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__無門関__

1 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 08:02
不一不二

一如の法門を語るスレッドです。


2 :名無しさん@3周年:04/02/19 08:53
      2ゲト…          (´´
    ∧_,,,   )      (´⌒(´
  ⊂(゚-;;゚⊂⌒`つ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
        ̄ ̄  (´⌒(´⌒;;
      ズザーーーーーッ

3 :名無しさん@3周年:04/02/19 09:22
>>1  祝新スレ  
嵐にも負けず、煽りにも負けず。
取り急ぎ、御挨拶まで。


4 :名無しさん@3周年:04/02/19 09:25
ところで「無門関」てなんですか?

5 :名無しさん@3周年:04/02/19 09:29
禅のテクスト。漢文の読み書きもできない机ちゃんに
理解できたのかどうか知らんけど。解説書だけはゴマンと
出てるから、引用かますんだろーけど。

6 ::04/02/19 09:32
>机さんのお話が聞けるところ(板でもHPでも)が、ここ以外にもありますか?

それが出来んから、何年たっても2ch三昧

あっはっはっはっは

これでもめっきりカキコは減ったがのー


7 :asker:04/02/19 09:49
おめでとうございます。よろしくおねがいします。
うれしいです。
これからは私も何が起きても一如と思い、無に帰したいと思います。

ところで 早速ですが、質問です。(内容は相変わらずパンピー)
あるお坊さんが「自分は10万人の人々の救済を仏に誓った」と言って燃えておられたのですが
そういう積極的なあり方も アリなんですか?
日蓮上人は積極派なのでしょうか。
お釈迦様もそういう誓いを心に秘めておられたのだろうか?
それとも、人々の方が集まっていったのだろうか?
真実を説けば おのずと人々は集まるような気がいたしますが。
また、真に正しく生きるだけでも 人々は集まるようにも思いますが。
私、今日は所用にて、また夜半おじゃまいたします。
             (合掌)

8 :名無しさん@3周年:04/02/19 11:17
>>7
>真実を説けば おのずと人々は集まるような気がいたしますが。
>また、真に正しく生きるだけでも 人々は集まるようにも思いますが。

対極のことを、それとなく匂わしちゃったりして
なまじかな野次よりも、ぐさっと突き刺さりますねえ

9 :関所役人:04/02/19 11:26

   /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ
  / ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)
   /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ
  / ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)
   /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ
  / ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)/ ´_ゝ`)
   /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ _ /⌒ヽ
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 U  .U_ _ U  .U_ U  .U _ U  .U _ _U  .U _ U  .U _ _U  .U _U  .U
無門関、通ること能わず



10 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 11:52
>>3
ようこそおいでくだされた。
>>4
>ところで「無門関」てなんですか?

言語概念が意味をもたない。さように思うてくだされば宜しいかと。

11 :名無しさん@3周年:04/02/19 12:13
>>10
>言語概念が意味をもたない。さように思うてくだされば宜しいかと。

いざとなれば、如何様にも責任逃れができる
あなたのような方には、力強い避難所でもあるというわけですか


12 :名無しさん@3周年:04/02/19 12:19
まともな突っ込みはアラシ扱いですか

13 :名無しさん@3周年:04/02/19 12:21
http://tcup7106.at.infoseek.co.jp/mitsuru/bbs

ほい。禅の掲示板だ。印可貰ってるらしいぞ。

14 :名無しさん@3周年:04/02/19 12:25
>言語概念が意味をもたない。さように思うてくだされば宜しいかと。

さすれば自ずと、言語による自我アイデンティティに執拗でなくなる
ということですね
つまり頑なな自己のアピールもなくなる

15 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 12:25
>>7
>あるお坊さんが「自分は10万人の人々の救済を仏に誓った」と言って燃えておられたのですが
>そういう積極的なあり方も アリなんですか?

救済する者⇔救済される者。この対立は一如の法門にはあらず。
ここのとこは大慈・大悲で全てが平等の無分別の心が宜しいかと、かように思ふ。
つまり自他不二で、それは救済するんじゃなくて慈悲の顕現ということかと思ふ。

>日蓮上人は積極派なのでしょうか。

日蓮は、法華経・寿量品の一念三千の法門を第一義に立ててるんで、これは仏教の本道とは外れるかと思うけどね。
ってか・・・仏教といえるのかな?

>真実を説けば おのずと人々は集まるような気がいたしますが。
>また、真に正しく生きるだけでも 人々は集まるようにも思いますが。

菩薩行ってのは、説かなくても生きるその姿こそが菩薩行だよね。
まさしくそのとおり。
自他不二




16 :名無しさん@3周年:04/02/19 12:59
>>15
救済は「する者」対「される者」で果たして対立しているんだろうか?
対立しているとしたら、果てしなく争そっていることになる。
救済は、関係性に依って出会い交わり、双方共に変化していく中での、
宗教性ではないのかな。
釈迦と弟子が対立していたり、果てしなく争そっていたとは思えない。


17 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 13:10
>>16
救済する者と、救済される者の分別はない。
この分別なきを仏の智慧。
自他不二において一如なり。

18 :名無しさん@3周年:04/02/19 13:35
>>16
それは言葉尻の揚げ足取り、対立という意味合いが違うね。
対義語ってことじゃないの?
言葉の力にたよると本質を見失うってこと。

19 :名無しさん@3周年:04/02/19 13:37
>17
いや、救済される側、する側はあるよね
ただしどちらが上とか下とかいう概念は無いの
持ちつ持たれつ

20 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 13:49
>>19
私は普遍的なこと言うておるんですよ。

貴殿が救済するつもりで金を誰かに渡して、貰った方は「貴殿を救済してやった」
と、思うてるかもしれん。
人間の認識とはそんなもんだよ。

統一教会とかアレフはよくこの手を使う。
救済の意味が認識でガラッと変わる。

21 :名無しさん@3周年:04/02/19 13:56
>>20
それは元より救済とは言わない部類のことだね。
私が言っとるのは精神を引き上げる側とその逆側のこと。
それを無いと言っとるわけです貴方は。

22 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:02
ほぼ同じことを違う言い方してるに過ぎんように見えるが。

いずれにしろ、机の立論の根拠が坊主憎しなだけに不利だな。
しかも坊主に軽く憧れてるし。もうね、致命的。

23 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 14:05
>>21
精神なるものとは何ぞや?
阿頼耶識を持ち上げるのですか?

24 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:06
>>23
そうです。どうぞ療養所にお入りください。

25 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:09
みんなで机ちゃんを教育しようスレ、になってますか?

26 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:17
机さん 一如 無に帰する 私も。

27 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:34
一如だとか無門関だとか、
むやみやたらと自分をそこへ持って行こうとしてるみたいだけど、
抽象的に憧憬してるだけなんだよね
逆にいえば、自分が最もそれらから遠い位置にいるということだ

28 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:45
机の深層に巣くうものの正体とは?

変人→髑髏仮面、今現在は、ニヒリストの机龍之介

名前というものは、それに相応しい気を発している
知らず知らず、名前に翻弄されてるみたいです

29 :名無しさん@3周年:04/02/19 14:46
> 変人→髑髏仮面、今現在は、ニヒリストの机龍之介

本当ですか?
つまんないヤツ相手しちゃったな。
しかもなんか恥ずかしいし。

30 :名無しさん@3周年:04/02/19 15:02
>>22
仏教を志すなら、誰だって坊主に憧れるだろうよ。釈迦だって坊主だたろう。
まあ、坊主と一口に言ってもイロイロいるわな。そのイロイロなのを一如に
しちゃうとマズイなあ。もともと一如でイロイロ出てるんだから。

31 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 18:10
私のファンが集まって、歓迎パーティーしてくれるのは有り難いが、
そんなに気を使わんでいいよ。

各人様へ

32 :名無しさん@3周年:04/02/19 18:35
机師は、2ch最強のカルトバスターです。当然、カルトは反発する。

33 :名無しさん@3周年:04/02/19 18:38
2ちゃんねる 史上最強のカルトバスター兄弟

机龍之介 気の研究家 スッキリ君

34 :名無しさん@3周年:04/02/19 18:46
>>33
その面々全員同じ人物だろ。
自作自演なんて今時流行らない。

35 :名無しさん@3周年:04/02/19 18:49
実はカルトの肥やしになってしまってるところが痛い

36 :24時間毎日ご苦労さん:04/02/19 18:54
>>35
おまえ、2chに迷い込んで何年目だ?

37 :名無しさん@3周年:04/02/19 18:55
風呂入ってくる。

38 :wise:04/02/19 18:59
>>36
何か用か?

39 :wise:04/02/19 19:03

俺も今頃になってようやく自分が廃人だということが解ってきたよ。


40 :wise:04/02/19 19:04
ツマンネ

41 :wise:04/02/19 19:06
>>40
souka

42 :asker:04/02/19 19:52
こんばんは。
早速ですが質問です。
これまでお聞きしたことを突き詰めて検証(?)していいでしょうか?
仏教(禅宗)は「私は判断しない、あなたは判断しない」なのですか?
裁かないことですか?
何も考えないことですか
無に帰するのが智慧ですか?その智慧を持つと人間は何が変わりますか?

43 :名無しさん@3周年:04/02/19 20:00
>>29
>ニヒリストの机龍之介

へえー、白痴もニヒリストになれるの?(ゲラ


44 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 20:43
>>42
>仏教(禅宗)は「私は判断しない、あなたは判断しない」なのですか?
>裁かないことですか?

ああしなければならない。とか。こうしなければならない。という分別はない。
これを無差別相(空)

しかしながらこれでは生きていくのは至難ですね。
世間的なしがらみとか・・・社会性・協調性がなければ生活に支障をきたす。

だから差別相の(色)の智慧が必要です。

空→色。無差別相(空)→差別相(色)

>無に帰するのが智慧ですか?その智慧を持つと人間は何が変わりますか?

無(空)の智慧より→分別する智慧。これをもってして生きていかれたら宜しいかと思ふ。
ようするに、本来は空なんだと。その智慧でもって→生きる智慧(色)これに繋げたらいいかと思ふ。

般若心経のこの部分です・・・
色即是空  空即是色





45 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 20:47
>仏教(禅宗)は「私は判断しない、あなたは判断しない」なのですか?
>裁かないことですか?

自他不二なんだから、そこに差異はない。

我ありて君あり
我なくて君なし

一如ですから、自他に分別はないですね→空

46 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 20:48
>無に帰するのが智慧ですか?その智慧を持つと人間は何が変わりますか?

あまり物事に囚われなくなる。

不動心

47 :名無しさん@3周年:04/02/19 20:50
空、っていつから無分別の同義語になったんだ

48 :asker:04/02/19 21:04
>あまり物事に囚われなくなる

そうですね。納得です。

>仏教(禅宗)は「私は判断しない、あなたは判断しない」なのですか?
というのは、対極のことを考えているのではなくて、「分別しないというのは
判断しないということなのですか?」という意味でい書きました。
私にしろ、あなたにしろ、判断は必要ない、と。
考えないというのとはまた違うのでしょうか?
う〜ん、難しいな。どこまで考えていてどこから考えないのか。
もし、ここで机さんがすべて同じこととおっしゃったら、
解らないまんまだ。
色即是空をもって生きるということがどういうことなのか
具体的に、あるいは言葉で、表現できないものでしょうか?

49 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/19 22:26
>>仏教(禅宗)は「私は判断しない、あなたは判断しない」なのですか?

これは@質問箱のことかな?
私は以前に僧侶から、「机は仏教徒ではない」。と言われたことがあるんだよ。
しかしながら、仏教徒か仏教徒じゃないか?ってのは個人のアイデンティティーの問題だからね、
これは決して言ってはいかんのよ。

日本においての仏教とは、基本的に大乗だからね、僧籍があるもんが勝手に判断をくだしていいもんか?
そんなことアタリマエなことかと思うけどね。

>色即是空をもって生きるということがどういうことなのか
>具体的に、あるいは言葉で、表現できないものでしょうか?

簡単に言えば、自分は「今ここ」にしかない。ってことだね。→勝義諦
過去も未来もない。
そうなんだけど。それだけでは生活に支障をきたす。
だから世俗諦ってものがあるんだよ。

まあ、一言では言えないけど、ここのとこはジックリと語っていこうじゃないか。
少しずつだったら理解は出来るかと思うよ。

じゃあ、おやすみ。




50 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:06
禅ならそこから仏教への道元さん、も参考にしてりゃっせ。

禅にも奥があって、そこを空けると今度はアミダ様が出てきますな。

そんでそこがわかると、今度はその奥にユダヤの神様が現れてくるのです。

疑っていますか? そうですか。

いやそのうちにきっとわかる・・・・・・・・・・・・・・・・・・かもです。

51 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:11
>>49
0点

52 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:17
どうやら机の喜び組が現れたようだね


53 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:33
>>46
>あまり物事に囚われなくなる

自論には異常なほどに拘るけどね


54 :asker:04/02/19 23:34
>これは@質問箱のことかな?

@質問箱というのは見たことがありません。

勝義諦(=真諦?)の境地は私のような未熟者にはまだとても難しいので
ちょっとおいておきます。
つまり、私が」している質問はすべて世俗諦のほうのことみたいですね。
で、その答えを欲しがっているんだけれども、
その答えは、肯定でも否定でも正解になりうることで
真の正解はその事柄の存在そのものでしかない・・・
それがあるということすら肯定も否定もしないとこまでいくのかな・・?

ちょっと、他所で見たのですが、これは批判宗学の考え方だったりするんですか?
そうなら、仏教界でも賛否両論なんですね。奥が深いですね。
まだまだこれから勉強しないとパンピーには解らなさそうだな。

明朝が早いので僕も今日はこれで。
いろいろ教えてくださって有難うございます。


55 :asker:04/02/19 23:36
ああ、すみません、うっかりageてしまいました。
嵐さんもおやすみなさい。

56 :名無しさん@3周年:04/02/19 23:36
これだけのことを話す為に、わざわざスレを立てたのだろうか


57 :名無しさん@3周年:04/02/20 00:51
無門関というスレタイながら、無門関について全く語ってないぞ〜
誰か、何か一則提唱してくれや。無門関の現代的意義ってタイトルでさ。

形而上学的な論議じゃなくて、現実の中での『生きた』仏法を聞きたいもんだね。
仏教専門用語で固めた、仏教っぽく見える文字の羅列は禅関係スレでおなかいっぱいだからサ。

58 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 07:53
>>54
>勝義諦(=真諦?)の境地は私のような未熟者にはまだとても難しいので
ちょっとおいておきます。

”境地”という、ある到達点を目指すもんではないですね。
いうなれば「起点」です。
赤ちゃん帰りのようなもんでしょう。
良寛の生き方などは、菩薩の生き方としての典型かと、私は思ってます。

>つまり、私が」している質問はすべて世俗諦のほうのことみたいですね。
>で、その答えを欲しがっているんだけれども、

色即是空  空即是色

勝義諦と世俗諦は、空と色が切り離せないように不一不二です。



59 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 07:58
>その答えは、肯定でも否定でも正解になりうることで
>真の正解はその事柄の存在そのものでしかない・・・
>それがあるということすら肯定も否定もしないとこまでいくのかな・・?

そうだね。
無門関とは、言語概念は意味をなさない。

>ちょっと、他所で見たのですが、これは批判宗学の考え方だったりするんですか?

