年:03/10/10 23:01
イタリアでは国を挙げて肥満対策だそうだ。日本も国を挙げて暇人対策するか

457 :太刀山型の土俵入り:03/10/10 23:57
オマンコが気持ちイイ以上の真理などない。
アナルも気持ちイイが。

458 :666改:03/10/11 00:27
>>445
>666さんがものを教わる人の態度ではなかった時、なぜ私がブチ切れなかったか思い返してください。
私は始終一貫して教わる態度を崩しておりません!!
会話が成り立つのは表面上の表現に意味を見出していないからでしょう。お互いに。

208さんは内容よりも表現に気をとられてニンニクの修行に入られてしまったようですね。
いつまでもやってると痛い2ちゃんねらーになってしまいますので程々にしときましょう>208サソ

459 :名無しさん@3周年:03/10/11 05:00
どこに208がいるのよ。

460 :名無しさん@3周年:03/10/11 08:50
多分、どこかに、208改ってのがいるんじゃないかな

461 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/11 09:36
>>453
>1)現在、上座部を名乗られる方達が、サマタよりヴィパッサナーを重視する文脈で語られるのは、
> >>301で電波男さんの御指摘の
> >インド体部分の宗教
> を強く意識しての事ではないでしょうか?

ご指摘の通り、ヴィパッサナーを重視する人たちは原始仏教に帰ろうとする外見の中に、インド宗教化
が無意識にも孕んでいることが見て取れます。何度も申してきましたが、スリランカなどの南方上座部
を考察する場合、それがそのまま原始仏教であるという幻想は捨てなければならないのです。その理由は

1 スリランカには一度、大乗仏教が全てに広まった歴史があり、上座部仏教の法脈が途切れている
2 その影響は原始仏典(アーガマ)にも現れており、古いものを伝えているとは言いがたい
3 森林派以外の僧侶には、占術や呪い祈祷が茶飯に行われており、密教や土着の宗教の影響がある
4 その他

などがあげられます。もしビパッサナーを重視しその効用を追及するのであれば、上座大乗問わず大きく
仏教から外れていくものであり、むしろハタヨーガなどに親近していくものです。

>2)また仏教登場時、その母体となり背景として作用した『インド体部分の宗教』について
> 仏教を理解する事を前提に、好適な入門書を御存知でしたら、教えていただきたい。

『インド思想史』中村元 岩波  の当該部分までを読み、あとは横に広げるのが近道で理解も深まることでしょう。





462 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/10/11 09:44
>>453
>3)阿呆陀羅經さんの
> >>110>>114
> 非常に重要な事が書かれていると思うのですが、いま一つ腑に落ちません。
> >>115、116 がなぜ驚いたか?その『驚きの内容』の解説をお願いしたいのです。

無記(釈尊が答える必要なしとして答えなかったこと)として数えられるものの一項目に

1 如来の存在にかんする両極端の見解

がありました。そしてこの項目は中国朝鮮日本においても定型のように語り継がれ(場合によってはインドでも)
誰も疑うことが無い先入観として定着していました。しかしこの項目は色んな研究で如来ではなく「衆生」(われわれ)
であることが明らかになってきました。けれど、これを受け入れる人はなかなかおりません。学者でもその
先入観ゆえにアテンションできておらす、体系から外れているのです。

この項目が何を意味してくるかといいますと、輪廻転生について釈尊がどういう見解を示したかという重大問題
へと発展することです。

>いままで、如来の存在に就いては無記を示したが、我々衆生に関してはその
>輪廻転生について無記という態度は絶対にとらなかった。

とするのが輪廻転生肯定派の根拠でした。それが揺らぐのです。

463 :太刀山型の土俵入り:03/10/11 16:03
とりあえず原始仏教と大乗と密教の違いを教えてくださいな。

その次に仏教とヒンドゥー教の違いも教えていただけるとなおありがたいっす

464 :名無しさん@3周年:03/10/11 16:44
>>463
虫がいい奴だな。
自分で勉強しろよ(笑)

465 :太刀山型の土俵入り:03/10/11 16:47
世界最強の聖人孔子も自分で考え込むより人に聞いた方がいいって
いってるじゃん。

コノスレの人たちって説明できないほどレベル低くないでしょ。
まあ聞く方のレベルもあるけどさ。

466 :名無しさん@3周年:03/10/11 17:29
>>465
ちみのレベルを教えてけれ。
ま、>463で大体わかるけどね。

467 :太刀山型の土俵入り:03/10/11 18:47
>>466
子供でもわかるだろってくらいで書いていただければ無問題です。
別に言葉や文字ではあらわせない奥深い真理とかいうものを求めているわけではない
ので。
もうレベルわかるんだったら四の五のいわんととっとと書けばいいのに〜。

あと学者向けには書かないで下さい。おしゃかさんも学者に向けて話してた
わけじゃなかろうし。まあ最もこれは原始仏教=釈尊に最も近いっていうのが
前提になっちゃうけど。

468 :名無しさん@3周年:03/10/11 19:24
>太刀山型の土俵入り

あなた様が山門をくぐる時には、やはり太刀山型でくぐるわけですか

469 :太刀山型の土俵入り:03/10/11 19:41
>>468
このHNの由来はどっかのちっこい相撲評論家が我が物顔で強引につけちゃった
感が強い不知火型の土俵入りという名称を記録が残る限り最も確実に行っていた
太刀山の名前を冠した方が紛らわしくないので改名しましょうよという
個人的な運動のためにつけた名前です。

別に私が日常的に行ってるわけじゃないよ。
しかしあなたも原始仏教スレで山門なんつう中国→日本でしかありえんような
単語ようつかうなあ。俺も人のこといえんけど。

誰でもいいんで早く>>463について教えてくださいな。

470 :名無しさん@3周年:03/10/11 21:47
つーか、原始仏教だけでスレが何代も続いているのに
大乗仏教との違い
密教との違いなんて答えようが無い
大乗スレや密教スレで特徴聞いてくれば?

471 :453:03/10/12 01:17
>461
>ご指摘の通り、ヴィパッサナーを重視する人たちは原始仏教に帰ろうとする外見の中に、インド宗教化
>が無意識にも孕んでいることが見て取れます。
 結論としては同意なのですが、
 上座部の一部の方がヴィパッサナーを重く言うのは、
 自分たちが釈尊が離れられたインド宗教≒苦行主義ではない事を強調するためと感じています。
 結局、出家主義を言う限り次のような在家からの声を意識しざるを得ません。

 『あなた方(=出家)は手を汚さない。
   あなた方が口にするもの、身にまとうもの、生まれ出たところは、
     殺され、砕かれ、奪われたすえ得られたものだ。』

 2chでもこの変形の問いをよく見かけますが、
 施主にそう問われた時、釈尊御存命当時の”阿羅漢”と同様に答えを還せる方なら、
 ヴィパッサナーが、、、とは説かれないと思います。
 『外道ではない=仏教』である事をイイワケにしなくてもいいわけですから。
 考えてみれば、現役のインド宗教の方に随分な失礼を事主張していますね。>一部の方

>もしビパッサナーを重視しその効用を追及するのであれば、上座大乗問わず大きく
>仏教から外れていくものであり、むしろハタヨーガなどに親近していくものです。

 一口にハタヨーガと言っても深浅・好悪がございましょう。
 しかし仏教という視座から観た場合、止・観何れかに対する偏重は、
 (何をもって仏教というのかも諸説あるかと思いますが)『仏教様本質』からのずれを招くという事ですね。

 さっそく 『インド思想史』中村元 岩波 購入することにいたします。


472 :453:03/10/12 01:32
>462
  残念ながら自分は原典で確認することができません。が、そうであるとすると新たな疑問が続出いたしますね。

 1)なぜ、そのような誤読が生じたのか?
 2)誤読の上に構成されてきた部分をどう読み直していくか?
 3)また本来的に、如来が何をさす言葉だったのか?
 4)如来と衆生の関係はどのようなものか?

 いずれも、凡俗にすぎない自分には答える事のできない疑問です。
 日々、励まなければならぬ事に大きな違いはないと思いますが、
 115、116の驚きがわかったような気がいたします。



 御解説、御教授ありがとうございました。



473 :名無しさん@3周年:03/10/12 06:24
にょらいぞう

474 :名無しで宗教問答:03/10/12 13:09
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1065878630/40-47n

http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1065878630/49-52n


475 :太刀山型の土俵入り:03/10/12 18:02
>>470
原始仏教だけで続くからにはつづかせる原因があると思うのですよ。

大乗、密教、がわからないというのであれば原始仏教の特徴だけでも教えてくださいな。

476 :名無しさん@3周年:03/10/12 20:29
>>475
ぐぐってレポートしてみ。
添削くらいならしてくれるだろ。

477 :名無しさん@3周年:03/10/12 21:41
>原始仏教の特徴だけでも教えてくださいな

変な香具師ばかりが集まること

478 :太刀山型の土俵入り:03/10/12 22:12
>>476
知ってるなら教えてくださいな。
あんな膨大な情報じゃなんとでもこじつけられそうだから、これこそが原始仏教の
本質だ!ていうものを知りたいのですよ。
わかんないんなら割り込まんとあなたも質問してみれば?


479 :名無しさん@3周年:03/10/12 22:54
これじゃ中村元先生マンセー!じゃん...

480 :名無しさん@3周年:03/10/12 23:03
中村元先生マンセー!
これって
久米宏や筑紫哲也が言ってたからきっとそうなんだね。
に限りなく近いな。

南京大虐殺の実像はどうだったのか?
果てしない賛否両論を彷彿させますね。

481 :太刀山型の土俵入り:03/10/12 23:07
中村ゲンちゃんは東方なんたらの学長だかになるまでは
東大一辺倒だったろうから、権威付けするにゃあいいんだろうねえ。
関係ないが宇井伯寿とウィムッシューは似ている。

482 :名無しさん@3周年:03/10/13 00:54
>>478
質問が漠然としすぎている。なんのために延々とスレが続いているのか考えたことあるのか?
ちっとは自分で努力しろよ。

483 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/13 02:07
>>475
http://lapc01.ippan.numazu-ct.ac.jp/b/bukkyou1.htm
とりあえずはこの辺り読んでみては↑
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/index.html
あるいはこれでも↑
ちなみに「仏教」とは何かと言う問いに正確に答える事は出来ないと思います。
問い手の問題意識が何であるかによって、きっと答えは無数になります。


484 :太刀山型の土俵入り:03/10/13 12:35
>>483
>ちなみに「仏教」とは何かと言う問いに正確に答える事は出来ないと思います。
これこそがオウムが仏教を名乗っていられる最大の根拠だあねえ。

オレ仏教徒じゃないけど仏教徒の人ってこの辺どう考えてんでしょうね?
ちなみに私のまわりの仏教徒(先祖代々仏教徒だからという理由の人たち)は
あんま気にしていませんでした。

485 :名無しさん@3周年:03/10/13 15:23
仏教が仏教である印しを問われたら、三宝印のことを述べるでしょう。次ぎに四諦
も挙げるでしょう。これで十分に仏教のエッセンスは伝える事ができるでしょう。

486 :名無しさん@3周年:03/10/13 20:30
いや、どの宗教もそうだろう
一言で説明出来るものではない

それはそうとベロさんが教えてくれた情報は読んだのか?

読んでみて何かコメントは無いのか?
いったい何の為に質問してるんだ?
あなたの人をバカにした態度が文面に表れているから誰も答えてもらえないんですよ。

かわいそうに…

487 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/14 01:03
>これこそがオウムが仏教を名乗っていられる最大の根拠だあねえ。

僕にもオウムが仏教を名乗るのはやはり忸怩たる思いはあります。
三法印や四諦・八正道を仏教の根本だとする事に全く異論はないのですが、
仏教思想の展開を見ると、浄土教も密教も本覚思想も「仏教」の名の元に
展開しており三法印や四諦八正道の影響は見る影もないくらい薄くなっていますが
それでも「仏教」として展開しています。このスレの元来の目的もそういう仏教の
原理思想を明かにして行く事だと思います。

>オレ仏教徒じゃないけど仏教徒の人ってこの辺どう考えてんでしょうね?

様々な根拠を挙げて「オウムは仏教じゃない」と主張する事は可能でしょう。
ただ、気をつけないと今度はその切った刀で自分が切られる事にもなるのです。
仏教思想の展開は多様すぎて、とてもひと括りにできるようなものではありません。

何が真の仏教であるかを追求する事も、何かの宗教をカルトと断じる事も相当の
研究努力と忍耐が要ります。そう言う意味で、自らの信念に依ってカルト脱会対策
を実践されておられる電波男さんはとても尊敬致します。

488 :太刀山型の土俵入り:03/10/14 07:28
>>486
読んだ感想は何で無我=無霊魂じゃいけないんだろうねえ。ということ
釈迦在生当時を考えれば圧倒的に我=霊魂説がはびこっていたのであろうから
自らの立場を明確に他と峻別するためには無我=無霊魂てした方が、
わかりやすかったと思うがね。
中村ゲンちゃんとかはヒステリックなほどにアンアートマン=非我説を唱えてたけど
なんで仏教が霊魂を認めてたってしなきゃいけないのか理解できん。
寺の坊主どもから金でももらってたのか?

489 :名無しさん@3周年:03/10/14 09:01
あれ、霊魂が有って書いてましたか?
もう一度読んできます

490 :名無しさん@3周年:03/10/14 09:05
やっぱり縁起でしょう
無から有はありえない
故に有から無も認められない

つーか、これは無記として論議不要ですよ

491 :名無しさん@3周年:03/10/14 10:59
【經文資訊】大正新脩大藏經 第二冊 No. 99《雜阿含經》
【經□部類】〔阿含部類〕〔阿含部〕巧業経
雜阿含經卷第四十八 宋天竺三藏求那跋陀羅譯
(一二八三)如是我聞。一時。
佛住舍衛國祇樹給孤獨園。時。有天子容色□妙。於後夜時來詣佛所。稽首佛足。
其身光明遍照祇樹給孤獨園。時。彼天子□偈問佛
 云何人所作  智慧以求財 等攝受於財  若勝若復劣
爾時。世尊□偈答言
 始學功巧業  方便集財物 得彼財物已  當應作四分
 一分自食用  二分營生業 餘一分藏密  以擬於貧乏
 營生之業者  田種行商賈 牧牛羊興息  邸舍以求利
 造屋舍床臥  六種資生具 方便修□具  安樂以存世
 如是善修業  黠慧以求財 財寶隨順生  如□流歸海
 如是財饒益  如蜂集□味 晝夜財搨キ  猶如蟻積堆
 不付老子財  不寄邊境民 不信姦狡人  及諸慳吝者
 親附成事者  遠離不成事 能成事士夫  猶如火熾然
 善友貴重人  敏密修良者 同氣親兄弟  善能相攝受
 居親眷屬中  □顯若牛王 各隨其所應  分財施飲食
 壽盡而命終  當生天受樂
時。彼天子復□偈言
 久見婆羅門  逮得般涅槃 一切怖已過  永超世恩愛
時。彼天子聞佛所□。歡喜隨喜。稽首佛足。即沒不現

492 :名無しさん@3周年:03/10/14 10:59
阿含の詩[あごんのうた]詩画でふれる仏の教え 
文・山田巌雄 画・箕田源二郎 すずき出版 本体1,700円+税

 蓄財 p74〜77
仏が祇園精舎に滞在していたある夜のことである。
ことばでは言い尽くせないほど美しい、
ひとりの天の神が体から光明を放って現れ、
仏の足もとにひざまずいて仏を礼拝した。
その光明は、祇園精舎をあまねく照らし出した。
神は仏に尋ねた。
 世間の者が しごとに励み それぞれ財を 積んではいるが
 いつしか貧富が 生じます
 お示しください 蓄財の法
仏は神に優しい視線を送り、静かな声で答えた。
 始めに技能を 会得して
 手だてを尽くして 利益を求め 財を得たなら 四つに分けよ
 四分の一で 暮らしを立てよ 二分の一を しごとに充てよ
 四分の一は 蓄えとせよ
 世の生業を 営む者は 田はよく植えよ 商売励め
 家畜を飼って 増やすがよい
 屋敷の中を よく治め 暮らしの品々 整理をすれば
 安けく楽しく 過ごせよう
 怠らないで 働けば 河川が海に 流れるように
 財宝はやがて 集まろう
 はちが花みつを 集めるように ありが食料 集めるように
 日夜に財は 増すだろう

493 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:00
 不信の者や 邪悪な者 守銭奴などは 極力避けよ
 これらの者は 皆すべて
 財を分ければ 親しみむつみ 与えなければ 怒って去ろう
 優れた人や よい友や 細かに気がつく 正しい人と
 互いに心を 許し合い
 親兄弟と 同様に 親しく寄り合い 助け合え
 財産を得た そのときは 惜しまずそれを 施せよ
 そうして命が 尽きたなら
 天に生まれて 楽を得る
これを聞くと、神は仏に合掌し、深々と頭を下げて言った。
「久しぶりで悟りを得た方のおことばを聞きました。
いっさいの恐れを克服し、
すべてを見通されるお方のおことばを・・・・・・」
そういって、神は音もなくその場から姿を消した。

(大正新脩大蔵経2巻―353頁)
参考《国訳一切経・阿含部3巻―1001頁 巧業経》

494 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:24
阿含経との接点は?

●華厳五教章(法蔵・著)で「宗教」という熟語が初めて出てくる。
「宗」は宗旨を指す。奥義や要理を意味する。「教」は説教を指す。

●倶舎論 仏教講座18 桜部 建 著 大蔵出版株式会社
p163
5 業に関する雑多な事項(番号はサンスクリット原文の偈にも対応)
離犯戒及遮 名戒各有二 非犯戒因壊 依治滅淨等 (126)
等引善名修 極能薫心故 戒修勝如次 感生天解脱 (127)
感劫生天等 為一梵福量 法施謂如實 無染弁経等 (128)
順福順解脱 順決択分三 感愛果涅槃 聖道善如次 (129)
p169
《勝れて》[お経や金品による布]施も生天の果を感ずるが、
よりすぐれている点から、[具足]戒が生天の果を感ずるとのみいい、
戒も解脱の果を感ずるが、よりすぐれている点から、
[座禅などの]修[行]が解脱の果を感ずるとのみいう。
p170
《劫の生天を感ずる》天界に生まれて一劫の間快楽を受ける。

495 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:26
阿含経との接点は?

【 仏教聖典(仏教伝道協会) 】
法句経(原始仏典の一部)
  戦場において、数千の敵に勝つよりも、
 自己に勝つものこそ、最上の戦士なり。(一〇三)
  もろもろの悪をなさず、もろもろの善を行い、
 おのれの心を浄くす。これ諸仏の教えなり。(一八三)

●中国南北朝時代の天台宗第三祖智者大師智凱(ちぎ)の弟子が記述。
○天台小止観 関口真大訳 大東出版社
序 
 諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教
 諸(もろもろ)の悪いことは作(な)すことなかれ
 諸の善いことは奉行(ぶぎょう)せよ
 自からその意(こころ)を浄(きよ)うする これが諸仏の教である。

○大乗仏典 中国・日本篇6 摩訶止観 中央公論社
p9 序章 第一節 序分 第一項 縁起 〔止観明静〕〔前代未聞〕
p98 四種の聖なる悟り〔四果四向〕
 ・・・三十七種の悟りにいたる方法〔三十七品〕
p288 毘婆舎那びばしゃな(音写語。正しい直観、観)は、
 よく煩悩を破するけれども、
 奢摩他しゃまた(音写語。散乱したこころを制御して静める、止)
 の力をもちいて正しい知見を助けるのが普通である。
p289 根本四禅(禅観の基本・・・初禅から四禅まで)

496 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:27
阿含経との接点は?

バガヴァッド・ギータ  ヴェーダンタ文庫
 スワミ・プラバヴァーナンダ
 クリストファ・イシャウッド 共編 熊澤教眞 訳

第九章 神秘のヨガ スリー・クリシュナ 
p116
 私は太陽の熱であり 雨を降らせ、雨を止める
 私は不滅の生命であり死である 
 アルジュナよ 顕現したときの私は宇宙であり 非顕現の私は無である

 三ヴェーダに精通し 聖餐のソーマ酒を飲み 罪を清めて祭祀をおこない
 私を礼拝するものは 天への道を求めて祈る
 彼等はインドラの王国に至り 天上の歓喜にひたる

p117
 彼等は天国の歓喜を味わい その功績が尽きるとともに 人間の世界に帰る
 三ヴェーダの道をとり 欲望を求むる人々は 無限の流転をくりかえす

 ひたすら私を礼拝し、他を思わず、敬虔であれば、
 私は必要な一切を彼に与え、彼の持つものを保護する。
 ・・・ 
 神々を祭る者はその神々のもとに行く。 先祖を崇拝する者は先祖に行く。
 精霊を崇拝する者は精霊に行く。そのように、私を熱愛する者は私のもとにくる。

497 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:27
阿含経との接点は?

ウパニシャッド 辻 直四郎 著 
 講談社学術文庫934 定価:本体718円

p33 第一章 総論 四 ウパニシャッドの分類
 ロ 古代ウパニシャッド
 ・・・中(うち)第一類を代表する二大雄篇
 ブリハッド・アーラニヤカとチャーンドーギヤとが、
 仏教興起より古きはおそらく異論なきところで、
 ・・・パーニニ(西暦前四世紀中葉)より古く、・・・
p34 ・・・要するに古代ウパニシャッド全体の年代をおよそ
 西暦前六百年−三百年と・・・。

p21 第一章 総論 二 ヴェーダ文献中における位置
(三)特に森林中において伝授されるべき秘法・秘儀を載せた部分を
 アーラニヤカ(森林書)と称し、
(四)宇宙万象の一元を宣示する哲学的部分を
 ウパニシャッド(奥義書)と呼ぶ。

p36 第一章 総論 四 ウパニシャッドの分類
 ハ 新ウパニシャッド
p37 五 ヴィシュヌ主義のもの
 ・・・インドの聖書として周(あまねく)知られている
 バガヴァッド・ギーター(Bhagavadgita)も
 この宗派的傾向の所産である。

498 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:34
江戸時代の加上思想の阿含経との接点は?
道教経典は平安末期・平清盛ころ宋王朝時代の仏教禅宗の影響の産物。

中国人生活倫理−功過格− 道教百話 窪 徳忠 講談社学術文庫 

p50 『功過格』善悪二行・・・勧善書。
『太微仙君 純呂祖師 功過格』
(抜粋)
兄弟にすすめてよいことをさせる。百功
妾をかわいがって妻をないがしろにする。百過
先輩を尊び、かしこい友だちと仲良くする。一日で一功
友達の危難を救う。百功
堕胎をやめさせる。二十功
一人を殺す。百過
医者が利益をむさぼろうとして人命を損なう。百過
毒薬をつくる。百過
一年のあいだ動物を殺さない。二十功
他人にすすめてひとつの悪事をやめさせる。一功
一冊の邪書を焼き捨てる。十功
他人の家庭のなかの争いをやめさせる。五十功
他人を誘って道楽者にする。五十過
一冊の邪書を出版する。五十過
誰も見ていないところでも悪いことをしない。一日で一功
公私を混コウする。十過
悪いと知りながらやる。三過
お経を出版して世に広める。百功
天の神や先祖をけがす。二十過
処女、未亡人、尼や女道士を犯す。三百過
他人の妻を犯す。百過
(以下略)

499 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:37
元寇・勘合貿易・戦国時代・明−禅宗の影響を受けた科挙官僚の産物。

陰シツ録(いんしつろく) 石川梅次郎 中国古典新書 明徳出版社 
(秀吉の朝鮮の役の際の明軍の参事の)袁了凡の著書
功格五十条(雲谷禅師 伝)
−略−

三十功に準ず
○一の受戒弟子を度す。
−略−

一善に相当する行い
○一人の人の善を讃めること。
○一人の人の欠点、悪いところを暴き立てないこと。
○人の非行の一事を諭しとどめること。
○一人の飢えを救うこと。
○正しい道を説いて、教化が人に及ぶこと。
○人畜の疲労を世話して回復させること一時。
○一匹の自然に死んだ鳥類畜類を埋めてやること。
−略−

百銭が一善に相当する行い。
(百銭になったときに一善とする。穀物や繊物類も金銭に換算)
○道路や橋を修繕すること。
○河川を通じ、井戸を掘って民衆を救うこと。
○寺社仏閣などの聖像壇宇や供養などの物を修繕すること。
○人の遺れた品物を返すこと。
○債務を免除すること。
○人を教化し救うための文書を施行すること。
○功徳を作って、非業の斃れて浮かばれない魂に回向すること。
○困っているものに恵んで賑わしてやること。
○倉庫を建てて穀物の価を調整すること。

500 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:42
レス491−499の御理解が進むと阿含宗を退会する結果が出るでしょう。

@在家信徒の心得(阿含宗で説いていないが、阿含経に在る教え)
     ↓ ↓ ↓
491 大正新脩大蔵経HPの中国語版の紹介
491 阿含部 下 雑阿含経 巻 第48 
    1283番目の経《巧業経》の漢訳文
492−493 阿含の詩[あごんのうた]
    詩画でふれる仏の教え 現代日本語版

A仏教の目標と修行方法(阿含や法華では無かった唯識の教え)
     ↓ ↓ ↓
494 華厳五教章で「宗教」の語彙が登場。
    阿毘達磨−倶舎論
    >布施と戒律遵守で一功の間を天国に生まれ
    >戒律遵守と修行で輪廻を解脱する
495 法句経○天台小止観
    >諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教
    ○摩訶止観
    >止観明静 前代未聞 四果四向 三十七品
    >毘婆舎那びばしゃな(観)奢摩他しゃまた(止)
    >根本四禅(初禅から四禅)

501 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:43
B仏教の前後の印度の宗教規範(阿含経の基礎と密教の後継の教え)
     ↓ ↓ ↓
496 バガヴァッド・ギータ
    >神秘のヨガ スリー・クリシュナ
    >彼等は天国の歓喜を味わい その功績が尽きるとともに 人間の世界に帰る
    →494 布施と戒律遵守で一功の間を天国に生まれ
    >ひたすら私を礼拝し、他を思わず、敬虔であれば、
    →495 毘婆舎那びばしゃな(観)奢摩他しゃまた(止)
    >神々を祭る者はその神々のもとに行く。 先祖を崇拝する者は先祖に行く。
    >精霊を崇拝する者は精霊に行く。
    >そのように、私を熱愛する者は私のもとにくる。

497 ウパニシャッド
    >ブリハッド・アーラニヤカ(BC600−300年)
    >チャーンドーギヤ(BC600−300年)
    >パーニニ(BC400中葉)
    >秘法・秘儀を載せたアーラニヤカ(森林書)
    >一元的哲学のウパニシャッド(奥義書)
    >新ウパニシャッド・ヴィシュヌ主義
    >バガヴァッド・ギーター(Bhagavadgita)

C「密教占星術T」に出て来るネタ(もとは道教と中国禅宗の教え)
     ↓ ↓ ↓
498 道教百話 中国人生活倫理−功過格
    『太微仙君 純呂祖師 功過格』
499 陰シツ録(いんしつろく)袁了凡の著書
    功格五十条(雲谷禅師 伝)

502 :名無しさん@3周年:03/10/14 11:59
【 仏教の「お経や経論など」の大雑把な歴史 1 】

BC383年ごろ、第一回結集、経と律で、九分教十二分教に整理される。
BC260年ごろ、説一切有部などの部派仏教の成立。
        阿含経(法句経・スッタニパータ・ジャータカなど)
BC160年ごろ、ミリンダ王の問い「那先比丘経」
BC100年ごろ、ストゥーパ(塔)崇拝、アジャンタ石窟はじまる。
AD001年ごろ、大乗仏教(初期大乗)はじまる。
AD130年ごろ、般若経・維摩経・法華経・華厳経・浄土三部経・座禅三昧経
AD150年ごろ、ナーガールジュナ(竜樹)の中論頌
AD170年ごろ、第一中期大乗の勝曼経・大般涅槃経・解深密経・弥勒三部経
AD200年ごろ、仏像彫刻はじまる。
AD350年ごろ、マイトレーヤー(弥勒)のヨガ師地論・宝性論
AD390年ごろ、アサンガ(無著)の金剛般若経
AD400年ごろ、ヴァスバンドゥ(世親)の倶舎論・唯識三十論・仏性論・浄土論
         第二中期大乗の薬師如来本願経・地蔵菩薩本願経・孔雀王呪経
AD500年ごろ、ブッダパーリタ(佛護)の中論註
         グナマティ(徳慧)の唯識三十頌釈
         ダルマパーラ(護法)の成唯識論
AD600年ごろ、玄奘三蔵の印度旅行(629−645)
         金剛乗仏教(後期大乗・密教)の大日経
AD650年ごろ、金剛頂経
AD700年ごろ、シャーンタラクシタ(寂護)の中観荘厳論・菩提心観釈
AD900年ごろ、中観ヨガ派
AD1000年ごろ、時輪タントラ(1027−1087)
AD1203年ごろ、イスラム教の寺院の破壊が開始。

503 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:01
天台・真言・禅宗の座禅の呼吸法に繋がる阿含経との接点は?