ニヒリズムとは全く違う。
ここのとこを誤解されやすいんだね。
非常にアカデミックな哲学といっていいかと思うけど。

まあ、一言でいうたら・・・インド思想は奥が深いよね。



60 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 08:02
>>57
>無門関というスレタイながら、無門関について全く語ってないぞ〜

そもそもが、こういうテーマ自体がドキュンに荒らされる要因になってる。
何故かというと既成概念では理解し難いテーマだからだ。

貴殿が口火を切ったらどうですか?
そしたら私がレスを入れます。

61 :名無しさん@3周年:04/02/20 09:24
>>60

おいおいそりゃねーだろ。スレ建てたのあんたでしょ?
スレ建てた主に、タイトルについて一演説打ってくれと提案してもバチは当たらんと思うがね。

あと既成概念じゃ理解できんと言うけど、それを理解できるよう言葉にするのが提唱ってモンじゃない?
料理やら芸術やら格闘技やら、どんな分野だって既成概念では理解できない、言葉に言い表せない
奥深いものがあるのはわかる。
だが、それでも敢えて言葉に表すのが説明でしょ。

それに言葉に出せず、理解もさせられずじゃそもそもスレ建てて語ったりする意味がもとより無ぇじゃん。

62 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 09:57
>>61
利休の言葉として・・・
「茶の湯とは、ただ湯を沸かし茶を点てて飲むばかりなるものとしるべし」。
というのがある。

これは受け手がどのようにでも解釈できるもんだよ。
じゃあ、利休に真意とは何か?
いわゆるここが無門関。

言葉ではない。
禅僧が指1本でも表すことができる。
無門関なり。

63 :じじい:04/02/20 11:51
ずっと宗教板ROMさせてもらってますけど、みなさん、机さんをいじめすぎやで。
コテハン叩きはいかんでしょ。
2チャンは自由に書き込んでいいところでしょ。スレ主が一ぶつ必要もないのとちがいますか?
机さんも、悪意のある突っ込みは荒らしなんだから、
そんなに何でも真面目に応対されていては 自ら荒らしの餌食になってるようなものやないですか。
人の一言一言に対応されてるやり方は 言葉を必要としない思想の提唱者の
とっている態度としてはちょっと、疑問でもあります。
まるで、言葉がなければあなたが動けないように見えますよ。
それだけ知識がおありなら、何かのテーマについて 一言二言語られるだけでも
ギャラリーも勉強になりますのに、
荒らしにいたぶられてもがいて居られる姿は ちょっと、見るのがつらいですな。
思想を自分のものにして そういう生き方を実践なされたら あなたが意図しなくても
人は あなたの門を叩くと思いますが、どうでしょうか?
2チャンネルの罠(落とし穴)にはまったら いけませんで。

64 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 13:33
>>63
ありがとうございます。

賢愚一如ですね。
荒らしにおいても学ぶべきところはあります。
どちらかというと、私は子供達に学ばされております。

子供達は私の師です。

>2チャンネルの罠(落とし穴)にはまったら いけませんで。

ありがとうございます。謙虚に受けとう存じますm(__)m

65 :asker:04/02/20 14:39
ある僧侶のお話でこんなのがありました。
なんか、いいですね。

 仏教でいちばん大切な教えは、「衆生本来仏なり」ということである。
本当の生きた仏さまは、私たちの心の中におられるのだ。
時間と空間に束縛された私達の小さな胸の中にも、無限の力が潜んでいる。
それは実に宇宙を統一する力であり、ここにおいて私達は真実の自己にたち帰り、
人生のあらゆる問題を解決することができる。
自らの中にある尊さに目覚め、仏と共に生きる、生きた仏さまとしての自覚と責任をもって生きること、
これが本当の信心でなければならない。

あ、49の@質問箱って
仏教質問箱のことでしたね。すみませんピンとこなくて。
そうです。(ボケちゃっててハズカシー)
その質問箱にも話題にあがってましたが
たぶん、僕もこれまで無明だったのだと思う。
だから、知りたいんだ。いろんなこと。方法もいろいろあるようですね。
仏様のような広大な心と慈しみを持てるといいなぁ。と思います。
自分と世界をひとつとして考えられるような心です。
そうすると、自分のすべきこともおのずとわかってくるように思います。

ところで、無門関のことは何も知りません。無門関って何ですか?

66 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 15:18
>>65
>ところで、無門関のことは何も知りません。無門関って何ですか?

貴殿が問う前に既に答えを、貴殿が書いているではないか。
衆生本来仏ならば、貴殿も仏。
じゃあ仏とは何処におるんだろうか?
「ある」ということはどういうことか?
「ない」ということはどういうことか?

「ある」というのは、なにかを対象化している訳ですね。
対象化できないものは「ある」とはいえない。
だが・・・「ない」ともいえない。

つまり有無の二項に依らない、言語の意を含まない。これを無門関。
関を通過する。という形容を使うが、
言語とは相対立するから意味をなしてる訳で、この対立から離れた脱言語のことを無門関といふ。


67 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 15:24
>63
言っていることがまともならツッコミも入れんよ。
それにツッコミ入れるのは『机氏の発言』だからじゃない。『書かれた発言』がどう見ても
おかしいと思うからツッコミ入れてる。たとえ名無しさんの発言だろうが同じことを書いたよ俺は。

いろいろ本読んでいる人間ならわかる筈だが、机氏の発言は仏教ライク、禅ライクな発言している割には
余りに仏教について知らなさ過ぎる。相当滅茶苦茶。
一連の発言で仏教や禅を誤解した香具師がいたら気の毒だよ。
それにこういった精神論は一番危ないんだぜ?お釈迦様の時代の指きり外道は誤った指導を受けたため
百人近くの人間殺してるし、現代のオウム共もアホな思想植えつけられて人殺ししてる。
まあ、そこまでいかんかもしれんが、「禅は無である、無とは何も考えないことである」とか書かれたとして真に受けた
香具師がいて、年中ボケーッとした廃人みたいになったらそれこそ発言は害悪そのものだ。
誰かにあなたの仏教は仏教じゃないと言われたそうだが、俺はそう発言した人間の方が正しいと思う。

ここしばらく禅関係スレに発言がなくなって(というか誰の書き込みもなくなっていたわけだがw)、ちょっとは
勉強してきたかと思って無門関の提唱をふっかけてみたが、返ってきた答えみて脱力したよ。


68 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 15:35
>>67
何とでも言える。
言うだけなら。
しかしながら、私を叩いた2ちゃんねらーは誰一人おらんだ。

貴殿が最初に私を叩いてみてはどうかな?
だったら嬉しいのだが?

いつものように逃げるのかな。
だったら哀しいよ(T_T)

69 :名無しさん@3周年:04/02/20 16:02
叩く⇔叩かない の二項に囚われるのが、無門関なんですか

無門関らしい切り口はないのですか



70 :名無しさん@3周年:04/02/20 16:12
叩くって「敲く」ことかね。
無闇に自分を安売りする輩は、さすが2ちゃんでもいなかった、ってことで
めでたし、めでたし。

71 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 16:31
今の子供たちは、自分の意見を言えぬな。

これが言えるようになれば一歩成長するのだが。

老婆心ながら・・・子供のためを思うて書いてみた。


72 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 16:36
>68
逃げずにちょっと居座ろうと思ったからコテハンでトリップまでつけたんだよ。
近場のことから。

まず、無門関って用語でも概念でも何でもないでしょ。
無門慧開って人が過去の祖師の語録を編纂して40数則の公案集として作った書物の名前なだけで。
受け手がどうにでも解釈できて、どうでも良いならそもそも公案も問答も独参も印可も何もいらない。
答えは無いわけじゃない。言葉にもできないわけではない。だが、答えれば即ち離れてしまう。
維摩居士と文殊の問答を見てみよう。

「文殊師利曰く、我が意の如くんば、一切法において言も無く説も無く示も無く識も無く、諸の問答を
 離る。これを不二法門に入るとなす。
 文殊師利、維摩詰に問う。我ら各自説き終わんぬ。仁者まさに説くべし。何等かこれ菩薩、不二
 法門に入る。
 時に維摩詰黙然として言なし」

臨済和尚も臨済録の示衆の冒頭で同じようなことを言ってる。

グテイ和尚は一本指を立てて仏法を説いたが、寺の小僧がそのマネをして応対したことを知ると
指をぶった切った。
何もないわけではない。どう解釈しても良いわけじゃない。そこにはきちんとした法則、ルールがある。
それを掴んだモノでなければそれは仏法でも道でも禅でも何もない。

73 :名無しさん@3周年:04/02/20 17:09
今の子供達にもいろいろあるが、過保護で考える力や実行力を養われてない子が多い。
そのくせ、我侭に甘やかされているから、自尊心だけは強い。
我慢をせず、協調できず、高慢な子供の なんと増えたことか。
そういう子は言いたいことは幼稚園児レベルで言ったりもする。
幸いなのは きちんと育てられている子供もまだいることだ。
行儀のめんではなく、精神面での話だ。
こういう部分で宗教心(世俗諦)が必要と思われる。
しかし、5%の我侭がいる状態と、50%の我侭がいる状態は
天と地ほどの差がある。
日本の学校教育の苦しむところだ。日本の将来は危うい。
他人と協調・他人を尊重することも教えないと社会が崩壊するかもしれん。

74 :名無しさん@3周年:04/02/20 17:09
結局、無門関というはなんなんだ?

75 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 17:15
>>72
貴殿は逃げなかっただけ偉いよ。
たいていは、言ったきりで逃げるし。

無門関のことは、もう既に私か解説してるから2度解説はいらんよ。
まあ、それより

>それにツッコミ入れるのは『机氏の発言』だからじゃない。『書かれた発言』がどう見ても
>おかしいと思うからツッコミ入れてる。たとえ名無しさんの発言だろうが同じことを書いたよ俺は。

私の発言の何処が”おかしい”のか?
そんな、おかしな発言はしなかったけどね。
で、私の発言の何処がおかしいですか?

貴殿が”おかしい”って言うんなら、ここを指摘せねばフェアじゃないよ。
どうだろ?


76 :名無しさん@3周年:04/02/20 17:17
>>75

言葉語らず by 無門


77 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 17:31
>>76
他の人に誤解があってはまずいので、一言。

>言葉語らず by 無門

だったら、西田の本は書けなかったよ。


78 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 17:43
>75
68で、近場の書き込みでおかしいと思ったことを語ってるでしょ。
無門関は概念じゃなく書物の名前、公案とかはどう解釈してよいものじゃなく明確な法則があるよって。

あと、このスレでは…日蓮の一念三千が仏教じゃない云々の発言がおかしいと思う。
日蓮宗はあんまり好きじゃないけど、宗旨の内容は大きく間違ってることを言っているとは思わない。
10界*10界*ナントカ*3世で三千だっけ?記憶するほど詳しく日蓮関係の本を読んだわけじゃないけど、
心の基本の住処となる10界があって、そこに日々日常に生起する念の10界がまたある…だっけか。

例えば、ケチケチしてる奴は基本は餓鬼道に住んでいるといえるが、時によっては人助けをしたり(菩薩道)
怒りの念を起こして争ったり(修羅道)することもある。
自分の心の姿を見ればああそんなもんだな、と俺は思う。

ただ、日蓮宗は自分の宗旨以外を認めていない。法華経が真実でそれ以外はまやかしだ、と言ってるけど
それは例えば数学で微分だの積分だの、もっと上のレベルの学問のみが真実で足し算引き算は間違いだ
と言うに等しい。
重力について、「地球上ではモノは地面に向かって落ちる」と言うのと「すべて万物には他のものを引き寄せる
力がある」と言うのと、違うことを言っているようで実は同じことを言っている。
そこを看過して他宗を批判し倒すってのはちょっとアレかなと思う。

79 :気の研究家 ◆8vqP8K7c72 :04/02/20 18:43
わたしは絶対に逃げたことはありません。
あまりにも忙しい身なのでネットに携える時間がわずかなのです。
質問があれば書いておきなさい。
まとめて応対してあげます。

80 :気の研究家 ◆8vqP8K7c72 :04/02/20 18:46
なぜ虐待をしてはいけないか・・・。それは痛いからでしょう。

東北の方では口減らしに生まれたばかりの子供を殺すことはよくあった話
みたいですし、その殺し方も、赤ちゃんを吹雪の外に死ぬまで放置したり・・・。
凍るからそのうち泣かなくなって死ぬ・・・。そういうのは虐待とは言わないんですかね。
昔の人は虐待を虐待と言わなかったのかも。

マスコミが子供の人権侵害をなかなか取りあげられないのは「めんどくさい問題」だからだと思います。自分たちはもう大人だし。
カルトの子の問題に触れたくないのは、マスコミといえども人だから・・・。
面倒なことに関わって巻き込まれるのが嫌なんでしょう。分かりますよ。
そういうの。でも何か、最近、ニュース見てても何か冷めてします・・・。
大阪の虐待の家庭のことも数秒で終わらすし。

81 :名無しさん@3周年:04/02/20 18:52
気の研究家がいいこと言った

82 :名無しさん@3周年:04/02/20 18:55
>>80
気の先生

子供が痛がるから虐待をしてはいけないという意見ですか?

83 :気の研究家 ◆8vqP8K7c72 :04/02/20 19:09
>>82
もちろんその通りで間違いないでしょう。
もうひとつ考えられるケースはこれのほうが重要な場合が強いですが
痛くなくてじわじわとする虐待です。
カルト家庭におもに出現してると思われますがここに生まれた子供はどうでしょう。
やがて教祖によって献上されてしまうかも知れないのです。
ぶくぶく編体質教祖が狙っていたら親は断れるでしょうか?
性なる虐待の始まりです。ここで名前は出しません。
彼らの法を支配する力は侮れない結論によるものです。
やがて公安マスコミにより世に名言されるでしょう。

84 :名無しさん@3周年:04/02/20 19:23
>>83
>気の研究家さん

感動しています

気の修行をされている方の力強さというか、言霊を受けて救われる気持ちです。
このスレにはあなたを必要としている人がたくさんいると思います。
今後もよろしくお願いします。

85 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 19:39
79-84

Σ(´Д`;;;)

なんつーか…こんなレベルの書き込みする香具師もする香具師だが、そのカキコに感動する香具師が
いること自体感動的だ。人傷つけてはいけませんってことくらい小学生どころか幼稚園児でもわかるだろうに。

なんで虐待してはいけないか…しかもそれ聞いて感動……
………マジかよ。

この程度で感動するなら刑法でも嫁。感動の余り失禁するだろうよ。

86 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 19:41
>>78
>無門関は概念じゃなく書物の名前、公案とかはどう解釈してよいものじゃなく明確な法則があるよって。

無門関が概念だとは、私は一言も言うておらんだ。
むしろ概念を破壊す。公案とはこの意にそうらえ。なにも私は間違っておらんだ。

>あと、このスレでは…日蓮の一念三千が仏教じゃない云々の発言がおかしいと思う。

これは人それぞれでしょうね。
一念三千の法門を題目によって顕現す。ってのは日蓮独自に開発したものですから。
この宗派が開祖の名を宗名にするところにその特異性があるかと思います。

例えば貴殿が山田殿であったら、山田教っていうようなもんですから。
山田教が仏教だ。って公言すれば仏教なのかもしれませんがね。

しかしながら鳴かぬ鳥殿は、名は体を表すとかいうが・・・一向に鳴かぬのはどういう訳なりや?
鳴かずんば殺してしまえホトトギス。
ようは、机に会うたのは・・・この覚悟なりや?