★ブッダの瞑想 須田道輝 柏樹社 p114−115 
第五章 安般法(アーナーパーナ)  1 出入の息を観る 

「念安般(ねんあんぱん)とはなにか。
安とは入であり、般とは出を意味する。出入りにおいて念ずるものである。
かの念は随念(ずいねん)・正念(しょうねん)である」(行門品第四) 
安般(anapanaアーナーパーナ)の安(ana アーナ)は入息を意味し、 
般(apana アパーナ)は出息を意味します。これを一般には数息観(すそくかん)といい、
息を数えて心を静寂に導くものとして、仏陀時代から修習されている行法でした。
禅宗系統でも、・・・・・・瞑想の基本的観法(かんぽう)です。
・・・・・・経典にもかなり詳細に説かれています。
 雑阿含経 第二九 安般品(あんばんぼん) 
 南伝相応部 第一〇 入出息相応 
 南伝中部 第一一八 入出息念経 
・・・阿難陀は・・・不浄観を修習した弟子が自殺したことを正直に話しました。 
それから初心の弟子たちには不浄観ではなく、・・・・・・安般法を開示されたといいます。

504 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:04
天台宗(「安般守意経(数息観)」・「般舟三昧経」330-440北朝−翻訳・
  「坐禅三昧経」344-413南朝−翻訳・
  「摩訶止観(前代未聞)」湖北玉泉寺の第三祖大師智・湖南の師匠禅師の行法説明)
 玉泉寺は関羽将軍の怨霊が出没したが禅師の諭しによって成仏し関帝になった伝説の寺。
   (538智の五時教判 1.華厳経 2.阿含経 3.般若経 4.浄土経 5.法華経)
    三乗方便(あらゆる人の教え)・一乗真実(法華経の教え)
三論宗(南朝−湖北・安徽、のちに南宗禅の南嶽慧思に師事する者を輩出)
地論宗(世親の唯識「十地論経」洛陽)
成実宗(「涅槃経」「成実論」「華厳経」562-645、北朝−敦煌石窟−五台山華厳・敦煌禅宗)
禅宗(菩提達磨538山林−遊行「二入四行論(以心伝心・壁観)」「金剛三昧経」「洛陽伽藍記」)
禅宗(都城−定住、長安)
南頓派(南宗禅 広東−曹渓山−慧能以降−五家七宗)と
北漸派(北宗禅 敦煌本・朝鮮本−神秀以降の数代「宝林伝(禅宗系図)」)
華厳宗(602智厳の五教教判 1.小乗(阿含) 2.大乗初教(唯識) 
    3.大乗終教(如来蔵) 4.頓教(東山法門−北宗禅) 5.一乗(華厳思想))

参考: 禅の歴史 伊吹敦 法蔵館 3800円+税
    佛教小年表 再訂版 三枝充ヨシ 大蔵出版株式会社 900円+税
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敦煌本から見れば、中国北部は北宗禅。華厳経の研究が盛ん。

ただし、モンゴル族の元王朝の時期に、
山西省の五台山はラマ教化し、河南省の洛陽は南宗禅の曹洞宗の寺が多くなった。
少林寺拳法で有名な崇山少林寺は洛陽近郊の寺。

505 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:05
【 法脈調べ 】

 禅宗(朝鮮半島に700ごろ伝来)
 南宗禅(道義により821に伝来)
>天台宗(高麗天台宗の祖・義天1055−1101華厳も説く)
>曹渓宗(宗祖・知訥1158−1210慧能を尊ぶ朝鮮禅)

中国天台宗第三祖・智[ちぎ]538−597(「五時教判」『法華玄義』『摩訶止観』など)
日本天台宗の祖・最澄767−822(入唐804−805,中国天台宗から独立806)
日本真言宗の祖・空海774−835(入唐804−806,中国真言宗第八祖,開山816)
日本臨済宗の祖・栄西1141−1215(入宋1168,87−91,相見,上洛1194)
日本曹洞宗の祖・道元1200−1253(入宋1223−27,相見,開宗1227)
[臨済と浄土]黄檗宗の祖・隠元1592−1673(明から来日1654,開山1659)

参考:
 佛教小年表 再訂版 三枝みつよし著 大蔵出版株式会社 先生すみません漢字変換不可。
 BooksEsoterica第3号 禅の本 学研

506 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:06
【 法脈調べ 1 】

玄奘(600−664,印度留学629−645)は
義浄(638−713,印度・南海から帰国695)じゃ
なかったチョー誤読スマソ。
鑑真(688−763,754日本へ四分律宗を伝来)

禅宗
 菩提達磨[ボーディダルマ]『絶観論』
     南朝・梁・武帝の治世のうち504−538に渡来
 崇山少林寺([すうざんショウリンジ]河南省洛陽)元の時代1225に曹洞宗が多く住する。
 福建少林寺(福建省)
南宗禅(法眼文益885−958の提唱、五家七宗)広東・曹渓山
 六祖慧能638−713『六祖壇経』
洪州宗
 智炬???−???,801『曹渓宝林伝』法脈図の書
  南嶽の馬祖道一709−788(四川省漢州から湖南と江西で修行し江西で入寂)
  青原の石頭希遷700−790(広東省端州で姓は陳、江西で修行し湖南で開山)
荷沢宗[かたくしゅう]
 荷沢神会668−760(かたくじんね・洛陽、人材が集まらず北宗と[名のみ]残る)
牛頭宗
 牛頭慧忠の牛頭禅を
 日本天台宗の祖−最澄と弟子−円珍、日本真言宗の恵雲が学ぶ。

※差し替え・・・人材が集まらず北宗と[大蔵経に]残る・・・

507 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:09
【 法脈調べ 2 】

曹洞宗
 南嶽懐譲677−744(曹洞宗・法眼宗・雲門宗)湖南省
 薬山惟厳751−834
 洞山良价807−869『宝鏡三昧』
 曹山本寂840−901
 宏智正覚1091−1157
                               ※位置変え
雲門宗
 趙州従念778−897「趙州無字」趙州狗子(じょうしゅうくし)の公案
 雲門文堰864−949,呉越(浙江)嘉興の生まれ南漢(広東)雲門山で開山
 円通法秀1027−1090,普明版『十牛図』
 廓庵師遠11−12世紀『十牛図』
 雪寶重顕1017−1021「頌古百側」第三祖・四川省遂州の生まれ
     修行を浙江省明州(寧波)し浙江省雪寶山を開山
臨済宗
 青原行思???−704(臨済宗[楊岐派・黄龍派]・為仰宗)江西省
 黄檗希運???−855『伝心法要』
 臨済義玄814−867『臨済録』
 楊岐方会992−1049,江西省袁州
  園悟克勤1063−1135,1125『碧厳録(へきがんろく)』
      雲門「頌古百側」を基に唐・宋の古人の理法から千七百則の公案
  大慧宗杲1089−1162
 黄龍慧南1002−1069,江西省信州
 無門慧開1183−1260,南宋−浙江省東嘉−竜翔寺1228『無門関』
     雲門「趙州無字」を第一則とする。

508 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:15
【 原始仏教を語る近代日本仏教の前史 その1 2/1 】

>日本と朝鮮半島を「一枚の図に書こう」として、
>日本列島を北を南へ右下がりに歪ませたのだ。
>「緯度を35→36・37に右上がり」にしている。

その一方で、
文化の流入や遣唐使や倭寇などの航路の解説は
朝鮮半島の北を南に下げて、日本列島の南を北に上げる
一枚の図に書く表現をしている。

これだと朝鮮の海岸は山東半島に向かわないで、
上海・寧波(明州)・舟山列島に向かうの図になる。

これって、朝鮮と浙江省を無理やり関連つける小細工だよね。

遣唐使の頃、新羅の租界の新羅「坊」が
山東省・江蘇省にあった。という。(韓国の歴史 河出書房新社)

が、新羅の翻訳人が「房」に泊まり、
新羅「館」の指示を待った。ほか渤海「館」などがあった。と、
日本の遣唐使の
僧侶の円仁の日記(入唐求法記)には書いてある。(東洋文庫)

新羅「坊」も朝鮮側の歴史改ざん臭い。

留学の旅行記を見ると、江蘇省は山東省との付け根の
今の連雲港に近い所で、
運河を今の上海や杭州・明州(寧波)の南の方に行かずに
鄭州(開封の隣)や洛陽の方へ長安目指して行っている。
その後に山西省の五台山の寺院群へ留学なの。

509 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:16
【 原始仏教を語る近代日本仏教の前史 その1 2/2 】

天台宗の唐留学の話ですよ。
何回も船が流されて、目的の山東省の方に行かずに
浙江省の方に4船中やっと1隻がたどり着いている。
さらに妙見菩薩(北斗七星の菩薩)と法華経の四天王を描いて祈願した。
とあった。
日蓮の妙見信仰は、天台宗の比叡山から学んだものでしょう?

それも浙江省の天台山で宿泊後に、
山東省からは、山西省の五台山の寺院で留学勉強し、
五台山で霊仙という日本人留学僧が毒殺された慰霊碑で
供養した話がある。

どうみても新羅側も、漂着以外に浙江省には行かず、
安史の乱以降の節度使の軍事支配の排他的な時代に、
お役人の許可がないと長安にもいけない。
漂着民の強制送還ですよ。
送還て言ったて帰国中に難破して死にかねない。

まして南の浙江省の天台山で「国法を犯して」学べる素地がない。
見かりゃ僧侶でも、武宗の仏教弾圧のような死を招きかねない。

510 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:16
【 原始仏教を語る近代日本仏教の前史 2  】
禅と経典と日韓の差

>禅[天台禅]と教[華厳経]を抑止するのに天台思想を持ち込んだという。
禅が[天台禅(小乗禅・マカ止観)]とは限らんかもな。[大乗壁観]かもしれないし。

これ(禅教の抑止)は可笑しいね。
日本人は、
真言宗が加持祈祷で「毘濾舎那仏」を祀り「大日経」を読経しながら「阿字観」をするし、
天台宗は「観音」を祀り「法華経」を読経しながら励む「マカ止観」という天台禅なので、
この場合の華厳と対立する禅は、留学前で時代的に言って
中国の天台大師チギの「マカ止観」で「”小乗”禅」と言われた物だ。
南と北に分派する前の禅宗といわれる達磨大師の「”大乗”壁観」とは別だからだ。
また、
中国の華厳宗は儒教と融合して科挙試験の理念・哲学の一分派となったが、
日本の黄檗宗のように中国の禅宗は臨済宗の系統が念仏と融合したそうだ。
儒教でも朱子学が華北の華厳で、陽明学が江南の禅を仏教から取り入れたのだろう。
毘濾舎那仏や観音を拝むのとは別に、弥勒菩薩を拝む世直しの白蓮教も出現した。

朝鮮の禅は「南宗禅」で「頓悟」というが、
この時期の留学先は「北宗禅」の「漸次」か
南宗禅でも、和尚の法脈は「荷沢宗(かたくシュウ)」だね。
元王朝のモンゴル時代(1200年代半ば)になってから、
洛陽近くの「少林寺」では「湖南」発生の「曹洞宗(南宗禅)」は入ってくるからだ。

南宗禅は[印度から来た]達磨大師から6祖で[出身の]広東に移動して湖南や江西で発展した
師資相承という中国僧からの一子相伝があるが、
この頃の朝鮮は満州・女直族や蒙古族と戦っている最中で、
[宗門の]法脈を言わないから[仏典を元に創作した]嘘の南宗をカタる説明だね。

511 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:19
【 韓国・朝鮮の時代ごとの主要な宗教区分 】

新羅 華厳宗・五教教判・慶尚道の王室の寺・華厳経が一乗

高麗 曹渓宗・全羅南道の寺の朝鮮禅・頓教
高麗 高麗天台宗・[黄海道−]平安道−咸鏡道の寺・一乗真実
高麗 新羅の華厳宗を排斥

李氏朝鮮 明の儒教・華厳経から影響の北宋の儒家−朱子学・風水土葬・先祖供養
李氏朝鮮 寺を減らし仏教を排斥
李氏朝鮮 末法の弥勒信仰・民間習俗・道教など
李氏朝鮮 東学党(斥倭洋昌義 朝鮮の風習を守り、日本・西洋の物の排斥)

大韓帝国 朝鮮キリスト教(フランス−カトリック・アメリカ−プロテスタント)
日帝(総督府) 日蓮宗・浄土宗・真言宗など日本の仏教
日帝(総督府) 道教の道観の廃院

朝鮮民主主義人民共和国 総書記−党称賛・強制収容所
大韓民国 儒教(日韓併合前の)
大韓民国 キリスト教(長老教会・統一教会・カトリック)
大韓民国 大韓法華宗・創価学会「大韓毎日」(1965年、日韓国交正常化以降)
大韓民国 太古宗・朝鮮禅[妻帯あり]
大韓民国 天道教・東学党の流れ

512 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:27
【 韓国の宗教調べ 】

1998年 現代韓国 総人口約4千万人
儒教 17% 先祖供養・法要・葬式[・風水土葬]をする(黄海道−京畿道−忠清道)。
仏教 37%
 5大宗派 日本のような寺請制度(外国人キリシタン狩りの為の
 宗門改め)はなく、墓の管理や葬式はしない。
 ○曹渓宗(宗祖・知訥1158−1210 慧能を尊ぶ朝鮮禅・全羅道)
 ○太古宗(曹渓宗と違い 妻帯を許す朝鮮禅・全羅道)
 ○大韓法華宗(日蓮宗って名乗れないから? 大韓毎日新聞[大韓SGI創価]ってあるよね。)
 ○総和宗
 ○天台宗(高麗天台宗の祖・義天1055−1101華厳も説く・平安道−咸鏡道−江原道)
 ほか○華厳宗(新羅の王室の宗派・慶尚道)○浄土[宗]○真[義宗]などニ十数派。
キリスト教
 プロテスタント 25%
 カトリック 4.5% 推定200−180万人
諸教
 円仏教
 天道教(東学党の末裔・三一独立運動−暴動の拠点)

中村元先生の選集などによる

513 :名無しさん@3周年:03/10/14 12:33
【 参考資料 】

ダイソーポケット辞書シリーズ16 日常会話韓国語 監修:牛尾恵子 大創出版

p198 ●ソウルと釜山に人口が集中
・・・南北間が約1000km、・・・人口は4,600万人程ですが
首都ソウルに全体のおおよそ4分の1おり、釜山の650万人を合わせると
半数がこの2つの都市に集中しています。・・・

p210 ●今も健在な儒教の心
 14世紀末(1370年以降)に成立した朝鮮王朝は、
それまで共存していた仏教を排除し儒教の朱子学を国教としました。
現在では仏教徒、キリスト教徒(プロテスタント、カトリック合わせて)
それぞれ1100万人ぐらいで、宗教人口(約2,400万人)を2分しており、
儒教信奉者は数字の上ではごく少数にしかなりません。・・・
・・・秋夕(チュソク)・・・ この先祖を祀る・・・祭祀(チェサ)・・・
・・・日本の法事のように・・・親戚が集まります。・・・
・・・独楽鼠(こまねずみ)のように運び役・・・
・・・私絶対韓国の男性とは結婚しないわと決心する若い日本女性たちが・・・
・・・今は・・・お嫁さんのご機嫌を伺って・・・人さえいます。

カキコ註: 若い日本女性=[若い]在日朝鮮−創価−帰化女性[のこと]

 とすると、ソウル1077+プサン650=1727万人で、
4600万人中の37.5%の人口。
 仮にキリスト教徒が都市部[芸能界など]だけを[基督教が]制圧して約4割もいたとしても、
[故郷である]韓国の農村部は依然として儒教と仏教の混合の習俗で生きていると思われる。

514 :名無しさん@3周年:03/10/14 13:32
けふの荒らし。以上!!!

515 :名無しさん@3周年:03/10/14 15:29
ろんぎぬすはカキコ厳禁

516 :太刀山型の土俵入り:03/10/14 23:24
娼婦は汚らわしいものではなく、肉食は罪深いものではない。
なんとなれば霊魂は存在しないから。
霊魂はあらず。霊魂なくばいずくんぞ罪を得て輪廻せるや。

大徳の人曰く身を慎むのは現世の禍を避けるため、来世の福を願うにあらず。


いたずら書きですた。




517 :名無しさん@3周年:03/10/16 18:33
2chの宗教板でも随一といわれる当スレが、心ない下司機根の荒らし
によって、冬の野原のように閑散としてしまうのは、とても残念なことです。
>>516は、カキコするまえに、まずは仏教の基本から学ばれたし。


518 :太刀山型の土俵入り:03/10/16 22:52
>>517
>516は、カキコするまえに、まずは仏教の基本から学ばれたし。

だから教えてくれって。下司機根だから自分でやってるだけだと間違えちゃうでしょ。

519 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/17 02:38
インド仏教の流れを大まかに把握するのなら、
平川彰著『インド仏教史』上・下、春秋社がいいのでは?
少し大きな図書館にはあると思いますよ。で一通り流れを把握してから、
個々の問題をこのスレでも他のスレでも尋ねてみたらいかがでしょうか?
あなたの原始仏教と大乗仏教と密教の違いなどと言う問題提起は厳密にやれば
大きすぎるし、辞書的に答えれば3行で終わっちゃう様に思います。

520 :名無しさん@3周年:03/10/17 20:47
この学者がベストだという根拠ってあるものなのだろうか?

521 :名無しさん@3周年:03/10/17 21:23
いつからここは粘着教えて君スレになったんた゛。ひょっとして転生肯定派の撹乱かも知れん。

522 :453:03/10/18 18:08
>>471に対して、どなたも叱責をして下さらないので、自分で補足します。
大凡どなたにも肯いていただける現状認識として

1)原始仏教と説一切有部と上座部の関連は深い。
2)純粋な原始仏教は現存していない。>>461を参照
3)個々の修行者の境涯の高さと、対社会面での教義の評価は別として、
 説一切有部の見解は、日本においては、修行の上では克服すべき視点としてみなされている。

個人として、こう思います。
ラベリングに拘っているうちはだめですが、
即今に対する精密さでは、禅を上回ると思います。
禅に比べ、その修行方針の簡明さも特筆すべきでしょう。
すべては現状の”珍しい瞑想術”という扱いから、
本来の”仏教”へと取り組む人たちの姿勢が変化すれば、の話ですが。

>471は上記の事を考慮した上の話なのです。

繰り返しますが、
個々の修行者として完全に近い方がいらっしゃるのは、否定しません。
それは、自分にとっても喜ばしいことであります。
しかし、現実に教義を担う人々、社会内でのマスの教団の動向を観るとき、
歴史上での教訓を無駄にしないためにも、
なにとぞ、一連の戯言を前向きに受取っていただけますように。

伏してお願い申し上げます。


523 :ゆかりちゃん7号 ◆vX7jMyNYB6 :03/10/18 19:32
スーパーミーハーな視点だが、
電波さんの活動は、甲殻機動隊の霊能局を連想させる。

地道な活動を続けているなら、公的な後ろ盾を持てばいいのに。


原始仏教の通用する論理空間の話の続きを希望。
将来的に大乗、密教の論理空間と結合させれば、
学者的と限定はつくものの、現代仏教の統合を果たせるでしょ?

行者さんから見れば戯論に他ならないだろうけど、
それゆえに普通の人に対する利益は大きいと思われる。

クレクレ君で須磨祖。

524 :ゆかりちゃん7号 ◆vX7jMyNYB6 :03/10/18 21:10
原始仏教が説かれるにあたって、
インド教と釈尊との何重にもなる対話構造を話せればおもしろいと思う。

信愛を肉体に映ってくる現象として捉えたとき、
その対象範囲は人のみならず動物にも適応できる現象として扱う事ができる。
言語作用に大きく束縛されるのは勿論の事としても、
信愛は言語から大きくはみだす作用力を持つ。

一見、仏教とは無関係のようですが、
(無)自性を言う為にはどうしても信愛について触れないわけにはいかないと思います。

と、とりあえず手持ちのコマを出してみるテスト。

525 :ゆかりちゃん7号 ◆vX7jMyNYB6 :03/10/18 21:29
結局、無我について正面から答えようとすれば、
論理的飛躍(=論理的破断)たる”悟り”について言わざるおえなくなる。


それは、このスレッドの性格に合わないと思う。


526 :ゆかりちゃん7号 ◆vX7jMyNYB6 :03/10/18 21:41
おやすみなさい。

また来ます。


527 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/10/24 04:05
原始仏教に関してならこのスレでも散々勧められてますが、
『原始仏教』水野弘元、サーラ叢書、平楽寺書店。
『仏教要語の基礎知識』水野弘元、春秋社。等を読んでみるといいのでは。

528 :ろんぎぬす ◆1alSVZL1HM :03/10/24 08:37
有賀等御座います。ベロさん。
荒らしカキコで迷惑掛けて申し訳なかったけど、
本当に勉強になります。
中国語版の大正シンユウ大蔵経のリンク
活用してます。

529 :名無しさん@3周年:03/10/24 14:44
@ブッダの瞑想 須田道輝 柏樹社
A瞑想と精神世界事典 瞑想情報センター[編]自由国民社
B【実践】瞑想と呼吸法 心を整える釈尊の知恵 田中成明 朱鷺書房 
C魂の科学 スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ著 たま出版 
D密教ヨーガ 本山博 宗教心理出版 
E寂静と明晰 ラマ・ミパム著 ダルマ・ワークス発行 
F仏教思想8解脱 仏教思想研究会編 平楽寺書店 
G凡夫が凡夫に呼びかける唯識 太田久記 大法輪閣 
H『法相二巻抄』を読む 唯識とは何か 横山紘一著(東大印哲・立教大教授)
★仏教の漫画本(偏りはあるが)
原初の仏教 仏教の発生と救いの論理 臣 新蔵
 Keiけいせい出版 1000円+税
手塚修?のブッダ(分冊)
Jブッダのカルマ論 浅野信著 たま出版
K阿含経典 第一〜四巻 増谷文雄 筑摩書房 
★仏典および解説書
和文 仏教聖典 (財)仏教伝道協会 1000円+税?
ブッダとその弟子89の物語 菅沼晃 法蔵館 2300円+税
阿含の詩[あごんのうた]詩画でふれる仏の教え
 文・山田巌雄 画・箕田源二郎 すずき出版 1700円+税
祈りのブッダ 救いのことばと癒しのかたち
 文・奈良康明 写真・松本栄一 NHK出版 2000円+税
バウッダ・佛教・中村元 三枝充ヨシ 小学館 2880円
総解説 仏教経典の世界 発行者−横井秀明 自由国民社 1900円+税

530 :名無しさん@3周年:03/10/24 17:07
ろんぎぬす ◆1alSVZL1HM ノ荒ラシ書キ込ミヲ厳禁ス

531 :名無しさん@3周年:03/10/25 00:48
なんでひろさちやはあんなに小乗仏教が嫌いなの???

532 :びろざぢや:03/10/25 12:43

自分が、修行に徹し・・・・(以下、Ry

533 :太刀山型の土俵入り:03/10/28 03:43
戯論が止み寂静涅槃に至る。

なんつってね。

534 :名無しさん@3周年:03/10/28 05:13
>>533
原始仏教スレにも随分と異質な人種が紛れこんだもんだ

535 :太刀山型の土俵入り:03/10/28 07:10
まあ異文化交流つうやつやね  

                  by NOVA

536 :名無しさん@3周年:03/10/28 13:14
>>535
あまりにもギャップがありすぎれば、交流というのは難しくなりまsu.

537 :名無しさん@3周年:03/10/29 00:03
二元論を真に克服する思想は東洋特に仏教の中に見る事ができる。ただし唯識系統の思想は観念論の傾向をおびている。
すなわち唯識説は文字通り一切はただ意識表象であると主張する。また禅は悟りの体験を重んずるものであるが、その根本には「心外無法」という唯識的な主張がみられる。
その限りで唯識の影響下にある大乗仏教は観念論の色彩を持つということができる。しかし唯識にしてもまた禅にしても色とか心を実体的のものと考えるわけではなく、
また認識主観を絶対的なものと考えるわけではない。したがって悟りの境地にあっては、客観に対立する主観としての心の如きものを絶対化することをやめて、
主観・客観を相互依存的なものとしてとらえる。それ故「心外無法」であると共に「法外無心」であり(『伝心法要』)、心と物とは相即する。かくて「物我一如」となり、
これを個人についていえば「身心一如」となる。それ故身体の活動を離れた単純に主観だけの心作用もなく、心作用を離れた単純に客観だけの身体活動もない。
それ故人間のあらゆる営みは身心相即して営まれるものと考えられる。仏教における行とはかくの如きものである。ここにおいて主観・客観の二元論は完全に克服される。
したがって仏教にあっては西洋思想にみられるような純粋の観念論は存在しない。

現代哲学事典 山崎正一+市川浩編 講談社現代新書 より
出典 ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~asanami/ide.html

538 :名無しさん@3周年:03/10/29 05:54
話を蒸し返すつもりはないんだけど、ちょっと
注釈のつもりで。

無時間的な論理空間で考えた場合、確かに「認
識する認識する認識…」みたいな無限後退が起
こりうる。

けれども、実際の識の作用には時間的なズレが
存在するので、「認識(A)する認識(B)す
る認識(C)…」と言う場合、Aを認識するB
、AとBを認識するCには時間的な遅れがある
ことになる。つまり、AとBとCには遅延が存
在するわけだ。

こうすると、BはAを、Aが縁起した後におい
て、Aを因として成立した果と捉えることがで
きる。私たちはBやCの立場から、その都度自
己内省的に、以前に成立した「認識」を眺め、
そこからついつい無時間的な論理空間において、
認識の無限後退モデルを組み立てちゃうんだね。

でも実際には識の作用は時間的な場で、その都
度縁起してるにすぎない。よって識もまた空。


539 :名無しさん@3周年:03/10/29 06:03
×BはAを
○Bは

540 :太刀山型の土俵入り:03/10/29 20:52
>>536
お釈迦さんとインド人みたいに?

541 :名無しさん@3周年:03/10/30 00:07
>>540
太刀山さんと原始仏教スレの住人みたいにです
あまりにも雲が多すぎれば、満月でさえも姿をあらわすことは出来ません
雲とは他でもない、太刀山さんの無明のことです


542 :あは:03/10/30 01:33
これ、どうなってんのお?7743

まだ、会うことになるのだろうね。

543 :         :03/10/30 01:42
シクエは、ここには来んのだな。ョヵタ

544 :太刀山型の土俵入り:03/10/30 08:16
人の無明はわかっても自分のはなかなかわかんないもんだよねえ。

はっきりいってこのスレみてて一番わからんのはここでの原始仏教つうものの
定義がわからん。
小難しいこといってわかった気になって悦に入るのがそんなに素敵なことなのか?

随分と底の浅いもんですな。


545 :名無しさん@3周年:03/10/30 11:20
>>544
仏教というのは基本的に諸行無常であり諸法無我なのですから、
ひとつの定義に固定化するという方法はあり得ないと思うんですよ
逆に安易に固定化してしまうことこそ、底が浅いともいえるのです
それが気に食わないのであれば、他スレに逝けばいいだけです。
無理してまで居座る必要はありません

546 :太刀山型の土俵入り:03/10/30 13:47
>>545
サンジャヤの門徒の方ですか?

547 :名無しさん@3周年:03/10/31 08:12
>>545
今までの流れを見てれば分かるでしょ。彼はただのかまってちゃんだよ。
相手にしちゃダメだよ。よけい居座る。

548 :太刀山型の土俵入り:03/10/31 08:52
>>545
なんで諸行無常とか、諸法無我とか言う否定的言辞出さなきゃいけなかったか
考えたことあんのか?
何かに反対してたからだろ?じゃあ何で反対しなきゃいけないんだ?
あるものに反対するってことはそれとは異なる価値観を持ってるってことだ。

自分が言ったことが誤りだとわかってそこを突っ込まれると損だから、はっきり
したことを言わないで相手に言質をとられないようにだけするというのは
六師外道の一人サンジャヤの専売特許ですがナニか?

そしてその師にあきたらなくて釈尊のもとに走ったのが後の2大弟子
舎利弗と目連だろうが。
あと固定化しない定義になんの価値があるんだ?

>>547
>彼はただのかまってちゃんだよ
できれば金払ってほしいw


549 :北尾:03/10/31 22:37

相撲協会の名を辱める者、逝ってよし!

550 :太刀山型の土俵入り:03/11/01 15:44
>>549
そのHNはネタかな?であれば60点差し上げましょう。

551 :名無しさん@3周年:03/11/01 16:18
何だ?……
なんか変わったな、ここも。
でもよく続いたよ、ここも。
前は面白かったな、ここも。
常連さん消えたか、ここも。
もう用は無いかも、ここも。
では、さようなら、おわり。

552 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/02 01:25
えっと原始仏教の内容的なお話は「諸行無常」の解釈から「諸法無我」へ、そして
電波男さんの>>451
「原始仏教における不可知論と無限について - 周辺思想を巡って」
につながってると思うのですが、気長に続きを期待しております。

553 :名無しさん@3周年:03/11/04 23:15
>>461

> ご指摘の通り、ヴィパッサナーを重視する人たちは原始仏教に帰ろうとする外見の中に、インド宗教化
> が無意識にも孕んでいることが見て取れます。何度も申してきましたが、スリランカなどの南方上座部
> を考察する場合、それがそのまま原始仏教であるという幻想は捨てなければならないのです。その理由は
>
> 1 スリランカには一度、大乗仏教が全てに広まった歴史があり、上座部仏教の法脈が途切れている
> 2 その影響は原始仏典(アーガマ)にも現れており、古いものを伝えているとは言いがたい
> 3 森林派以外の僧侶には、占術や呪い祈祷が茶飯に行われており、密教や土着の宗教の影響がある
> 4 その他
>
> などがあげられます。もしビパッサナーを重視しその効用を追及するのであれば、上座大乗問わず大きく
> 仏教から外れていくものであり、むしろハタヨーガなどに親近していくものです。

これ↑はなかなか面白かったです。ただ、スリランカについてはわかりましたが、ヴィバッサナはスリランカ
佛教だけではないですよね?ヴィパッサナーを重視を批判するのは重視しているからではなく「(ヴィバッサ
ナという行法に)偏っている」からですか?

また仮にヴィバッサナ瞑想自体に批判的だとしたら,上座部の仏教徒は行として何をしているんでしょうか?経典を読
むことだけではないと思うのですが・・・。
全く素人ですみません。

554 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/05 01:12
ヴィパッサナー行法に批判的と言うのではなく、それに偏り・執著する態度が
仏教的ではないのだと思います。シャマタとヴィパッサナとを修し、五戒を
始めとする持戒の実践も大切だと思います。要するに戒・定・慧の三学が仏教
では基本となるのでしょう。その実践を通して自分の偏見や先入観に気づいて
行く事や、因縁果の道理を身に付ける事、中道や縁起を学び「我あり」と言う
我見や「我がもの」と言う我執を少しづつでも減らして行き、感情に安易に
左右されない、心の平安を保てるように努力していく事が仏道修行だと思います。

555 :名無しさん@3周年:03/11/05 12:05
>538
瞑想行の実践の最中に確かにそのズレは観察可能だ。
でも、そうゆう形ではない識の在り方もある。
識の作用については、空間的・構造的にもクウと言える。
                   ↑↑この言葉嫌い!

556 :↑訂正:03/11/05 12:08
ずれちゃった。
ズレじゃないほうの、カタカナ2文字が嫌い。

557 :名無しさん@3周年:03/11/05 12:16
電波男さんのML

総合案内
h ttp://homepage3.nifty.com/fhiso/




558 :名無しさん@3周年:03/11/05 18:42
> ヴィパッサナー行法に批判的と言うのではなく、それに偏り・執著する態度が
> 仏教的ではないのだと思います。
 それはそうですね。また「テーラワーダとヴィパッサナー瞑想」スレッドにも電波
男さんがその旨書いているのを発見しました。
 ですが、原始佛教回帰または仏道を歩もうとしている人ならそのとおりでも、
単に精神修養、ストレスを減らすために実践している人には、あくまでもエクササ
イズですから、ヴィパッサナー瞑想指導者は「その瞑想の背景としてある佛教で
はこう教えていますよ」とサジェッション・情報提供する以上は言えないですよね?
 それとも具体的に仏教的ではない方向にヴィパッサナ瞑想を指導している佛教教団
とその信徒がいるのでしょうか?どこに批判が向いているのか良くわからないです。2
ちゃんですから根拠なき印象批評はアリだと思いますが,仏教的であれば、どこに向
かって,また事実に基づいて語っていなければ,悪口、両舌という気がしたもので・・・。




559 :名無しさん@3周年:03/11/05 18:59
>シャマタとヴィパッサナとを修し、五戒を
> 始めとする持戒の実践も大切だと思います。要するに戒・定・慧の三学が仏教
> では基本となるのでしょう。その実践を通して自分の偏見や先入観に気づいて
> 行く事や、因縁果の道理を身に付ける事、中道や縁起を学び「我あり」と言う
> 我見や「我がもの」と言う我執を少しづつでも減らして行き、感情に安易に
> 左右されない、心の平安を保てるように努力していく事が仏道修行だと思います。

 三学の実践とその偏りがないことが大事と言うわけですね。よくわかりました。その上で
思うのは、凡夫が仏門に入った時、はじめから3つのことが実践できませんよね?
欠点を減らすか,長所を伸ばすかすることになるんじゃないかと思います。
また,最近までヴィバッサナー瞑想はあまり知られていない「佛教」国では、先ずは知ら
れていないことから紹介していくということもあり得るんじゃないでしょうかね?
 いまのヴィバッサナ瞑想普及及び学ぼうとしている人・学んでいる人に何か特段の問題
があるとは思えないのですが・・・・。
なにかご存知での上での話でしたら是非色々と教えていただけると嬉しいです。
レスありがとうございましたm(__)m



560 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/08 09:08
>>558
> それとも具体的に仏教的ではない方向にヴィパッサナ瞑想を指導している佛教教団
>とその信徒がいるのでしょうか?どこに批判が向いているのか良くわからないです。

日本テーラワーダ仏教協会がまさにそうです。サマタを軽んじることによって片方の車輪が抜け落ち、
谷底に落ちてしまいます。そのような知見ですから行以外の思想的な部分でも間違い、見落とし、偏見
が多く、原始仏教とかけ離れる以上に、心を傷つけるという危険な側面を有しています。

思想的に傲慢になることと、「行」とその効用の総体に関して優位性を自認し、他を低くまた攻撃的に
捉えることとはまったく性質が異なります。「行」の場合は人格そのものを左右させる危険なものになります。
そこから出てくる思想的なものはもはや理性的な傲慢さを超えてカルト性を帯びてくるのです。
狂信的な創価学会員の「魚の腐ったような眼」を見るとよく解りますね。

さて、宗教関係については2chから撤退しようかと思っております。>>557でご紹介いただいております
MLで発言しましょう。

561 :666改:03/11/08 22:23
>>560
>さて、宗教関係については2chから撤退しようかと思っております。

宗教板からの撤退宣言なんて、なんの得にもなりゃしません。
たまに気が向いたときに発言できる立場を、わざわざ自分から崩す必要はどこにもありません。
上記発言は撤回してここ留まることを強くお勧めします。
でなけりゃMLの宣伝すらできませんよ。

ところでMLですが、「電波男が答える仏教質問トピ」を開いてもよろしいでしょうか?
毎日とはいかないでしょうが、とりあえずは以前のような他愛の無い質問を少しずつ上げていきたいと思います。


562 :NB ◆0buMLZ/Vxc :03/11/09 00:42
>>561
同意。

撤退自体にとやかく言うことはできませんが、
そんなのイヤァンです。

563 :名無しさん@3周年:03/11/09 04:23
>>560
> > それとも具体的に仏教的ではない方向にヴィパッサナ瞑想を指導している佛教教団
> >とその信徒がいるのでしょうか?どこに批判が向いているのか良くわからないです。
> 日本テーラワーダ仏教協会がまさにそうです。サマタを軽んじることによって片方の車輪が抜け落ち、
> 谷底に落ちてしまいます。そのような知見ですから行以外の思想的な部分でも間違い、見落とし、偏見
> が多く、原始仏教とかけ離れる以上に、心を傷つけるという危険な側面を有しています。

そうなんですか、電波男さんの見識は了解しました。ありがとうございます。わたしはその団体の出している書籍
の一部とHPを読む限り、サマタを軽んじているとは思えませんが,内情を知るわけでもなんでもないので、一情
報として憶えておきます。

> 思想的に傲慢になることと、「行」とその効用の総体に関して優位性を自認し、他を低くまた攻撃的に
> 捉えることとはまったく性質が異なります。「行」の場合は人格そのものを左右させる危険なものになります。

ちょっとわかりにくい文章ですね。「思想的に傲慢になる」よりも「「行」とその効用の総体に関して優位性を自認し、他を低くまた攻撃的に
捉えること」の方がずっと危険だと言いたいのでしょうか?
そして日本テーラワーダ仏教協会は
>そのような知見ですから行以外の思想的な部分でも間違い、見落とし、偏見 が多く、原始仏教とかけ離れる以上に、心を傷つけるという危険な側面を有しています。

ので思想的な傲慢さもある。よって性質の異なる危険性を両方備えているということですかね?

564 :563:03/11/09 04:27
わたしはこう考えます。私たちはすでに毎日心をかき乱す情報を得,そして実践し、身につける「行」を行っています。
それ以上に強力な行はないと思います。行住坐臥そのものですよね?
それに対して日本テーラワーダ仏教協会の「危険な」システムによる瞑想を日に短時間及び合宿で10日やるだけで、危険なカルト信者のようになるというのは
大袈裟過ぎると思います。 もしそういうケースがいくつかあったとしても、煩悩実践してる時間のほうが長いわけで,その協会のせいとは言えないように思います。
とくに日本でヴィパッサナー瞑想を教えているところで、出家制度をとっているところはありません(紹介されて本場の寺院に出家は除く)から,団体の影響など
たかが知れていますよ。 むしろサマタ抜きのヴィパッサナーでも心の沈静化には役に立つ分TM瞑想や日本伝統の坐禅、浄土真宗の内観くらいの効用はあるのではないでしょうか?

もちろん見識のある方が欠点を見つけ,改善して行く事はピュアな原始仏教を伝え実践しているところにあっても必要なことでしょうが、完璧さを求めること自体がわたしには中道から離れた
もの=非仏教的だと思います。

撤退されたようですし,考えをぶつけ合うようなものでもないと思うのでわたしはこの辺で。


565 :名無しさん@3周年:03/11/09 10:11
瞑想しても、あまり意味が無いと言う事ですか?

566 :563=564:03/11/09 12:34
>>565
> 瞑想しても、あまり意味が無いと言う事ですか?

仮にわたしへのレスだとしたら、答えは「ノー」です。効果はあると思います。私が言っているのは今のヴィパッサナー普及・指導が非仏教的で、
かつ日本テーラワーダ仏教協会がカルトに比して語られるのを見て大袈裟過ぎやしませんか、と言うこと。

あなたが期待している瞑想のする意味(=効果)がどんなものか知りませんので、あなたに意味があるかどうかわかりませんが,心を静め,自己を洞察し、清める
という目的のためには効果があると思いますよ。
病気が治る、商売繁盛、超能力が得られるなどの現世利益は期待しない方がいいですよ。ただ,瞑想などをして心をきれいにしておくと比較的ありのままに見れるので,
適格な見識そして行動がとれる可能性が高まるので無駄がない(コストパフォーマンスが高い)ということはあると思います。そのためにはそうなるように瞑想実践以外に
知恵を働かせ,そうなるように計画し,行動しないといけないと思いますけどね。 当たり前のことですが・・・。
またその行動計画の目的によっては「気づき」への妨げになり、結果心は混乱,商売は失敗ということもあり得ますので、何がどうなろうとそれを観察するという姿勢は保ち
たいものですね。すべて「生きた学びだ」という風に・・・


567 :名無しさん@3周年:03/11/09 13:25
テーラワーダスレに逝ってくれ

568 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/09 15:09
>>561
>>562

お久しぶり。
>でなけりゃMLの宣伝すらできませんよ。
そうですね。宣伝のためにたまに発言することにしましょう。
MLでも何でもありで質問なり発言なりして下さい。

>>563
>撤退されたようですし,考えをぶつけ合うようなものでもないと思うのでわたしはこの辺で。

考えをぶつけ合う必要性は大ですよ。今のお話では筋が散漫してしまってツカミ所がなくなってしまっていますが、
ヴィパッサナー瞑想に偏るこで大きな弊害が起こる可能性を私は指摘しているのです。

鬱病や鬱傾向、心の落ち込み、悩み事、不和などがある場合には絶対にヴィパッサナーに偏った瞑想をては
いけません。精神的な加療中にある人のみならず、健康な人でもこれは「劇薬」だと認識すべきです。

ヴィパッサナー瞑想をする場合、五戒・十善業道・四諦・中道・八正道とそしてサマタを修習していることが大前提に
なります。出家者であって師僧が付っきりであればビパッサナーも好いのですが、師僧の資質が問われます。

ヴィパッサナーによる弊害を私は色々見てきました。誇大妄想や自殺常習者、虐待癖は軽い方。廃人になった人
も居ます。以前@Niftyの仏教思想フォーラムで責任者が鬱病患者に対して行法の情報を提示してる行為を咎めて
退会処分になりました。そのフォーラム責任者も一つのサンプルになるでしょうね。

569 :名無しさん@3周年:03/11/09 21:25
>>568
電波男さんは、自分でヴィパッサナー瞑想を試したことはありますか?
ある程度の手応えを得られるぐらいの期間を試したことがありますか?

電波男さんなりにヴィパッサナー瞑想の構造を論理的に説明できますか?
他人に説明出来るほどにヴィパッサナー瞑想のやり方と構造を理解していますか?

感情論抜きの理路整然としたご返答をお待ちしています。

570 :1改:03/11/09 23:39
とりあえずこんなナレーションで発言しときました。
間違ってツリーが開始点から始まらなかったようですが。
以下引用



こんにちは
某お行儀の悪い掲示板でお世話になっている666改です。
そちらで電波男さんに

>ところでMLですが、「電波男が答える仏教質問トピ」を開いてもよろしいでしょうか?
とお聞きしたところ

>MLでも何でもありで質問なり発言なりして下さい。

と、快諾のレスをいただくことができました。
このトピの目的は電波さんの知識をMLの共有財産としてその頭蓋内より引っ張り出すところにあります。
私自身には殆んど仏教関連の知識を持ち合わせておりませんが、識者の方々による発展的議論に継承されることを期待しております。

このチャンスを逃す手はありません。
それでは、「電波男が答える仏教質問トピ」スタートです。

571 :666改:03/11/09 23:40
おっと名前をまちがった(失礼

572 :563=564:03/11/10 01:37
>>568

ヴィパッサナ瞑想を過大評価しすぎだと思います。

> 鬱病や鬱傾向、心の落ち込み、悩み事、不和などがある場合には絶対にヴィパッサナーに偏った瞑想をては
> いけません。精神的な加療中にある人のみならず、健康な人でもこれは「劇薬」だと認識すべきです。

それはあなたが色々と見てきた上での見識ですから、わたしはそういう可能性を否定するものではありません。
しかしですね、サマタに類されるであろう諸瞑想を実践した人、仏教の経典や啓発的な心理本を読んだ人にも、
その後鬱になったり、悩みが大きくなったという人を多々見ています。
現実はつらいことが多いわけですからね。
で、ツライから瞑想とか啓発的な本の実践はすぐやめちゃうわけですw。ですからそれ以上それによる影響はなくなる。
でも、精神不安が続くとすれば,それ以外の要素の方に原因があると考える方が、自然だと思います。

 なんとなく,電波男さんの論を日本の現実に突き合せると、あなたの理想とするシステムはほぼないし、またヴィパッサナ修行に適した
人はほとんどいないことになりそうな気がします。

 釈迦自身も精神不安があって出家したことを考えると、理解しにくいです。釈迦は特別な人間だとか?
勉強になりますので、厳しく突っ込んで下さると助かります。

573 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/10 02:28
>>569
わたしは別に感情論で語っていませんよ。ヴィパッサナー瞑想の実践はスマ氏自称のものよりも深く修習
してるんじゃないかな。その過程の極初期で「全知全能を得た」と言う錯覚もありました。それを錯覚と気
付かない人が多いみたいですね。

修習次第については学問的研究対象としても専門でしたよ。学派としては瑜伽行唯識派やサーンキャー・
ヨーガなども射程範囲ですから。あと"ghya-samAja-tantra"なんかも。

他人に説明って、、大学で「心所法の"smAdhi" と" dhyAna"について」と言う一年間の講義の中で"vi√paS"
はさんざんやりましたが。

>>666
MLでの表明ありがとう御座いました。あそこなら荒らされることなく激論できそうですね。なんでも質問してください。

>>572
>しかしですね、サマタに類されるであろう諸瞑想を実践した人、仏教の経典や啓発的な心理本を読んだ人にも、
>その後鬱になったり、悩みが大きくなったという人を多々見ています。
それはヴィパッサナーに偏ることと同じく、サマタに偏った場合でしょう。サマタに類する瞑想でも用法を間違えれば
非常に危険なものになります。

「サマタとヴィパッサナー」は両輪であり「十善業道」が舵であり、五戒が舵取りなのです。また舵取りの眼が四諦
であり、心が八正道なのです。

五戒→十善業道→四諦→八正道→サマタ→ヴィパッサナーと言う順次の積み重ねのうち、どれ一つ欠けてはなりません。
また、積み重ねることに大きな意味があるわけでもありません。五戒を保つだけでも、執着を離れ心の安穏を得る人がい
るからです。

574 :名無しさん@3周年:03/11/10 13:11
電波男さんは、八正道を踏まえていますか?
余所のスレを読んでいる限り、はなはだ怪しいと思われます。
例えばこんなレスがありますね。
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1062907375/230
はたしてこういうレスが八正道に則っているのか?
こういうレスを読むといっきに説得力が薄れますね。
まるで野村沙知代の世間に対する説教のようです。

知識量はみんなが認めるところですが、...違和感は否めません。
もしかして、仏教批判の為の仏教研究がライフワークなのでしょうか?
アンチ仏教なら釈尊の教えを実行しないでしょうから。

575 :名無しさん@3周年:03/11/10 14:03
(゚∀゚≡゚∀゚)十善業道って何?大乗仏教のコトバ?サルにも判る説明キボンヌ!

576 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/10 14:10
>>574
私は言い切ります。

五戒→十善業道→四諦→八正道→サマタ→ヴィパッサナー

のどれ一つ守れていません。ですが、それが釈尊の原理であり仏教の本質であることは間違いありません。

あなたが説得力を感じろうが、どうしようが別に感知しませんよ。私は伝道者ではないし、宗教的指導者でもない。
まだ道徳完成者でもなく、尊敬される人物でもない。ただ、人を害する宗教やカルトに対しては修羅になって
叩き潰そうとする気概があるだけです。

随所で申し上げていますが、私は修羅です。似非宗教者は叩き潰します。また私のこの行為に対して敵対する
者をトコトンまで追詰めます。創価学会や阿含宗、テーラワーダ仏教協会などが「仏教」の看板を下ろさず、利権
を貪る限り、私の攻撃対象です。それは他の新興宗教、伝統宗教に至るまで適用いたします。

再度申し上げます。私は聖人君子では有りません。修羅です。法律などあらゆる武器を駆使し、非仏教をトコトン
まで追詰めます。私はその意味では穢れきっている。どす黒いのです。

577 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/10 14:17
>>575
十善業道に大小の区別はありません。また原始仏典から十善業道は存在しています。
言い方として「十善」にまとめてもいいでしょう。

ここで大乗、小乗の峻別は無意味であることを過去ログなどで読み取ってください。

一つ言いましょう。大乗小乗と区別する傾向の宗派(大部分だが)は似非仏教です。仏教の本質を
なにも理解できていない。かつて利己主義な長老派の一派に対して投げかけた「小乗」と言う言葉が
一人歩きしただけなのです。その意味では現在、大乗と呼ばれている人たちのなかに多くの「小乗」
がいますね。

578 :名無しさん@3周年:03/11/10 15:04
>>576
電波男さん、ではこういうことですか?
ヴィパッサナー瞑想がインチキ臭い瞑想と言っているのではなくて
現状でのヴィパッサナー瞑想の取り扱われ方に憤慨していると...
ヴィパッサナー瞑想がどうこうではなくて、現状でそれを紹介している
団体等に憤慨していると...
仏教の教義のクオリティーがどうこうはなくて、現状の宗教団体に憤慨していると...
そういうことですか?

「信仰とは実践にある」とはキリスト教も仏教でも言っていると思うのですが、
修羅には関係ないことなのでしょうね。
修羅行為の因果応報はどうなって行くのでしょうね。

579 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA :03/11/10 15:19
>>578

> ヴィパッサナー瞑想がどうこうではなくて、現状でそれを紹介している
> 団体等に憤慨していると...
> 仏教の教義のクオリティーがどうこうはなくて、現状の宗教団体に憤慨していると...
> そういうことですか?

そうですよ。ヴィパッサナーは釈尊が実践した瞑想の一つとして私は高い評価をしています。
また、ヨーガ学派でのそれも同じです。「仏教の教義のクオリティー」とは何をさしているのでしょうが?
後世のもので明らかに間違い、低俗、誑かしな教義もありますので。

> 「信仰とは実践にある」とはキリスト教も仏教でも言っていると思うのですが、
その意味では仏教に信仰など無縁です。そんな信仰を否定して生まれてきたのが仏教ですから。

> 修羅行為の因果応報はどうなって行くのでしょうね。
わたしが修羅であるかどうかは私が決めて、私が告白するのであって、他人に評価される性質のものではありません。
似非仏教を潰す私の修羅行為は恐らく苦しみという果実をわが身に引き当てるでしょうが、環境整備という
私には係わらないところで益することになるでしょう。

http://www13.freeweb.ne.jp/business/itoarc/ などを参照してください。

580 :563=564:03/11/10 19:44
>>573
> >>572

> 「サマタとヴィパッサナー」は両輪であり「十善業道」が舵であり、五戒が舵取りなのです。また舵取りの眼が四諦
> であり、心が八正道なのです。
> 五戒→十善業道→四諦→八正道→サマタ→ヴィパッサナーと言う順次の積み重ねのうち、どれ一つ欠けてはなりません。

 質問責めにしてすみません。正直、質問(過程について)と答え(原則論・信念表明)が噛み合ってないと思いますが,わたしが詳細にこだわり過ぎているのかもしれませんね。
知識ある人からのサジェッションとして個人的に留意して、お答えいただいたことが無駄にならないよう憶えておきますね。


> また、積み重ねることに大きな意味があるわけでもありません。五戒を保つだけでも、執着を離れ心の安穏を得る人がいるからです。

これは勇気付けられるお話でした。わたしも身近な利益を期待しがちな人間ゆえ、ついつい技術的な行為(瞑想)に走りがち。五戒、いや一般道徳程度さえ見失い易いです。
後ろめたい気持ちにならないですむ、それくらいの実践でも心が晴れやかになりますものね。うん、大事にしてみます(^^)

581 :名無しさん@3周年:03/11/10 21:09
電波男さん、釈尊には「情報」という概念が無かったと思いますか?
情報は、恒常を保つ可能性があるような気がしますよ。
釈尊が説く真理も恒常でしょ。
となると、「無常」が成立しませんね。
「情報」=「実体」が成立しちゃうかも。「情報」=「我」みたいな...。
どうなんでしょうね...こういうのは詭弁になるのでしょうか?

今日の日本国憲法には「環境」という言葉が入っていません。
六法全書だったかな...?あれっ?
とにかく制定された当時には、「環境」という概念が無かったわけです。
だから今、どう裁くかの裁けるのか?という状態にあるらしいです。
「インターネット」の概念なんて尚更でしょうね。

釈尊が生きていた時代に「情報」という概念があったら、教えの内容も
変わっていたと思われます。
さすがに2.600年前の発想には対処できなくなってきたのかも...。

体の表皮は新陳代謝して、それこそまさに無常ですが、表皮にあるホクロの位置は
恒常です。右頬のホクロが左頬へ移るということはありえません。
つまり、体が持っている設計図の情報です。
その人が死んだら、情報も消えるから無常であり無我でしょうとなるのでしょうか?
まぁとにかく、「情報」は「無常」か?という引っかかりがあります。
ここいらへんの仏教の基本思想が崩れると、...総崩れを招くのだろうか?

582 :581:03/11/10 21:19
コピーを繰り返せば、だんだん劣化というものが発生してくる。
そこで厳密に見れば無常ということになる。
でも、情報の内容が劣化するということは無いですよね...う〜む...

583 :名無しさん@3周年:03/11/11 01:46
>>581

情報は恒常っていうのは、賛同できないけど面白いね。わたしは「バカの壁」@養老の影響ですが(笑)

宇宙物理学で「人間原理」という視点があるんですが,これによると「観察する人間がいるから月(他の星でもいい)がある」
ということのようです。これはけして唯心論ではないです。

 私が考えるに,地球が木っ端微塵になり人類がこの世からいなくなれば、この世の宇宙空間に釈迦の教えがなくなったも同然。「不在」の人間にとってね。
釈迦の教えという情報自体を受け取る相手も語る相手もいないのだから。

でもそのことで逆に釈迦のいう「すべて無常」が正しいことにもなる。シュミレートする存在がいる今においては。

言葉遊びに過ぎないですが(^^)


584 :581:03/11/11 14:10
ええ。そういうスパン、時間の規模の視点で見れば「無常」ですよね。
ここで引っかかるのが、釈尊は、現世で「一人単位の人間の心」が救われるように
教えを説いたはずだというところです。
つまり、「人間という種の心」を救うというのなら巨大な規模の時間でいいのですが、
現世において一人の人間の寿命は平均80年として考えるとどうでしょ...。
80年という規模の時間では「恒常」である要素が溢れ過ぎているように思われます。
「一人単位の人間の時間(80年)」からでは、DNA情報は恒常です。

>「観察する人間がいるから月(他の星でもいい)がある」
 ↑
外側を認知出来る自分が存在するから外側が存在する。
つまりこれは、「一人単位の人間」の視点なんです。
“ひろゆきという私”が存在しなければ、他の人間も存在しません。この世も存在しません。

「個人の無常観」を何世代にも渡って構築していくことは出来ないのです。

何世代にも渡って無常観を構築することが可能なら、巨大な時間の視点に立脚し、
この世は「諸行無常」であると言えるでしょう。(いつ何処の誰が言うのか?それは私の人生か?)

釈尊の教えでは、「一人単位の人間の心」は無常観から救われるということですが、
「一人単位の人間の時間内」で無常観が成立しなければ悟りはプロセス的にあり得ない訳です。
“ひろゆきという私”が存在しなければ、他の人間も存在しません。この世も存在しません。

仏教は神の手のひらの上の一論理なのでしょうか?
宇宙は神の枠内、地球は神の枠内、人間は神の枠内、仏教は神の枠内なのでしょうか?

哲学なのか詭弁なのか形而上の遊びなのか? 仏教の耐用年数切れなのか?

585 :名無しさん@3周年:03/11/11 21:05
神?
神は恒常だっていいたいの?
だったら無常ではないかもね
ただ仏教では絶対的な「神」そのものを
きっぱりと否定しています
そしていまだ「神」の存在を証明した人は一人もいません。
これが事実であり、真実です。

586 :名無しさん@3周年:03/11/11 22:24
>>584
前にも見かけたような気がするけど、一応。

DNAはその転写の際に、しばしば劣化するし
(情報の欠損を引き起こす)、そこからガンが
生じたりもする。DNAといえども決して恒常的な
わけではない。そもそもDNA情報そのものに自死
情報が書き込まれてもいるし。

ちなみにホクロの問題は遺伝子情報とは関係な
いよ。もしホクロがDNA情報に基づくものだとし
たらホクロを整形外科的に取り除くことはでき
ない(けれど、実際は手術で取り除くことがで
きる)。

587 :581:03/11/11 22:34
>>584の神の部分はカットしてもいいです。ついでに加えただけです。

悟りとは極めて個人的なことですよね。
個人の時間はせいぜい平均して80年ぐらいとすると、
個人の時間上に無常観を成立させることは難しいのではないでしょうか?
80年程度のスパンではあちこちに恒常が見受けられませんか?
その例として個人のDNA情報をあげました。
DNA情報の存在は形而上の戯言に当たりませんし。
無常観が成立しなければ悟りも無いと思うのです。

電波男さ〜ん、リアル高卒にレクチャーしてください。m(_ _)mオネガイシマス。

588 :581:03/11/11 22:46
>>586
>DNAはその転写の際に、しばしば劣化するし(情報の欠損を引き起こす)、

これは遺伝の際の出来事ではないんですね?
まったく一人の人間の生活の中で行われることなら納得です。

589 :581:03/11/11 23:01
あれっ?だんだん自分の疑問が屁理屈のように思えてきた。
自分の存在があろうが消えようが世界は相変わらず絶えず変化しながら
寿命がくるまで存在し続けるね...あれっ?

自分が存在するから外の世界が存在するんだという考えがガンだったみたいだ。
間違ったかたちで形而上オンリーの考えにハマるとヤバイね...。
きっと、どこかで誰かの哲学を自己流に解釈したんだろうな...。


590 :名無しさん@3周年:03/11/12 01:55
>>586
>もしホクロがDNA情報に基づくものだとし
>たらホクロを整形外科的に取り除くことはでき
>ない

腕だろうが頭だろうが乳首だろうが整形外科的に取り除けますがなにか?

591 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/12 05:16
>>581
>個人の時間上に無常観を成立させることは難しいのではないでしょうか?
そうかな?僕は弟や愛犬が死んだり、住みなれた家を売り払ったり、病気になったり
体力・気力が低下して来たりするのを実感した時に諸行無常を感じたけどな。

592 :名無しさん@3周年:03/11/12 09:15
仏の存在は?
無常でしか?

593 :581:03/11/12 14:26
>>591
言おうとしていることは当然わかりますよ。

ただ、自分の寿命の時間の間では、全てが無常とは言えないと思った。
生まれてから死ぬまで変化しないままの事柄が在ると思った。
それでは、「諸行無常」にならない。
悟りは極めて個人的なことだから、個人の寿命の時間内で諸行無常が
成立しなければ、悟りへの要素を大きく欠くことになると思った。

>>585
>そしていまだ「神」の存在を証明した人は一人もいません。

キリスト教支持者はきっとこう言い返します。
「そしてまた、神はいないということを証明した人は一人もいません」と。

594 :581:03/11/12 14:28
>>592
仏はこの世の存在でしたか?

595 :名無しさん@3周年:03/11/12 14:54
>>593
その考えでいくと「生者必滅」も成り立たないね。
でも生まれたものは必ず死ねでしょう。

又、いないものや無いものをどう証明するんだよ。
では聞くが、あんた
「この世に実際、ウルトラマンやドラえもんがいると思ってんの?」
私は100%架空の造り物と思いますが、いない証明は出来ん罠。

596 :名無しさん@3周年:03/11/12 14:58
ぼっ、ぼくちゃんは「神」なんかいるわきゃないと思ってましゅが、
ウルトラマンはいると思いましゅ。
ドラえもんとも友田珍子でしゅ

597 :581:03/11/12 21:52
>>595
595の全文が理解できない。何を言っているのかわからない。

593に対してのレスなのでしょうか?

598 :581:03/11/13 01:36
>>595
>「この世に実際、ウルトラマンやドラえもんがいると思ってんの?」

雑誌の中にいる。テレビに出てる。キャラクターグッズがある。
実際にその在り方として存在している。問題ない。
で、神についてだが、神を体感したと主張する人がいる。存在を感じたという人がいる。
神の恵を実感したという人たちがいる。
そういう人たちがいるのだからしょうがない。
反証しようにもやりようがない。それだけのこと。
もし神がいるのなら、この酷い世の中の出来事はどういうことだ?という人は多いけど、
「神の試練です」と言われればそれまででしょう。
今の試練が苦しくとも死んだら天国というのだから。

基本的に徒労に終止する話題ではないでしょうか。
だいたい私がいつまでもキリスト教側の代弁する必要性がないし。

>その考えでいくと「生者必滅」も成り立たないね。

これについては相変わらず意味がわからないです。

>>589でオチを着けてます。おやすみなさい。グ〜グ〜。

599 :名無しさん@3周年:03/11/13 08:46
>>594

ゴウタマ シッダールタ 知らないのですか?原始仏教の元締めでし。

600 :名無しさん@3周年:03/11/13 14:03
>>599
食中毒で死んだじゃん。無常ではなかったね。

601 :名無しさん@3周年:03/11/13 18:10
>>598
あんた「無常」を個人の死ぬまでの時間だけで考えると成り立たない、って言ってんでしょ。
それだったら「生者必滅」も成り立たなくなるよ。
もし10歳ぐらいで死んだら、自分より前から生きてて自分より後まで生きてる生物は
いくらでもいる。
よって個人的には成り立たない。

でもな「生者必滅」は真実だよ。

それから「神」の存在を感じる事と
「神」が存在する事とを一緒しないでね。

「神」が存在する、と言い張るなら立証して下さい。
そして「いないもの」又「無」は「有」では無いので立証出来ません。

602 :名無しさん@3周年:03/11/13 18:19

禿同!