さっさ、鳴いてみりゃりょ。
いい声を机に聞かせてみりゃりょ。
叩きなされ、机を叩くのじゃ!!

#、、気の研究家どの、いらっさいm(__)m


87 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 19:43
>>85
貴殿はまたいたか。
偉いよ。よく逃げなかった。

机を叩きなされ。


88 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 20:21
>86
あのなあ…アンタ叩きに来てるわけじゃないぞ。怨みあるわけでもないし。
無門関ってスレタイついてるから来てるだけで、叩くのは発言内容に異議あったからよ。
異議なきゃ別に何も言わん。

>一念三千の法門を題目によって顕現す。ってのは日蓮独自に開発したものですから。

南無妙法蓮華経の題目がダメなら無門関もダメってことになりゃしませんかい?
無門関だって無門さんが祖師の言葉を編纂しただけなんだから。
とすると禅宗も全てダメ?

因みに。
自分の言葉・体験で語らないのでちとナニだが、白隠禅師は南無妙法蓮華経という題目につき
肯否いずれの態度も取っている。
ある尼さんとの対話で「法華宗は経典の最たるものの法華経を教義とするものである、常時
南無妙法蓮華経をひっさげよ」と言って肯定する風な一方、延命十句観音経霊験記の中では
南無妙法蓮華経の題目を微妙に否定するニュアンスの逸話を入れていたりする。

89 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 20:24
>87
あーあと、漏れのHNだけど、これ見てパッとわからんようでは勉強がまったく足りんよ。
特に禅関係のね。
机氏は禅関係スレによく出没してたんでしょ?

90 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 20:43
>>88
>自分の言葉・体験で語らないのでちとナニだが、白隠禅師は南無妙法蓮華経という題目につき
>肯否いずれの態度も取っている。

禅は、中国からの大きな流れがある。
白隠は白隠の事情ってものがある。ここを混同しちゃうと駄目かもしんないよ。

白隠の生家は日蓮宗だったんだよ、だから題目は赤ん坊のころから聞かされていた。
白隠と法華経ってのは深い因果があるんだよ。
父親に幼少の頃、地獄観念を植え付けられた。って話もある。
晩年、白隠は法華経の紐を解く。
これも禅僧では非常に珍しいことだよ。

法華経ってのは、例えば全十巻の書物だったら最終章の書物だよ。
だから最終的に読む。って性格のもんかとおもうよ。
いきなし法華経から入ったって・・・事情が分からんで最後の結末を読んでるようなもんだよ。

で、法華経ってのは肝心なことが書かれてないんだよ。
仏である。仏であるけど、その仏になるのはどうしたらいいか?それが書いてない。
そこで日蓮が考えだしたのが題目なんだよ。

日蓮宗ってんだから、仏教というより日蓮宗なんだろうね。



91 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 20:55
鳴かぬ鳥どの。

貴殿は自分の意見を言えたじゃないか。素晴らしいことかと思うよ。
それだけで一歩成長するんだよ。

とにかく先ず、自分の考えを板にぶつけることが大事だよ。

私を煽る人間は、ただ煽るだけ。それでストレスを発散してるんだよ。
まあ、気の毒な連中なんだけど、わたしは面倒みてるんだよ。
彼らの居場所は宗教板しかないんだよ。
他のコテハンは相手にはしない。
まあ、机が面倒みてやってるんだが・・・(^^ゞ

92 :名無しさん@3周年:04/02/20 21:02
えろうなったもんやの

93 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 21:12
>>92
えらくはないよ。
私と対等に話す人間はあまりいないよ。

たいていの人間は私を叩くだけだからね。


94 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 21:23
>いきなし法華経から入ったって・・・事情が分からんで最後の結末を読んでるようなもんだよ。

この部分は異論なし。
白隠さんですら修行が煮詰まった時点でようやくその真意を悟りえたものだから、最初から入ったんじゃ
わからないと思う。

>禅は、中国からの大きな流れがある。
>白隠は白隠の事情ってものがある。ここを混同しちゃうと駄目かもしんないよ

>晩年、白隠は法華経の紐を解く。
>これも禅僧では非常に珍しいことだよ

>法華経ってのは肝心なことが書かれてないんだよ

以上の3つには異議あり。
まず、禅と法華経を違うものだと思うことがおかしい。
法華経の内容を無内容と捉えている時点で、勉強も修行も足りてない。
安楽行品は法華行者の行うべき内容が書いてある。
普門品なんかモロに答えというか、悟りの現実へのあらわれが書いてある。
また、法華経の七喩はそのままとある公案の答えになっている部分すらある。
こう言ったところで結局意味を徹見しないと使えないし無意味だが……
それに法華経は禅宗では比較的よく読まれるお経だよ?
さすがに知っていると思うけど、観音経は法華経の観世音菩薩普門品のことだし。

95 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 21:31
おっと書き忘れた。
94の見解部分は、あくまで漏れの私的独断見解にすぎない。
法華経読んだり公案読んだりしてこう感じたってこと。
だから真実正しいかどうかはわからん。見解の正邪を誰かに検証してもらったわけじゃないからね。

96 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 21:43
>>94
>それに法華経は禅宗では比較的よく読まれるお経だよ?

白隠の脈絡をなす臨済宗では勿論法華経は読むだろう。
曹洞宗でも読むらしいが。
だけど禅は基本的には依書はない。ってのが本道。
禅宗では何故論書が多いか、ってのは、つまり不立文字で書を残してる。ってことなんでしょうね。

>まず、禅と法華経を違うものだと思うことがおかしい。

私は、仏教の基礎になるのはやはり般若心経かとおもうけどね。
そこから→法華経ってのが筋かと思うが。
だけど法華経ってのは空思想からすると殆ど意味がなくなってくるよね。
これは龍樹なんかの教説を絡めると分かってくるんだが。
まあ。ここのとこは人それぞれなんだろうけどね。

第一義経典を何にするか?ってんで、それぞれ考えも違ってくるんだろうけど。

97 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 21:57
>>95
>だから真実正しいかどうかはわからん。見解の正邪を誰かに検証してもらったわけじゃないからね

法華経が、覚者か記したって見解が一般的なんだろうけど、
だけど法華経の中にはdでもが書かれているとこがあるよね。
〇〇は地獄に落ちる。とか・・・短絡的な内容が書かれているとこがある。
そんなんで、この経典もdでもって解釈している人間もいるよ。

これは見解の相違なんだけどね。

98 :名無しさん@3周年:04/02/20 22:06
>日蓮宗ってんだから、仏教というより日蓮宗なんだろうね。

愕然とした。じゃあ

禅宗ってんだから、仏教というより禅宗なんだろうね。
っていうふうになるのか?
う〜ん。禅はいいとして、
律宗ってんだから、仏教というより律宗なんだろうね。
真言宗ってんだから、仏教というより真言宗なんだろうね。
(以下略)ってなるのか?

99 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 22:26
>だけど禅は基本的には依書はない。ってのが本道。

そんな話聞いたこと無いぞ。誰がそんなことを言ったの?
漏れの読んだ中には少なくともそういったことを述べてる本はなかった。
出典キボン。

臨済宗と曹洞宗除いたら禅宗なくなっちゃうと思うけどなあ…

>法華経ってのは空思想からすると殆ど意味がなくなってくるよね。

まったく逆だと思う。
『空』が何を意味するのか?何故空なのか?現実に空という概念がどう意味を持ってくるのか?
こういったことをキチンと理解した上でないと法華経は全く理解できない。
法華経が無内容と感じる人は、そもそもこの『空』ということについて理解が足りないと思う。

どの経典がどういう次元にあるのかということは、漏れはまだ語れない。
先人の言葉を知識として語ることしかできない。
ようやく経典の端々で「ここはこういうことだろうなあ…」という目星がつくようになっただけで、
経典まるごと自分のモノにするにはまだまだまだまだ果てなく修行が必要だから。

100 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 22:28
>>98
魚屋の看板を掲げて、店先で野菜を売ってたら唖然とするか?

わたしだったら唖然としないよ。

人それぞれで唖然とするんだろうね。


101 :無茶なことを言い出す人:04/02/20 22:28
>臨済宗と曹洞宗除いたら禅宗なくなっちゃう

あれだ。オーバクと普化宗(ワラ

102 :名無しさん@3周年:04/02/20 22:31
>>101
それだ! 机龍之介さんは虚無僧?

103 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 22:38
普化宗…マニアックやねw

普化が臨済に舌を巻かせる場面は凄いなあと思った。

104 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 22:40
>>99
鳴かぬ鳥どのは、無門関のことを語りたいんじゃないのですか?
貴殿が法華経の話をしてきたから、わたしは法華経に絡んだけどね。
無門関ですよ。

無門関だったら・・・
禅宗が依書がない。ってのも意味が分かってくるし、空の概念とか?そんな言い方はしなくなるかと思うけど。

>『空』が何を意味するのか?

意味はないよ。


105 :無茶なことを言い出す人:04/02/20 22:51
野孤禅以前父母未生以前なのはたしかだな

106 :名無しさん@3周年:04/02/20 22:53
そういえば空をこよなく語るコテハンが確かにいる

107 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 22:54
行学二道で、学としての経典はあるんだろうけど、教義として経典を立てる(依書)ことはしない。
って意味です。

禅宗においては、勿論、第一義経典は般若心経。

108 :無茶なことを言い出す人:04/02/20 22:56
虚無僧の普化宗と普化は直接関係ないらしいのだが、そもそもコモ僧詳しくないのでスマソ、つか、何も詳しくないのだが。

109 :名無しさん@3周年:04/02/20 22:58
藻前ら釣られ杉

110 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 22:59
>104
無門関って………あのねぇ、れっきとした書物じゃん。立派に書に拠ってないかい?
つうか、ホントに無門関読んだことあるん?

>>『空』が何を意味するのか?
>意味はないよ

『空に意味は無い』と言う時点で、全然『空』のことをわかってない。
山岡鉄舟が、「多少の理屈がわかっても生死解脱とは何の関係もない」と言った意味は
この辺りにある。

『空』という概念は「仏教とは何か?」ということと密接に絡む。仏教の意義なくして空という概念は
あらわれてこないし、その効用・実態も理解できない。
『空』をキチっとわかればかなりの公案を自分の言葉、それまで自分が体験した経験で語る事ができる。
逆に公案をキチっと徹して見ることができたなら、『空』が何を意味するかも掌中の珠の如く理解できる。

111 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:00
詳しくなくても批判はできる
読んでなくても、経典の批判はできる

112 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 23:03
普化と普化宗とは無関係なのか…
なんか、普化らしいのですっかりそういうもんかとw

113 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:08
>>112
慌てて検索かけたら
ttp://www2u.biglobe.ne.jp/~houmei/komu/komu3.html
こんなかんじでしょうか?一方的なリスペクト状態の模様。

114 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 23:09
>>110
>無門関って………あのねぇ、れっきとした書物じゃん。立派に書に拠ってないかい?

般若心経は経典じゃん。というのと同義だよ。
書物だったらそれは何か書いてあるだろ?

空には意味がない。色即是空だから。
五蘊の「痛い」ってのは意味があるか?
空はそのまんまで色。→色即是空。

115 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:13
空をこよなく語るコテハンが確かにいる

116 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:15
意味のない空を、それでもやっぱり語りつづける

117 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:20
だれかサンダルを頭に乗っけてみたら?

118 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:20
釈尊は意味のない言葉を意味もなく使ったといううことか
そりゃまたけっこうなことだ

119 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:21
じゃあ指を詰めるとか

120 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 23:23
>>116
>意味のない空を、それでもやっぱり語りつづける

面白いこと言うね。
意味があるんだったら、隻手の音声は聞こえない。

じゃあ、おやすみ。


121 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 23:27
>114

そういう理解の仕方では、公案とか、経典とかを理解できないのも無理はないな。
とりあえずは隻手音声に参じてみることをお勧めするよ。

  『両手を合わせればパチンと音がする。では片手では如何なる音が出るか。』

いつか答えが出るときがあるやもしれん。答えが出れば、『空』についても理解できるはず。

ちなみに漏れは自分の中の現実の悩み、苦しみに対する福音となる答えが出るのに14年かかってる。
中には1週間で答えが出た人もいるらしいが…

122 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 23:31
>113

おお、サンクスです。
これ読むと、虚無僧の姿が頭陀行第一といわれる十大弟子の迦葉さんに重なるなあ。

123 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/20 23:33
>>121
貴殿が書き込みする前に、私が答えを書いといたよ。
すまんな。

これだったら貴殿も納得するかと思うよ。


124 :名無しさん@3周年:04/02/20 23:40
無門関とは、言葉の概念を超えたものらしいが、
最後は、諸に二項の拘り

125 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/20 23:50
いやあ、ほんと机さん人気者だね(w

>>117
南泉斬猫。あれ面白いなあって思うんです。

あなたならどう答えましたか?念仏の人間として興味あります。

126 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/20 23:58
>123
(´Д`;;)

とりあえず眠いんで寝ます。

127 :名無しさん@3周年:04/02/21 05:18
気の研究家=自作自演者

128 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 07:00
>>125
あの話は中国ですね。
中国では、草履を頭の上に乗せるのが流行っていたんでしょうかね?
日本だったらどうでしょうか?
まあ、いわゆるその時点の突発的な反応ですよね。
計画してやる訳じゃないですから。

草履を頭の上に乗せるのは意味はない。
なんでもいいからドキュンなことやればそれでいい。
公案だから。

>あなたならどう答えましたか?念仏の人間として興味あります。

どうでしょうか?
部屋の中で暴れちゃうとか、タケシのコマネチとかやっちゃうでしょうか?
その場になってみませんと分かりませんね。
アドリブですから。
小道具があったらそれを使うんでしょうし。




129 :名無しさん@3周年:04/02/21 08:22
それはひょっとしてギャグで言っているのか!?(AA略

130 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/21 08:25
>>128
あ、いや、そっちの場面じゃなくって、猫を助けるほう。

さあさあ!!禅の一語を言ってみろ!!!!!!!ってね(w

机さんだったら、どうします?

まあ、個人的には、草履を頭に載せるのもニヤリとさせられましたけど。
あべこべなんだろうなあ。って。

131 :名無しさん@3周年:04/02/21 10:02
へろへろやんけ

132 :名無しさん@3周年:04/02/21 10:44
普化さんて面白いね

133 :名無しさん@3周年:04/02/21 10:53
義務でもないだろ

134 :名無しさん@3周年:04/02/21 10:59
やはり荷が重過ぎたのだな

135 :名無しさん@3周年:04/02/21 11:06

     Å_Å
    (● ●)  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       ^山^  <  シネバー?
   /⌒|非|⌒\ \________
   | 棘|非|棘 |
 三| 棘|非|棘 |三
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



136 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 12:03
>>130
>あ、いや、そっちの場面じゃなくって、猫を助けるほう。

私が、趙州和尚の立場だったら。ってことでしょ?
それは>>128で答えてるよ。

>まあ、個人的には、草履を頭に載せるのもニヤリとさせられましたけど。
>あべこべなんだろうなあ。って。

あべこべ。ってことは?
草履は下で履くもんだから頭の上じゃ・・あべこべ。ってこと?
あべこべ、で、これは平等一枚を表してる、とか論理だてするものもいるが、私はそんな理屈など全くないかと思うよ。

>さあさあ!!禅の一語を言ってみろ!!!!!!!ってね(w

一語を言ってみろ。ったって・・・言いようがないよね。
すなわち二項を外す。
無門関。

137 :名無しさん@3周年:04/02/21 12:15
>普化さんて面白いね

伝説以外に何かご存じ?
思いこみは更なる思い込みしか生み出さない
振り回されるの?