「神」の存在を証明出来ないからと言って、
「では存在しない事証明してみろよ。」なんて言うのは
単なる『逃げ』でしかありません。
ただ「神」の存在を信じて信仰する事については
自由ですので勝手どうぞです。

私も勝手にと言うか証明されてないので
「神なんていない」と考えてるだけです。
これも自由です。

603 :名無しさん@3周年:03/11/13 18:24
>>600
意味不明だな
なんで食中毒だと無常では無くなるんだ?
あんた「諸行無常」の意味、解ってないヤロ

604 :名無しさん@3周年:03/11/13 18:34
>>592
> 仏の存在は?
> 無常でしか?

無常ですよ。だからオシャカになるというでしょ?
ワカランチンのネタはホットケ!!

605 :581:03/11/13 23:08
>>601
>あんた「無常」を個人の死ぬまでの時間だけで考えると成り立たない、って言ってんでしょ。
>それだったら「生者必滅」も成り立たなくなるよ。

なぜ?一人の人間の時間を80年として、その時間内にいくらでも死亡記事を目にするでしょ。
家族も死ぬ、ペットも死ぬ。花も枯れる。
命が発生して消えていくというのは80年という時間があればいくらでも目撃できます。

諸行無常に関しては、80年では足りないと思っていたんです。80年では完璧に成立しないと。
その例としてDNA情報とかを出したわけです。プログラムやシステムというものは、
作ってしまえば、風化や劣化は無いわけです。DNA情報の件に関しては決着がつきました。
ヘラクレイトスの「万物は流転する」という言葉はギリシャ語で一字一句変わらぬまま残ってます。
だから80年ぐらいではいくらでも恒常があるのでは?と言ったんです。
情報やシステムやプログラムが実体と言えるのか?言えないのか?
釈尊が生きていた時代にそういう概念があったのか?踏まえていたのか?そういう展開ならわかるのですが...。

80年というのは個人単位の時間の長さです。そして悟りというのは個人的なことです。

>それから「神」の存在を感じる事と
>「神」が存在する事とを一緒しないでね。

では、何を対象に感じたのでしょうか?「無」から何かを感じとるのですか?
「有」から感じ取るのでしょ。
たとえば、そこにリンゴがあるからリンゴが見えるのでしょ。匂いがするのでしょ。
「そしてまた、神はいないということを証明した人は一人もいません」というのは
クリスチャンの作家のコメントです。名前を忘れてしまったのが残念なのですが...。
とにかく、クリスチャンはそういう発想を持っていると紹介したまでです。
どうしてそんな発想をするんだ?と疑問を持たれても私はクリスチャンではないので解りません。

606 :名無しさん@3周年:03/11/14 00:35
http://psohatten.oack.com/FLASH/2ch03.html
おいもまえら
尊氏のオールナイトニッポンを聞いてモチつこうじゃないか

607 :名無しさん@3周年:03/11/14 01:23
>>605
「万物は流転する」
と言う言葉が現代まで語り継がれている時点で
明らかに「無常」な訳だが…

つーか、「時」が止まらない時点で
「無常」の真実は覆らないのが…


「諸行無常」に疑問を持つ人がいただけで勉強になりました。サンクス
違った角度から見てみるのも面白いかも、と思った今日この頃。

608 :名無しさん@3周年:03/11/14 02:31

>ヘラクレイトスの「万物は流転する」という言葉はギリシャ語で一字一句変わらぬまま残ってます。
うむ 当人は死んで消えたがメッセージが流転してませんな・・・

>情報やシステムやプログラムが実体と言えるのか?言えないのか?
>釈尊が生きていた時代にそういう概念があったのか?踏まえていたのか?
どっかのスレでも読みましたな え〜と・・・覚えてませんな・・・

映画マトリックスのはどういうストーリーじゃったかの・・・
動画のrmファイルやWMVファイルをテエキストデータで見ることができますな・・・
この2ちゃんねるもHTMLコード(ソース)ですな・・・
難しいのぉ・・・じじいは半角に帰ってハァハァするか・・・老いて益々盛んですな・・・

609 :ああ無情:03/11/14 04:06

ヘボ将棋 王より飛車を かわいがり

610 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/14 05:06
581さんは「毒矢の喩え(マールンクヤプッタの質問)」でも読んでみて下さい。
何年か後には、あなたも僕も、ここにいるみなさんも死んでしまっていると言う
事実にうなづけるかどうかでしょう。釈尊は生老病死の苦悩からの解脱を求めた
のです。万物が諸行無常かどうかを研究していたのではないと思います。

611 :名無しさん@3周年:03/11/14 11:45
諸行は心を含めた現象面のことではないでしょうか。
情報は諸行ではないと思います。
もちろん誤った情報は、どこかで修正されたり、消えたりしますが。
あるいはネットルールや社会ルールのように期間限定の情報もあるでしょう。
物理法則などは、それが正しいとして、かなり不変に近いものがあると思います。
ただ物理法則でも、宇宙は変化して(次々に新たな原子が生まれているなど)
いるので、純粋に不変な情報というのは単純ではなさそうです。
哲学も不変な情報・真理に近づこうとしたのではないでしょうか。
ただ、厳密には真理を言葉にすることは難しいと思います。
というか真理じたいと説明(言葉やイメージに変換したもの)とは別のものだと
いうことです。

612 :名無しさん@3周年:03/11/14 11:47
追加

そういう意味では、情報も無常といえるのかもしれません。

613 :581:03/11/14 14:32
>>ベロさん
>釈尊は生老病死の苦悩からの解脱を求めたのです。

そうですね。生老病死の苦しみから逃れるには解脱が必要ですよね。
解脱へのステップとして無常観の成立は必要だと思っています。
無常が成立しなければ無我も成立しません。苦だけで悟れというものです。
とにかく「毒矢の喩え(マールンクヤプッタの質問)」を読んでみます。
ご紹介ありがとうございます。

>>611
脳から生まれる情報は絶えず変化していると思います。
脳は生モノですから、ゆらぎがあるでしょう。
一度、外部出力した情報はどうでしょう?記憶媒体はどんどん変わりますが、
中身の情報に変化はありません。コピー劣化で意味が変わるということもありません。

情報という存在は形而上と形而下の中間に生きているようで混乱します。

ただ、今はあまり拘っていません。
>諸行は心を含めた現象面のことではないでしょうか。
今は私もそう考えています。レスありがとうございました。

>>609
砂上の楼閣ってどういう意味ですか?
私も思考停止人間になって何の疑問も抱かず
言われるままに「はいそうですか」と飲み込んでいったほうがいいのでしょうか。
しかし、それは釈尊が望んでいた光景でしょうか...
思考停止を望んでいるのは新興宗教と自己啓発団体のような...


614 :名無しさん@3周年:03/11/15 00:22
>>581
チョットした遊び心ってことだよね。そういう疑問がわくのってさ。
たぶん釈迦が擁護した懐疑精神って、凝り固まった疑念ではなく,581さんみたいな遊び心なんだと思うな。

やっぱ、諸行無常と心底思えど,あれ?っと思う時あるよね。それはそれで面白い。
妄想なのかもしれないが、もしかしたら知恵の訓練の一種なのかも。

信者じゃないので,そういう遊び心で仏教哲学や永井均の本など目を通している私の自己弁護でした(^^;

615 :うっかり八兵衛:03/11/15 00:40
旦那!旦那!旦那〜!
仏教の神々を旦那たちはどう解釈しまつか?
スッタニパータには神々が連発でつ
旦那!旦那!旦那〜!

616 :名無しさん@3周年:03/11/15 01:57
俺はこの「毒矢の喩え」に前々から首をかしげるところがある。

たしかに世にはブッダの言うように毒矢を打った人間や毒の性質に気をとられ、抜くことがおろそかになってる人間が多い。
だが同時に、「どうやって抜くのがもっとも痛みが少ないか」を考えてる人間も多々いるのだ。

ともかく抜け、ただ抜けと言うはあまりに乱暴で、抜き方が悪いために余計悪くなることだってある。
どういう抜き方が良いのか。それを日々研究するのが、僧の仕事だと思うのだが。もちろん自分に刺さった矢を抜きつつ、ね。

617 :不殺生(殺すなかれ):03/11/15 03:47
オナニーして
ティッシュの中で死んでいった
精子はどうしましょうか
顕微鏡で見るとガンガン動いてます
命があるのでしょうか
( ゚Д゚)!ハッ だからオナニーは罪なのかも
もしかしてオナニーし過ぎると
一番キツイ世界に生まれ変わるのかも
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

618 :名無しさん@3周年:03/11/15 16:07
>>617
だから比丘は手淫をしないし女性と交わらないのでは?
二千五百年前には顕微鏡は無かったわけだけど智慧で理解していたのかもね


619 :セミ:03/11/15 17:56
オモテん出られないまま死滅していく精嚢の精子たちは、どーなるんだー
オモテん出られないまま死滅していく精嚢の精子たちは、どーなるんだー


620 :名無しさん@3周年:03/11/15 21:48
不殺生戒と手淫は全く関係ないと思うな

621 :名無しさん@3周年:03/11/16 05:28
精子って顕微鏡で見ると泳いでるじゃん。あれは命じゃないの?
すぐそこにあるめちゃくちゃ現実的な話だね。
でもまぁ、お医者さんに聞けば一発解答の話題だね。

622 :名無しさん@3周年:03/11/16 15:00
いや、ずれてるよ。
今は精子に命があるのか、無いのかではありません。
手淫が殺生になるのか、成らないのか、そんな事どうでもいいんです。
私が言いたいのは、殺生になるから手淫を戒めたのでは無く、
手淫により「快楽を得」「執着が起き」苦の消滅を妨げる事で
手淫を戒めたんではないのか、と言う事です。

623 :名無しさん@3周年:03/11/16 18:03
>私が言いたいのは、殺生になるから手淫を戒めたのでは無く、

私が言いたいのは、精子に命があるのか?あったら不殺生戒はどうなる?です。

624 :名無しさん@3周年:03/11/16 20:54
生命をどう捉えるかが問題なんだよな。「動くもの」だったら自動車だってそうだし。
「自分の判断で動くもの」なら、人工知能を積んだロボットも含まれてしまう。

となると、有機体か無機体かぐらいしか、精子を生物に入れる区分けが存在しないんじゃないかな。

これは難しい問題だよ。どこで区切るかで大いに変わってしまう。

625 :名無しさん@3周年:03/11/16 21:47
無意味だ。
自身が「生きている」と認識できる対象が「生物」だ。
生物学的定義などに振り回されていたら納豆を食わないオウム信者と同レベルだ。

626 :名無しさん@3周年:03/11/16 22:00
>自身が「生きている」と認識できる対象が「生物」だ。

この定義に責任を持てますか?

627 :名無しさん@3周年:03/11/16 22:29
>>625
ではあなたにとって、精子は生物でしょうか?
少なくとも俺は精子と対話したことが無いので断言は出来ませんが、生きていると認識はしてないでしょうねぇ。
同時に、近い将来生きていると認識するロボットも出てくるでしょうね。

ミジンコさんやゾウリムシさんにも聞いてみたいテーマです。

だから、これは定義なんて無理だししないほうがいいんじゃないか?
不殺生戒とはいわば努力目標。明らかに生きているもの(人間や動物)は当然のこととして、中間の植物や精子、もしかしたら意識を持ってるかもしれない机や椅子もできるだけ大切にすることが大事だと思うよ。

628 :セ三:03/11/16 22:50
白血球に喰われるバクテリアの身は、どーなるんだー
白血球に喰われるバクテリアの身は、どーなるんだー

629 :太刀山型の土俵入り:03/11/16 22:55
>>625
脳死患者は死人ということでよろしいか?
ビバ臓器売買!起業する時はオレも一口のせてくれ!


630 :名無しさん@3周年:03/11/17 00:04
>>629
たぶん勘違いをしている。
おれの言ったのは、例えば私が納豆を生きていると認識できるなら、私にとって納豆は生物だ、ということだ。
ちなみにおれは教養人なので納豆菌が生きているのを知っている。
それを言ってしまったら殺生戒を犯さずに生きる生命などあるものか。
納豆さん、ありがとん。

631 :名無しさん@3周年:03/11/17 00:10
>>630
それでいいと思います、はい。

632 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/17 00:37
釈尊は無駄な殺生を戒めておられるのではないでしょうか。例えば宗教祭祀に生贄
として殺される動物や、趣味のハンティングや、気晴らしに生き物をいじめたり
殺したりする事はダメでしょう。また殺生と言う「行為」と殺そうと言う「意思」の
関係も複雑です、身・口・意の三業と言われますが、仏教では「意業」をより重視
するようです。
不殺生戒に関する問題では、殺生を生業とする食肉業者や皮革産業・死刑執行人等々
に対する差別意識の助長に、歴史的に仏教の不殺生思想が深く関わっているので
大変困難な問題だと思います。

釈尊や仏弟子達は托鉢の喜捨によって食いつないでいたので、あれこれ注文をつける
訳にはいかず、肉食していたようです。当然、現在の上座部ビクも肉食しています。

633 :名無しさん@3周年:03/11/17 00:37
>>627
SF評論家の橋元淳一郎が、生物の定義について面
白い問いを立てている。

曰く、
「次のうちで生命に近しいものは何か?

1.雪の結晶
2.精巧に作られたロボット犬
3.トルネード(竜巻)」

さて、どれでしょう??

634 :名無しさん@3周年:03/11/17 00:48
>>632
そのとおり。肉食自体はあまり問題でなく、殺生行為そのものを問題視します。もちろん瞑想実践の上で肉を体に取り入れる弊害は多々あるようですが、それよりも布施されたものに頓着しないことのほうが大事ですから。

で、問題は食肉業者等々ですね。人間が肉食したいという執着=需要を持つ以上、供給を担うものが生まれるのも仕方の無いことです。
でもこれらは最終的になくなるべき業者ではあると言えます。すべての人間が肉食への欲望を絶てば自然に無くなりますから。
最終的にはすべての人間、生物が輪廻の輪を脱し解脱するわけですからすべての生物がなくなるのでしょうが、それは宇宙の果て問題同様、ブッダは「黙して語らない」でしょうね。いくら考えたってわからんことはわからんのです。

635 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/17 01:05
タイのビクに聞いたのですが、ビクは料理をしてはならないそうです。
それは野菜でさえも切り刻まれると死んでしまい殺生する事になるからだそうです。
と言う事は野菜も生き物として見ているようです。だから厳密に殺生戒を守ろうと
すれば、誰かが殺生し料理してくれたものを食べるしかないのでしょう。また森林
に住んで一人瞑想に打ち込むビクは、水を飲む時に微生物を飲みこまない様に「ろ過」
する道具を持ってるそうです。食べ物は数日に一度信者さんが運んで来てくれるらしい。

636 :名無しさん@3周年:03/11/17 01:07
>>634
なんで解脱すると生物がなくなるのだ??
わけわからん。
どっかの教義か?

637 :名無しさん@3周年:03/11/17 01:09
『ブッダの言葉 スッタニパータ』より。
「この世で欲しいままに生き物を殺し、他人の
ものを奪って、かえって彼らを害しようと努め、
たちが悪く、残酷で、粗暴で無礼な人々、
――これがなまぐさである。肉食することが<な
まぐさい>のではない。」

638 :634:03/11/17 01:11
>>636
簡単なことさ。解脱とは輪廻転生の輪から抜け出すこと、つまりこの世だけでなくあらゆる世界に再び生物として転生しないことを意味する。
逆に言えば、この世にあるあらゆる生物はなにかしらの「因」によって生まれてしまったわけ。

どっかの教義どころか、このスレの原始仏教においては根本的な教義です。

もっとも、本当にすべての生物が一つ残らず因を滅し解脱できるかなんてのは、宇宙の果て問題と同じで「?」なんですけどね。

639 :名無しさん@3周年:03/11/17 01:16
>>638
じゃあ、初めからスレ読み直そうね。

640 :634:03/11/17 01:18
>>639
はぁ?

641 ::03/11/17 01:51
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1062907375/l50
テラワダすれ、4649。

642 :名無しさん@3周年:03/11/17 01:53
政治、朝鮮問題、日の丸、宗教等に関するHPを立ち上げました。
宜しかったら観に来てください。
アドはhttp://p-kazuak.hp.infoseek.co.jp/index.htmです。
BBSなども用意しておりますので遠慮なく書き込んでください。
私と一緒に語り合いましょう。


643 :名無しさん@3周年:03/11/17 02:45
来年から選挙権持つウヨクの兄ちゃんかい。

644 :名無しさん@3周年:03/11/17 03:01
ブッダは都合が悪くなると黙るな。
インフォームドコンセント精神に欠けていたんだな。

いちいち納得できるまで説明してたら、
費用対効果の観点でアホくさく思えるのかもしれん。

645 :名無しさん@3周年:03/11/17 03:32
>>634
転生せずとも化身するのであれば地球は生物で
溢れかえることになる。

解脱と生命・生物の不存在とは何の関連性も無い。
もっと自由だよ。

646 :阿呆陀羅經 ◆uY56yOcNSg :03/11/17 11:01
原始佛典における衆生・有情の定義として「五薀を有するもの」というものがみられます(相応部など)。ご参考まで。

647 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/11/17 12:51
携帯から入力したもんでトリップが変わってしまった。失礼!

648 :名無しさん@3周年:03/11/17 14:22
衆生と有情の違いって何?

649 :名無しさん@3周年:03/11/17 17:54
>634 解脱ってのはとりあえずの目的にすぎないよ。それが難しいんだけどさ。
ていうか、>645が全部言ってた・・・

650 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/11/17 19:27
衆生と有情は同義と考えて差し支えないと思います。

651 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/18 01:41
阿呆陀羅さん、お久しぶり。
はっきり覚えていないのですが、sattvaの訳は羅什以前の旧訳では、主として衆生
と訳してましたが、玄奘が有情と訳してからは有情と訳されることも多くなったの
だと思います。また、有情とは心をもつものと言う意味であらゆる生き物を指し、
それに対し心を持たない山川草木等は非情と言われます。

652 :名無しさん@3周年:03/11/18 05:29
心とは?

653 :太刀山型の土俵入り:03/11/18 07:09
>>632
>釈尊や仏弟子達は托鉢の喜捨によって食いつないでいたので、あれこれ注文をつける
>訳にはいかず、肉食していたようです。当然、現在の上座部ビクも肉食しています。

こんなしみったれた理由じゃなくて単純に肉食とか屠殺自体罪業だっていう認識が
なかったてんならいくらかましなものを



654 :お釈迦様:03/11/18 15:52
問題
お釈迦様が亡くなられたとき。
火葬にされたのでしょうか、それとも土葬でしょうか。


655 :お釈迦様:03/11/18 15:54
問題
お釈迦様は過去世に地獄へ行ったことがあるでしょうか。


656 :名無しさん@3周年:03/11/18 18:26
>>654>>655
邪魔はしない。死ぬまでそういうことを考えてなさい。

657 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/11/20 15:31
仕事で方々流浪して昨日やっとこ帰宅しました。ゆっくり過去ログでも読んでまたぼちぼちカキコします。あ〜
しんどい(笑)。

658 :名無しさん@3周年:03/11/24 04:49
>>655
> 問題
> お釈迦様は過去世に地獄へ行ったことがあるでしょうか。

つーか、今地獄にいるのかもよ。自筆でテキスト残さず,後年解釈に混乱をもたらした罪で。
王族出身で文字書けるのに書き残さないなんって,伝説作りしたかったんじゃないかな?


659 :チャカ:03/11/24 11:49

ま、               無常ッスから。

660 :名無しさん@3周年:03/11/26 01:27
>>658
あなたの考え方は一理ある。
曖昧にして気を持たせたままにしとけば、勝手に神格化してくれるしネ。
文字に残せば、“一思想家”になっちゃっただろうね。

661 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/26 02:21
紀元前2500年前後にインドに出た宗教家、修行者、求道者等々の中で
自分の教えや信念を文字に残した人物っているのだろうか?

662 :オダムドー:03/11/26 02:23
だから、ムジョーつってんだろ。わかんねぇ、ヤシだな。

663 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/11/27 16:42
>>658
面白い事をおっしゃいますね。
文字にする事と阿羅漢の数の減少はすくなからず関係があるのでは
ないかと思いました。

強いて言うのならば、
文字は、視覚の言語。
口伝は、聴覚の言語と考えさせていただきます。

>>97-98 での666改さんのご指摘どおり、
確かに、人間の視覚はあてにできないと感じました。
振り回されているし、騙されやすいです。

664 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/11/27 16:44
凡人の視覚とは、たいてい在ると見る。
つまり、時間を止めるようにして、形で理解をしてるように思います。
真実はみてはいなそうです。

文字で法を表す事は、無意識の内に時間を止めて考えるのにつながり、
それにより、恒常的に存在をしているように感じて
空に徹しきれない障害の一つに思います。
(実際のところ、書をみて、空であるより、有と捉えてしまってると思う。)

さらに、その法は絶大なので、特別視をすると思うのです。
難しい事に、心の底でどうしても、空を色と考えてしまう。

665 :くぅ ◆8x8z91r9YM :03/11/27 16:46
しかし、聴覚の言語ならば、時間を止めて考える事は非常に少なくなります。
法を声に出せば、その音はたちまちに消滅をするからです。
覚えていること自体は、有かもしれませんし、
音を認識している事が有では確かに言えると思いますが
こちらの方が
有に縛られない。そんな気がします。

法のテキスト化はされてしまっているので、仕方ないですが。
ところで、初めから視覚に頼らなければ良いのか?
という極論では決してありません。

釈尊の真意や、その辺の事実は知りません。

666 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/27 22:17
古代インドでは聖句は口伝で伝承されるものだったからでしょう。
確かにくぅさんのおっしゃるように伝聞の方が空・無常を感じますね。

667 :名無しさん@3周年:03/11/27 22:36
悟りはねぇ、何にも迷わないことなの。
論ずることもなく、静かにしてなさい。
みんな林の中で瞑想して、脳をスッキリ
させなさい。
そして「今日われらは美しい太陽を見、
美しく晴れた朝に逢い、気持ちもよく
起き上がった。」そんな人になりなさ
い。

668 :名無しさん@3周年:03/11/27 23:27
坐ってるわたすの隣で、さっきからゴソゴソゴソゴソしてる
ムカデくん、どうにかしてもらえませんか(鬱・・・・

669 : :03/11/27 23:46
ムカデくんと一体化しなさい

未熟者めが

670 : :03/11/27 23:52
>>667
>「今日われらは美しい太陽を見、
>美しく晴れた朝に逢い、気持ちもよく
>起き上がった。

美しいものへの愛着を断ちなさい

土砂降りの雨の中にも、美しい太陽をみなさい




671 :634:03/11/28 00:57
>>670
おいおい、釈尊は晩年に「この世はなんとも甘美なものだ」とかなんとか言ったはずだが。

672 :名無しさん@3周年:03/11/28 02:34
ドシャ降りの雨は「甘美なもの」では無い。と言いたいのか?
何故に?

673 :名無しさん@3周年:03/11/29 01:48
>670はあくまで譬えでしょ

674 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/11/29 16:19
さてさて、ぼちぼち書き込みを始めましょうか・・・。

ちょっと復習のつもりで。私の>>114のカキコに関連する事柄なのですが、ブッダの無記あるいは捨置答の文脈
における「タターガタ」とはパーリ佛典の註釈(アッタカター)文献や、失訳の『別訳雑阿含経』では「衆生=有情」あ
るいは「我」を意味するとされています。しかし、考えてみると「タターガタ」の原意は元来上記のようなものであり、
その意味を「如来」や「如去」と捉えるようになったのはむしろ後世にゴータマ・ブッダが権威化あるいは神格化さ
れる過程で起ったことなのではないかと推測されます。たとえば原始佛典の古層とされる『スッタニパータ』に所
収の「マハーヴァッガ」の「セーラ」の部分に「如来十号」の原型と思われるものがみられますが、そこには、

   すなわち、かの師(バガヴァー)は、真の人・さとりを開いた人・明知と行いを具えた人・幸せな人・世間を知
   った人・無上の人・人々を調える御者・神々と人間との師・目ざめた人(ブッダ)・尊い師であるといわれる。

という記述はあっても、「タターガタ」の語は現れません。これは「如来」の概念が後世の付加であるという傍証と
なるのではないかと思われます。それを前提にすれば、『スッタニパータ』など原始佛典の古層に記される「タタ
ーガタ」を一般名詞としての「衆生=有情」や「我」の意味にトレースして読むことも可能なのではないかと考えま
す。

675 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/11/29 16:31
>>451で電波男さんがご提案の、
 
   「原始仏教における不可知論と無限について - 周辺思想を巡って」

の論題に非常に興味をそそられます。新たな知見が生じる予感がしますので何らかの論題(?)が提出できればと
思っています。


676 :粘土:03/11/29 19:37
釈迦が修行時代に飢え死にしそうになった人が現れたら煮えたぎるなべに飛び込むべしと教えられていた。
でっ、実際にそのようにしたところ熱湯につかる0.1秒前に熱湯が氷に変わった。
同じようなことが新約聖書にも書かれている、つまり自分のではなくて人の利益を求めよと。
これらは煩悩を殺すことによって真実がよりよく見えるようになるという諭であり、ジョージ・ソロスのような慈善家と投機家が同一であることを証明するための骨組みになっている。

677 :名無しさん@3周年:03/11/29 22:08
>645
>これは「如来」の概念が後世の付加であるという傍証となるのではないかと思われます。
>それを前提にすれば、『スッタニパータ』など原始佛典の古層に記される
>「タターガタ」を一般名詞としての「衆生=有情」や「我」の意味にトレースして読むことも
>可能なのではないかと考えます。

非常に重要な事だとは思いますが、
えーと、それでは我々はどうすればいいのでしょうか?

安易↑



678 :名無しさん@3周年:03/11/29 22:30
如来十号の原型になる部分に対応する人格≒修行完成者

 と

タタガター 一般名詞としての「衆生=有情」≒「我」

 に

さほどの差がないとなると

困る人続出!!

と成ると思います。
ちなみに俺は困りません。

679 :名無しさん@3周年:03/11/29 23:41
阿呆陀羅經様
知識の有る方たちはおおよそ撤退したみたいだし、
(他の仏教関連スレを見る限り)
電波さんのMLでボチボチやるのがいいのでは?



680 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/11/30 02:01
本格的な議論は電波さんのMLの方でやられると思いますよ。
2ちゃんはそこへ案内するロビー的な場所として活用していけばいいのでは?
見てる人は圧倒的に2ちゃんの方が多いのだしね。

681 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/02 01:25
釈尊は戦争についてどういう態度だったのだろうか?
一貫して平和主義に見えるが実際の所はどう思っていたのだろう?
釈迦族がコーサラ王に殲滅される時も、最後には止めなかったようだが・・・

682 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/02 02:04
>>681
おお、いいねいいね。「原始仏教」の盲点。

日本仏教学会編で女性差別に関する論文集が昔出てたと思いますが
「戦争」については確かでてなかったような…。どうだっけ?

683 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/03 01:48
釈尊には女性蔑視の傾向があるという話は以前からよく耳にしますね。
始めは比丘尼の出家を認めなかったとか、女性器に挿入するくらいなら
毒蛇だったかな?の口に挿入する方がまだマシと弟子には言ったとか。

当時のインドなんかしょっちゅう戦争していたと思うんだけど、政治との
関わりを避けようとする釈尊の姿勢は語られていますが・・・

684 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/03 02:34
ふうむ。ベロさんはどうですか?政治との関わり。

ぼくは一応、支持政党無し、支持政策無し。で今のところやってるつもりです。
人格と志に迫力を感じる人であれば、どこにだって何にだって投票。なんて。
まあ、それもだいぶ怪しいんですけど、人に聞かれたらそう説明しておこうかな。
ってなぐらいのものでして。。変な先入観を受けるのはちょっとなあ。なもので。

いや、これってまさに平和ボケそのもので、全然ベストじゃないんですけど、
…悩みますね。なかなか。

って、スレ違いっぽいかな…。ははは。

685 :     :03/12/03 23:36
サットヴァとタターガタは、どちらも有情と訳されてるようですが、違いがあるとすれば、
どこがどう違うのだろうか。
タターガタは、tathaとagataを区切って、シナ仏教では、如来と訳したらしいですね。
如来という呼称は、中国や日本だけの概念だと思います。


686 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/04 00:01
>>685
> タターガタは、tathaとagataを区切って、シナ仏教では、如来と訳したらしいですね。
> 如来という呼称は、中国や日本だけの概念だと思います。
神格化された「タターガタ(如来など)」の呼称は、たとえば南伝分別説部ではブッダゴーサの著書などにも
記されています。 「如来」の概念そのものは南伝北伝共通であると思います。また、チベットでは「如去」の
解釈が主流のように聞きますね。


687 :電波男Ψ(´д`)Ψ:03/12/04 08:16
>>685
tathAgataの複合語を分解すると2つの解釈が出来る。
tathA-gata :如去
tathA-Agata :如来

これはインドからすでに大論争になってるんだよ。また、漢訳でも「如去」や「善逝」などがあるんだよ。

688 :685:03/12/04 18:49
確かに「善逝」という漢訳はありますね。m(__)m
どうなんでしょうか、大乗仏教においては、逝くよりは、来ると訳したほうが、
衆生に密着した、救済者的性格が強く出るように思います。
「如来」という訳のほうが、中国や日本の仏教ではメジャーだし、認知度も高いと思うのは、
わたしが不勉強だからだろうか。
また、南伝仏教でも「如来」は同じように幅広く使われているのでしょうかね。

お二方のように博識ではないので、あまり込み入った論争は出来ません。
唯、ごく素直な自分の感想を述べたまでです。



689 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/04 20:09
>>684、NBさん
僕が政治で重視するのは日本国憲法ですね。
国政選挙では各政党・各候補者の憲法に対する考え方を見て投票しています。

>>687、電波男さん
僕はtathAgata本来は「如去如来」と訳すべきものが、如去が省略されて「如来」
になったんだと思っていました。「菩提薩多」が「菩薩」と略されるように。


690 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/04 22:25
>ベロさん
「tathAgata=去来するもの=衆生・有情・我」なのかもしれない。トンデモかな(笑)。

691 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/05 00:47
ぼくは菩提薩多摩訶薩多の略が菩薩かと思ってましたよ。…なんて、うそうそ(w

>>689
日本国憲法ですか。。それ言っちゃうとデウス・エクス・マキナ。
(いえ、この前マトリックスの三作目観てきたばっかなんで…)

出家者は主権者としての地位も捨て去るべきなのか?
捨て去るべきなんだったら、それって憲法否定ですしね。カルトかもしんない。
捨て去らないべきなんだったら、それこそ律蔵の再解釈がほしいところ。

現代社会って、まさに仏教史上の未曾有の出来事なんですよねえ。
つまり現代の「原始仏教」は、歴史上の「原始仏教」の再解釈という面は否めないわけで。
(あ、「原始仏教研究」は別ですよ)でも、その意味では「大乗仏教運動?」と同じですね。
まあ、原始仏教の中の人も大変ですね。ってことで。

いや、電波男さんも阿呆陀羅經さんも復活なさってるみたいですし、放置で結構なんですけど。

692 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/05 04:09
相変わらずNBさんのおっしゃる事は、僕にはよくわからないです。
>>284のレス見て、僕の選挙や政治に対するスタンスを尋ねておられるのかなと
思って、僕は憲法を重視すると言ったのですが、それが出家者の主権放棄や
憲法否定や律蔵とどう関わってくるんでしょうか?それと原始仏教の中の人が
大変とおっしゃるのも何が大変なのかよくわかりません。

693 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/05 07:51
>>692
参照のレスは>>284ぢゃなくって684ですよね。わざと?たはは。
いえ、相変わらずですか…。申し訳ないです。修行し直します。

694 :名無しさん@3周年:03/12/06 02:51
29歳までお城で酒池肉林三昧だったらその後、修行に入ってもいいな。
もうやりまくりだったんだろうなぁ...いいなぁ。
全ては王子の言うままに。どうんなプレイも。はぁはぁ。

695 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/06 02:56
>>684のミスでした。申し訳ない。

いや相変わらずと言うの悪い意味ではなく、なんていうかNBさんのレスは相手に行間を
読ませるような省略が多いかなと感じましたので。とても印象には残るのですが・・・

NBさんのおっしゃりたい事をもっと行間を読まさせない様に細かく説明して
下されば>>691のレスでおっしゃりたい事が僕にも理解できるかもしれません。

696 :@  @:03/12/06 13:46
>>694は、キリスト教で言う「ラクダが針の穴を通ろうとするようなもの」
を彷彿とさせるね。。。

697 :名無しさん@3周年:03/12/06 22:04
>>695
行間を読ませようという奴の大半は、実は行間などなくて勝手に相手が都合よく難しく解釈してくれるだろうってのを期待しているに過ぎない。
机なんたらというのがその典型だ。
NBも反省すべき。スレに合わない。


698 :名無しさん@3周年:03/12/06 22:24
さすがに、もともと相手のことなどお構いなしのシクエと一緒に
するのは可哀想では(w

699 :名無しさん@3周年:03/12/06 23:36
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 。

700 :実行委員長:03/12/07 01:19
止息経祭り開催中。

701 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/07 01:46
>>695
できるだけ長文にならないようにとは気を使うんですけども、、、

いや、簡単に言えば
現代日本なら、出家者たる釈尊もやっぱり国民主権の権利行使に選挙に行って
清き一票を投票なさるのでしょうか?と問いたいだけです。

原始仏教と平和主義について考えるなら、外せない問いじゃないかと思ったもので…。

まあ、しかし、スレに合わないのはそうなのかもしれませんので、これ以上はやめときます。

>>697
一応>691で放置で結構とことわってはあるんですが…。デムパカキコ反省します。。

>>698
(´д⊂)


702 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/07 01:52
まあ、そういえば、原始仏教でも滅諍法とか、律蔵はあんまり話題に上らないよねえ…。。

703 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/07 04:19
NBさん、そう言う意味でしたか。
所詮妄想にすぎませんが、もし釈尊が現代日本に生きて出家生活を送っていると
仮定すれば、投票にも行くんじゃないかと僕は思いますね。

滅諍法や律蔵の話などもやっていきたいのですが、如何せん知識が乏しいのと、
そこに行くまでに輪廻転生の話で延々同じ事の繰り返しですから・・・

704 :自分党:03/12/07 10:33
政治屋どもに説教
               キボンヌ!

705 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :03/12/07 10:47
ROM記念

>>697
>机なんたらというのがその典型だ。

おやおや・・・

合掌



706 :         :03/12/07 12:08
机にも説(以下、略

707 :名無しさん@3周年:03/12/07 12:30
>>703
ベロさん。
睡眠から逃れるような行動、なかなか寝ないというのでしたら
それはやめた方がよろしいと思います。

世の人達は、すべてを意識していたくて(幻想)
(あるいは、まだ寝たくないという未練)
コンビニなんぞを作るまでに至ったという話しもありますが
ベロさんは、逆に寝る時そのものを意識するようにしたら
どうでしょうか?

708 :名無しさん@3周年:03/12/07 12:41
>>701
横槍ですが。
釈尊ならば、この苦海のような日本を悲しんで
巧みに、日本に大きな影響力を与える動きをすると思います。
場合によっては、わざわざ僧侶にならず総理大臣まで
登りつめて、世の中を変えるような行動に出てもいいと思います。

そしかし出家をしているのだったら、俗世間から離れるという意味では?
社会のルールを飲み込むのは在家だけじゃないのでしょうか??

709 :名無しさん@3周年:03/12/07 17:42
>>708
仏典にも出て来ますね
転輪聖王というのが

710 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/10 02:57
>>707
僕は1日約5〜7時間は睡眠取ってますよ。

711 : ◆ndYgSALjEQ :03/12/10 04:53
>>708
横レスすみません。
私は、すでに釈尊は、「この苦海のような日本を悲しんで
巧みに、日本に大きな影響力を与える動きを」
すでになさっておられると思います。
われわれが、法について語るとき、そこにはすでに
釈尊がおられるのです。
釈尊はわれわれの認知できない方法をもって、
人類はじめ一切の衆生を幸福に導こうと日夜説法して
おられます。

712 :名無しさん@3周年:03/12/12 17:05
誰もいないとこであれ、説法するのが僧侶だよねぇ。生臭坊主はやってないだろうけど。

713 :名無しさん@3周年:03/12/13 14:16
雲一つなく澄んだ、冬の晴天。

「死ぬにはいい日だ。」

まさに、まさに。

人身事故処理待ちで駅に停車中の電車の中の、

なごやかな土曜の午後。


政治の話なんかしとらんで修行せんの?!

                 皆の衆!!

714 :名無しさん@3周年:03/12/14 18:14
修行もするべき。けど勉学も同時に修めた方が良い、、、、と思う。
どっちか片方しかしないのは片手落ちだと思う。
(仏の道に入る事のみ考えて、勉強を疎かにしてると、今の世は
腐ったカルト団体が跋扈してるから)

両方とも師を見付けないと苦労しそうだけどね。
師事するに足る、と感じた人を見つけられたらそれは望外の幸福かと
思うよ。


715 :名無しさん@3周年:03/12/16 00:57
>>711

縁起を見れれば、すべてがしっくりですね。

仏が見えるってどういう事なんだろうなあ。
釈尊が涅槃っていっても、涅槃も空のありかただし。
つまり、あれかな。空を観察する事が
釈尊を観察している事にもなるのかな。
色で捉える事がまったくなくなった状態を涅槃と呼ぶに過ぎないのかな。

716 :名無しさん@3周年:03/12/16 04:52
電波男Ψ(´д`)Ψ大好き!
実は,ファンです。(ポッ)

717 :名無しさん@3周年:03/12/16 16:15
原始仏教の住人さんに質問です。

釈尊の生きとし生けるものへの「憐み」は欲ではないのでしょうか?
果たして、それでいて涅槃をできるものなのでしょうか。
そもそも涅槃についてはどの教典に出てくるのか教えていただきたいです。
P.S. 他のスレに釈尊の生まれ変わりが登場しました。

718 :名無しさん@3周年:03/12/16 22:32
age

719 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/18 03:35
>釈尊の生きとし生けるものへの「憐み」は欲ではないのでしょうか?

ある意味「欲」でしょうね。ただし執著を伴った「我欲」とは言えないでしょう。

>果たして、それでいて涅槃をできるものなのでしょうか。

「我欲」を滅し「安らぎ」を得るのが「涅槃」ですから問題ありません。

>そもそも涅槃についてはどの教典に出てくるのか教えていただきたいです。

たくさんあります。手に入りやすいものでは『ブッダのことば・スッタニパータ』
中村元訳註・岩波文庫の第5章等を読まれれば「涅槃」について出て来ます。
ちなみに「涅槃」とは「安らぎ」の事ですね。

720 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/18 03:38
>P.S. 他のスレに釈尊の生まれ変わりが登場しました。

釈尊の生まれ変わり等と言うのは大川隆法みたいですね。
釈尊は決して生まれ変わりません。釈尊自身がおっしゃています。
インチキカルトに騙されないよう注意して下さい。


721 :名無しさん@3周年:03/12/18 09:04
>>719
>>釈尊の生きとし生けるものへの「憐み」は欲ではないのでしょうか?
>ある意味「欲」でしょうね。ただし執著を伴った「我欲」とは言えないでしょう。

どっかの糞スレでNBさんがこんな発言をしていたぞ。
「他力」を説明して曰く
>成仏への執着を離れせしめて、しかも成仏道を歩ましめる為の如来大悲回向の法門です。

「憐れみ」を成仏と関連付けたとたん、それは我欲へと転落するのか?

722 :名無しさん@3周年:03/12/18 19:55
>>719
ベロさんありがとうございました。
【執著を伴った「我欲」】ですか。
なるほど、我々の愛欲とは違いそうですね。

そもそも、愛というのは人を特定していますよね。
愛の対象→生きとし生けるもの (憐み?)
ならば、我というのは変ですね。
人の苦しみを正確に汲み取る事が可能であると。

涅槃は衆生と突き詰めたら、一緒だと聞きましたが、
華厳宗の「一即多、多即一」の縁起の思想に比しますと
生きとし生けるものと自分の関係をそのように認識できれば、納得ですが。

人を憐れむのに、安らぎを得る。。。
もしこれを矛盾無くするのならば、人間としての役目を
十分果たしたという事なのかと思ってしまいました。
その「安らぎ」を思いとどまって、説法をされたのですから。

723 :名無しさん@3周年:03/12/18 20:08
>>720
これみて、笑っちゃいましたよ。

0.自灯明法灯明
1.涅槃をしなければ、凡夫が必ず拠り所にする。
2.転生をしたというのなら、無記の意味を成さない。
3.釈尊自身が我を認める事になる。

724 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/19 01:26
>>721
いわゆる大乗の立場から見ればNBさんのおっしゃる事は妥当でしょうね。
大乗では成仏に執着することさえ我執と捉えますから。
確か良寛さんだったか「悟りとは悟らで悟る悟りなり、悟る悟りはうその悟りぞ」
とかいう歌を詠んでいますね。声聞や縁覚のように自身が成仏したいと願い求める
気持ちが強い故に他者に対しての慈悲の気持ちを忘れる事を、大乗では一番戒めて
います。地獄に落ちるよりも二乗(声聞・縁覚)になる方が不幸とまで言ってる。
さらに大悲センダイと言って、菩薩はあらゆる衆生が自分より先に成仏するまで、
自分は決して成仏しないと誓うと言う思想にまで発展します。利他行の極致ですね。

ただ原始仏典の資料や釈尊のお考えからはそこまで言えるかどうかは僕には疑問です。
自利がそのまま利他となる自利利他円満の行為・言論・思想が仏教の基本だと思います。

さらに真宗は、自力の行者や弥陀の本願を疑う人に対してはトコトン排除されますので
全ての衆生に開かれている「如来大悲回向の法門」とは言ってもその利益を受益できるの
は信心を得た念仏者のみですけどね。

>>722
>涅槃は衆生と突き詰めたら、一緒だと聞きましたが、

『大乗起信論』には「大乗とは衆生心なり」とありますし、
『中論』にも「如来の本質と衆生の本質に異なる所は何もない」みたいな事が
書いてありましたね。「縁起しているあらゆる存在は無自性であり空を本質とする」
と言う事を悟り「とらわれ=執著」と言う苦悩を克服されたのが釈尊でしょうから、
大乗にもその精神はしっかりと受け継がれているとは思います。

725 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/19 08:10
>>724
まあ、二乗が「菩薩の死」は大乗の基本でしょうけど、

>声聞や縁覚のように自身が成仏したいと願い求める気持ちが強い故に
>他者に対しての慈悲の気持ちを忘れる事を、大乗では一番戒めています。

という言い方には疑問を感じます。慈悲は「行」でもあるわけですし、なによりも
智慧を離れて存在するものではないでしょう。唯識の転識得智の四智はそのことを
顕しているんじゃないですか?今思いつくかぎりで言うならば。
別に唯識に限らずとも、どちらかというと智慧より慈悲を出だす局面のほうが
強調される場合のほうが多いように思いますが。
「原始仏教」とやらとの思想的兼ね合いで見るならば、「梵天勧請」の捉え方は
どのようにみることができるのでしょうか?

つうか。
>さらに真宗は、自力の行者や弥陀の本願を疑う人に対してはトコトン排除されますので
>全ての衆生に開かれている「如来大悲回向の法門」とは言ってもその利益を受益できるの
>は信心を得た念仏者のみですけどね。

これは目を疑いましたね。ベロさん。「三願転入」や自力と「信罪福心」との関係あたりを
最初から見直してほしい。いやしくも本願寺派の門徒をお預かりする立場にあるんでしょう?
ほんとに悲しいですね。

罪福ふかく信じつつ 善本修習するひとは
 疑心の善人なるゆゑに 方便化土にとまるなり


で、最後に言っておきますと、ぼくにはなぜ>721さんがぼくのレスを引用なさったか今ひとつ
意図がつかめません。ですから、それに対するベロさんのレスも基本的に意味不明です。



726 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/19 20:37
>>725、NBさん
>これは目を疑いましたね。ベロさん。「三願転入」や自力と「信罪福心」
>との関係あたりを最初から見直してほしい。

NBさんからそう言われれば僕は光栄に思いますよ。方便化土では真実報土の利益を
受益できる訳もないと思いますが。確か『一念多念証文』にも自力の行者は本願の
行者ではないから摂取の利益にはあづかれない、照らされない、摂めとられない、
護ってくださらないって出てましたよ。まぁ僕には真実報土でも方便化土でも、
そのような現実味のない観念論は今となってはもうどうでもいいんですが。

>いやしくも本願寺派の門徒をお預かりする立場にあるんでしょう?
>ほんとに悲しいですね。

僕もホントに悲しいです。一刻も早くそう言う立場を退いて、本派の僧籍など
とっとと返上したいのですよ。得度して10年近くになりますが、僕には真宗や
寺院社会の良さなんて、ついに何もわかりませんでした。暴言妄語申し訳ない。

727 :名無しさん@3周年:03/12/20 00:46
>>725
>「原始仏教」とやらとの思想的兼ね合いで見るならば、
>「梵天勧請」の捉え方は
>どのようにみることができるのでしょうか?

批判的なものの言い方ですが、傍観しているわたしとしては
証明が出来ない事。
つまり、肯定も否定も出来ない事は議論をするのは推測の域になって
論議の意味を成さないと思いますが。

梵天勧請は明らかに、釈尊個人の主観でありましょう。
また、悪魔というのも釈尊個人のものでしょう。

わたしから、言わせてもらえば、そういった形而上のすべてを
理解するためにも、あなた自身が智慧を手に入れるのではないのですか?
無記を理解する能力を。

>>ベロさん

すると、衆生も本来は如来そのものだけど、無明に覆われているから
そこに分別が生じると考えます。
如来も我々と相依性がある。
しかし、真実は不二だ。………だから、仏性ありっていうんですか?

728 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/20 01:03
>>726
『一多証文』の該当箇所の原文をうpしてほしいような気もしますが、
まあ、いいです。そんな見識の論拠にいきなり『一多証文』とは…。
とも思いますが、まあ、いいです。スレ違いでもありますし。
自分が断定した事柄の論拠を「確か〜出てましたよ」で済ましてしまえるなら、
何の仏教を求めたって同じことでしょう。
光栄に思いますだのなんだのと、そんな甘ったれた独善は知ったこっちゃないです。
「僕もホントに悲しいです」なんて言われたって何の心も動きやしませんね。

729 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/20 01:06
>>727

>梵天勧請は明らかに、釈尊個人の主観でありましょう。

というのも学問的な一方法論・あるいは一思想的立場から得られた
結論にすぎませんよ。なんら「明らか」ではありません。
ねむいです。あしからず。

730 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/20 02:02
>>728、NBさん
今調べたら『一念多念証文』のソースは、お手持ちの『浄土真宗聖典註釈版』
P683-684に出ていますのでご覧下さい。それにしても今読み返すと、かなり強引で
排他的な思想ですね。阿弥陀以外の仏を念じる事も、称名念仏以外の善根を積む事も
すべきでないと書いてある。こう言う思想は現代に通用するのかな?

別に僕が悲しいからと言って、NBさんの心までを動かそうなどとは思ってませんよ。
NBさんは浄土真宗のみおしえに出会われてよかったのですからそれでいいのでは?
僕は浄土真宗の法門に縁がなかったと言うだけの事ですよ。

>何の仏教を求めたって同じことでしょう。

何がどう同じ事なのかよくわかりませんが、僕は自分なりに「釈尊」の思想や
生き方を求め、自分に出来る事から実践していますので、お互い精進致しましょう。

731 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/20 02:17
>>727さん、
>すると、衆生も本来は如来そのものだけど、無明に覆われているから
>そこに分別が生じると考えます。
>如来も我々と相依性がある。
>しかし、真実は不二だ。………だから、仏性ありっていうんですか?

そうですね。『中論』には「業と煩悩は分別より生ず」とあります。
仏智は無分別智や無生法忍とも言われますし、分別する事から苦悩が生じます。
ただ人間は分別しなくては生きて行けないのも事実です。ですから分別したものに
固執せず、サラサラ流し去ればいいんだと思います。で「仏性あり」とは言っても、
仏性と言う何かアートマン的なものが内包されている訳ではなく、縁があれば誰でも
執著や分別や苦悩を克服し得る可能性があると言う事だと僕は考えます。

732 :名無しさん@3周年:03/12/20 10:22
>>729
あくまでも、主観を排除した事を前提で話しているのではないですか?
あくまで、皆が理性的に共有するところではなしているのではないですか?
我々が梵天の存在を確認できないので、世間では主観というでしょう。
たとえ、無知だとしても。初めから、主観は排除しているのだから。

それを拒絶するなら、論議なんぞ参加せずに
阿含経の実践でもしているのが良いのではないですか?
食いついてる暇があるなら、修行して理解できる脳を作ったらどうですか?

733 :名無しさん@3周年:03/12/20 11:40
念仏といっても仏の色相光明を念じるのは観仏三昧であるが、この念仏によって仏身
と同体の仏性をこの身に観想するなどは、智慧もおぼつかなく心も浅劣な自分らの境
界ではない…。仏の身相を観念せず、ただ仏の御名を念ぜよ。われわれ凡夫は何かと
障害が多く、観想念仏など出来はしない。さればこそ釈尊が憐れみをたれて、称名念
仏をひたすらにおすすめ下されておいでなのだ。

                            ―――法然『要義問答』

@理想の修行形態とは、七科三十七道品を修することにあるだろうけども、そのような好環境
 を与えられるとしたら、余程の有徳な人には違いない。法然という坊さんは、ちゃんと時代
 を見据えていたに違いない。


734 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/20 12:10
>>732
「原始仏教」なるものの場合、教理理解の前に教理研究の方法が問題となることは
ご理解いただけますよね?
「主観」とやらを排除したからといって、それがただちに客観性になるわけではないですよ。
ことに「客観性」の根底に「理性」なるものをおくことについてはかなり昔から疑問が
提出されています。
それが通用したのは「原始仏教」なるものがはじめて提唱された明治時代の話です。
また、「原始仏教」なるものの成立にあたっては当時のキリスト教神学の一派から
の影響を認めることができます。

ちなみに蛇足ですが、「人間釈迦」の観念をはじめとする「原始仏教」なるものの成立
にあたって真宗僧侶が果たした役割は大きなウェイトを占めるものです。
ダンマパダを、日本仏教には未知の優れた経典として招来して翻訳作業などを行った人々
も真宗僧侶でした。だから何?という議論をあなたとするつもりはありませんが。

明治仏教の思想的状況を、一度勉強されてみてはいかがですか。
以後はレスしませんので、またまたあしからず。

735 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/20 12:13
ご無沙汰です。

ブッダの説法決意のきっかけ、いわゆる「梵天勧請」ですが、そこに記されている事柄をそのまま「大乗」に結び
つけることは可能なのか吟味する必要を感じますね。『サンユッタニカーヤ』第1集の「梵天に関する集成」など
を参照してください。また何故にここで梵天が登場するのかも併せて考えるのも興味深いでしょう。

それとここは原始佛教スレッドですので、真宗の教義についての突っ込んだ議論はご容赦のほどを。

736 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/20 17:10
>>734
お久しぶりです。

>「主観」とやらを排除したからといって、それがただちに客観性になるわけではないですよ。
>ことに「客観性」の根底に「理性」なるものをおくことについてはかなり昔から疑問が
>提出されています。
「認識の共有という現象と、再生産性と問う」基礎学問以外で、「主観」の排除に関わる理性の疑問視って
なにかありました?ぜんぜん別フィールドだと思いますよ。

>それが通用したのは「原始仏教」なるものがはじめて提唱された明治時代の話です。
もうすこし下って、原始仏教研究史を眺めてください。「主観」と「客観」と言う相対から脱却して、「主観」の意味を
問う傾向が出てきます。しかし間違ってはならないのは、その「主観」であるところの内容は客観視することはでき
ないことです。主観を排除するのではなく、それを表現することの意味を問い始めた時期があるのです。

>また、「原始仏教」なるものの成立にあたっては当時のキリスト教神学の一派から
>の影響を認めることができます。
影響も何も、近代仏教学はバチカンの邪教研究勅命から始まっているのですから。また、本格的な原始仏教研究は
道元からも伺えます。また、近代の原始仏教研究者は真宗僧侶だけには止まりません。荻原雲来をはじめとする浄
土宗僧侶やその他、大勢いることを忘れてはなりません。また、真宗僧侶による原始仏教、チベット仏教研究には、
真宗教儀の優位性、絶対性を誇示し、弥陀の慈悲にすがらせるために導いてやるという動機がそのまま言表されて
います。(たとえば河口慧海)

今ここで真宗批判をするつもりはありませんが、原始仏教を語る際に新宗教儀は無用だということを明確にする
必要を示したいと考えるのです。

727氏は別に癇に障るような物言いはしていないと思いますよ。確かに山口組臭は漂っていますが。(笑)
原始仏教を語る文脈では、私は山口組とはあまり違和感を感じません。

737 :名無しさん@3周年:03/12/20 18:32
常連さんが続けてのご登場ですね♪

>>734
>「主観」とやらを排除したからといって、
>それがただちに客観性になるわけではないですよ。
あなたが正しい。承知しております。主観を抜く事は不可能ですから。
あなたをだしに使ってしまいましたね。 主客は相依性。
幻想客観。一昔の西洋的と表現しましょう。

本当の事を言われると人は怒る傾向があります。
不瞋恚を学びました。NBさんに何かの刺激になりますよう。

738 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/20 18:51
>>736
これはこれは。お久しぶりです。お元気ですか。
阿呆陀羅經さんや電波男さんがレスくださるきっかけになったのならば
ぼくとベロさんの痴話げんか?もまあ、それなりに価値もあったんでしょう。
はは。

「原始仏教」研究が重要な価値を持つことにはなんら異論はありませんが、
原始仏教とは何か?という問いは、それこそ基礎的な研究の蓄積による
結論として答えられるべきものと考えていますので、なんらかの思想的
(あるいは宗教的)立場を前提として原始仏教教理を解釈するような印象を
受けた時には「原始仏教なるもの」と表現することにしてるんです。

>主観を排除するのではなく、それを表現することの意味を問い始めた時期がある
>のです。

については、またおひまなときにご教示願えるとありがたいです。

で、
>真宗教儀の優位性、絶対性を誇示し、弥陀の慈悲にすがらせるために導いてやる
>という動機

については大筋同意しつつも少し言いたいことがないでもないですが、

>原始仏教を語る際に新宗教儀は無用だということを明確にする
>必要を示したいと考えるのです。

はまったく同意です。スレ違い・スレ汚しスマソでした。
(上の「新宗教儀」は真宗教義の変換ミスですよね?電波男さんどうやら
急いでカキコなさったようで、そのへんはどうも申し訳ないです。)

739 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/20 18:53
>>737
ん?  いえ、どうもです。

740 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/22 00:44
またまたスレ違いで申し訳ないんですが、これを最後にしますので許してちょ。
ふと思い立って真宗関係の過去ログ覗いてみたんです。

【マターリ】  浄土真宗《萌え》スレ  【雑談可】
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1048431175/

13 名前:ベロ ◆eOod7XM/js [] 投稿日:03/03/24 03:10
真宗スレがなくなって、どれくらい経ったかなぁ?
ま、ともかく復活おめでとう。僕の好きな言葉は、
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」




ベロさんごめんね。言い過ぎたね。

741 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/22 02:21
NBさん、そりゃ僕にも好きな真宗法語はたくさんありますよ。ただ今の僕には
伝統教団のあり方とそれの根幹である伝統教学に対しての情熱が冷めたんです。
今は上座部や大乗、聖道門・浄土門等の教団・宗派の枠を超え、学問的客観性
を基礎として広く仏教の原理思想を求め、実践する事に対しての情熱の方が熱い
んですよね。で2ちゃん等のネットの中には僕と考え方の近しい方がたくさんおられて
とても勇気づけられてます。例えばこのスレの中では仏教の原理思想と浄土教との
関連を考えてみると面白いと思いますね。

742 :名無しさん@3周年:03/12/22 11:44
私はシャカを尊敬してますが・・・・
現在存在する仏教集団は彼の残した(と思われる)説話と
全く合致しないように思うのですが。
現在の仏教団体はただの「まじない教」にしか見えません。
もちろん、宗教として否定しているのではなく。
(まじないは人間の本能的な一面でもあるんので)

まず彼の遺言での「私の像を作って拝むようなことは決してするな」
ここからすでに間違っているように思います。
私はシャカはこういった「まじない」もようなものからの解脱の
心境を説いているわけで・・・・本末転倒な気がしてなりません。

743 :名無しさん@3周年:03/12/22 12:31
釈迦の遺言を金科玉条のごとく文字面だけで捉えるあなたの原理主義も
本末転倒のような気がしてなりません。

744 :名無しさん@3周年:03/12/22 12:33
>>743
本末転倒の意味がわかっていないようだが?

745 :名無しさん@3周年:03/12/22 12:35
少なくとも現在の日本の仏教団体は
釈迦の思想をほとんど受け継いでいないのは確か。
全く別の形の宗教といえる。

746 :名無しさん@3周年:03/12/22 13:11
意味がわからないから本末転倒というのでしょう

747 :名無しさん@3周年:03/12/22 13:32
>>746
辞書で調べましょう。

748 :名無しさん@3周年:03/12/22 16:03
大英ブリタニカ百科辞典などよろしいかとおもうんですよ。おもうんですよ。

749 :名無しさん@3周年:03/12/22 20:43
>>742
>まず彼の遺言での「私の像を作って拝むようなことは決してするな」
これはどこにあるの?

750 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/22 22:38
>>742
んじゃあ、聞くけど。
確か釈尊は自分の教えを文字に書いて(つまり「経」として)残すな。
って仰せになったんじゃないですか?

「ここからすでに間違っているように思います」よおん。

751 :名無しさん@3周年:03/12/22 22:46
>>750
へー、そんなこと言ってたの。しんなかったよ。
偶像崇拝は信仰からの離脱という観点から容易にその意味が汲み取れるけれど、経にして残すなというのは
どういう意味なのだろう。
しってたら教えてくんさい。

752 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/22 22:46
で、まあ、マニアックな話かもしれませんが、
仏像の成立にあたっては、ほぼ同時期にガンダーラとマトゥラーで別様式によって
出現するんですけど、それってどういう意味が含まれてるとお思いですか?

あ、それから仏像を作る意味について述べたお経も多々作られましたね。
それって、なんでだとお考えになりますか?

753 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/22 22:48
>>751
おお、てっきりレスなんてないと思ってマッタリカキコしてました。

さて、どういう意味なんでしょうね(w

ちなみに「偶像崇拝」が駄目ってのはキリスト教的な観念じゃなかったっけ?
なんで、仏教だとだめなの?

754 :名無しさん@3周年:03/12/22 22:56
>>753
当時のバラモン的信仰生活から開放されて真理に目覚めることが目的だからでしょ。
信仰の要素を排除しただけ。

755 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/22 23:01
>>754
ちと、今日はもう酔っ払ってヘロヘロなんでこれで寝ますが、
>753に対するレスとして、753.のどの部分について反論なさったのか
もう少し分かりやすく教えてくださいな。と思います。

756 :名無しさん@3周年:03/12/22 23:27
>>755
反論じゃない。教示しただけ。

757 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/23 00:24
>>750、NBさん、
>確か釈尊は自分の教えを文字に書いて(つまり「経」として)残すな。
>って仰せになったんじゃないですか?

このソースを教えて下さい。僕もそのような事を聞いた覚えがあるのですが、
仏典中のどこに根拠があったのか思い出せないんです、お願いしますよ。

758 :名無しさん@3周年:03/12/23 00:33
>>757
仏典に記載されていたら、その仏典自体が釈尊の意向に沿っていないことになる。
よーするにそんな言葉が後の世に伝わる可能性なんてない。
っつーことは、うそっぱちでしょ。
釈尊が文字に教えを残さなかったことが曲解されて伝わった噂に過ぎないと容易に推察されますな(w

759 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/23 00:55
聖典を文字化して記録する習慣そのものが当時はなかったと思われます。貝葉などの記録資料の長期保存
が困難な高温多湿のインドでは最も耐久性の高い記録手段は口誦の伝承であったと思われます。後には石
に経文を刻むなどの方策が採られたりしますが・・・。


760 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/23 01:22
と言う事はNBさんの>>750はガセネタですか?