138 :名無しさん@3周年:04/02/21 12:20
でもそういうのっているね。(^_^)

139 :名無しさん@3周年:04/02/21 12:22
満足してるんだから、よしと。

140 :asker:04/02/21 13:34
問答しても 真実は解らない様な気がしてきました。
今日は、やたら暖かいな。美術館にでも行くとしよう。

141 :名無しさん@3周年:04/02/21 14:22

言葉語らず by 無門


142 :名無しさん@3周年:04/02/21 14:28
>>140
素直に個室マッサージに行くといえないのか?

143 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 15:11
>>141
リアルでも無口か?

144 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 15:32
昨日は眠くて書き損ねたレスを改めて書く。

>123、128
なんつぅか……その答えで足りてると思う?
隻手の声は無い、南泉斬猫の公案はアドリブ。そして全て公案に意味は無い……
幾らなんでも酷すぎ。とてもじゃないが禅や仏教や無門関の議論になって無い。
仏教は人を苦しみから救う法でしょ?そんなニヒリズム的見解で一体どこの誰が救われるんかいな。

南泉斬猫について漏れの見解をちょっと書けば、この公案を解くヒントは、経典に求めるなら
金剛般若経の中の、くり返しでてくるあるフレーズの中にある。結構最初のほうに書いてあるよ。
その部分をズバリ指摘しようと思ったが、答えに等しいのでやめた。
そのフレーズは何度も出てくるし、同じような内容がほんっとに繰り返し何度も出てくる。
まあ公案と照らし合わせて読めば何となくわかると思う。
ちなみに岩波文庫のやつで照らし合わせて見るなら、左ページの訳じゃなくて右ページの読み下し文
をメインに読んで、意味の補完に訳を見るのが良いと思う。

また、そんなこと知らなくてもこういった争いはよく身の回りにあるんじゃない?
この土地はオレの土地だ、いやあたしの土地よ。この子はオレの子だ、いや私が親権を持ってるのよ…
世の中をみれば、こんなことで常に争って苦しんでいる香具師が大勢いる。
仏法とは苦しみから解放されるにはどうしたらよいかを明らめた法である。
その観点から、こういった問題にどう答えを出すか。ここを考えればこの公案が何を言いたかったのか
明確にわかる筈。
そしてそこがわかれば、趙州が草履を頭の上にのっけて出て行ったことにも明確な仏法的意味・意義が
あるのは一目瞭然となる。
当たり前だがあれは一つの比喩にすぎない。

さしあたっての答えはこれで出るかもしれんが、恐らくはその答えはまだ全然浅い。さらに咀嚼して
人間の根本の一事を悟るところまでいかなくては真に公案を解いたことにはならない。
以上、ちょっと指針となるようなことを書いてみた。

145 :名無しさん@3周年:04/02/21 15:36
>>140
解るふりはできますよ

146 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 15:44
>140
結局は現実の辛酸を嘗め尽くして、もうどうにもこうにもならんというギリギリまで追い詰められなきゃ
ダメだと思うぞ。ギリギリのところでどう打開していくか。そこにヒラメキとかがある、と。
議論なんかで何かが明らかになる筈はない。

たとえば、誰かと誰かが万有引力の法則について論争して、引力はないという論者が勝ったとしたら
引力はないのかな?引力があるという論者が勝ったら、勝ったから引力ができるのかな?
また、1+1の答えを議論していて、3を答えとする香具師が勝ったら1+1=3になるのかな?

経典や祖師方が不戯論とか思量に非ずといったりしているのはこういう事だと思う。
ここを『何も考えないこと』みたいに勘違いするともぬけの殻になった廃人や基地害ができあがる。
公案や坐禅は廃人製造機じゃないと思うんで。

147 :名無しさん@3周年:04/02/21 17:06
>>143
さよう。
お主は何もわかっておらぬ様だな。
その立指を斬ったほうがよい。

148 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 17:08
>>144
>仏教は人を苦しみから救う法でしょ?そんなニヒリズム的見解で一体どこの誰が救われるんかいな。

「救われるんかいな」。つうたって、それは南泉斬猫が言うているではないか?
公案ってもんは、それでなんらかしかの答えをいうておるんですよ。

>金剛般若経の中の、くり返しでてくるあるフレーズの中にある。結構最初のほうに書いてあるよ。

経典がなくても禅はことたりる。
貴殿の考えも尊重するけどね。まあ、ここのとこは自論もカキコするよ。

南泉斬猫について・・・
これは例えば「宇宙ってのは無限だ」。っていった場合、この宇宙という意味がなくなる。ってことだよ。
宇宙が有限なら宇宙って意味があるかもしれん。
即心即仏
非心非仏。これにて調ふではないか。経典はいらず。

しかしながら貴殿のレスはジックリ読ませて頂きました。
貴殿を批判している訳ではないので、気を落とさんように。
(合掌)


149 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 17:30
>>147
おう!言うことが出来るではないか。
その調子でドンドン喋れ。

自分の意見を言うことができれば最高じゃよ。
どう?

ageるから書いてみな。

150 :名無しさん@3周年:04/02/21 17:39
唖然

151 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 17:44
人のレスはちゃんと読もう……というか故意に曲解してんのか。
机氏みたいな性格の香具師とは、ジャンルは違えど何度か掲示板でやりとりしてるから
いずれはわざと曲解するか都合の悪いレスを読み飛ばすとかしてくると予想はしてたが。
どの辺りまで机氏が破綻を来たさずに議論してくるかなと思ったけど、そろそろかねえ…
一応レス返しておく。

【仏教は人を苦しみから救う法でしょ?そんなニヒリズム的見解で一体どこの誰が救われるんかいな】
                        ^^^^^
この漏れの前レスのこの「そんな」の部分は、机氏の発言「隻手音声に意味はない」というところに
向けた文句だよ。南泉斬猫の公案に向けた言葉じゃない。

南泉斬猫の机氏の見解について言えば、まったく話にならん。
宇宙の無限が意味をなさなくなって、だからどうなのよ?苦しみからの解脱と一体何の関係があるのかね。

台湾だっけか、一人の子供を巡って台湾の親族とブラジルの親族が親権の取り合いをやっている。
双方の親達も苦しんでるだろうし、子供も苦しんでいる。
そういった人たちを、宇宙が意味をなさない云々みたいな糞理屈で安心させられるのかな?
安心させられると考えてるんだったら、机氏は俺がコミュニケーションを取りうる人間の範囲から遥か彼方に
離れている。

152 :名無しさん@3周年:04/02/21 18:03
机はただの見栄春だったんだな
もすこし上手にやればいいのに
まだまだだな

153 :名無しさん@3周年:04/02/21 18:05
頭がないんだもん
無理よ
無理よ

154 :名無しさん@3周年:04/02/21 18:07
虚栄心だけはだれにも負けない

155 :名無しさん@3周年:04/02/21 18:15
普門館

156 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 18:18
>>151
>この漏れの前レスのこの「そんな」の部分は、机氏の発言「隻手音声に意味はない」というところに
>向けた文句だよ。南泉斬猫の公案に向けた言葉じゃない。

隻手音声(白隠)も南泉斬猫(南泉)も、流れは同じだよ。
六祖慧能からの流れ。ようは同じ。

「隻手音声に意味はない」。→これを無門関というんじゃよ。
山川草木悉有仏性なり。されど相対なくば意味はなし。されど大慈・大悲の仏性。
相反せずをもって空となす。非心非仏。

>宇宙の無限が意味をなさなくなって、だからどうなのよ?苦しみからの解脱と一体何の関係があるのかね。

その「苦しみ」とやらは何処にあるのかね?で、何から解脱するのかね?
公案はそれを示唆してるだろ。

>安心させられると考えてるんだったら、机氏は俺がコミュニケーションを取りうる人間の範囲から遥か彼方に
離れている。

禅とはそういうもんだよ。
しかしながらここを通過せんことには。のぅ〜〜〜
まあ、貴殿なら解るかと思うたが・・・。

まあ、そう慌てることもない。このスレでゆっくりして逝きなされ。
そう簡単には関は越えられん。





157 :名無しさん@3周年:04/02/21 18:20
腐りも腐ったり
白蟻机じゃ

158 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 18:29

  『漏れと机氏の、こういった一連の不毛なやりとりを「隻手音声」といいます。』

さあて、この一文は単なる煽りでしょうかどうでしょうかねえ……。

159 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 18:34
>>158
不毛といえば、公案だって取りようによれば不毛だよ。
だけどそういう中において気づいていくもんかと思うけどね。

いうならば、不毛ってのは論理的じゃない。ってことでしょ。
不一不二。
ここが一如の法門の難しいとこかもしれんね。

>さあて、この一文は単なる煽りでしょうかどうでしょうかねえ……。

いえいえ、そうは思っていないよ。
よく絡んだよ。


160 :名無しさん@3周年:04/02/21 19:21
お侍さん、調子でてきたじゃない

161 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 19:31
>>160
そうだね。
鳴かぬ鳥どのは、よく私に絡んでくれたね。
もう少し絡んでくれたら言いたい事は沢山あったんだけど、
結果的には、まあこれが限界なんだろうね。

また、縁があればこのテーマで語りあいたいが、
まあこういうことは無理なんだろうね。

162 :名無しさん@3周年:04/02/21 19:50
認識は空だからね
だれしも同じ土俵にいるわけ
自分で断定した途端に、その場で自分を限界付けてる

163 :名無しさん@3周年:04/02/21 20:00
断定は自他の相対化より生じるものだ
愚かしい自我への屈服

164 :名無しさん@3周年:04/02/21 20:01
無明

165 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 20:01
>>162
>自分で断定した途端に、その場で自分を限界付けてる

貴殿は面白いこと言うね。
じゃあ、限界じゃないというんだったら、机の言うことは禿銅なんだね?


166 :名無しさん@3周年:04/02/21 20:02

 狐
  禅

167 :名無しさん@3周年:04/02/21 20:04
>>165
ほらほら、さっそく二項の罠にひっかかった

じゃあな

168 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 20:23
>>167
>ほらほら、さっそく二項の罠にひっかかった

おやおや・・・・(>_<)

私は撒き餌をばら撒いたんだよ(笑

ひっかかったのは貴殿ではないか?
まあ、ここのとこは自他不二でよろしいけどね。

169 :名無しさん@3周年:04/02/21 20:26
もうね(略

170 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 20:27
話題振ってくれれば語るよ。
漏れは156へのレスをしてなかったからそのレス書いても良いし、机氏お得意の般若心経でも良い。
無門関なりヘキガン録なり何なりの公案でも何でもかまわない。

机氏以外の人が振ってくれる話題でも良いよ。

171 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 20:39
>>170
禅というのは、不毛といえば不毛なもんの繰り返しなんだろうね。
そんな日常性の流れの、ほんの一瞬。これの直覚に他ならない。

いわゆる禅は、六祖より大きく流れが変わる。
これの最大の要因は、いわゆるこのホンの一瞬(頓悟)なんだろうね。

>机氏以外の人が振ってくれる話題でも良いよ。

そうだね。それでもいいけど・・・ここは2ちゃんだからね(>_<)
仏縁で、もしかしたらいるかもしれないね。



172 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 20:49
不毛と言ったのは、机氏がこちらのレスに沿ったレス返してこないという点だよ。
レスの一部分無視したり、曲解したりされたら議論にならない。
最低限のルールは守ってもらわないと会話が成立しない。

禅は不毛なものではない。不毛なものの繰り返しでもない。
6祖から大きく変わるって、何か変わったかな?具体的な部分を述べて欲しいね。

173 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 21:24
>>172
>そしてそこがわかれば、趙州が草履を頭の上にのっけて出て行ったことにも明確な仏法的意味・意義が
>あるのは一目瞭然となる。

貴殿が言いたいのはこれのことか?
「猫に仏性ありや?なきや?」。
この公案は貴殿はよくご存知なんでしょ?
仏法的な意義とか意味は・・・。趙州和尚のこともわかってるはず。

>レスの一部分無視したり、曲解したりされたら議論にならない。

無視はしてない。これがわかってればよろしいかと思う。
それともなにか?わからんことでも?

>6祖から大きく変わるって、何か変わったかな?具体的な部分を述べて欲しいね。

漸修から頓悟へと変わる。いうなればここで中国禅が開花した。というても過言ではない。
私がスレのタイトルを”無門関”ってしたのもここにある。
いわゆるこれは、貴殿が言う”仏教の意義・意味に大いに関係してくることだよ。
これを語らずになにを語るというのか?

まあ、ゆっくりして逝きなされ・・・慌てることはない。




174 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 21:49
>貴殿が言いたいのはこれのことか?
違う。つーか何故ここでそれが出てくるのか…(´Д`;)

>無視はしてない。これがわかってればよろしいかと思う。
99のレスに対する>104のレス。>144に対する>148前半のレス。
151に対する>156のレス。
この辺りからこちらの問いやレスにまともに答えてない。
特に99に関しては、明確にこちらが「出典を出してくれ」と尋ねているのに何も答えていない。
これでもレス無視していないと言うのかね?

>漸修から頓悟へと変わる。

42章経の話。
釈尊存命の時、天神が釈尊を堕落させようとして娘を献上したが、釈尊は「そんな血と内臓と糞が詰まった
皮袋などに興味はない」と言って受け付けなかった。
そこで感心した天神は、釈尊に教えを乞うた。そして教えを聞いた天神は、その場で四向四果のうちの
入流果(悟り)を得ている。

また、二祖慧可は、ヒジをぶった斬って達磨に教えを乞うた。
「先生、心が不安でたまりません。安心させてください」
「心を出せ」
「心は出そうとしても出せません」
「安心させたぞ」
この問答で即座に悟りを開いている。
三祖も、この問答を罪に関するものにかえただけの問答で悟りを開いている。

漸修とは、修行を積んで積んで、だんだんに悟っていくのだという考え。
頓悟はいきなり一気に悟りに入るという考え。
昔から頓悟なのは当然で、別に6祖から頓悟へと変わってはいないと思う。

175 :名無しさん@3周年:04/02/21 21:58
155niha warata

176 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 22:14
>特に99に関しては、明確にこちらが「出典を出してくれ」と尋ねているのに何も答えていない。
>これでもレス無視していないと言うのかね?