文字として残す習慣そのものがなかったのなら、文字として残すななんて言うのも
おかしな話しですね。んー確かに釈尊自身が「自分の教えを文字として残すな」
とまで言い切ったかどうかは少し疑問が残りますね。

NBさんは>>728で僕におっしゃたそのままの事を、ご自分でも>>750でおやりに
なってますから、一応僕は>>730でソースを出しましたので、NBさんの>>750
ソースも期待しておきます。

761 :名無しさん@3周年:03/12/23 02:17
経典うんぬんはおいておいて、
「念仏百万遍」唱えろとかそういう宗教儀式は否定してるよ。
そういった現世での利益をえるための信仰である
バラモン教を否定したのが釈迦の教えの原点であるわけで。

もっといえばアートマン(我、簡単にいうと永遠の魂みたいな)ものを否定し、
さらに神さえも否定(存在否定でなく、絶対でない。神さえ欲をもつ)したのが釈迦。
死後の世界についても「考えるだけ無意味」という姿勢。
現在の仏教にみられる、様々な仏によってつくられる「宇宙」についても
あれはバラモン教の世界であって、釈迦は自分の目・耳・鼻等で感じれるものが
「一切」であるといっている。

スッタニパータとか読むと現代の仏教と正反対のことばかり書かれていて
そのアイロニーというか、2500年も前にここまで前衛的?な哲学を残した
釈迦は確かに「仏陀」なんだなと感心してしまう。

といっても私は別にどの宗教が正しいとかいってるわけではないです。

762 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/23 06:03
>>757
ソースは脳内ですよ。なんかの解説書とかにはそういう言い方してる本も
あるだろうと予想はしますが。なにより、>742を揶揄したかったもんでね。

>現在の仏教団体はただの「まじない教」にしか見えません。

と同程度の信憑性はあるでしょうよ。あはは。

それから、>760を本気で言ってるならば、かなりあきれます。

763 :名無しさん@3周年:03/12/23 07:42
>>762
では>742への揶揄は失敗ですな。
脳内のソースは誤っていた。
「まじない教に見える」という発言に異議を唱える人はいないし、第一これは主観。
信憑性を比較して同程度などと言ってしまっちゃだめでしょ。
あえて言えば、まじない教のほうが圧倒的に信憑性が高いことになりますけれど。

あ、せっかくだから何がかなりあきれるのかも書いてね。
子供の落書きじゃないんだからさ。

764 :名無しさん@3周年:03/12/23 09:05
>>754
>当時のバラモン的信仰生活から開放されて真理に目覚めることが目的だからでしょ。
これは間違い。
 釈尊は自身も時に「バラモンである」というように、バラモンの一部の主張は否定し、
一部は肯定している。そもそもバラモン教の否定の上に仏教が成り立っているという2ch
に時折見かけられるような意見は、当を得ていない。
 大局から見れば、ウパニシャッドの哲人の一員でしょう。

765 :名無しさん@3周年:03/12/23 11:39
現代の仏教はそれはそれで宗教として機能しているといってもいいが
彼らは釈迦の唱えた哲学の「流派の一つでさえない」といっても過言ではない。
発祥したインドよりチベット、中国、そして日本と伝播する間に
多くの信者を維持しようとする過程で現世的な「儀式」的な宗教と姿を変えてしまったのだ。
偶像に生贄を捧げ「念仏」という呪文を唱え、己の現世と来世の幸福を祈願するのである。
これは釈迦が「無意味」といってはばからなかったことである。


それゆえ、現在の仏教にとって原点回帰なぞというものは
己の宗教そのものを否定することであり、
現在の出家人には到底受け入れられるはずがないのである。

もし本当に釈迦が唱えた摂理を学びたいのならば、
全てを白紙にして全く別物の哲学として勉強しなければならない。
両立は決してありえない。

766 :634:03/12/23 12:15
今、この時代に仏陀がいたら(O川じゃないよw)、どう思われるんでしょうね?

767 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/23 13:04
>>764
佛教とバラモン教との重要な相違点。

 1.ヴェーダの権威を否認
 2.ウパニシャッドなどにみられる形而上的諸見解の否認
 3.バラモン祭祀の否定あるいは無視
 4.ヴァルナ・カースト制の無意味化

バラモン教義の核となるべき部分はことごとく否認ないしは無視されています。三ないしは四法印の内容
を検討すればその相違は明らか。なるほど原始佛典中にバラモン、ヴェーダなどの語彙は散見されます
が、意味内容は佛教的に換骨奪胎されてしまっています。

768 :764:03/12/23 13:24
アホだ羅さんや、NBさんやら有名どころのコテハンさん揃っているから、
もう少し原始経典をキチンと踏まえてよ。

 1.ヴェーダを明確に否定しているところはどこか?
 2.ヴェーダとウパニシャッドを背景とする思想の継承個所の確認。
  イシバーシヤーイムなどにもともに仏教徒が上げられることなど、無記自体を
 原初的なものとするかどうかも含めて、それが真にウパニシャッドの否定なのか
 どうかの再検討。
 3.バラモンの供儀などは否定しているけれど、採用している個所の確認。
 4.当時の身分制と現在のヴァルナ、カースト制とは区別されたい。

上記に関してざっと感じたことはこれくらいかな。年末年始忙しいので、あまり覗きにはこれないけれど。

769 :名無しさん@3周年:03/12/23 13:49
私は素人だけど面白そうだから書かせてもらおうかな。
もしも釈迦が「私の言葉を文字にして残してはならない、」と
言ったのなら私としての自己解釈は文字にして残せば
釈迦と言う人間の世間での評価が高ければ高いほど其処には
教えを乞いに来る者や,救いを求めに来る者が,殺到する。
或いはそのあり方〜いお言葉や,知恵を授かりたいと
文章なども必読しようとする。
そしてそのものズバリを聞きたがる、「〜〜〜は此れの事である」と
そして釈迦がこう言ってるからそうなのだと思い込む。
こういうのが嫌だったと言うか,真実の知を導くのに拙いと思ったんじゃないの?

ある程度の基本的知識を回りの人間から学んだ後
つまり、あらゆるパーツとしての素材が個人の中に十分と蓄積されたあと
其処からは 何かを組み立てたり(オリジナリティとして)
またそれにより自己を見る切っ掛けを掴んだり,気ずいたりできる。
しかしそれはあくまでも他人の思想の上に乗っかっての事では
意味が無いのだと捉えてんじゃないの?
「どうしてなのだろう」と子供のような疑問を持ち、そこから
世の中と言う物が(世界観的に)どうなってるかを,探り、知り、考え、思い
迷いや、苦しみ、悲しみさえも、知り、出会い、
自己の内面に対面し、真実の言葉を己が内面から探し出し伝えてもらう。


770 :つづき:03/12/23 13:50
真実の言葉は言葉とは限らないかもしれない。
言葉と言う領域ではもう表現しきれない、言葉を超えた言葉
自己の内面から、その個人(本人)にしか伝える事が出来ないダイレクトな理解
しかし、それさえも自分が今まで考え、悩み、思い、感じてきた
全ての物を網羅した結晶のような物。その真実の叡智の形成過程を
邪魔するような物を残したくないと言う意だったのじゃないかな。

人間は時に便利な物には頼りたくなるし、誰かのもっともな言葉を聞けば其処で
考えるのを辞めてしまう。
釈迦がもし伝えたい事の一つとして、自己(個人の中から)の真実の叡智を引き出し
理解させたいと思ったのなら、たとえ釈迦自身の言葉であってもそれは
本当の意味での智慧の成り立ちとは違うと感じたからではないでしょうか?
自らで気が付き、自らで考え、思い、悩み、感じ だからこそ本当の自分だけの
風評や世間に蔓延した思想や、感情、思考に惑わされない、
自分の純粋な思考から出た答えと出会える。と考えたのではないでしょうか?
(だとしたら本当の仏の道はキビチー)





771 :名無しさん@3周年:03/12/23 13:58
ま、中道をいけってことですよ。
遊びすぎはいかんし、拝みすぎもいかん。
まじめに仕事をして、家族を大事にして
いい友達といい書物をよんで、心穏やかに生きろと。

でもこんな当たり前のようなことさえ実行するのは難しい。
人間は執着の塊ですから。
日々是修行なんでしょうな。

772 :764:03/12/23 14:01
言葉が足りませんでしたね。
「供儀」について
>バラモンなどの生け贄などの捧げものを否定している

という意味です。

仏教は宗教儀礼を真っ向から否定はしておりません。律蔵等に「羯磨」が記される
ところから推察してください。

773 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/23 14:02
>>768
慎重にコメントしたつもりですがご不満のようですな。

>  1.ヴェーダを明確に否定しているところはどこか?

そもそも「明確に否定」などとは主張しておりませんよ。

>  2.ヴェーダとウパニシャッドを背景とする思想の継承個所の確認。
>   イシバーシヤーイムなどにもともに仏教徒が上げられることなど、無記自体を
>  原初的なものとするかどうかも含めて、それが真にウパニシャッドの否定なのか
>  どうかの再検討。

ウパニシャッドのみならず、当時唱えられていた形而上学一般の否認でしょう。『スッタニパータ』の古層部分
とされる「アッタカヴァッガ」などにみられる記述が無記説の古形ではないかと考えますがいかがでしょうか。
それと「否認」と記した事柄を「否定」と勝手に変更しないで下さいな(苦笑)。

>  3.バラモンの供儀などは否定しているけれど、採用している個所の確認。

たとえばどのような? 

>  4.当時の身分制と現在のヴァルナ、カースト制とは区別されたい。

「カースト」というポルトガル語起源の語彙を使用したのは慎重さに欠けましたね。まあより漠然としたもの
になりますが「生れによって固定された身分制度」としてもよいでしょう。

774 :名無しさん@3周年:03/12/23 14:10
>>773
木を見て森を見ずってのは貴方のことだなあ。

775 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/23 14:24
>>772
>バラモンなどの生け贄などの捧げものを否定している
生贄などの「供儀」のみならず、当時行われていた様々な祭祀行為に対しての批判は原始佛典の古層にも散見さ
れますね。それが整理されたかたちが、『長部』などの戒蘊篇にみられる下のような記述でしょう。

 「あるいはまた、比丘たちよ、凡夫が如来をほめたたえて語りうるのは、つぎの
 ようなことです。『ある尊敬すべき沙門・バラモンたちは、信者から施された
 食べ物で生活しながら、たとえば、肢体の占い、前兆の占い、天変の占い、夢
 の占い、身体的特徴の占い、ネズミの齧りあとの占い、火の献供、杓の献供、
 籾殻の献供、糠の献供、米の献供、バター油の献供、油の献供、口の献供、血
 の献供、肢体の呪術、宅地の呪術、王族の呪術、墓地の呪術、鬼霊の呪術、土
 の呪術、蛇の呪術、毒の呪術、サソリの呪術、ネズミの呪術、鳥の呪術、烏の
 呪術、寿命の呪術、矢の護呪、獣の輪といった、このような無益な呪術によっ
 て邪な暮らしをしている。しかし沙門ゴータマは、そのような無益な呪術によ
 る邪な暮らしから離れている』と。」

>律蔵等に「羯磨」が記されるところから推察してください。
サンガの運営様態である「羯磨」をバラモン祭祀と結合しうる接点が存在するのでしょうか。まあ授戒などは
「宗教儀礼」と捉えられて然るべきとは考えますが、祭祀行為と考えるのはどうやっても無理でしょう。

776 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/24 01:09
ソースは脳内などと言い切ってしまっては、言論の場ではどうしようもないですね。
ま、揶揄が目的だったのならそれでもいいのでしょうけど。

>>769->>770
さんのおっしゃる事は後に「真理そのものは決して言語表現され得ない」と言う
初期大乗思想へと展開していきますね。ま、そう言う意味ではNBさんのおっしゃる
釈尊は自分の教えを言葉として書き残す事を禁じたと言う脳内妄想も、あながち
的外れではないと思います。言葉(経典)になったとたんにその文字面にとらわ
れてしまうのが人間ですから。言葉(指)は真理(月)へと向う方向を指し示す
もので、真理(月)そのものでは決してない、しかし言葉(指)がなければ、
真理(月)の方角がどこだか人間にはさっぱりわからないので言葉(指)も大切で
あると言う「指月の喩え」として後々伝わるのでしょう。


777 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/24 12:07
パーリ本『大般涅槃経』第六章より

アーナンダよ。あるいは後にお前たちはこのように思うかもしれない、『教えを説かれた師はましまさぬ、もはやわれらの師
はおられないのだ』と。しかしそのように見なしてはならない。お前たちのためにわたしが説いた教えとわたしの制した戒律
とが、わたしの死後にお前たちの師となるである

778 :764:03/12/24 18:49
>>773
>そもそも「明確に否定」などとは主張しておりませんよ。
 >767で「1.ヴェーダの権威を否認」というので、原始経典のどの
部分を根拠にしているか「明確」にして下さいと尋ねているのですが。

>ウパニシャッドのみならず、当時唱えられていた形而上学一
>般の否認でしょう。
 >764の私が「大局から見れば、ウパニシャッドの哲人の一員」といっ
たことに対して、阿呆陀羅經さんが
「2.ウパニシャッドなどにみられる形而上的諸見解の否認」と
おっしゃったので、それのみでブッダがウパニシャッドの影響を脱し、も
しくは換骨奪胎していると言いきって良いのか、再確認して頂きたかった
のですが。
(この場合の「否定」と「否認」にどれほどの差異があるのか私には
よく分かりません)

>たとえばどのような?
すぐに確認できることだと思いますので省略。

>「カースト」というポルトガル語起源の語彙を使用したのは慎重さに欠
>けましたね。
しばしば取り上げられるように、サーリプッタの名前のように母系姓を
名乗ることが容認された社会です。いくらブッダに階級差別の解放思想
の萌芽が見られるからと言って、カーストやヴァルナなどの職業まで規
定される制度と戦い、無意味化したような見方は不可能だと思います。
旃陀羅問題や五姓各別とか仏教にも認められるでしょう。
これらを自覚するところから始めなければならないことは言うまでもあ
りません。

とりとめもなく、スマソです。

779 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/24 22:36
>>776
まあ、NB憎しもいいけど、怒りにまかせて自己批判の目を失わないようにね。

ぼくが「ほんとに悲しいですね」と表現したのは、なにもあなたのことだけを
指してるわけじゃない。しかしあなたは平然と「光栄に思い」「ぼくも悲しいですよ」
と言ってのけた。まがりなりにもプロとして「現場」と真摯に向き合う人ならば、
そういう言い方は決してできないはずじゃないかと、少なくともぼくは思う。
だからぼくはあなたのことを、仏前に懺悔を行う人と見ることはできない。
菩薩は誰のせいにもせずに、仏教中の良いも悪いも自ら背負って道を歩むだろうと思うよ。

>>763
子供の落書きじゃないから個人の人格批判なんてしたくないんだよ。
あなたには反吐が出そうだ。

780 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/24 23:24
僕は何もNBさん個人を憎んでなんかいませんよ。あえて言えば>>779のような事を
おっしゃるのは、伝統教団と伝統宗学に心底毒されているなぁと思うだけです。
釈尊をないがしろにして、プロたら現場たら懺悔たら菩薩たらよく言えたもんです。
伝統教団が数百年かけて洗脳してきた典型ですね。プロの坊主として真摯に現場と
向き合えば向き合うほど、伝統教団や伝統宗学の欺瞞性・無力さ・インチキさ等を
痛感した僕はそう言う方々の中にいるのがほとほとイヤになったんですよ。だから
そんなヤツにかまう事無く、どうぞNBさんはNBさんの仏道を歩んで下さい。

781 :名無しさん@3周年:03/12/24 23:56
まぁー、どっちもどっち
所詮2chネラーだ

伝統?
釈迦?

はぁー

782 :名無しさん@3周年:03/12/24 23:58
鋭く煽るなー
ホントの事なんだからー

783 :名無しさん@3周年:03/12/25 01:53
震えた。

釈尊のいう悪魔とはこれだったのか。
梵天というのはこれだったのか。
これがその境地。なんと微妙な世界なのだろう。。。



と感動してみたいです。

784 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/25 11:58
>>778
>  >767で「1.ヴェーダの権威を否認」というので、原始経典のどの
> 部分を根拠にしているか「明確」にして下さいと尋ねているのですが。
原始佛典中に散見される「ヴェーダ」や「バラモン」の語義を個々の文脈を勘案して読めば理解で
きることかと思いますが。
>  >764の私が「大局から見れば、ウパニシャッドの哲人の一員」といっ
> たことに対して、阿呆陀羅經さんが
> 「2.ウパニシャッドなどにみられる形而上的諸見解の否認」と
> おっしゃったので、それのみでブッダがウパニシャッドの影響を脱し、も
> しくは換骨奪胎していると言いきって良いのか、再確認して頂きたかった
> のですが。
先般このスレでも話題に上った「アートマン」概念の取り扱いなどにウパニシャッドなどとの決定的
な思想的分岐点が見られると考えます。

> (この場合の「否定」と「否認」にどれほどの差異があるのか私には
> よく分かりません)
「否認≠否定」と考えます。バラモン思想などの前提自体を認めなかった。もしくは同じ土俵に乗っ
て議論をしなかったと思います。
> すぐに確認できることだと思いますので省略。
一応>>775に見解をまとめておきました。

> しばしば取り上げられるように、サーリプッタの名前のように母系姓を
> 名乗ることが容認された社会です。いくらブッダに階級差別の解放思想
> の萌芽が見られるからと言って、カーストやヴァルナなどの職業まで規
> 定される制度と戦い、無意味化したような見方は不可能だと思います。
誰もそこまで結論を先取りして論じてはおりません。言及されていない事柄を設定して反論されると
当惑します(苦笑)。

> 旃陀羅問題や五姓各別とか仏教にも認められるでしょう。
いずれも原始佛教の文脈では語れない事柄です。それと「五性格別」であったと思いますが。
> とりとめもなく、スマソです。
いえいえ、論点が整理されたほうが何かと便利です。

785 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/25 12:36
>>778
補遺です。

ウパニシャッドでしばしば最高原理として説かれる「識」も、原始佛教では縁によって生滅するものと
されていますね。『中部』の「大愛尽経」などを参照してください。

それと「五性各別」でした。訂正の訂正とは鬱ぢゃ(苦笑)。

786 :名無しさん@3周年:03/12/25 12:51
オマエら、そんなに仏教を勉強していて
どうして実践に移さないんだ?
「浜サーファー」という言葉を連想してしまう。

787 :名無しさん@3周年:03/12/25 16:19
Q 仏教は勉強するものですか?
 勉強した人が仏ですか?

A このスレ的にはそうです。仏教とは知識です。
 コンピューターは覚っています。

788 :名無しさん@3周年:03/12/25 21:15
>>787
釈尊の教えが全部ハードディスクの中に納まるのか?



789 :764:03/12/25 21:19
しつこいようですが、これで最後にします。

周知のように仏典の古層はsuttanipAtaのaTThakavaggaまで、もしくはaTThakavagga、
およびsaMyuttanikAyaに含まれるsagAthavagga。これに準ずるものはdhammapadaや
thera/therIgAthAが上げられます。個人的には別の見解もありますが、今は一般に
通用しているこれを前提とさせてもらいます。

まずヴェーダについて『スッタニパータ』846等「VedagU」など、諸処にヴェーダを
あげます。内容を「換骨奪胎した」ものと言われますが、意味転換しているものは
当時のバラモンの説に対するアイロニーが主で、ヴェーダの権威そのものまで否定
しているのであれば、ヴェーダの名を用いること自体不適切です。そもそも「アッタ
カヴァッガ」の形式自体がヴェーダの形式にならったものとされます。

『スッタニパータ』927では「AthabbaNaM」とatharvavedaに言及され、これは通常、
魔術・呪術の意味に解釈されています。これはuttarajjhAyAというジャイナ聖典古層
と平行しています。
 またバラモンの生け贄という供犠について、『サンユッタ・ニカーヤ』で否定され
ています。基本的にバラモンの祭祀で否定されているのは、こうした供犠や占い呪い
の類です。
 バラモンたちは仏陀の時代、五大祭pajca-mahAyajJA(1.親族、2.客、3.祖先、
4.諸天に対する祭祀、5.ヴェーダの読誦)を行っていたそうですが、AGguttara-nikAya
ではその内、ヴェーダの読誦を「王に対しての..」に変更して行うことが説かれてい
ます。こちらは古層ではありませんが、ヴェーダを全く否定していた訳ではないことは、
分かるかと思います。

790 :764:03/12/25 21:19
その他祖霊を祀ることについて、例えば樹木(cetiya)に祖霊が宿るからその下で瞑想を
することや、それがcaityaに通じていること、それらがcitA(火葬の薪)から来ている
ことが指摘されています。中国の祖師の論書でもこれに通じる発言が見られるものもあ
ります。構成のbhakti思想を思い起こさせますが、こうした習慣によるものなのでしょ
う。

また『ダンマパダ』ではありませんが、『ウダーナ』26-17ではウパニシャッドと同じ
口調「diTThasutamutaviJJAtesu」が見られます。この表現は釈尊以前のbRhadAraNyaka-
ややや以前と目されるchAndogya-などに丁度見られます。そして仏典中のこの句は、
『スッタニパータ』1086にも見られます。また900など、ウパニシャッドの所説は採用
されており、仏弟子たちにこれらの句が素養としてあったことが分かります。

yogaの語は釈尊よりやや後の、taittirIya-やkaTha-に見られることはよく知られていま
すが、禅定dhyAnaについてはほとんど見られず、しかしながらチャーンドーギヤ・ウパニ
シャッドに仏典と同傾向のものがわずかに認められます。同時代性にとどまらず仏典の思
想的背景を求めることが出来ます。

ほかにyAjJavalkya周辺の異同も上げられるかと思います。

791 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/25 21:33
>>790
それで何かを論証しているつもりですか?

792 :名無しさん@3周年:03/12/25 22:07
電波男さん、ポッテイラ長老をご存じですか?

793 :764:03/12/25 22:48
いいえ。ここから検証できることがあることを示唆しようと思っただけです。
検証はアホダラさんにおまかせします。

794 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :03/12/26 11:18
>>789
論点がどんどん拡散して来て困りますが・・・(苦笑)。それと多忙に付き大晦日までカキコできませんの悪しから
ずご容赦下さい。

>ヴェーダの権威そのものまで否定しているのであれば、ヴェーダの名を用いること自体不適切です。
名を用いることそのものが巧妙なアイロニーであると思われますよ。また、「ヴェーダ」という語の原義を明らか
にしようとする意図も伺えます。「バラモン」などの語の使用も同様の意図に基づくものと考えます。

>そもそも「アッタカヴァッガ」の形式自体がヴェーダの形式にならったものとされます。
次章の「パーラーヤナヴァッガ」にせよ「形式」はヴェーダのそれに倣っていますね。ところがその説話の設定た
るや「明呪(ヴェーダ)に通じた一バラモン(バーヴァリ)」の弟子たちがブッダの許を訪ねて説法を請うというもので
あり、一種のパロディ化がなされていると思います。それにこの両者で説かれる教法もヴェーダないしは古ウパ
ニシャッドの根本教説−祭式思想や梵我一如など−と一致するものではありません。

>基本的にバラモンの祭祀で否定されているのは、こうした供犠や占い呪いの類です。
バラモン祭祀に限らず、当時行われていた祭祀行為一般に対する批判は、あなたが挙げられた諸経典中に様
々なかたちで記されていると思いますが。

>AGguttara-nikAyaではその内、ヴェーダの読誦を「王に対しての..」に変更して行うことが説かれています。
>こちらは古層ではありませんが、ヴェーダを全く否定していた訳ではないことは、分かるかと思います。
この辺り文意がよく汲み取れません。

>例えば樹木(cetiya)に祖霊が宿るからその下で瞑想をすることや、それがcaityaに通じていること、そ
>れらがcitA(火葬の薪)から来ていることが指摘されています。
それが原始佛教あるいはブッダの教法とヴェーダやウパニシャッドの思想とが親和的なものであるという例証
となるものとも思えませんが。

使用語彙や表現、または文学形式に類似点が認められることが思想的類似性もしくは相似性の証左となるの
か甚だ疑問です。

795 :名無しさん@3周年:03/12/26 12:33
このスレは、浜サーファーとか
評論するけど自分では小説を書けない文芸評論家を彷彿させますね。

796 :名無しさん@3周年:03/12/26 23:43
>古ウパニシャッドの根本教説−祭式思想や梵我一如
こうした先入観が間違いだってことにこの人は気がつかないのかね。

797 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/27 09:29
>>796
>こうした先入観が間違いだってことにこの人は気がつかないのかね。
じゃ、実際はどうなのか説明しないとただの書き捨てになるぞ。

古いウパニシャッドの根本思想として
1 祭式
2 梵我一如
は間違いであるということの証明と根本思想の提示が必要。

798 :名無しさん@3周年:03/12/27 14:47
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1062013827/l50
ここで、仏教派がキリスト教派に論破されました。

799 :名無しさん@3周年:03/12/27 18:42

ちょっと読んじゃったないか。
何処が論破されてんだ?

800 :名無しさん@3周年:03/12/27 19:20

785の認識は正しい。

この事を自身の実感として言いえる人を阿羅漢・独覚と呼ぶ。

801 :名無しさん@3周年:03/12/27 19:57
>764
仏教の登場以来、
本質的な面での新しい思想の登場は無くなってしまった。

根源に遡ろうとする姿勢において、
ウパ二シャッドを記した人と釈尊のそれは近い。
個人として釈尊と同様なものを観ていたバラモンもいらっしゃったでしょう。

とはいえ釈尊ならば決して、
ウパニシャッドを記することはない。

ウパニシャッドのような表現形式を採られることもないし、
ウパニシャッドのような内容を語られることもない。

決定的に新しい精密な位置に立たれているから。



802 :名無しさん@3周年:03/12/27 20:06
精密に正しく認識できるからといって、
それがいつでも”適切である”とは主張しませんよ。

御飯をいただく時、一箸の米粒を数えてから食べろ。
とは、申しません。

803 :名無しさん@3周年:03/12/29 00:03
>>788
>釈尊の教えが全部ハードディスクの中に納まるのか?

ときどきはデフラグして体系をすっきりさせる必要があります。



804 :名無しさん@3周年:03/12/29 00:28
>釈尊の教えが全部ハードディスクの中に納まるのか?
余裕。64Mのメモリカードで十分間に合う。

805 :名無しさん@3周年:03/12/29 11:01
んじゃ、やってみろや

806 :名無しさん@3周年:03/12/29 13:35
取りあえずパーリ三蔵だけでいいなら、CD-ROM一枚でおさまるが。

807 :名無しさん@3周年:03/12/29 23:37
空の一文字。
2バイトかな。

808 :名無しさん@3周年:03/12/30 01:57
だからやってみ

809 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/30 12:06
ウパニシャッドは神秘体験に基づく教義構成であり、客観的なものではない。つまり確認不可能と言うこと。

釈尊はそんな浮世離れしたことよりも、「人生苦」からの開放とその方法を模索するために出家した。そして
その解脱した姿を目標として集まった人に方法を説いた。ただそれだけだよ。その釈尊が人を救えるわけが
ない。釈尊が示した方法に納得して採用する人が苦しみから解放されるんだ。

その法じたいが釈尊と同一視され、慈悲の作用だかなんだか言い始めてから変になって行ったんだ。

なんか勘違いしてんじゃないの?

810 :バンビ:03/12/30 17:46

読めないし、アルファベットじゃない文字があるから検索しようがない。
どういう教典名なのか教えてちょ。

Abhidhammatthasangaha
Anguttranikaya
Dhammapada atthakatha ←ダンマパダ(法句経)ですよね?
Dighanikaya
Dighanikaya atthakatha (Sumangalavisalini)
Nettipakarana atthakattha
Patisanbhidamagga
Samyuttanikaya
Vinayapitaka atthakatha (Samantapasadika)
Visuddhimagga
Theragatha



811 :名無しさん@3周年:03/12/30 22:39
今や慈悲を無視して語ってもな…

812 :名無しさん@3周年:03/12/30 23:21
>>809
なんか、何の文章にもなっていないよ。

813 :名無しさん@3周年:03/12/30 23:50
>>809
>釈尊が示した方法に納得して採用する人が苦しみから解放されるんだ。
つかぬ事を伺いますが、ご自分で実生活に採用したことはありますか?

814 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/31 00:57
>>809、電波男さん

確かに釈尊は「人を救おう」とか「真実の教えを説こう」とか言った動機で出家
なさった訳ではありませんね。自己の苦悩の克服が第一でしたね。でご自分で発見
された苦悩解決法を、聞く耳を持つ人に対して説き続け、最後は病気で野垂れ死に
だったですものね。その発見した法と言うものも極めてシンプルなものでしたね。

815 :名無しさん@3周年:03/12/31 01:15
>>809
心意気は感じた。

816 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/31 02:28
>>812
そう感じるのなら、小学生の国語からやり直しなさい。ハクチ君。
>>813
採用したことはありますが、このスレッドで語とうとする目的や意図からは大きく離れていますよ。
>>813 ベロさん、お久しぶりです。
このシンプルな教えに対して多くの人たち、組織が怒りを表すのですね。そして論戦を挑むが、釈尊の
人徳に魅かれて弟子入りしてしまいます。現代においても、この教えに対して>>812のように怒りを表す
人が多いのですが、いかんせん釈尊のような人徳のある人がいないので地獄の苦しみに合うことにな
ります。

817 :名無しさん@3周年:03/12/31 03:08
的を得てないね

818 :名無しさん@3周年:03/12/31 08:49
仏教やって正覚を得た人は、皆無ですか?