禅は、つまりは自己への深い洞察(内省)だろ。宗旨からしても経典に依らない、ってのは常識的な判断かと思うけどね。
『経書に依らざるべき。by道元』
つまり経典っていうのはそれを教義の柱にはしない。禅宗にとっては。

>三祖も、この問答を罪に関するものにかえただけの問答で悟りを開いている。

悟り。というても、人生において一回こっきりのもんじゃない。
大悟数回、小悟数え切れず。

>昔から頓悟なのは当然で、別に6祖から頓悟へと変わってはいないと思う。

始祖から五祖までは達磨の脈絡をうけついで塵払看淨の法脈。
しかしながら。六祖に法脈を受け継いで、その時、かの東禅院では「ここに法はあらざる」。
と五祖が言うてる。
つまり東禅院は、神秀がいたとしても僧院ではない。ってことだよ。by五祖
これはどういう意味かというと、それまでの脈絡は「ここで消える」ってことだよ。
だから六祖に法衣を渡した時点でこれ以後七祖はなくなる。

神秀は五祖の一番弟子だから、その弟子を外したってことは、つまりは流れが大きく変わった。ってことだよ。
禅が南と北に分かれたのはこのため。

達磨からの法脈は神秀の北禅(漸宗)。南禅(慧能)と分かれた。



177 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 22:37
では、おやすみ

178 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 22:43
道元のどの書物のどの部分?
書いてあるとすれば正法眼蔵の中のどっかだと思うが、具体的な章と場所…できれば
本のタイトルと出版社と該当ページを挙げて欲しい。

>神秀は五祖の一番弟子だから、その弟子を外したってことは、つまりは流れが大きく変わった。ってことだよ。

…言ってることが全然変わってないかい?
さっきは漸修から頓悟にかわった、だから6祖から大きく変わったと言っている。
しかしこのレスだと、弘忍が自分の寺の弟子に法継を作らなかったから大きくかわったと言っている。
自分の寺に法継を作らないことが禅に大きな変化があったことには全くならないと思うぞ。
それに、別に自分の寺に後継者作らない例なんか珍しくもないでしょう。
時代をずっと後にすれば沢庵や一休とかはそもそも後継者作らなかったし。
あと、

>悟り。というても、人生において一回こっきりのもんじゃない。
>大悟数回、小悟数え切れず

の部分は漸修・頓悟との話とは何も関係がないんじゃない?
そんなん当たり前のことで。

179 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/21 22:57
>>178
>自分の寺に法継を作らないことが禅に大きな変化があったことには全くならないと思うぞ。

まあ、どうでもいいんだけど。
”自分の寺”って?
そこいらへんの末寺とは違うよ。

黄梅山東禅院ってのは、弟子は数百名。もっとも達磨からの法脈だから規模が違うよ。

>道元のどの書物のどの部分?

基本的には拘らず。
道元だけが禅師でもなかろう?
まあ、明日またレス入れるよ。
あまり神経質にならん方がいいよ。

じゃあ、おやすみ。
明日書くから。

180 :名無しさん@3周年:04/02/21 23:05
禅ていつから規模を頼みにし始めたの?

181 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/21 23:24
180氏が突っ込みいれてくれてるんでその部分はさておいて。

>基本的には拘らず。
>道元だけが禅師でもなかろう?

あのねー、出典わからなきゃ根拠にならないじゃんよ。
漏れは臨済系の方が好きなんで曹洞系の書物は適度にしか読んでいないが、
道元さんが経典とかいらんと言った話は聞いたことが無い。
正法眼蔵の八大人覚なんて遺教経の要旨をまとめたものでしょ?

182 :名無しさん@3周年:04/02/21 23:28
空とか中観とか、二元ロンがどうたらというとるものは
禅じゃなくて世俗諦。
ム門関はム門関、言葉にあらざるものじゃ。

183 :名無しさん@3周年:04/02/21 23:54
業障なにとしてか本來空ならん。つくらずは業障ならじ。つくられば本來空にあらず。つくるはこれつくらぬなり。業障
の當躰をうごさかずながら空なりといふは、すでにこれ外道の見なり。業障本來空なりとして放逸に造業せん、衆生
さらに解脱の期あるべからず。解脱のひなくは、諸佛の出世あるべからず。諸佛の出世なくは、祖師西來すべから
ず。祖師西來せずは、南泉あるべからず。南泉なくは、たれかなんぢが參學眼を換却せん。また如何是業障と問す
るとき、さらに本來空是と答する、ふるくの縛馬答に相似なりといふとも、おもはくはなんぢ未了得の短才をもて久學
の供奉に相對するがゆゑに、かくのごとくの狂言を發するなるべし。
                                                    
                                                     十二巻「正法眼蔵」より「三時業」

184 :名無しさん@3周年:04/02/21 23:58
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1
良い加減に盛り上がってきた
ケミストリー

185 :asker:04/02/22 02:27
じっくり読み込んでいるうちに、また こんな時間になってしまった・・・

僕が最初に質問をした時に、机さんが親切に答えてくださってうれしかった。
だからもっとお話を聞きたいと思ったんです。
一連の問答を拝見させていただいて、素人の僕が言うのは大変失礼なことかもしれませんが
僕にはどうしても、鳴かぬ鳥さんの意見の方が筋が通っているように思えてなりません。
今の僕には裁定する能力なんてありませんが、
僕も自分の人生や生活に役立たない教えはいらないと思うのです。
一生かかっても解らないようなことを追い求める勇気は今のところ持てません。
それより、今をどれだけよりよくしていけるかの方が一般人の僕にとっては大事でした。
この一連の問答を拝見させていただくことでいろいろ勉強させてもらいました。
僕は また、頓珍漢な質問をするより、皆様方のお話をROMさせていただくことのほうが
よっぽど、ためになるような気がします。
僕にとっての聖者は、世の中の醜い感情を持たない清廉な方のイメージがあります。
自分もそこへ少しでも近づきたいと願います。
世間では、奇麗事と馬鹿にされることも多いですが、それに憧れることは罪ではないと信じています。
これからROMに回ります。
これからも白熱した高尚な議論をお聞かせ頂ければ幸せです。
一般人向けのお話も時々してくだされば嬉しいです。
ありがとうございました。

186 :名無しさん@3周年:04/02/22 04:34
机ちゃんのせいで仏教スレのレベルが低くなった

187 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 07:07
>>181
>あのねー、出典わからなきゃ根拠にならないじゃんよ。

出典・・・タイトルを忘れたんで後で調べておくよ。

神秀という方はちょうど貴殿のような研究人だった。
東禅院きっての秀才といわれたもんだよ。日夜、禅においては研究してたんだね。

かたや慧能は無学、神秀とは対照的。
この無学の慧能が東禅院を門を叩いて、僅か半年、若干24歳の若さで法衣(法脈)継承してるんだよ。

この流れは、禅とは何か?ってのを何かしか後世に伝えてるものがある。
まあ、後々にここのとこが分かってくるかとおもうよ。今直ぐには分からんよ。

秀才の神秀はその後、少林寺において剣禅一如の法脈に繋げてる。
ここのとこを研究した方がもっと禅に親しめるよ。まあ、学びたいんであればね。
もっと興味深いテーマはいくらでもある。

#、、出典については後ほど調べる。暇なときに。

188 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 07:14
>>185
>一生かかっても解らないようなことを追い求める勇気は今のところ持てません。

追い求めるから得られる。ってもんでもないよ。
追い求めるのを打ち切って得られるものかもしれないし。
人間の思考ってのは一方向に流れやすい。
しかしながらこのことに気づくのも”小さな悟り”

まあ、気ながにロムってください。
なにかあったら絡んでね。

189 :名無しさん@3周年:04/02/22 07:23
十牛図、ってしってる?
で、禅ていつから規模を頼みにし始めたの?

190 :名無しさん@3周年:04/02/22 07:25
>”小さな悟り”
漸修なの頓悟なの?

191 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 07:50
>>189
十牛図は、まだまだ話しをするには早すぎる。

>で、禅ていつから規模を頼みにし始めたの?

誰が規模を頼みにしたの?貴殿か?何故?

>>190
話が飛躍し過ぎ。

192 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 07:57
>>189
長男に家督を譲るのと、法衣(法脈)継承は全く違う。

もっとましなレスを付けるべし。

193 :名無しさん@3周年:04/02/22 09:38
鳴かぬ烏の声も机には響かぬようだ。
そもそも人の意見に耳を傾けないし、
傾けたとしても正しく理解していないし、
的はずれな答えばかりするし……
ま、だいたい机自身が人と会話しようとしていないところに問題がある。
抽象概念をふりまわせば、何とでもいえるし、
何とでもかわすことができる。
まったく禅の教理がこんなふうに用いられるのは
なげかわしいことだ。

烏さん、あなたのお心、お察ししますよ。
相手にしないほうがいいですよ。
でも、ずーっと名前間違えられたまんまでしたね。
途中でヒントまで出していたのに……

194 :名無しさん@3周年:04/02/22 10:08
トリもカラスも同じだ、とか抜かすんだろ、どうせ。
まともに座ったことも無いんじゃないか、四ツ足が邪魔してな。

195 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 10:28
>187
なんで出典にこだわってここまで突っ込んでいるかといえば、知識があまりに杜撰でいい加減だから。
しかもその杜撰さを指摘しても認めようとしないから。
杜撰な知識で仏教や禅を語って自分は正しいと主張する。
更にこちらがそれを指摘すると言い逃れの逃げレスを打つ。議論にも話にならん。
はっきり言って机氏が書いてること滅茶苦茶です。
断片的知識に基づいた、仏法でも禅でも何でもないただの妄想です。

asker氏みたいに禅にあまり知識がない人がここをみて机氏の書き込みを見る。
誤った知識をそれが正しいと信じたらどうします?
知識が間違っているならまだしも、正式に参禅したこともない漏れから見ても明らかにおかしいと
思う公案や経典の見解を正しいと主張して人に信じ込ませることがどれだけ危険かわかってる?

仏教ってのは心の法。心は肉体の舵取り。空手や拳法のような体の法が使いようによっては
人を害することは誰でもわかることだが、心の法は体の法と同じかそれ以上に遥かに危ないんだよ?
「無とは何も考えないことである」とか勘違いして自分だけ無気力廃人になるならまだしも、
オウムみたいに人殺しを教義とし、多くの人を誤った道に迷いこませることもできてしまうんだよ?

心の法が危ないことを先人は知っていたから、間違った見解に対して鉄拳を浴びせたり
鉄棒でぶっ叩いたりして「お前の見解は間違っている」と教えた。
禅は一見すると物にとらわれない自由闊達なものと見え勝ちだけど、そこに至るまでには厳しい
修行−すなわち正しい法則を心魂に刻み込む修練が積まれている。
歴史上に名を残す名禅僧ばかりを我々は見ているけど、一生費やしても悟れず寺を去るものもいるし、
発狂する人もいるし、禅病にかかって死んでいく人もいる。
桧舞台の裏側にはこういう人の屍が累々と積み重なっている。ここまで厳しく正しさが求められるものだと
いうことをどれだけ認識していますか?

196 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 10:28
>秀才の神秀はその後、少林寺において剣禅一如の法脈に繋げてる。

ここだって滅茶苦茶だ。
剣禅一如は江戸時代、沢庵が柳生に剣と禅の共通点を語ったのがもののはじまり。不動智神妙録がそれ。
少林寺の拳法とは1000年どころか2000年近く隔たっている。まったく無関係。
しかも神秀の法脈はその後数代、唐の時代で滅んでます。

197 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 10:37
>189
十牛図については…

ttp://homepage3.nifty.com/sanbo-zen/cow.html

ここなんてどうでしょうね。
白隠門下で最初に印可をもらった良哉は、3番目の見牛の頌をみて開悟したそうです。

…もっとも印可をもらって白隠さんのもとを去った良哉は、後年白隠さんに「今の良哉は埒が開かぬ」と
言われてしまっています(^^;

198 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 11:12
>>196
>>秀才の神秀はその後、少林寺において剣禅一如の法脈に繋げてる。

”法脈に繋げてる”って書いてあるだろ(>_<)、まあ、いいけど。
拳禅一如→剣禅一如→茶禅一味。
剣道、茶道、弓道。いわゆる空文化の脈絡のはなし。
いわゆるそれが「茶」の道だったら茶道っていうんだけど、剣だったら剣道。
それだけのこと。

>しかも神秀の法脈はその後数代、唐の時代で滅んでます。

いまある少林寺拳法は北宗の流れだよ。ここにおいては拳禅一如として法脈は受け継いでる。





199 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 11:20
>>195
>歴史上に名を残す名禅僧ばかりを我々は見ているけど、一生費やしても悟れず寺を去るものもいるし、
>発狂する人もいるし、禅病にかかって死んでいく人もいる。

”経書に依らざるべし”とはこういうことだよ。
概念で凝り固まってはならん。ということだよ。
経書の内容をそのまま概念化してはいかん。ってことを意味する。

まあ、無門関はこの概念化の破壊なんだからそうたやすく理解できるもんじゃない。

>禅は一見すると物にとらわれない自由闊達なものと見え勝ちだけど、そこに至るまでには厳しい
>修行−すなわち正しい法則を心魂に刻み込む修練が積まれている。

先ずは、肩の力を抜くことだよ。
それからだ・・・。



200 :名無しさん@3周年:04/02/22 11:33
佛正法眼藏を單傳する佛祖、いかでか佛教を單傳せざらん。いはんや釋迦老漢、なにとしてか佛家の家業にあるべからざらん教法を
施設することあらん。釋迦老漢すでに單傳の教法をあらしめん、いづれの佛祖かなからしめん。このゆゑに、上乘一心といふは、三乘
十二分教これなり、大藏小藏これなり。しるべし、佛心といふは、佛の眼睛なり、破木杓なり、諸法なり、三界なるがゆゑに、山海國土、
日月星辰なり。佛教といふは、萬像森羅なり。外といふは、這裏なり、這裏來なり。正傳は、自己より自己に正傳するがゆゑに、正傳の
なかに自己あるなり。一心より一心に正傳するなり、正傳に一心あるべし。上乘一心は、土石砂礫なり、土石砂礫は一心なるがゆゑに、
土石砂礫は土石砂礫なり。もし上乘一心の正傳といはば、かくのごとくあるべし。しかあれども、教外別傳を道取する漢、いまだこの意
旨をしらず。かるがゆゑに、教外別傳の謬説を信じて、佛教をあやまることなかれ。もしなんぢがいふがごとくならば、教をば心外別傳
といふべきか。もし心外別傳といはば、一句半偈つたはるべからざるなり。もし心外別傳といはずは、教外別傳といふべからざるなり。
摩訶迦葉すでに釋尊の嫡子として法藏の教主たり。正法眼藏を正傳して佛道の住持なり。しかありとも、佛教は正傳すべからずといふ
は、學道の偏局なるべし。しるべし、一句を正傳すれば、一法の正傳せらるるなり。一句を正傳すれば、山傳水傳あり。不能離却這裡
(這裏を離却すること能はず)なり。                                              「正法眼蔵」より「佛教」

201 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 11:35
>193
>でも、ずーっと名前間違えられたまんまでしたね。

もともとこのHN自体、書き込んだ議論の行方を占う方便の一つとしてつけたものでした。
HNに即座に反応してきたら「ああ、以前に比べてなかなか勉強してきたなあ」と思ったところですが…

>相手にしないほうがいいですよ

白隠が置き換えた洞山五位兼中到の頌

  『徳雲の閑古錐、幾たびか妙峰頂を下る、他の痴聖人を傭いて、共に雪を担いで井を埋む』

……と言いたいところですが、正直なところはさんざ一人で本読んだり坐禅したりしましたが、
内にこもるだけじゃなく仏教に関して何でもいいから話してみたかったってことで。
いろいろ興味深くカキコさせてもらってます。

202 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:02
>>201
私は貴殿にお題を出してるけど、まだ答えがきてない。

>その「苦しみ」とやらは何処にあるのかね?で、何から解脱するのかね?
>公案はそれを示唆してるだろ。

肝心なのはこのことでしょう?
四諦は仏道の本義なんだから。

公案からなにを学ぶか?