819 :名無しさん@3周年:03/12/31 08:59
>>817 の間抜けは放置。

>>818 
原始仏教の話の目的は正覚を得ることではありません。
なにか大きな勘違いしているようですね。


820 :名無しさん@3周年:03/12/31 09:01
っていうか、勘違いしている人のスレですかね。
まあ頑張って。

821 :名無しさん@3周年:03/12/31 09:30
>>819
>原始仏教の話の目的は正覚を得ることではありません。
そりゃ言いすぎだろ。

822 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/31 09:45
>>821
言い過ぎではありません。
原理を学問水準に照らし合わせ、客観的に取捨選択する作業に正覚なる目的はありません。
正覚などはもっと個人的な内証に求めるべきです。もっともそのための「原理」を取捨している
のだから、「遠い目標」にはなりますが、このスレッドでのお話には直結しません。

823 :名無しさん@3周年:03/12/31 09:57
やっぱりそうか。

824 :名無しさん@3周年:03/12/31 12:04
>>819
このアホ丸出しは「放置」とレスつける事により「放置」出来てない事に気付いてない。





 

的を得てないね。

825 :名無しさん@3周年:03/12/31 12:26
自分の専門分野以外はこんなに弱い人も珍しい。

826 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :03/12/31 12:31
>>824
あなた自身がアホ丸出しであることに気づいていないのですね。
そのような心理を「投射」といいます。

で、「的を得ていない」(「的を射る」と言うんだよ。このハクチ)とはどういうことなのでしょうか?

827 :名無しさん@3周年:03/12/31 12:34
当を得るだろ

828 :名無しさん@3周年:03/12/31 12:56
辞書には「的を射る」はあっても「当を得る」はない。

煽りの程度が低いね。


829 :名無しさん@3周年:03/12/31 14:09
とう たう 【当】
(1)道理にかなっていること。
「―を得た答え」

私が見た辞書には載ってますが。

830 :名無しさん@3周年:03/12/31 14:47
954 名前:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 本日の投稿:03/12/29 00:56
まあ落ち着け、お互い忙しい身だ。
ひょっとして人違いではないかな。私にとって自作自演というのは
毎日の食事のようなものでな、いちいち覚えておらんのだよ
君は今までに食べた肉の数を覚えているか?

831 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :03/12/31 15:07
>>830は、コピペの改造だな。悪質なもの。

832 :名無しさん@3周年:03/12/31 15:10
452 名前:名無しさん@3周年 本日の投稿:03/12/31 14:54
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1先生に質問です。
いくつのコテハン使い分けているんですか?


453 名前:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 本日の投稿:03/12/31 14:57
>>450
それはナイショじゃよ(笑

それを言うたら、コテハンを替える意味がなくなる。
キャラは、今とは全然違うよ。


454 名前:452 本日の投稿:03/12/31 14:58
>>453
氏ね

833 :名無しさん@3周年:03/12/31 15:12
   . :::';;;;: . .     ..,,,;;:
   . . :;;;;;:.:;;,,    ..:.;;;;.:
   :;;'''  .:';;; . .  .:.:;;;;;':. . .        .,,,,;,,...,,
      .:;;;' :   .:;;;;; .: ,,,;;;,,,   ,  .:;;;';;''' ''';;;;,,
     . :.;;;;' . .:   ;;;;;;;;'''' ';;;:.:.. ,;: . .    ''''''"
     ';;:;'     '''';   .:.';;;;,,;;.
                 '''  ,.:.:';;;;,,,,
             ,、―-、    .;.';:;.:.: ;;;;;;:.;.;...
   -、_      (_二ニ=っ,、;;;:.:;.:;...:.:...'''''''''''
     `‐-、_  (  ´∀)f、 `''、:..:.:. .:
         `-,ノ   つ; /
         (〇  〈-`'"
         (_,ゝ  ) `‐-、_
           (__)     `'‐-、,_..
                        `‐-、._

834 :名無しさん@3周年:03/12/31 15:13
>>831
むしろお前の存在が悪質

835 :名無しさん@3周年:03/12/31 15:14
>>829
「的を得る」が最初に提示された場合、「当を得た答え」に持っていくのは筋違い。
第一、「当」は「まと」とは読まないし、「当を得ていない」などの否定用法は見たことがない、
通例使わない。ただ単に「的を射た」の間違いであると判断するのが妥当。

まったく反証になっていません。

低級なあおりをこれ以上誤魔化さないほうが恥を晒さないですむよ。

836 :名無しさん@3周年:03/12/31 15:17
なんだ。単なる揚げ足取りスレか。
仏教について語りたがる奴のレベルはやはりこの程度なんだね。
おもしれー(ww

837 :名無しさん@3周年:03/12/31 16:43
ちょっと指摘されたら黙っておけばいいものを。
何を必死になるのでしょうかね。

836もそこまで負け惜しみいえるんだったら、もっと内容のあること言えよ。

838 :ハゲシク ワロタ :03/12/31 16:45
836 名前:名無しさん@3周年 本日の投稿:03/12/31 15:17
なんだ。単なる揚げ足取りスレか。
仏教について語りたがる奴のレベルはやはりこの程度なんだね。
おもしれー(ww


837 名前:名無しさん@3周年 本日の投稿:03/12/31 16:43
ちょっと指摘されたら黙っておけばいいものを。
何を必死になるのでしょうかね。

836もそこまで負け惜しみいえるんだったら、もっと内容のあること言えよ。

839 :名無しさん@3周年:03/12/31 16:50


 浜サーファーの罵り合い会場はここですね。


840 :名無しさん@3周年:03/12/31 16:53
そうだよ。

841 :机龍之介 ◆O.0IdKUi5o :03/12/31 17:00
>>839
わかってんなら聞くな。白痴が。

842 :名無しさん@3周年:03/12/31 17:05
↑認めてるよw

843 :ハゲシク ワロタ :03/12/31 17:07
841 名前:机龍之介 ◆O.0IdKUi5o 本日の投稿:03/12/31 17:00
>>839
わかってんなら聞くな。白痴が。


842 名前:名無しさん@3周年 本日の投稿:03/12/31 17:05
↑認めてるよw

844 :ベロ ◆eOod7XM/js :03/12/31 17:55
>>822、電波男さん
>原理を学問水準に照らし合わせ、客観的に取捨選択する作業に正覚なる目的はありません。

↑の作業に重要なのは理性的な判断でしょうか?

>正覚などはもっと個人的な内証に求めるべきです。

↑この個人的な内証はあまり他言すべきものではないのでしょうか?

>もっともそのための「原理」を取捨しているのだから、
>「遠い目標」にはなりますが、このスレッドでのお話には直結しません。

「遠い目標」があまりに遠すぎてヘコタレた場合は釈尊ならどうおっしゃるでしょうか?

845 :名無しさん@3周年:03/12/31 18:05
http://www.google.com/search?num=50&hl=ja&inlang=ja&ie=Shift_JIS&q=%90%B3%8D%94%82%F0%93%BE%82%E9&lr=lang_ja

846 :ベロ ◆YaXMiQltls :03/12/31 18:40
レス番下一桁で来年を占う
0:童貞脱出    5:骨折
1:無職引きこもり 6:彼女ができる
2:2ch中毒     7:バーモンドカレー
3:一流大学合格 8:忍たま乱太郎がうちに来る
4:死ぬ       9:苦しむ



847 :名無しさん@3周年:03/12/31 19:43
>>822
「原始仏教の話の目的」と「原始仏教の目的」を読み違えていたよ。はは・・

848 :NB ◆92FERsXpfU :03/12/31 19:49
>>847
キミ二度とこなくていいよ

849 :名無しさん@3周年:03/12/31 19:52
        .
    ,,w,,  |
   ,,ミ ゚∋゚ミ 〕 <モシモシ、オレオレ!
  ノ  JB ヽ∩
  ミ      丿
  ∪  ミ ミ ミ
 ミヽ、、__、、ノ
   ノ,,,ノヽ,,,(


850 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:05



  


   ペーバードライバーのドライビング論、討論会はこちらですか?  









851 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:12
>>850
おっ、やっと的を得た奴が出てきたな。

852 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:14
>>851
しずか綺麗だよしずか

853 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:15
なにが
>採用したことはありますが
だ?

このアホ丸出しは!

854 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:15
      r ‐、
      | ○ |         r‐‐、
     _,;ト - イ、      ∧l☆│∧  良い子の諸君!
    (⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l  早起きは三文の得というが、
    |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)  今のお金にすると60円くらいだ。
   │ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /|  寝てたほうがマシだな。
   │  〉    |│  |`ー^ー― r' |
   │ /───| |  |/ |  l  ト、 |
   |  irー-、 ー ,} |    /     i
   | /   `X´ ヽ    /   入  |

855 :名無しさん@3周年:03/12/31 20:31
>>853
出来杉は腐った人生を送ってほしい

856 :名無しさん@3周年:03/12/31 22:55
>>848
冷たい真宗坊主に育ちあがりましたね(w
2ちゃん漬けもほどほどに。

857 :名無しさん@3周年:03/12/31 22:57
つーか偽もんかい?

858 :NB ◆YIoCB90ZbI :03/12/31 23:16
>>856
>848はぼくじゃないです。ここ最近のくだらない荒しは某禅スレの不始末のようです。
>846のベロさんも偽者の騙りですね。非常に迷惑です。

859 :名無しさん@3周年:04/01/01 00:42
お前が自作自演やめたら荒らすのやめてやるよ(ww

860 :ギソウコウサクノツモリラシイ(ww:04/01/01 00:44
856 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/12/31 22:55
>>848
冷たい真宗坊主に育ちあがりましたね(w
2ちゃん漬けもほどほどに。


857 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/12/31 22:57
つーか偽もんかい?

861 :名無しさん@3周年:04/01/01 00:57
電波男Ψ(´д`)Ψ ◆Lrv4sH3gkA さんつえーな。

煽ってるクソは分身の術使ってるだけですよ。
そこ等じゅうにクソスレたてまくってます。
やっつけてやってください。

862 :名無しさん@3周年:04/01/01 01:29
阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ は

おち○ちん おちん○ん ちん○ん ち○ちん おま○こ おち○ぽ ペニス おペニス
おま○こヒダ おま○まん アナル アヌス 勃起ペニス おま○こ汁 ちん○んホース ち○ぽ汁
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ち○ぽ肉 ま○こ壁 雁太ち○ぽ ち○ぽザーメン 極太ち○ぽ エロま○こ えろおま○こ
まん筋 タマタマ おま○こパイ おま○こ生地 ち○ぽケーキ ムレムレま○こ アツアツち○ぽ 
エロま○こ 駅弁ま○こ 淫乱おま○こ おペニスミルク ぐちゃぐちゃま○こ 肉棒 玉袋
カウパー汁 赤ちゃん汁 ま○こ襞 おま○ちょ 元気な子供たち(多分精子の事)おち○ぽ注射
乳ま○こ 赤ちゃんザーメン タマタマ むきむきち○ぽ ずるむけち○ぽ ち○こ棒
金玉 ぬるぬるザーメン 白濁液 発酵ミルク 連続顔射 精液パック 精子汁 鈴口 精液蛇口
ミルクシャワー フェラチオ セックス 秋くん汁 指まん おま○こ穴 バイブま○こ
極太ペニス エロち○ぽ エロペニス エロマラ 先走り汁 ギンギンペニス 
ガマン汁 残り汁 前立腺 カチカチち○ぽ歯ブラシ エロ歯ブラシ 精液歯磨き粉 口ま○こ
ガチガチち○ぽ マラ先 精液シャンプー ねっとり聖水 ち○ぽ聖水 舌ま○こ壁 ち○ぽザーメン
ま○こ忍法 ち○必殺技 尻ま○こ 尻穴 尻汁 ケツま○こ 淫乱アナル ちんかすだらけの精子肉棒
精液シャワー 変態ち○ぽ

863 :名無しさん@3周年:04/01/01 01:31
452 名前:名無しさん@3周年 投稿日:03/12/31 14:54
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1先生に質問です。
いくつのコテハン使い分けているんですか?


453 名前:机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. 投稿日:03/12/31 14:57
>>450
それはナイショじゃよ(笑

それを言うたら、コテハンを替える意味がなくなる。
キャラは、今とは全然違うよ。

864 :名無しさん@3周年:04/01/01 04:43
>>861
自作自演か?
まっ、どうでもいいが「学問的」に語らないとスレ違いになるのか。
いつからそうなったんだ?
誰が決めたんだ?
「原始仏教」に関係あるか、ないかで決めるんじゃないのか?

つーか、なんなんだ?「学問水準」って
その水準は誰が審査するんだ?
勝手に決めんなよーー。

勿論、知識はあったに越した事はないけどさ、
頭で理解するだけで良いなら釈尊の生き方って…
仏教って、いつから「学問」になったの?

865 :名無しさん@3周年:04/01/01 04:48

頭だけでは仏教理解は不可能でしょうな。
よって理解したつもりだけで良いならって書かなきゃな。
もしくは理解したフリだけで良いならって書かなきゃな。

866 :金正日MkU改 ◆/0GEPxZNjA :04/01/01 05:15
>>864
お前のいつもの自作自演とはちげーよ(w

867 :名無しさん@3周年:04/01/01 07:57

新年早々だが
オマエ藻なー!!

868 :仙人:04/01/01 10:13
本当に阿含経を理解したい人に!!!!。
まず、学者の解説書を読まないこと。仏教辞典を信用しないこと。
辞書は漢和辞典とする。
まず、「空=幻」の論理を把握しておくこと。
**************************************
『一切諸行は皆空、皆寂にして、起こる者、滅する者
是れ幻化にして真実有ること無ければなり。』
(阿含経 国訳一切経)
**************************************
国訳一切経のような直訳を1ページずつ。ゆっくりと読む。
これで、中学生でも阿含経の本当の意味を理解できるよ。




869 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/01 10:32
>>864
新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしく。

学問水準とは現在における「定説」と「論理的斉合性」と「文献学的事実」です。
主観的な思い付きを極力排除し、客観的な事柄を言語という共有空間に提示
することが目的です。これらは勝手に決められるものではなく、審査される事
柄でもありません。

釈尊に関わる「教え」を語り継ぐために多くの学者たちが心血を注いできたという
釈尊滅後からの歴史があります。語り継ぎ、その流れを絶やさぬためには「学問」
が絶対不可欠です。もちろん、その「法脈の裏方」は自らの悟りや救いは捨てた
と言う認識を持っています。学問では悟れないが、法脈を絶やさぬことが己の道
だと言うことでね。

具体的に「学問」がどのようにして法脈を支えてきたかは説明しません。仏教に
関わる人はそれぐらいご自身で勉強すべきでしょう。悟りを捨てた人への礼儀
です。



870 :名無しさん@3周年:04/01/01 11:58
おめでとさん

>>869
学問で悟れないのはわかるが、
法脈の裏方が悟りと救いを捨てたという認識をもっている
なんてなぜ言えるの?

871 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :04/01/01 18:07
皆々様に謹んで新年のご祝詞を申し上げます。本年も何卒宜しくお願い致します。

疲労困憊の寝正月ゆえ、本日は取り急ぎご挨拶まで。

872 :名無しさん@3周年:04/01/01 18:09
ここは高学歴な2ちゃんねるですねMMM

873 :阿呆陀羅經 ◆LQlZWsGpow :04/01/01 19:54
>>872
そうだよ。お前はお呼びないってわけだ。

874 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/01 20:19
高学歴とかいう話じゃなくって、ソフトを使う知識と、ソフトを作る知識は違うって
だけのこと。

電波男さん。この手の話は、やっぱ2ちゃんじゃしんどいんじゃないでしょうか?
彼らは仏教学者の矜持を理解することもなく、ただ上澄みを掠め取ってドグマ化する。
原始仏教カルトです。

MLの件。ほったらかしのようで、申し訳なく思ってるんですけど、今年こそは参加
させていただきます。学問的な筋力は相当落ちてしまってますけど、ビルドアップ
して出直してみたいですね。

ってなわけで、皆様あけましておめでとうございます。

875 :名無しさん@3周年:04/01/01 21:39
、どんなソフトを作るのか楽しみですね。

876 :名無しさん@3周年:04/01/01 23:37

 皆様  あけましておめでとうございます。
  
   本年もよろしくお願い申し上げます。

877 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/02 00:19
皆様あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願い申し上げます。

僕も釈尊の教えを語り継いで来た偉大な先輩方の法脈の一端にでも関わり、
それを次代に語り継いで行けるのなら、この上ないよろこびを感じます。

878 :名無しさん@3周年:04/01/02 00:57
なんで電波さんは、
バラモン・ヒンドゥーイズムと仏教を峻別したがるんでしょう?

879 :名無しさん@3周年:04/01/02 01:02
同地域で連続した時間軸上に発生し同種の人々によって支持されたのだから、
相互に影響を受け与えつつ成立したと見るほうが自然な気がします。

880 :名無しさん@3周年:04/01/02 01:31
釈尊が個々の人に示された答え(=処方箋としての教え)は、確かにシンプル。
んでも、中道の内容(論理構造)はシンプルとはいい難い。

881 :名無しさん@3周年:04/01/02 06:53
>870
単純に費やすことのできる労力・時間のもんだいでしょ。
修行するにしても、学問するにしても時間がかかる。

その人自身の問題だから
>法脈の裏方が悟りと救いを捨てたという認識をもっている
これは言いすぎでしょ。
学問の道を選ぶことがその人の救いになってる事も無くはないでしょ。

学者さんの話は尊重してますよ、もちろん。

882 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/02 10:27
>>881
>これは言いすぎでしょ。
>学問の道を選ぶことがその人の救いになってる事も無くはないでしょ。

一般語としての「救い」であれば、そうかもしれません。ですが、仏教で言うところの「救い」とではまったく異なった
意味内容になります。

三学の器の限界を知り、せめて後世につなげることを目標として一生をささげることで、心の仮住まいを求めたの
でしょう。実際に経典を正確に書写し、伝えるためには10年以上の学問的修行を積んだものでしかなしえません。
たとえば、建築図面を正確にトレースしその設計意図を十分に表現できる図面にするにはその設計者と同じぐらい
の建築知識が必要であるのと同じです。

仏典の校合や注釈作業もこの書写と同じライン上にあります。後に彼らに対して「大悲一闡提の菩薩」に喩えられる
ようになります。つまり、自身の悟りを捨てて、教えを後世に残すためにその身をささげる観音菩薩であると他称
されていくのです。

現代に生きる私にはとてもその万分の一にも及びませんが、出来ることはしていこうと考えるだけです。私が悟れる
ことなどありえない。


883 :名無しさん@3周年:04/01/02 16:57
>>882
学問的修行と悟れないことの間にどのような連関があるのか言及されていない。

884 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/03 00:11
>>883
言及する必要もないし、その責任もありません。
あなたはかなり頭の弱い人ですね。

885 :名無しさん@3周年:04/01/03 00:50
884人ほど収容できる精神病院はありますか?

886 :名無しさん@3周年:04/01/03 01:22
>>884
必要ないですよ。責任も。
でもそれに言及しなかったら主観的な感想文じゃないのかな。
普段ならそんな逃げ打たないような気がしたから聞いてみただけ。
気にすることはありません。

887 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 01:42
>>886

自未得度先度他。

横レスながら、「逃げ」なんて言うヤツは全力で叩き斬ってやる。
まあ、いらぬおせっかいでしょうが。

>884には大変深い感銘を受けました。いや、マジで。
やっぱ、電波男さんカナーリ優しいね。いや、愉快。

888 :名無しさん@3周年:04/01/03 02:16
>>887
どうぞ全力で叩ききってください。
あんたみたいに痛い人に叩ききられてみたいよ(藁藁

889 :名無しさん@3周年:04/01/03 02:22
>>887
あ、それからね、自未得度先度他なんて傲慢なことだれが言ってるの?

890 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 02:53
>>889

>あ、それからね、自未得度先度他なんて傲慢なことだれが言ってるの?

放置です。あっはは。

荒らしになるつもりがないなら、もう少しまともなレスが欲しいところ。
以後、こんなレベルにゃレスできませんので、あしからず。

老婆心ながら、>>884をよくよく吟味した上でレスすると、いいレスが返せると思うよ。

891 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 02:55
ああ、申し訳ない。>884をよくよく吟味と言ったのは、>882の間違いでした。

892 :名無しさん@3周年:04/01/03 03:50
>自未得度先度他
自作自演自慰厨房

893 :名無しさん@3周年:04/01/03 06:20
横レスの横レスですが
一般語としての「救い」と
仏教としての「救い」に
どんな違いがあるのか詳細に書けば話が早いのではないかな
これなら簡単ぽいし、私も含め、素人全員勉強になる。

894 :名無しさん@3周年:04/01/03 10:51
>>890
>放置です。あっはは。
あなたにそんな人を見下した物言いをする権利なんてないんだよ。
自分の立場と実力を良く吟味した上でレスすると、いいレスが返せると思うよ。

なんていってもわからないだろうから説明すると、自未得度先度他の大乗精神は原始仏教的ではないんだよ。
釈尊が人を導けたのはその位置に自らが到達していたからだ。
自他共に、ならいざしらずお先にどうぞというのは、たとえば自分はいつでも悟れるからまずあなたがって場合に限られるだろ。

>>882から自未得度先度他を読みとってしまうのは信州坊主の偏見だよ。

895 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 11:02
>>894

>882は原始仏教なるものの話じゃないよ。仏教研究の基礎的な立場の話です。
もう一度レスの流れを読み返してみましょう。

ちなみにいっとくと、時代区分や法流によって、研究方法が変わるってことは
基本的にあり得ませんね。

>自他共に、ならいざしらずお先にどうぞというのは、たとえば自分はいつでも
>悟れるからまずあなたがって場合に限られるだろ。
(改行いれといたよ。はぁと)

全然、まったく、限られてません。

896 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 11:14
あ、>895に一応補足。

「時代区分や法流によって、」は「対象となる時代区分や法流によって、」
に訂正。

897 :名無しさん@3周年:04/01/03 12:50
つまり,現象だけ見ないで,いやーな事が合ったのでしょうね!



898 :名無しさん@3周年:04/01/03 17:22
学僧・学者さん達が一生を捧げ、心血を注いで伝えて下さった釈尊の教えの内容をこそ語ってほしいです。それは特殊な方のみに通じるのか、現代日本で普通に生活する我々にも利益をもたらす教えなのか、ここの皆様どうぞお願いします。

899 :名無しさん@3周年:04/01/03 20:53
>>895
>>882は原始仏教なるものの話じゃないよ。仏教研究の基礎的な立場の話です。
>もう一度レスの流れを読み返してみましょう。
なに言ってるんだか。
今、私たちの話題の中心はどこにあるか認識しましょうよ。
>>886のレスに「自未得度先度他」ってレスつけたんでしょが。
886は電波男の>>869, >>882, >>884へのレス。
仏教原理主義者である電波男が、釈尊に関わる教えを語り継ぐ学者達を「悟りを捨てた」と
断定したことに端を発しているの。
その流れにある限り、882は原始仏教を継承する電波男的学者を想定しているの。
は〜、こんなに細かい注釈入れないといけない御仁と話しせにゃならんとはの。
まあ、これは議論じゃなく「お話」だからいいかな。

>ちなみにいっとくと、時代区分や法流によって、研究方法が変わるってことは
>基本的にあり得ませんね。
研究方法の意味が不明なんで放置しようかと思ったけれど、それもかわいそうだから
聞いてあげようかな。
研究方法が固定されてしまうような情けない学問分野をほかに知りませんが、
仏教学は特別だとでも?

>>自他共に、ならいざしらずお先にどうぞというのは、たとえば自分はいつでも
>>悟れるからまずあなたがって場合に限られるだろ。
>全然、まったく、限られてません。
原始仏教を想定しているのだが、意見に変更ございません?

900 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/03 23:14
>>899
なんか、、、一々人格批判を入れないとレスできない人みたいね(w
こけおどしのつもりなのか、必死さがにじみ出てるだけなのかは知りませんが。

「自未得度先度他」は電波男さんの>882

>つまり、自身の悟りを捨てて、教えを後世に残すためにその身をささげる
>観音菩薩であると他称されていくのです。

に対応させる形でレスしたもんだよ。なぜここで観音様が出てくるのか、もう一度よく
考えてみましょう。
それと「研究方法が固定されてしまう」なんていい加減な曲解で駆け引きはしないこと。

で、つまり、「意見に変更」とやらはまったくないね。なんとか後出しじゃんけん粗探し
モードに持ち込みたいようだけど、次のレスも面白くなかったらかねて予告のとおり
完璧放置しますんで、よろしゅう。つか、言っちゃ悪いが無理しなくていいよ。マジで。

901 :名無しさん@3周年:04/01/03 23:15
NBのとぼけた話しはもういいからさ、そうそうたるコテハンやギャラリーがいるんだし、原始仏教の思想の核心についてもっと議論してよ。

902 :名無しさん@3周年:04/01/03 23:58
そりゃー、電波男とNBを一緒にしちゃダメやろ。
(以下略)

903 :名無しさん@3周年:04/01/04 00:04
>>900
>「自未得度先度他」は電波男さんの>882
>>つまり、自身の悟りを捨てて、教えを後世に残すためにその身をささげる
>>観音菩薩であると他称されていくのです。
>に対応させる形でレスしたもんだよ。
この電波男のログは観音菩薩という信仰の端緒を示したにすぎない。
ここに対応して「自未得度先度他」を持ってきたのなら、本来は電波男自身がそれを批判するべきだった。
なんでおれの発言に対してレスつけるんだよ。わかりにくいだろ。

>それと「研究方法が固定されてしまう」なんていい加減な曲解で駆け引きはしないこと。
だってあなたが「対象となる時代区分や法流によって、研究方法が変わるってことは
基本的にあり得ませんね。」って言ったんじゃないさ。
研究方法が変わらないってのは固定されてしまうってことじゃないの??

>で、つまり、「意見に変更」とやらはまったくないね。
原始仏教という土俵に乗るのか乗らないのかはっきりしてからレスしてね。

>次のレスも面白くなかったらかねて予告のとおり
>完璧放置しますんで、よろしゅう。
逃げないでね、つまんないから(藁

904 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/05 15:25
>>885
話がややこしくなってきましたので、手取り足取り教えてあげましょう。こんなことは今回だけだからね。
あなた以外はみんな分かっていると思うよ。

>学問的修行と悟れないことの間にどのような連関があるのか言及されていない。

「悟りへの道」としての菩提分を修行せず、ただ書写や分類、解説だけで生涯を終えようとするものにとって、
悟りを放棄したすることです。よって、「悟れる」と言う概念からは遠く離れたところでコツコツと作業している
のであって、実際に悟れるかどうかは関係ありません。

「私がその行動を起こさなければ出来ない」ことに関して、別行動と別結果を結びつける関連性をどうして説明
する必要があるのですか?めちゃくちゃな問いにたいして、「頭が弱い」と申し上げたまでです。もし別な答えを
期待しているのであれば、その条件分岐を提示すべきですね。提示しない論法であるのなら、今後慎むべきで
すね。内心、馬鹿にされているのが想像できますから。

905 :名無しさん@3周年:04/01/05 16:47
>>904
>「悟りへの道」としての菩提分を修行せず、ただ書写や分類、解説だけで生涯を終えようとするものにとって、
あなたがどうであれ、他の学僧までもが悟りを捨てた訳ではない。

でも、痛い横やりのおかげでレスもついたのかな?NBよ、ありがとう。

906 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/05 16:55
>>905
やはり、あなたには「ハクチ認定証」を贈呈しましょう。
私の主張として

「学僧たちが悟りを捨てた」

など、どこにもありませんよ。学僧であって、悟りを求めているものも多いのですから。
また、学僧なんて言葉も使っていませんよ。あなたはどうも論点を先取して自己構築し脳みそも硬直させる
傾向にある魯鈍のようですね。

わたしが、

>「悟りへの道」としての菩提分を修行せず、ただ書写や分類、解説だけで生涯を終えようとするものにとって、

このような限定を加えて命辞化しているのに、他の概念をもってきてどうするのですか?同じことを何回も言わ
せなさんな。さらに馬鹿を晒すことになります。

907 :名無しさん@3周年:04/01/05 17:33
>>906
>>869

>釈尊に関わる「教え」を語り継ぐために多くの学者たちが心血を注いできたという
>釈尊滅後からの歴史があります。語り継ぎ、その流れを絶やさぬためには「学問」
>が絶対不可欠です。もちろん、その「法脈の裏方」は自らの悟りや救いは捨てた
>と言う認識を持っています。

とあるが、法脈の裏方というのは学者ではあっても学僧ではないということですね。
そんじゃ、いいです。わかりました。そういう裏方さんが本当にいたとしたら、そりゃ悟りも捨ててますわ。

ついでといっちゃあなんですが、大乗精神「自未得度先度他」と原始佛教についてもなにかありません?

908 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/05 19:29
>>907

>とあるが、法脈の裏方というのは学者ではあっても学僧ではないということですね。
>そんじゃ、いいです。わかりました。そういう裏方さんが本当にいたとしたら、そりゃ悟りも捨ててますわ。

もうちょっと、ものごとを考える習慣つけてくれないかなぁ。。。。。。。。

法脈の裏方がいる。
その中には多種多様な人がいる。読経・説法・厨房・掃除・学問(学僧)と言う具合にね。
学僧であることがそのまま裏方であることにはならないが、裏方の中には学僧もいるんだよ。

>ついでといっちゃあなんですが、大乗精神「自未得度先度他」と原始佛教についてもなにかありません?