203 :名無しさん@3周年:04/02/22 12:11
>鳴かぬ鳥さんへ

随分と知識がおありのようだが、大昔の人の言説(その真偽の程も疑わしい)
や「知識」そのものに何ほどの意味があるのでしょうか。机師もそれを言いたい
のでは。

人間は、理念型、理論型の人間と、現実型、直感型の人間とに大別される。
前者の典型的な例が宗教です。しかし、人間が現実の存在である以上、現実を
離れた理念は無意味であるし、逆に現実こそ最高の理念であるとも言える。
机師の言ってることを突き詰めれば「今この瞬間がすべて」ということでは
ないだろうか。知識や理屈はドーデもよいことなのです。

204 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:13
>>201
>HNに即座に反応してきたら「ああ、以前に比べてなかなか勉強してきたなあ」と思ったところですが…

そうだね。
じゃあ、これからはスレの方向性を変えて、学問の方に重点を置くようにするよ。
で、>>202のような疑問はなんか出典はありますか?

205 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 12:15
>199
話にならん。一体漏れのレスのどこをつついたらそんな話の流れになるんだ?

前スレで机氏は「禅は諸法無我だ」とか言ってたけど、諸法無我を悟らせる手段たる
四諦八正道を全く行じてないね。
レスの都合の良い部分を抜き出してきて都合よく曲解して、それで都合の良い結論を導く。
八正道は正見 正思 正語 正行 正命 正精進 正念 正定のことだけど、
正見ができてない…どころか意図的に邪見を行ってるじゃんよ。

何かの流れで、いつかは八正道の話をして『正見とは何か』『なぜ正見ができないか』そして
『正見を妨げるのは欲である』ということを語ろうとは思ってたけど、まさかこうも典型的な見本が
目の前に出てくるとは思わんかった。
今回の場合は名誉欲と自己顕示欲だね。

  邪見 邪思 邪語 邪行 邪命 邪精進 邪念 邪定……

仏教の理念と正反対のことをやってる。あなたに仏教を語る資格があるとは到底思えない。



206 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:17
>>203
そうそう、そういう事です。
しかしながら議論ってのは難しいね。



207 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:29
>>205
>四諦八正道を全く行じてないね。

なるほど。
私は行だとは思ってないんですね。これは”信”。
行とは、ある方向性・目的を自然にもつようになる。
この日常性の瞬間の途切れ。←ここが重要。
ここのとこを言いたいのです。

まあ、ここのとこは難しいとこです。

#、、正見とは、曲がったものを曲がったように見ることを正見という。


208 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 12:32
>202

ここへのレスはしばし待たれよ。整理してキチンと書くから。ちょっと長くなりそう。
用事があって今晩中は無理だから、明日の晩か明後日の夜までには何とか整理して書いてレスしとく。

良ければ机氏の般若心経と空の解釈を述べておいて欲しいね。

209 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:32
四諦
苦集滅道。→無苦集滅道。by般若心経。

公案にその答えがある。

210 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 12:42
>>208
>ここへのレスはしばし待たれよ。整理してキチンと書くから。ちょっと長くなりそう。

人間が生きるのにカタログ(説明書)が必要かね?

>良ければ机氏の般若心経と空の解釈を述べておいて欲しいね。

般若心経には”カタログはいらん”。って書いてあるだけだよ。

このスレの初めの方に書いておいた。
ようは、人間は勘違いしているに過ぎない。ってことだよ。


211 :名無しさん@3周年:04/02/22 12:51
>>208
机師と「知識」や「論理」に基づいて議論するのは時間の無駄。レベルが
違うのだから。黙ってあり難く拝聴しているだけで「観念」が外れる。

般若心経や空を一体何に基づいて解釈して欲しいのかね。その解釈が創唱者
の真意であることをどうやって確認できる?自分の人生経験に応じて各人が
勝手に解釈すればよいのでは。般若心経や空の概念がアプリオリに存在する
と考えること自体が根本的な誤り。

212 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/22 12:54
>203

>鳴かぬ鳥さんへ

……そういえば、どっかに同じことを書いてる香具師がひとり居たっけなw

>知識や理屈はドーデもよいことなのです。

漏れが知識や理屈を述べてきたとしか見えないのなら、あんたはとんだド盲だ。
漏れが突っ込んでるのは知識なんかじゃなく

  『知らぬ知識を勝手に捏造して正しいかのごとく振舞う』
  『間違った知識を指摘されて間違いを認めず逃げる』

その行為、そしてその背後にある心だ。それは直指人心、見性成仏を図る禅のまさに本質部分。
今生きているこの瞬間が大切だと言いながら、人を偽り己を偽り人を惑わし己をも惑わしている。
全っ然今この瞬間を精一杯生きてないじゃんかよ。

知識がないならないと言えばいい。金銭的限界、時間的限界があるから読めるものが限られてくるのは
当たり前。そんなことは恥でもなんでもない。漏れだって本職に突っ込まれればタジタジだ。
だが、ない知識をあるかの如く振る舞い、他人を惑わせ己の心を偽るならそれは禅と正反対のもの、
仏教やら無門関を語る資格なんぞ露すらもない。

今は悟っていなくても何も恥じることはない。至誠を貫いてお天道さまに恥じぬ生活をし、現実の壁に向かい
苦しみながらそれに立ち向かい戦い続け、ものの因果を見極めようと努力するなら、必ず悟れるときがくる。
だが、その姿勢がないどころか逆のことをするなら悟る機運は微塵もない。
しかも、他人に誤った知識を植え付け邪道へと導きいれるなら、それはまさしく悪魔の所業だ。

213 :ロムするもの:04/02/22 13:06
ようするに机氏には禅とか無門関なんて語る中身がないってこと。
猫に小判、馬の耳に念仏。一連の仏教スレ、禅スレを読んできたが、
全然話しが頓珍漢だし、深い洞察とか理解が決定的に欠けてるみたい。
おそらくは、禅定によって得る仏の心、他の人にも分かちあげたいような、
歓喜とか至福感とか、そういった経験もないに違いない。そのくせ、むやみ
やたらと頂点を目指す病的な上昇思考だけは、いつも脳内でフル回転している。
また、某スレではカルトバスターを気取って悦に入ってたみたいだが、これまた
聞くに耐え難いおそまつな内容で、みんなから総スカンを食っている始末。
仏教であれ、他の思想であれ、語るからには基礎から学ぶことだ。そして知らない
ことは知らないで恥ずかしいことではないんだから、素に帰って無心に学ぶこと。
さすれば、2チャねラーも温かく貴方を迎えてくれるに違いない。


214 :名無しさん@3周年:04/02/22 13:18
>>213
あなたがカルトの方でなければ、そのような感情的な反撥はしないほうがよい。
「中身」「歓喜」「至福感」「深い洞察とか理解」って具体的には何ですか。

215 :名無しさん@3周年:04/02/22 13:38
>>214
残念ながらカルトと一般的に蔑まれているものです。
そういう人間は、意見を述べてはいけないのですか

216 :名無しさん@3周年:04/02/22 13:44
>>214
最初から差別意識をもって人に意見するなら、あなただってカルト
になるのでは?
だいたいカルトってなんでしょうか?

217 :名無しさん@3周年:04/02/22 13:53
>>215
>>216
カルトの方は、現実を超越した観念のみの強固な仮想現実を構築してしまって
いるので、残念ながらその意見は現実の人間界では通用しません。まず全ての
観念を外して、動物としての人間に立ち帰ってください。

218 :名無しさん@3周年:04/02/22 13:59
>>214
中身といわれれば、机氏の議論は、議論の為の議論であって、釈迦の説いた
仏教とは異質と感じたものですから。禅宗だって、仏教には変わりないと思って
いますので。
歓喜や至福といわれれば、わたしだったら問うようなことはしません。
共有者だと思って合掌はしますが。
深い洞察とか理解といわれれば、特に禅宗は論理を超えた解放の思想らしいから、
スレのどこかしらに、これはと響いてくる表現をまじえて、相手の引っかかった
殻を解きほぐすような部分が示されてしかるべしと思って。

以上です。感情的と受け取られたのであれば、それは自分の至らなさでしょう。
でも後悔はしていません。自分自身の正直な気持ちですから。

219 :名無しさん@3周年:04/02/22 14:06
>>217
強烈な思いこみによる観念の呪縛から解放されれば、さらなるものがありますよ。
あなたのスレはまるきりのステレオタイプです。


220 :名無しさん@3周年:04/02/22 14:09
>>219
スレ→レス

221 :名無しさん@3周年:04/02/22 14:24
>>218
私は仏教徒ではないが、釈迦が直接書いた経典など存在せず、すべての
経典は、後代の人々が数百年にわたって勝手に解釈した結果だと聞いて
います。いずれにせよ、学ぶべきアプリオリの存在、即ち真実は、現実の
世界であり、経典ではない。順序を間違えないことが大切だと思います。

>>219
現実、即ち人間にとって唯一確かなものは、ステレオタイプそのものです。

222 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 14:48
>>212
>『知らぬ知識を勝手に捏造して正しいかのごとく振舞う』
>  『間違った知識を指摘されて間違いを認めず逃げる』

私の、このスレのテーゼは知識を知識として吸収する。ってだけではないんだね。
例えば南泉斬猫の公案にしたって、そこにお題があるなら何でそこから学ぼうとはしないのか?
ようは、自らが学ぼうとしなければ知識は知識のまんまだよ。
まあ、それでいいんだ。ってんならそれでいいんだろうけど。

わたしはだから神秀の話しを持ち出したんだよ。
こういうお題を大事にしてこそ血となり肉となるんだが・・・。
まあ、いたしかたなかろう。

ひとつの公案でもいい。
それをじっくり考えてみるのもいいだろう。

ようは自分で答えを出さねばならん。
人の答えを調べても、それはそれ以上にはならん。
そんなに甘くはないよ。

223 :名無しさん@3周年:04/02/22 15:42
>『知らぬ知識を勝手に捏造して正しいかのごとく振舞う』
>  『間違った知識を指摘されて間違いを認めず逃げる』


間違ってる、とか正しい、とかは、
何か基準があって言ってるんだろう。

いったんその基準を外さないと禅の話にならないんじゃないか?

224 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 16:00
>>223
>間違ってる、とか正しい、とかは、
>何か基準があって言ってるんだろう。

そうそう、よくぞお気づきなされた。

私は、鳥(カラス)さんが気の毒なので突っ込まなかったけどね。
まあ、たぶんなにかの概念が注入してあるのかと思うよ。

スレの流れでそれがわかった。




225 :名無しさん@3周年:04/02/22 16:10
>>221
阿含経に書かれている縁起の法によって、生きとし生けるものの命の生成を見るというのは、
まさしく、わたしたちがアプリオリに具足している心の本然のありように触れることだと思います。
アカデミックな意味においても、偽書だと非難されている大乗経典、たとえば無量寿経にしても、
実際の先達たちの真摯な探求と実践に基づいて、無量寿光という表現が出てくるんです。
一切法の平等とは、文字に書かれたものを排除することではありません。文字を含むからこそ、
平等なのです。人間の無明は、自分の経験や価値観や認識許容範囲を超えるものに対しては、激しい拒絶反応を示すところにあります。受容と拒絶、なぜか人間があると思いこんでいる強烈な記憶の自我を背景として、自我がそれを好しとするか悪しとするかにかかっていますね。
お釈迦様はこの自我の部分に鋭いメスを入れられました。わたしは浄土系の者ではありませんが、「計らいを捨てなさい」という言葉が好きです。

スレタイに反する話しになってしまうので、このへんで失礼します。


226 :名無しさん@3周年:04/02/22 16:33
  ∧_∧
 (´,_ゝ`)プ 
.c(,_uuノ

227 :名無しさん@3周年:04/02/22 16:58
悟り・気付きの体験と相談
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1076301278/

228 :名無しさん@3周年:04/02/22 16:59
カルト→何かに熱中する

・車好き
・過労死に至るまで働き続ける
・老後への不安感
・中流意識
・健康ブーム
・経済大国という洗脳
・etc

一億総カルト

229 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:00
カルト→何かに熱中する

・車好き
・過労死に至るまで働き続ける
・老後への不安感
・中流意識
・健康ブーム
・経済大国という洗脳
・etc

一億総カルト

230 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:01
カルト→何かに熱中する

・車好き
・過労死に至るまで働き続ける
・老後への不安感
・中流意識
・健康ブーム
・経済大国という洗脳
・etc

一億総カルト

231 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 17:02
>>225
>お釈迦様はこの自我の部分に鋭いメスを入れられました。
>わたしは浄土系の者ではありませんが、「計らいを捨てなさい」という言葉が好きです。

そうですね、釈尊は我見を離れる。と言うております。
禅では、仏と我の二見を離れる。というような言い方しますね。

無門関のルーツを辿ると、そもそもは慧能が金剛般若経の読経を耳にするところから始まる。
金剛経「応無所住而生其心」とは
「まさに住する所無くして而も其の心を生ずべし」。
金剛経で発心を抱いた慧能は東禅院をめざす。

そもそもが臨済宗のルーツはこれです。
公案の意味はこれなくして語れず。
本来無一物。

232 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:03
禅が趣味→カルト

233 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:14
>>225

>アプリオリに具足している心の本然のありように触れることだと思います。

このスレ的にしろ、科学的にしろ生命の生成はむしろアポステオリであると思うが。


234 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:19
>>233
訂正
アポステオリ→アポステリオリ

235 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:27
要するにだな、机はなんかのハウツー本で禅の知識を得ただけの人で、
まったく禅を実践していない人と漏れは見た。
あの内容のなさ、ワンパターンの答えかたは、
そうとしか考えられない。
しかし、彼はこの2ちゃんで叩かれまくってせいで、
抽象概念をまくしたてて逃げる方法を習得してしまったというわけだ。
だから、だれが何といおうと無駄。
あれ、あの麻原がそうだったでしょ。同じパターンよ。
この手のタイプは何を言ってもダメだね。
ほんでよ、机もよ、あんた、たのしいか?
こんなことしてて。
楽しけりゃいいけどよ。
でもさ、あんた、そうとう表の世界に対する
コンプレックスがあるんだな。まだ若いんだろ。
老齢をよそおってるけど。漏れにはわかるよ。
早く脱皮しろよ。

236 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 17:48
>>235
>抽象概念をまくしたてて逃げる方法を習得してしまったというわけだ。

逃げてはいない。
苦しさから解脱するのはどうしたらいいか?って、私は聞いてるんだよ。

公案に答えがある。ってのは、私の自論。既に私は答えて、鳥殿の答えを待ってるんだよ。
いま、鳥殿が調べてるからちょっと待ってなさい。

>コンプレックスがあるんだな。まだ若いんだろ。

そうか。やっぱ私の若さはレスに出てしまうか(^^ゞ


237 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:54
そうかい、逃げていなかったんかいな。
じゃ、抽象概念を使わずに、相対世界の言語によってレスしてみてほしい。
もちろん、依言真如と離言真如って言葉くらい知ってるだろ?
あんたの離言真如はもう十分すぎるほどわかったからさ、
これからはしばし依言真如でもってレスしてみてちょーだい。
もし、その立場できちんと烏さんの発問に答えることができたなら、
漏れはキミを見直すよ。

238 :名無しさん@3周年:04/02/22 17:58
>>237
自演ヴぉうず

239 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:06
本当にすわったことがあるのかな?