大乗精神が「自未得度先度他」であるというのは間違いだよ。ある人の行為をさして「自未得度先度他」だ
と言うのは許容範囲だけど、大乗に携わる人すべてが「自未得度先度他」であると言う事にはならない。

【原始仏教について】
仏教を大小にわけて考えることに私は否定的であり、それは間違いだということを指摘し続けてきました。
原始仏教を部派仏教と同じく小乗仏教だと断定する人がいますが、それも間違いです。また、部派仏教を
小乗だと決め付けることも間違いです。

もともと苦からの開放を目指ざした釈尊にとって、自分と同じ境地に誰でもが入れると考え、彼に続いた人を
自分と同じ境地にいると宣言しました。このような精神が大乗思想の根底を貫いており、救うもの、救われるも
のの区別がないものだと考えます。後に登場してくる仏塔崇拝や在家仏教運動などという相対化した見解では
語りつくせないものが大乗にはあるはずです。



909 :名無しさん@3周年:04/01/05 20:41
>>908
私は>>894
>自未得度先度他の大乗精神は原始仏教的ではないんだよ。
と発言しています。
この大乗精神という表現には問題があるとして、では「自未得度先度他は原始仏教的ではない」という部分はどうでしょう。

910 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/05 21:18
>>909
あなたの「原始仏教」とやらの定義をきちんと提示できてからの話でしょう。
ちなみにぼくの定義は仏教史上の一時代区分にすぎないね。

911 :名無しさん@3周年:04/01/05 21:34
>>910
あ、あんたに聞いてないから。

912 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/05 21:42
>>909
>この大乗精神という表現には問題があるとして、では「自未得度先度他は原始仏教的ではない」という部分はどうでしょう。

この「自未得度先度他」という意味の考察からはじめないと出来ないでしょうね。言葉の意味ではなく、実際に道徳倫理として
自分の行動を鑑みたとき、「自未得度先度他」が最優先されるべきかどうかという問いが古来からありました。勿論、宗教にも
その問いかけがあり、いまだに解決できていない大問題ではあります。

翻って原始仏教を見た場合、「自未得度先度他」のような「こころがけ」を排除してしまっては本末転倒であることは火を見るより
明らかです。また、この「度」と言う意味を「済度」と言う究極目的に置いてみると、議論が多岐に渡りすぎてしまい、収集がつかな
くなります。

多少なりとも仏教に関わった人で、火中に泣き叫ぶ幼子を目前にして、身を挺しする人の割合が高いことを私は信じます。
これも「自未得度先度他」と言えないことはありません。また、仏弟子にしてそのような災害を目前にしてどのような態度を
とるかは阿含経典にも記述されています。(いま典拠は出てきませんが)

そのような精神は教義がひん曲がってしまった仏教のなかでも息づいていると信じたいものです。

913 :名無しさん@3周年:04/01/05 22:05
>>912
>また、仏弟子にしてそのような災害を目前にしてどのような態度を
>とるかは阿含経典にも記述されています。
火の勢いの強いとき、身の危険を顧みずにその中に入る勇気を阿含教典は肯定しているのでしょうか。
自利を抑え利他により大きな価値を見いだそうとする現行の仏教と同じだと。

914 :オレンジ :04/01/05 22:29
遅ればせながら みなさんあけましておめでとうございます。
今年もハイレベルな議論を楽しみにしています。

>>868 仙人 New! 04/01/01 10:13
仙人さんあらため スターダストさんもっとはやくこっちのスレに
きて議論するべきだったね。
アートマンや12縁起の議論もオレンジ相手じゃあ 歯ごたえが
無かったでしょう。
こちらのスレには一切経読破したような方がごろごろいるから
十分堪能してください。


915 :名無しさん@3周年:04/01/05 23:13
>>913

>火の勢いの強いとき、身の危険を顧みずにその中に入る勇気を阿含教典は肯定しているのでしょうか。
>自利を抑え利他により大きな価値を見いだそうとする現行の仏教と同じだと。

阿含経典では「身の危険」とか「勇気」とかの概念では語られていません。実際の火に焼かれるほうが、
業火と比べれば、涼しい水の如くであるから死苦に直面している人を連れ出すのになにを躊躇する必要が
あるのか。と言う感じですね。後の大乗仏教徒が言うような大義名分はありません。

自利という概念がない代わりに利他と言う概念もありません。初期大乗仏典を見渡すと、この二つの概念
を対立項として取り扱っているものは少ない気がします。

布施のことを考えましょう。インドでは誰かに布施をしても、感謝はされますが恩義に思い続けることはあ
りません。その代わり自分が布施をする立場になっても見返りは一切期待しません。布施をする行為には
自分より困っている人がいるから施してしまうという行動原理があるだけなのです。ここに「自他利他」の
概念など入り込む隙はありません。欲ボケが進むにつれ、そのような概念が挿入されてきたのだと私は
考えます。


916 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/05 23:14
>>915
コテハン抜けました。(笑)

917 :名無しさん@3周年:04/01/05 23:52
>>915
>布施をする行為には
>自分より困っている人がいるから施してしまうという行動原理があるだけなのです。ここに「自他利他」の
>概念など入り込む隙はありません。
よくわかりました。
今日はありがとうございました。

918 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/06 03:36
>多少なりとも仏教に関わった人で、火中に泣き叫ぶ幼子を目前にして、
>身を挺しする人の割合が高いことを私は信じます。

95年の阪神淡路大震災の時に少し実感できましたので、僕もそう信じています。
うんうん、こういう展開を期待していました。仏教の本質を知りたいし、
それを可能な限り身に付けたいんです。それは「こころがけ」としては、時代や
地域や人種や宗教等を越えて普遍的に誰でもが納得し実践可能だと思うんです。

僕にとって原始仏教の定義は、単に一次代区分にすぎないようなものではなく、
後の仏教史の展開の萌芽がいっぱい詰まってる宝の山のように思います。と言うか、
後世に様々に展開する「仏教思想」と呼ばれるものでも、原始仏教にその萌芽が全く
認められないような思想は少なくとも「仏教」と言う枠内では語れないと思いますね。

919 :名無しさん@3周年:04/01/06 04:09
>>918
典拠ある仏教思想の話とは少しずれるかもしれませんが、火中の幼子の喩えは倫理的に単純に肯定するには微妙すぎます。
火の中から幼子を抱き抱えて生還できる者のみが、火の中に入る資格を持つと考える方が現実的であり、
「自分より困っている人がいるから施してしまうという行動原理」に即していると考えます。
力の不足する者はそれに見合った布施を行うべきであり、自己をどの程度犠牲にするのかは状況によって
大いに変化してしかるべきでしょう。
比喩ですが、火中の幼子を救う実力が重要なのです。

920 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/06 20:59
まあ、仏教学研究はキリスト教の熱烈な信仰を持つ人間であっても十分可能だし、現実に
キリスト教徒の仏教学者は存在し続けてるし、大体「近代仏教学」自体はキリスト教徒によって
つくられたものだし、仏教学者として日本人が有利なのはただ単に漢字文化圏に生まれ育った、
ってだけのことにすぎない。

そういった意味では学問と「悟り」には何の関係もないし、いわゆる「原始仏教」も研究対象
としては一時代区分(たとえば釈尊在世から部派仏教の成立まで)にすぎない。
もちろん、研究対象に対して敬意や共感を抱くことは十分ありえることだし、そこから研究に
あたっての問題意識を導き出す場合もあるだろう。
しかし、そうした敬意や共感は研究の中に持ち込めるような事柄ではないし、そんないい加減な
学問でもない。

そうした中で、仏教徒として現代の仏教学研究に携わる意味とは?を問うとき、>882の

>現代に生きる私にはとてもその万分の一にも及びませんが、出来ることはしていこうと
>考えるだけです。私が悟れることなどありえない。

といった考え方には非常に感銘を受けるし、そこ以外に仏教徒でありつつ仏教学者となることは
できないとも考える。これは佛に全幅の「信」をおいて初めて到達しうる態度だと考えるし、
ぼくとしてはそこに「自未得度先度他」を見出したのであって、「原始仏教と自未得度先度他
の関係」だの「大乗精神」なんてあやふやな妄想なんか、

この文脈では、根本的に知ったこっちゃないね。


921 :名無しさん@3周年:04/01/06 22:11
>>920
>この文脈では、根本的に知ったこっちゃないね。

たしかに。
私は私の興味のある方向に持っていくために話を無理矢理ねじ曲げることがよくある。
犬にでも噛まれたと思って諦めてね(w
コテハンは噛まれて大きくなる(www

922 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/01/07 00:43
>>921
あっはっは。あなた、負けず嫌いで正義感強いね。
憎まれ口の才能も結構一流(w

実は大乗菩薩道向きかもね。あはは。

って、ことで、         はい。ありがとう。噛まれて勉強させていただきました。

なむなむ。

923 :名無しさん@3周年:04/01/07 19:09
大乗涅槃教を教典とした真言密教と謡う宗教があります。

これは、大乗といえるのでしょうか?

924 :名無しさん@3周年:04/01/09 12:32
>>923
漢字とか細部までの注意力がついたら、わかるのでは。次へ。

925 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/09 13:45
>>623は真如苑のことかな?
書物でしか知りませんが、言ってる事は怪しいカルトでしょうね。

926 :名無しさん@3周年:04/01/09 23:16
カルトではない新興宗教ってありますか?

927 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/10 02:21
>>926
http://life.2ch.net/psy/kako/1011/10118/1011866969.html
以前に↑のスレの470番で電波男さんがカルトの定義をしてられましたよ。
何かの参考にはなるでしょう。

928 :名無しさん@3周年:04/01/10 08:42
>>927
すごい定義ですな





それでは「一つでも有ればカルト」のであるというのを簡単に述べましょう。

1 「死後の保証」を盾にとって、奉仕やお布施などの金品を要求する
2 「輪廻転生」(生まれ変わり)を積極的に教義の根幹に据える
3 極端な排他思想
4 認識、確認できない事柄を無理やりに信じ込ませようとする
5 倫理軌範が世間のそれとかけ離れている
6 霊能力、超能力を売り物にする
7 瞑想の導入において、施術する
8 親子に勝る法理を説く
9 政治に関与する
10 教祖や代表が「悟った」とか「覚者である」とか宣言する団体
11 脱会の意思を表明した時に罰論を説教する団体
12 罪業論、宿業論を教義の根幹に据える団体

以上のうち、一つでもあれば「カルト」です。一般的な言葉の定義ではなく、皆さんが
被害に遭われないための予防措置としての定義です。項目は今後増えるでしょう。

929 :名無しさん@3周年:04/01/10 08:43
>>927
では、カルトではない既存の宗教ってなにか思い当たりますか?

930 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/10 23:25
カルトでない既存宗教と言えば、釈尊の発見されたダンマである仏教の原理思想が
そうじゃないでしょうか?>>1にもそう書かれていますねが、このスレも原始仏教を
議論しながら、仏教の原点を闡明しようとしたものですよ。

931 :名無しさん@3周年:04/01/11 02:16
>>930
団体としての既存の宗教集団にはないってことですか。
原始仏教教団なんて聞いたことありませんが・・・

932 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/11 03:06
いくら崇高な理想や原理思想を持っていても、それが組織集団になって
しまったとたんにカルト化が始まるのでしょうね。
釈尊は「サイの角のようにただ一人歩め」とか「同じ道を二人して行くな」
とかおっしゃってるそうですね。
「サンガ」をどのように定義するかが重要なんじゃないですか?

933 :名無しさん@3周年:04/01/11 04:51
79 :名無しさん@3周年 :04/01/07 06:09
各宗教の内容、目的の趣旨にも拠るが宗教自体が必ずしも詐欺とは断言できない。
内容的には各宗教の古来の神と称する者の実態があまりにも人間的過ぎて
思想を擬人的に表したのかもしれないが、
一般的な考えから言えば、あまりにも人間に近ければ近いほど
神と言う観念を内包させるには、あまりにも違和感を感じさせるしかない。
そういう胡散臭さや。実社会の中に存在する宗教団体の生臭い
権力闘争や金権主義、唯我独尊的な横暴な振る舞いは、教義以前に
一般的な人間から見れば「仮にも宗教者が・・}という
あきれと内心的な軽蔑さえ生まれる。宗教団体という団体になれば
社会的な存続と言う命題が出てくる(団体としての存続)
それゆえに力の拡大を図るために。勧誘を行い同時に金と言う力の取得と言う問題も
絡んでくる。
しかも宗教家、宗教団体とは言えそれを形成してるのは人間なのだ。
人間が生きて行くには自給自足でもない限り金が必要になる。
その宗教団体を形成してる核の人間達は働き手に払う金も必要になる。
其処で信者数を増やし金を吸い上げる。信者数が増えると言う事は社会的影響力も
高くなる強くなると言う事なのだ。会社と同じように考えればよく解るだろう。
商品は宗教というものだが。


934 :名無しさん@3周年:04/01/11 04:52
80 :名無しさん@3周年 :04/01/07 06:12
ぼろくそに書いたが宗教と言うのは単純に言えば信じる事の延長線上にあるような気がする。
つまり「いわしの頭も信心から」よろしく個人の信をどう使うか、どの方向に
向けるかと言う事なのではなかろうか。権威ある?古来からの宗教や新興宗教多多在るが
信仰や宗教は団体化しなくても、個人でできるものなのだ。
それどころか個人としては人はそれを持っていた方が好い位だろう。
その時それは言葉を変えて表現され信念や志、愛でもあるのかもしれない。
それが無い人間のほうが心迷い、外に信仰対象を求めるようになる。
信仰と言うもの自体には何の罪も無くその方向性さえ誤らなければ
有益な物でさえあるだろう。
自分と信仰がダイレクトでなければならない、しかも自分のなかで常に欲に
振り回されてないか感情に振り回されてないかという事に気を配りながら。
自分と信仰の間に、介在者を置くのは良くないのだろう。
祭事や神事的な昔ながらの風習、習慣を行う場合は頼まなくてはならないが
それは個人の内面的な信仰とはまた別物だろう。




935 :名無しさん@3周年:04/01/11 05:17
単なる空想アナーキズムだな

936 :名無しさん@3周年:04/01/11 07:50
既存のあらゆる集団がカルトと認定されてしまうような基準など、基準としての意味をなさない。
伝統諸宗派をもカルト扱いしたいのなら、カルトという語義に世間と齟齬があるとしか言いようがない。
ここでいうカルトって一体なんなのだ??

937 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/11 11:37
>>936
>既存のあらゆる集団がカルトと認定されてしまうような基準など、

なぜそう考えるのですか?あなたの認識では、既存教団とはそんなにも劣悪なのですね。

938 :名無しさん@3周年:04/01/11 12:02
>>937
>既存教団とはそんなにも劣悪なのですね。
劣悪ではないと思うから、全部カルト扱いにするような基準というのはいかがなものか、と言っている。
もし全部ではないというのなら例証して欲しいと思い、>>929で意見を求めた。

939 :名無しさん@3周年:04/01/11 14:41
カルトの定義は難しいです。
新興宗教に入団してる人も自分では「カルト」と思っていない訳で…

やはり私的にはビジネス中心は、受け入れにくいですね。
あとは必要以上に勧誘のある団体も好きではない。

940 :名無しさん@3周年:04/01/15 07:52
既存教団は劣悪でしょうね。
ベロさんのおっしゃるように、組織化したとたんに墮落するのが教団の常。

>928
10 これには仏教はすべて該当する。なんといっても教祖釈尊は仏陀ですから。
12 これにはキリスト教すべてが該当しますね。


941 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/15 09:17
>>940

>10 これには仏教はすべて該当する。なんといっても教祖釈尊は仏陀ですから。

あの定義は現在に適用させるのが目的です。その教団組織の開祖、代表者を指すのです。
たとえば幸福の科学の大川氏のように。

また仮に釈尊在世に当てはめても、釈尊とその弟子たちは教団組織を作っておりませんので適用できません。

942 :名無しさん@3周年:04/01/15 10:17
圧倒的に説明不足

943 :名無しさん@3周年:04/01/15 10:20
>>942
分からないのなら聞けばいい。
なにを甘えているんだろう?

944 :名無しさん@3周年:04/01/15 14:35
>>943
はぁ??

何を居丈高に、、、開き直るタイミングを間違えている。

945 :名無しさん@3周年:04/01/15 14:40
>>943-944
書き込むスレ間違ってないでつか?

946 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/16 02:01
電波さん、
>また仮に釈尊在世に当てはめても、釈尊とその弟子たちは教団組織を
>作っておりませんので適用できません。

僕なんかは釈尊がサールナートで五比丘に説法して、そのダンマと釈尊に帰依した
時から仏教教団が始まると思っているのですが「組織教団を作っていない」と言う
のは、そう言う意味の教団ではないのですか?

947 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆RHudQb4c9k :04/01/16 09:02
>>946 ベロさん。

教団、組織教団、教義などの言葉の定義を明確にする必要がありそうですね。
「カルト認定基準」が話の発端ですが、その基準が適用されるのが現在です。現在の教団組織と言うのは
自他共にひとつの集団として認識し、教祖を頂点としたヒエラルキー構造を有するものと言う意味です。

【ヒエラルヒー】 [(ドイツ) Hierarchie] infoseek辞書
上下にピラミッド形に序列化された位階制の秩序ないし組織。本来はローマ-カトリック教会の教義において
天上の天使群の序列を意味したが、転じて教会組織の階層秩序をさすようになり、さらに中世封建制の身分
秩序を意味するようになった。現在では軍隊や大組織の官僚制的秩序をさす。階層制。階統制。教階制。ヒエ
ラルキー。

また、釈尊とその弟子たちとの関係は教団組織として考えるにはかなり無理があります。

1 最初に弟子入りして悟ったとされる五比丘は釈尊と行動を共にしていない
2 出家において、シャミと比丘の違いがあるだけで、階位制など存在しない
3 三法印以外には、まとまった教義を押し付けていない
4 戒律以外、統制する意識がまったく見られない
5 その他諸々

など数え上げればキリがありませんが、現在に至る教団組織の起源は部派仏教にあると考えます。







948 :名無しさん@3周年:04/01/16 09:17
>>947
1.「精舎の導入」が無視されている
3.ここまで三法印を持ち込むのはいかがか? 一歩ふみこんで、どう捌こうかというときにそれで
 割り切るというスタンスとしてはいいとおもいますが。
4.原始経典に見られる戒の源となっていくものと律蔵のものと、ひとまず別個のものと考えられるが、ここで
 戒律という表現からは、僧伽組織までも規定する律蔵を彷彿させる。

以上から、教団とは何かを語るには、いささか不充分な条件が列挙されているように感じる。 

949 :電波男Ψ(´д`)Ψ:04/01/16 09:46
>>948
教団とは何かをまだ語っていませんよ。数行のコメントで十全に語れるはずもありません。それは本論と逸れてますからね。
カルト認定基準に列挙した項目の補足説明として、釈尊には当てはまらないというほどの意味です。
しかし、まあコメントだけしておきましょう。

>1.「精舎の導入」が無視されている
「精舎の導入」が教団組織であるか否かを計るとき、安居と言う特殊要素を無視できません。後の組織化に遠因
であったでしょうが、釈尊当時についてはまだ語りません。

>3.ここまで三法印を持ち込むのはいかがか? 一歩ふみこんで、どう捌こうかというときにそれで
> 割り切るというスタンスとしてはいいとおもいますが。
三法印と言ったのは「自灯明法灯明」の法灯明として三法印を基準とし、自灯明として教団組織化を求めない
と言う程度のものです。「ただ一人で歩め」と言うことを強調したかったのです。

>4.原始経典に見られる戒の源となっていくものと律蔵のものと、ひとまず別個のものと考えられるが、ここで
> 戒律という表現からは、僧伽組織までも規定する律蔵を彷彿させる。
まぁ、彷彿されるのはご勝手ですが、ここでは釈尊在世のお話をしているのであって、当然、律蔵そのものは無
りませんでした。戒律といえば五戒をはじめとするものであって、心の安穏に導く日ごろの心がけのことです。

破和合僧なんか部派の産物であると考えますね。


950 :名無しさん@3周年:04/01/16 19:20
電波男さん、あなたの名前がこんなところにもチラリと載っていたよ。
有名ですねぇ。

そもそも創価学会という団体は
http://jbbs.shitaraba.com/study/bbs/read.cgi?BBS=3764&KEY=1072449102

ここでは、創価学会と日蓮正宗が法論しているらしい。
あなたの定義からすれば、やはり双方カルトなのでしょうか?
ここの連中はネット上では、組織を代表して議論していないから
組織の定める教義に束縛されることないと言い、
組織の教義と矛盾する私論をもって議論して、相手の論難を避け、
とにかく相手を叩きのめそうとしている。

これはいったいどーゆーことなんだろうか。
あなたはこういう状況をどう思われますか?



951 :名無しさん@3周年:04/01/16 22:01
>950
電波を引用した銀舌居士さんは怖い者知らずですねぇ。
彼の本当の所属をご存知でないとは。

私見ですが、そ〜かはカルトで間違いないですよ。


952 :名無しさん@3周年:04/01/16 22:58
>>951
銀舌居士さんは議論の上では学会の正式見解を逸脱するなと
注意している学会員でお仲間さんにあっさりアクセス禁止くらったようですな。
怖いもの知らずと言えば、確かにそのようだw


953 :名無しさん@3周年:04/01/17 14:53
>銀舌居士さんは怖い者知らずですねぇ。
>彼の本当の所属をご存知でないとは。
電波男=ひろさちや =951-952

954 :名無しさん@3周年:04/01/17 21:48
>>953
なんぼなんでもひろさちや扱いはかわいそうでは?

955 :名無しさん@3周年:04/01/17 22:10
電波男の本当の所属を知ってる951って。

956 :名無しさん@3周年:04/01/17 22:12
952もご存知のようですね。
951-952さん、彼の本当の所属を教えてください。

957 :名無しさん@3周年:04/01/17 22:17
>>956
電波男Ψ(´д`)Ψの正体を知っています。
ミカエル時空監視局、銀河系統括主任です。

958 :名無しさん@3周年:04/01/17 22:17
>954
良識をおもちあわせの方のようで幸いです(ウフッ)

959 :名無しさん@3周年:04/01/17 23:14
学会二世・建築士・帰国子女

960 :名無しさん@3周年:04/01/18 01:03
ひろさちやバカにするなヽ(`Д´)ノ

961 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/18 02:31
>>947、電波さん
そう言う意味では現代の伝統仏教教団などは悉く釈尊の意図から逸脱していますね。
門主制や管主制に僧階や固定された檀家制度、大伽藍の保持、寺院・檀家の世襲制等々。

釈尊の教団と現代の教団は同じ教団と言う言葉でも実質が全く異なる訳ですね。
で、現代の教団の起源は部派仏教にあるのですか、よくわかりました。

962 :池田犬作 ◆LIR.La.YRI :04/01/18 13:48
電波男Ψ(´д`)Ψタソ
(;´Д`)ハァハァ

963 :震度7:04/01/19 01:49
まあ、地位やら家庭やら・・・大事な物
持ってれば持ってるほど、旅立つとき
悲しかろうて、苦しかろうて。

964 :名無しさん@3周年:04/01/19 07:18
>>960
ひろさちや=増原良彦=電波男 ではご不満か?
じゃああれか、電波男はうんこぐらいの価値しかないってことか。

965 :名無しさん@3周年:04/01/20 01:49
>>964
ジャンルが違いすぎるは、ぼけぇ!

966 :名無しさん@3周年:04/01/20 16:10
次スレ
http://gamble2.2ch.net/test/read.cgi/slot/1074525383/l50

967 :ひろさちや:04/01/21 00:59

ギャ、ギャ、ギャ、ギャンブルて文字がアドレスに書かれてある時点で・・・(Ry

968 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :04/01/23 14:24
皆様、ご無沙汰しています。ここも一杯になりそうなので新スレッドを立てました。三々五々お移り下さい。

原始佛教 その6
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1074834929/

969 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :04/01/23 18:42
>>950-952
さう云ふスレ違ひ話はでこちらあたりでやつて下さい。正宗系カルト教義の總合スレです。

http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1054740898/

970 :ベロ ◆eOod7XM/js :04/01/29 02:06
このスレも一応最後まで使いますか?あるいはもう引越しますか?

971 :名無しさん@3周年:04/02/09 15:09
1000!

972 :名無しさん@3周年:04/02/11 16:58
972

973 :池田犬作 ◆LIR.La.YRI :04/02/11 17:00
PS2のイニシャルDはリアルだな。

974 :名無しさん@3周年:04/04/04 21:31
 

975 :名無しさん@3周年:04/04/28 23:43
ウルトラD

976 :名無しさん@3周年:04/05/08 01:56
保守

977 :名無しさん@3周年:04/05/14 02:36
チンコほしゅ

978 :名無しさん@3周年:04/05/20 20:03 ID:eyPW69zC
救出

979 :名無しさん@3周年:04/06/04 12:57 ID:i3dJkoK4
「瞑想=カルト」って定義するのにも無理があるのではないかな。フランスではもっと広く定義しているよ。
もっと大きいカルト団体にはどのような対応をするのかな。


980 :阿呆陀羅經 ◆MGPuxvZ3xQ :04/06/04 15:11 ID:Rlj9G1cB
このスレッドは終了しております。沈むに任せてください。

6代目はDAT落ち、書き込みは下記へお願いします。

原始佛教 その7
http://etc2.2ch.net/test/read.cgi/psy/1086107190/

981 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:26 ID:LiU3kPHz
450 立派な人々は説いた‐[i]最上の善いことばを語れ。(これが第一である。)
[ii]正しい理(ことわり)を語れ、理に反することを語るな。これが第二である。
[iii]好ましいことばを語れ。好ましからぬことばを語るな。これが第三である。
[iv]真実を語れ。偽りを語るな。これが第四である。
スッタニパータ 第三 大いなる章

982 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:43 ID:LiU3kPHz
582 汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を知らない。
汝は(生と死の)両端を見きわめないで、わめいて、いたずらになき悲しむ。
スッタニパータ 第三 大いなる章



983 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/06/06 09:47 ID:Czl2yCJW
もしもし、レンマどの、このスレは何処から引っ張ってきたんですか?
トリップが間違いないようですが・・

寝ぼけちゃったですか?(^^ゞ

984 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:49 ID:oJxYWeyB
 修行僧たちよ。善にして、尊く、出離を得させ、さとりにみちびく諸々の真理がある。
そなたたちが、『善にして、尊く、出離を得させ、さとりにみちびく諸々の真理を聞くのは、
何故であるか』と、もしもだれかに問われたならば、かれに対しては次のように答えねば
ならぬ。──『二種ずつの真理を如実に知るためである』と。しからば、そなたたちのいう
二種とは何であるか、というならば、『これは苦しみである。これは苦しみの原因である』
というのが、一つの観察[法]である。『これは苦しみの消滅に至る道である』というのが、
第二の観察[法]である。修行僧たちよ。このように二種[の観察法]を正しく観察して、
怠らず、つとめ励んで、専心している修行僧にとっては、二つの果報のうちのいずれか
一つの果報が期待され得る。



985 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:50 ID:oJxYWeyB
 ──すなわち現世における<さとり>か、あるいは煩悩の残りがあるならば、
この迷いの生存に戻らないこと(不還)である。──

スッタニパータ 第三 大いなる章


986 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:52 ID:oJxYWeyB
>>983
たまたま沈んでいたものを見つけただけです。(^-^)

-------------------------------------------------
このスレッドは終了しております。沈むに任せてください。

6代目はDAT落ち、書き込みは下記へお願いします。

原始佛教 その7
http://etc2.2ch.net/test/read.cgi/psy/1086107190/
-------------------------------------------------


987 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:56 ID:3lvHpdmC
724 苦しみを知らず、また苦しみの生起するもとを知らず、また苦しみの
すべて残りなく滅びるところをも、また苦しみの消滅に達する道をも知らない人々、──



988 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:57 ID:3lvHpdmC
725 かれらは心の解脱を欠き、また智慧の解脱を欠く。
かれらは(輪廻を)終滅させることができない。
かれは実に生と老いとを受ける。



989 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:57 ID:3lvHpdmC
726 しかるに、苦しみを知り、また苦しみの生起するもとを知り、
また苦しみのすべて残りなく滅びるところを知り、
また苦しみの消滅に達する道を知った人々、──



990 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 09:58 ID:3lvHpdmC
727 かれらは、心の解脱を具現し、また智慧の解脱を具現する。
かれらは(輪廻を)終滅させることができる。
かれらは生と老いとを受けることがない。



991 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 10:03 ID:wXQaiifg
728 世間には種々なる苦しみがあるが、それらは生存の素因にもとずいて生起する。
実に愚者は知らないで生存の素因をつくり、くり返し苦しみを受ける。
それ故に、知り明らめて、苦しみの生ずる原因を観察し、再生の素因をつくるな。



992 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 10:04 ID:wXQaiifg
766 欲望をかなえたいと望んでいる人が、もしもうまくゆくならば、
かれは実に人間の欲するものを得て、心に喜ぶ。

スッタニパータ 第四 八つの詩句の章

993 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 10:04 ID:wXQaiifg
771 それ故に、人は常によく気をつけていて、諸々の欲望を回避せよ。
船のたまり水を汲み出すように、それらの欲望を捨て去って、
激しい流れを渡り、彼岸に到達せよ。



994 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/06/06 10:08 ID:Czl2yCJW
レンマ氏へ

スッタニパータの主旨はある程度理解できるのですよ。
しかしながら貴殿は私の問いに答える責任が生じておりまふ。

どうか私の問いに答えてくだされ。

995 :名無しさん@3周年:04/06/06 11:14 ID:brKoxL0K
>かれらは(輪廻を)終滅させることができる。
>かれらは生と老いとを受けることがない。

「再び生を受けない」
転生のことを語っている文証やね。


996 :名無しさん@3周年:04/06/06 11:21 ID:3vWIrwBO
>>995
「再び老いを受けない」

解脱しようがなにしようが、老化しないわけないわな。
お釈迦様だって年はとった。
よーするに、文章を鵜呑みに解釈するのはマチガイ。
なんらかの比喩と考えるべきなんじゃないの?

997 :名無しさん@3周年:04/06/06 11:24 ID:PTaTJiF5
再び生を受ければ再び老いも受けるわな
生があれば老いる
生と老いはセットだということであれば
再び生まれないことが条件

998 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 11:49 ID:VQlax598
>>994
はい(^-^) それは向こうで。

原始佛教 その7
http://etc2.2ch.net/test/read.cgi/psy/1086107190/

------------------------------------------------

796 世間では、人は諸々の見解のうちで勝れているとみなす見解を
「最上のも」のであると考えて、それよりも他の見解はすべて
「つまらないものである」と説く。それ故にかれは諸々の論争を超えることがない。

999 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 11:49 ID:VQlax598
797 かれ(=世間の思想家)は、見たこと・学んだこと・戒律や道徳・思索したことについて、
自分の奉じていることのうちのみすぐれた実りを見、そこで、それだけに執著して、
それ以外の他のものをすべてつまらぬものであると見なす。



1000 :レンマ ◆WOFVciA9uE :04/06/06 11:50 ID:VQlax598
798 ひとが何か或ものに依拠して「その他のものはつまらぬものである」と見なすならば、
それは実にこだわりである、と<真実に達した人々>は語る。
それが故に修行者は、見たこと・学んだこと・思索したこと、または戒律や道徳にこだわってはならない。



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