240 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 18:10
>>237
>もし、その立場できちんと烏さんの発問に答えることができたなら、
>漏れはキミを見直すよ。

目の前に猫がいるのに「いない、いない」というておるようなもんだよ。
猫の首を切り落とさんとわからんのか?

公案が答えだと・・・既に私が言うておるではないか?
なにを聞きたいのじゃ?



241 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:15
えーっと、禅以前に、社会生活大丈夫ですか?
こころのやまいのかたでしたらこれ以上うかがわないようにしますが。

242 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:20
いや、たぶん恐いんだろ。
自分の稚拙さが露呈してしまうのが。
だから、公案だとか、自他不二だとか、
本来無一物だとか、不一不二だとか、
いってるんだろ。
よくいるよ、にわかじこみの禅かぶれの香具師。
ところでさ、話はかわるけど、
机さんはさ、なんで髑髏の名前を変えたの?
髑髏のスタイルではやっていけなくなったの?
もし机のスタイルでもやっていけなくなったら、
やっぱり名前を変えるのかな。

243 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:22


   カーツ     さとう (ボソ

244 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:26
そうだそうだ、机さんに質問!
机さんはさ、麻原のこと、どう思う?

245 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:27
お坊さんどうしが ネコ の奪い合い、ってホモにしかわかんねーYO!

246 :イエエーイ:04/02/22 18:29

            指詰めろってばさ
                           

247 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:29


自分の指きればいいのに弟子のを落とすなんて最悪

                   

248 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:36
>>242
2ch引き篭もり生活長そうだね

249 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 18:38
四諦、八正道を行する。とか、
この類の流れでは・・・この話は無理だろうな。

まあ、私からはこのスレを進めるつもりはないが・・・

それらしき書き込みがあったら流れを作る。

250 :名無しさん@3周年:04/02/22 18:41
正語
 恒に真理に合った言葉使いをする事。社会生活の上で慎まなければならない事で妄語(嘘)・両舌(都合や立場で使う二枚舌)・悪口(破壊的な悪口)・綺語(口から出任せのいいかげんな言葉)という「口の四悪」を行わないということ。

251 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 18:41
>>244
>机さんはさ、麻原のこと、どう思う?

興味はない。

252 :名無しさん@3周年:04/02/22 19:07
髑髏って?

253 :名無しさん@3周年:04/02/22 19:58
ねーねードクロって?

254 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 21:12
>>253
髑髏ってには、髑髏仮面のことだよ。
2ちゃんの古参で宗教板仏教系。

たまに髑髏仮面の名前が出たとしても、もう宗教板には現れんだろう。
知ってる人もあまりいないかと思うよ。


255 :252=253:04/02/22 21:19
ご教示ありがとうございました

256 :名無しさん@3周年:04/02/22 21:24
麻原のルンは凄い!!

それに、宗教とは何か?というテーゼを身をもって世界中に示してくれたではないか

「絶対矛盾の自己同一性」by 西田幾太郎の体現者である。

(ちなみに書き残していくが、ヴァイローチャナにゾクチェンの教えを伝授して、チベット
仏教に多大な影響を与えたのは、他ならぬ「シュリーセンハ」という中国の禅僧である。
 このことは重要なことだから、よ〜〜〜く憶えておいて損はない。解りましたか、皆さん)

257 :名無しさん@3周年:04/02/22 21:33
 げらげら 

258 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 21:47
>>256
麻原と西田は違うよ。
どこが違うか?
仮想現実をどんどん概念化するのが麻原。
かたや西田はその対極。

どこが違うか?といえば、ベクトルが違う。

259 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 22:03
>>136
なんか、すっかり亀レスになっちゃいましたけど、机さんの禅って、案外無慈悲なんだね(w

>一語を言ってみろ。ったって・・・言いようがないよね。

これじゃ、猫、斬り殺されちゃいますよ。
それとも「部屋の中で暴れちゃうとか、タケシのコマネチとかやっちゃう」とか「なんでも
いいからドキュンなことやれば」猫が斬り殺されずにすむとでも?
もしかして机さんって、猫嫌いなほう?NBは、ねこ大好きです(w

260 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 22:03
ぼくが「念仏の人間として興味がある」と申し上げたのは、真宗にはこういう表現が
あるからなんです。

「蓮如上人仰せられ候ふ。仏法にはまゐらせ心わろし。これをして御心に叶はんと
思ふ心なり。仏法のうへはなにごとも報謝と存ずべきなりと云々。」

念仏をして仏心を得ようとするんじゃないんですね。仏心に飛び込んでいくとき、
念仏が出るんです。禅の世界も同じだったら面白いなあ。なんて。

つまり、禅の一語で猫を助けるんじゃない。今まさに斬り殺されようとしている
猫の命に直に飛び込んでいくとき、禅の一語が出るんじゃないでしょうか。

ですから、つべこべとはからわずに身を挺してでも南泉の手から猫を逃がしてやれば
それで万事済む話。禅の一語なんて知ったこっちゃない。
その上で刀を奪い取って南泉のクソ坊主を思う存分斬り刻んでやれれば、めでたし
めでたし。ってな訳で。
その時の南泉和尚の禅の一語を、ぜひとも聞いてみたいもんですなあ。

いや、まあ。ホントかどうかは知りませんが。あはは。

261 :名無しさん@3周年:04/02/22 22:03
>>258
キミと麻原とは違うの?
キミのレスを見ていたら、
どうしても麻原の顔が浮かんでくるんだけど。
すっごい似てるよ。

262 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 22:08
>>225
アカデミックな意味において、『無量寿経』が偽書(偽経?)だとされたことなんて、
一度もないですよ。それから、管見の限りではありますが、「無量寿光」なんて訳語
も存在しません。

ちなみに、大乗非仏説と偽経の問題はそう簡単に同一視すべき事柄ではないです。

263 :自己紹介用テンプレ:04/02/22 22:22
【名前】
【住所】
【学歴または職業】
【趣味・特技】
【血液型】
【夢】
【好きなタイプ】
【好きな芸能人・アーティスト】
【好きな食べ物】
【宗教思想・座右の銘】
【メッセージ】


264 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 22:58
>>259
>いいからドキュンなことやれば」猫が斬り殺されずにすむとでも?

猫に仏性ありや?「ある」といえばある。「ない」といえばない。同義。
これは前レスで私がカキコしたかと思うが。
宇宙が無限とならば、宇宙の意味が消失する。ってことです。有無の相対あらず。
つまり南泉が二項を吹っ掛けてくるんだから、この二項を外せばよろし。
コマネチなんかはいいかと思う。
何でもいい。なんかアクションすればいいんで、アクション自体には意味はない。

265 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:03
>>264
ん?猫の仏性なんて知りませんね。
「禅の一語」ってところに妙味があるかと。

いや、確か、「禅の一語」だったですよね?なにぶん昔読んだだけなんで、
ちと、あやふや。調べてみますわ。

266 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:08
ぐぐったら、すぐでてきました。ありがたや。

南泉和尚因東西堂爭猫兒。泉乃提起云、大衆道得即救、道不得即斬却也。
衆無對。泉遂斬之。晩趙州外歸。泉擧似州。州乃脱履安頭上而出。泉云、
子若在即救得猫兒。

無門曰、且道、趙州頂草鞋意作麼生。若向者裏下得一轉語、便見南泉令不虚行。
其或未然險。


頌曰
趙州若在 倒行此令
奪却刀子 南泉乞命


267 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:11
書き下し。ぐぐった先からコピペ


十四 南泉、猫を斬る

南泉和尚、東西の両堂の猫児を争うに因んで、泉、乃ち提起して云く、「大衆道い得ば即ち救わん、
道い得ずんば即ち斬却(ざんきゃく)せん。衆対無し。 
泉、遂に之れを斬る。晩に趙州外より帰る。泉、州に挙似す。州、乃ち履(くつ)を脱いで頭上に安じて
出ず。泉云く、「子(なんじ)、若し在らば即ち猫児を救い得ん」。

無門曰く、「且く道え、趙州が草鞋を頂く意作麼生(そもさん)。若し者裏に向かって一転語を下し得ば、
便ち南泉の令、虚(みだ)りに行ぜざりしことを見ん。其れ或いは未だ然らずんば険。


頌に曰く
趙州若し在らば、倒(さかしま)に此の令を行ぜん。
刀子を奪却して、南泉も命を乞わん。

ttp://homepage1.nifty.com/poem-club/mumonnkan/mumonkan15.htm
ありがとうございます。



268 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 23:12
>>260
>念仏をして仏心を得ようとするんじゃないんですね。仏心に飛び込んでいくとき、
>念仏が出るんです。禅の世界も同じだったら面白いなあ。なんて。

仏心とやらは何処ぞにおるのか?おったらそこへ飛び込んで逝きたいんだが。
はて?私には見えん。仏は見えんのじゃ。
己が仏なら(即心即仏)他に仏を求めることはなかろう(非心非仏)。

>つまり、禅の一語で猫を助けるんじゃない。今まさに斬り殺されようとしている
>猫の命に直に飛び込んでいくとき、禅の一語が出るんじゃないでしょうか。

猫を救うんだったら、南泉を先ず切る。さすれば猫は助かる。ここは以心伝心なんだろうけど。

>その時の南泉和尚の禅の一語を、ぜひとも聞いてみたいもんですなあ。

南泉はようするに論理性はまったくないんだね。
だから論理で考えては駄目。こういうことなんでしょうね。

まあ、NB氏のレスはいつも勉強させてもらってます(^_^)


269 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:16
>>268
>仏心とやらは何処ぞにおるのか?おったらそこへ飛び込んで逝きたいんだが。

あっはは。片手の声を聞け。ですかね(w

270 :名無しさん@3周年:04/02/22 23:20
NBさん、禅スレで質問するのも変ですが、
最近インドに行ってきまして、
インドでも今から500年くらい前から易行というか、
念仏的な修行が発達したと知って驚いています。
そういう行をするサドゥーの人たちと話をしたのですが、
思想的にも実践的にも法然さんや親鸞さんとそっくりなんです。
なんか思い当たることありますか?

271 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 23:24
>>269
そうですね。
仏とは対象化しないのが禅なんでしょうからね。

272 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:26
>>270
んん?いやあ。思い当たることないです。ゴメソ。

そういや、『改邪鈔』に、異国の方がお念仏を喜ばれた話がありますよね。

273 :名無しさん@3周年:04/02/22 23:31
>そういや、『改邪鈔』に、異国の方がお念仏を喜ばれた話がありますよね。

そうですか。
時代的、地理的に考えてどちらが影響を与えたとかそういうことはないはずなんで、
そういう意味では興味深いなあと。
これからは禅と平行して念仏も勉強していきます。

274 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:32
>>271
いや、ぼくは禅には全くの素人です。仏を敬う気持ちは誰にもひけをとらないとは
自負したい俗物ではありますが(w

275 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:32
>>273
なんまんだぶつです。なんまんだぶつ。

276 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 23:41
>>274
「となふれば 我も仏もなかりけり 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

この偈の「なかりけり」は、禅的には円相とか、そんなふうに私は受け止めてます。

277 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:43
ああ、ごめんなさい。『改邪鈔』じゃなかったかもしんない。
今ちょっと、資料の参照が出来ないところにいるもんで、

明日には改めてレスいたします。

278 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/22 23:47
>>276
あはは。机さん。仏教質問箱スレで喝破されちゃった「夕食後の酔っ払いモード」
のNBですから、、適当に聞いておいてくださいな(w

でも、机さん、大好きです。




あ、質問箱スレの粘着は、いただけませんよ。マジで。

279 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/22 23:54
>>278
>のNBですから、、適当に聞いておいてくださいな(w

いえいえ、↓このレスなどは大変参考になりました。
>念仏をして仏心を得ようとするんじゃないんですね。仏心に飛び込んでいくとき、
>念仏が出るんです。禅の世界も同じだったら面白いなあ。なんて。

真宗とは考え方が違ったとしても、心に響くものはあります。

>でも、机さん、大好きです。

どぉも・・・おそれいりまつ(^^ゞ


280 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/23 00:06
>>279
なむあみだぶつ。

仏法には八万四千の法門ありて、八万四千の機を対治す。

っすかね。禅も一仏乗の頓悟を宗とするんですよね。

281 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 00:28
>>280
頓悟の流れを作ったのは慧能なんでしょうけど、
わたしは、慧能の機根を見抜いた五祖・弘忍はたいしたもんかと思うね。

法脈継承は法衣を渡すらしいけど、その時は慧能の命が危ない、ってんで逃げるように
慧能は寺を去る。
しかしながら追っては慧能にせまり、もはやこれまで・・・ってとこで慧能が公案を吹っ掛ける。
一応、命だけは助かる

その後の慧能の足取りがパッタと途絶える。
なんとまあ、日本では考えられないね。
中国の懐の大きさかと思う。
そんな中国だからこそ禅が育ったんだろうね。

282 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 00:29
では、これにて寝ます。おやすみ。

283 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/23 00:31
レス書きと仕事が忙しいので宿題レス書き終わるまでカキコすまいと思っていたが…

To NB氏
>つまり、禅の一語で猫を助けるんじゃない。今まさに斬り殺されようとしている
>猫の命に直に飛び込んでいくとき、禅の一語が出るんじゃないでしょうか。

「猫の命に飛び込む」…これこそまさしく禅の要諦。
先人達が辿り着いた『我、天地と同根、万物と一体』いう境地だと思います。
念仏スレの人たちは幸せだね。

敬意を表して南無阿弥陀仏。

284 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/23 00:35
>>281
仏教史ってのは、どこの国であれ、知れば知るほど絶望的な気持ちになるような代物です。
もちろん、真宗史においても。

でも、そこを乗り越えてわが身に仏教史を引き受ける者こそ、仏意にかなうんでしょうかねえ。

285 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/23 00:37
>>283
ありがとうございます。仏教って、ほんといいもんですよねえ。

286 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/23 01:10
うーん、なんか、さっきの「猫の命に直に飛び込んでいく」の一文見たらギスギスしたレス書くの
嫌になっちゃったよ。まだジーンときてる。
久々に自分の中で普段考えてることと共感するフレーズ読んだなあ。
まさか2ちゃんでこういう名文が見られるとは思わなかった。

般若心経の漏れ的解釈は途中まで書いたから書き上げるけど、もうツッコミはやめ。
漏れが逃げたでまったく構わないです。


287 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/23 01:31
禅の中にも念仏的なものがあります。
白隠さんが禅病を治すため白幽仙人から習得したといわれる「内観の法」の観法の一句に

「唯心の浄土とは何ぞ。眼に見える荘厳なるものであろうか。浄土なんの荘厳かある。
 我が此の気海丹田腰脚足身、まさにこれわが己身の浄土。浄土何の荘厳かある。
 己身の弥陀とは何ぞ。己身の弥陀、何の法を説くのか。我が此の気海丹田腰脚足身、
 まさにこれわが己身の弥陀。弥陀何の法をか説く。」

というフレーズがあります。この己身の弥陀という文句を工夫して、あるお婆さんは悟りを開いたそうです。
そのときの問答曰く

 「婆は己身の弥陀にぶちあたりました。すべてのものが大光明を放っております。不思議です」
 「では便所の糞壺の中でも光っているか」
そこでこのお婆さん、白隠さんに平手打ちを食らわせて
 「この老漢、まだ悟っておらぬわ。」

白隠さん大笑いしたそうです。

288 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 07:05
>>286
>うーん、なんか、さっきの「猫の命に直に飛び込んでいく」の一文見たらギスギスしたレス書くの
>嫌になっちゃったよ。まだジーンときてる。

猫の命に飛び込んで、ジーンときたら・・・それが苦からの解脱なるや?
っさっさ、お答えあそばせ。
このように調へばよろしいか?

是非ともご教示くだされm(__)m


289 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 08:11
鳥(カラス)どの。

貴殿を追い込むのは止めとく。
あまり考え過ぎるのもよくないだろう。

して、私もこのお題には答えぬ。
機根のなき者にいうても意味がない。

290 :名無しさん@3周年:04/02/23 10:01
オマエガナー

>機根のなき者にいうても意味がない。

291 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 10:30
>>290
機根のある者。とは、机の”どこそこが間違ってる”とハッキリ言える御仁をいう。

機根のない者とは、これを言うことが出来ん御仁をいう。

292 :名無しさん@3周年:04/02/23 12:19
>>机龍之介
仏教辞典買ったら?

293 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 12:25
>>292
>機根のある者。とは、机の”どこそこが間違ってる”とハッキリ言える御仁をいう。

私が間違ってるところをキチンと板に書く。←これをいうておるんです。


294 :名無しさん@3周年:04/02/23 12:29
あんたは間違ってないよ。立派立派。

295 :名無しさん@3周年:04/02/23 16:51
仏教以前の問題だ。    by 素人

296 :名無しさん@3周年:04/02/23 17:43
>仏心とやらは何処ぞにおるのか?おったらそこへ飛び込んで逝きたいんだが。
はて?私には見えん。仏は見えんのじゃ。
己が仏なら(即心即仏)他に仏を求めることはなかろう(非心非仏)。

要するに無明なのか。

297 :名無しさん@3周年:04/02/23 17:48

          = 禅病 =         
 


298 :名無しさん@3周年:04/02/23 17:50
仕方ないよ、読み書きの素地ができてないんだから。

299 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 17:54
自分の意見が言えないようじゃ〜〜駄目だな。

それが肝心。

300 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 17:59
300ゲットで、
ドキュンが集まって・・・いつものパターンか(笑

301 :名無しさん@3周年:04/02/23 18:09
自分が病んでることに気付けないのか?
やはり気付けないことが病気なのか。(気付くことを拒否してるとも言うんだけど)
自分の存在価値をでっちあげなければ待っているのは絶望だけだからな。
しかし、絶望のどん底を蹴りあげて来なければ浮上はできないのだ。
まずは、2チャンをやめて3日くらい座禅でも組んだらどうかな?
(禁断症状には勝てないか・・・まず、できないだろう)

302 :名無しさん@3周年:04/02/23 18:10
でも、名乗ってやってるのは根性あると思うよ。
叩かれてることに耐えてるわけだからな。

303 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 18:15
>>301
そうだね。
>しかし、絶望のどん底を蹴りあげて来なければ浮上はできないのだ。

じゃあ、頑張ってみるよ。
オマエモナ〜




304 :名無しさん@3周年:04/02/23 18:39
>>299

このスレに群がっている多くのカルトの方々は、教祖の言説や教義に囚われて
しまっているので、自分の意見など言えないのです。自分の心の中に、見知ら
ぬ他人が住みついている状態。これは、統合失調症(精神分裂病)の症状でも
あります。

305 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 18:48
>>304
そうだね。
鳥(カラス)さんにしてもそうだね。
何で自分で考えようとしないのか?
答えを、何故に文献に求めるのか?

文献を、そのまんま自分の考えにしちゃうんだね。
頭は肥大にはなる。

まあ、肥大にはなるんだが・・・(後は略(>_<)

306 :名無しさん@3周年:04/02/23 18:51
    

       里予    才瓜    ネ単    

307 :すこし 改訂:04/02/23 18:54

 里予     オ瓜     ネ単   

308 :名無しさん@3周年:04/02/23 19:36
野狐だろうがの野狸だろうが、一切の借り物の思想や概念を棄てて、現実に立脚して
自分自身ででっち上げた思想こそ最強。借り物の思想は、自らを貶めるものであること
を悟るべし。仏教の空の思想はお付き合い。キリスト教よりははるかにマシ。

309 :名無しさん@3周年:04/02/23 19:52
若いのであれば、ここで油うってる暇があったら、いい師を見つける努力でもしたほうが善いだろう。
いい師との出会いのためには、自分を磨く必要がある。

310 :名無しさん@3周年:04/02/23 19:56
    

       里予    才里    ネ単    

311 :名無しさん@3周年:04/02/23 20:39
机さんは最高です

312 :名無しさん@3周年:04/02/23 21:06
白楽天、あぶないぞ!

313 :名無しさん@3周年:04/02/23 21:26
>>305
要するにあなたは「自分教」なわけですか。
すべての人が自分より下に位置していると思い込んでいるのか。
自分の知識は文献によらないのか。
ではご自分自身でもっと思索もしくは実践して、真理を突き詰めたら良いのでは?
どうしてここで自分以下の(と思われる)人を相手に油売ってるんですか?

314 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 21:44
>>313
>どうしてここで自分以下の(と思われる)人を相手に油売ってるんですか?

何処の名僧だろうと、何処のドキュンだろうと、学ぶ姿勢は変わらんよ。
カラス殿には大変世話になった、かつ大いに学ぶべきものはあったよ。
ってことは・・・
カラス殿は私の師である。

ありがたう。

315 :名無しさん@3周年:04/02/23 21:46
白楽天、あぶないぞ!

316 :名無しさん@3周年:04/02/23 22:04
>>307
野狐禅?そんなにいーもんじゃないっしょ。
禅なんかしてないもん。ね。
ヒマ人が遊んでいるだけだよね。ね。

317 :good day 和尚:04/02/23 22:05
指詰めろ ブォケ!

318 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/23 22:11
>>316
貴殿は、何故に野狐に心を惑わされる?
不思議だとは思わんか?→これを疑と言ふ。
疑あらざれば既に見えたり。

仏教とはこれひとつなり。

おやすみなされまし。

319 :名無しさん@3周年:04/02/23 22:13
白楽天、あぶないぞ!

320 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/23 22:23
おーいおーい、俺いるぞ。過去の人にするなー。今帰ってきて宿題レス書こかと思ってるところ。
南泉斬猫の公案がなんで苦を脱するのかの解説まで仰せつかったんで
時間かかってるんだよ。

ちなみに本や古典の引用オンリーな解説なんぞ書かねえぞ。
縄文時代の土器発掘してきて食器に使ったり、他人のはいたパンツ身に着けたりするマネするかよ。
原典と、理解を助ける先人の言葉ちょこっと以外は全部自分の言葉で説明するよう書いてる。

321 :名無しさん@3周年:04/02/24 00:27
机は烏さんのことを自分の言葉で語らないって非難しているけど、
十分自分も人の言葉を引用しているよね。
先の『金剛般若経』の文句もそうだし、
ちょくちょく道元の言葉も引用している。
まあ、人と会話のできないヤツみたいだから、
何いってもダメだけどね。
あまりにも烏さんを陰湿に攻撃しているから、
ちょっと援護射撃したくなったというわけ。

322 :名無しさん@3周年:04/02/24 00:32
それと、机クンに聞きたいんだけど、
アンタさ、ほんとうのところ、
「鳥」と「烏」との違い、
最初はわからんかったでしょ?
いや、もしかしたら、まだ気づいてなかったんじゃない?
なんかさ、見ていたら途中からごまかしているようなんだけど。
禅の手練者もそんな見苦しいことするんだね。
あ、坐禅はやっていないんだっけ。
2ちゃんの公案専門だもんね。
ごめんね、イヤミ言って。
でも、陰湿な人には陰湿なことを
言いたくなってくるよね。
自分のまいたタネだからさ、
勘弁してよね。


323 :名無しさん@3周年:04/02/24 00:42
>>322
>>289
>鳥(カラス)どの。

みてください。わざわざ「鳥」にカラスと振ってます。
なにをかいわんや。

324 :名無しさん@3周年:04/02/24 00:59
>>323
だからね、最初っから「鳥」って書いていて、
途中でだれかが「カラス」って言ったから、
そのまちがいをごまかすために「鳥(カラス)」って
書いたんだと思うよ。
自分が間違っていたことを認めたくないから
あえて「烏」とは書かずに「鳥」と書いて、
自分は前から「カラス」という意味で
「鳥」と書いていたんだよ、ってそぶりを示したというわけ。
でなきゃ、最初から「烏」って書きゃ済むことじゃん。
こんなところに机クンの人間性って出るんだよね。
あれ、もしかして、323って机クンじゃないよね?
だとしたら姑息だよねえ。そこまでセコい人じゃないよね?

325 :名無しさん@3周年:04/02/24 01:06
>>324
机じゃありませんよ。で、お説の通りですよ。
脱力して、細かいことまであんまり指摘もしたくありませんよ。
もしかすると彼は今でも烏という字の存在さえ知らないかも。


326 :名無しさん@3周年:04/02/24 01:39
いくらカルトの連中でも、もっと次元の高い議論をしろよ。広い外部社会から
見ると、お前等は汚物に群がるゴキブリ同様の存在ということが判らないのか。
「鳴かぬ烏」というコテハンは紛らわしい。誤認を招く文字を使うほうも、思
慮が足りない。「机龍之介」なら、誤認の余地は無い。

327 :名無しさん@3周年:04/02/24 01:46
「鳴かぬ烏」の意味のわかんないヤツがここにもいた。
「烏」の字がまぎらわしいなんて言っていたら笑われるぜ。
古典をちょっとかじりゃ、すぐに出てくる字だし、
地名や姓名にもよく出てくる字じゃねーか。
ま、机の話を次元が高いと思っているくらいだから
しょーがないか。

328 :名無しさん@3周年:04/02/24 01:47
机はドキュン遣いで
その分身はカルト遣いか
さすが発想は一緒だな

329 :名無しさん@3周年:04/02/24 07:31
>誤認を招く文字を使うほうも、思慮が足りない。
326老師さま
ウーロンチャは烏龍茶ですが、販売してる会社は思慮が足りないんでしょうか?
それより大衆小説の登場人物と紛らわしい名前を名乗る人のほうがよっぽど厭らしい気がしますが、
これって「迷い」なんでしょうか?

330 :無茶なことを言い出す人:04/02/24 07:46
おはようございます。カラスさま、おつかれさまです。
三千世界の烏を殺し ぬしと朝寝がしてみたい、は高杉晋作でしたかな。

例の 白隠の句 はわたしにとって難解です。ご教示いただければさいわいです。
105ですこし仄めかさして頂いた通り、父母未生の真面目とか、あそこらへんだというのは頭ではわかるのですが。




331 :名無しさん@3周年:04/02/24 12:21
机氏は座禅に入られたか?なら、ちょっと見直そう。覗き見しちゃだめだよ。

332 :名無しさん@3周年:04/02/24 12:54
幻化の猫を現出させてその首を切り落とす神通も使えないんじゃ、
話しにならん。(T_T)
ま、エネルギーに取り組めないんじゃ無理もないがな
その生坊主は、そのあと自責の念に苛まれたらしい
だがその自責の念こそが、仏道のはじまりなのだから、
機縁というのは、誠に持って当人の機根との体用関係になるんだな

333 :名無しさん@3周年:04/02/24 13:14
また新しい師の御登壇であります。

334 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/24 13:30
>330氏
えーとしばらく待ってもらえます?本日中は無理です。
宿題2つがかなりヘビー……今晩10時過ぎに帰ってきて書いても宿題レス
済ませられるかどうか微妙。
最初に書いた原稿が、答え書きすぎて出せないモノになったのが痛かった……

335 :名無しさん@3周年:04/02/24 14:27
>>334
学生程度で机師の言ってることを理解するのは無理。人生経験を積んで行けば
そのうちきっと理解できるようになるのだから、あせらないで。人間社会や人生を
本当に理解するのは、自分自身の長い人生そのものからであり、文献や他人の言説
からでは決してない。

336 :名無しさん@3周年:04/02/24 15:10
机氏の影武者出現!

337 :無茶なことを言い出す人:04/02/24 16:43
ご配慮いたみいります。お手数お掛けして恐縮です。

338 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/24 17:12
>>335
そうなんだね。
まあ、
おそらくはここに居る御仁というのは、般若心経の字面を追っているんだろうね。
心経の字面が見えなくなって、そのときはじめて般若心経が解るんかとおもうよ。

まあ、あまり言わんでおこう(>_<)
薬も毒になる。






339 :名無しさん@3周年:04/02/24 21:23
http://www.dotcode.com/cool_things/tabby_tote.jpg

南泉の猫もこうすれば安全だった。

340 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/24 21:28
>>320
>南泉斬猫の公案がなんで苦を脱するのかの解説まで仰せつかったんで
>時間かかってるんだよ。

時間がかかることはあるまい。
南泉の心が読めねば話にならん。

前レスに私が書いておいと如く、これは瞬時の以心伝心の公案。
いまだもって解せぬとは・・・
もはやこれまで。

又吉イエスに頼んで、どこか切ってもらうか?


341 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/24 21:44
>>320
貴殿は、隻手の音声を聞こうとしてる。
いつまで経っても聞けぬ。

聞こうとしてる修行僧とは別に、聞いた男がおった。
それは寺男。

寺男になればよろしいこと。
思慮なさるな。

342 :名無しさん@3周年:04/02/24 22:26
なんていうか。。。。。。

人間としてのだいじな部分が欠落してるんだよな。。。。。。。

343 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/24 22:33
今帰りました。これから般若心経の方のレス書きの続きに入ります。
何とか今晩中に書きおわってカキコしたいです。

南泉斬猫の方は今晩中に書き込みできるかかなり微妙……

344 :名無しさん@3周年:04/02/24 22:40
机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. さんは鳴かぬ烏の声を聞いたほうがイイと思います

345 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/24 23:12
カラスどの。
貴殿は>>67レスで↓こういう事をカキコしている。

>いろいろ本読んでいる人間ならわかる筈だが、机氏の発言は仏教ライク、禅ライクな発言している割には
>余りに仏教について知らなさ過ぎる。相当滅茶苦茶。
>一連の発言で仏教や禅を誤解した香具師がいたら気の毒だよ。

私の”相当滅茶苦茶”ってのはどういう書き込みでそうおもうのですか?

そう思うんだったら、何故そこのとこを叩かんの?

>>いろいろ本読んでいる人間ならわかる筈だが

貴殿のわかったとこを書いてみたらどうですか?




346 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/24 23:16
今から寝るから、明日の朝はカラス殿の書き込みを見ます。おやすみ。

347 :名無しさん@3周年:04/02/24 23:46
(゚Д°)書いてあるやん・・・・。烏サン徒労〜お気の毒。

348 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 01:03
般若心経については書けたが、仕上げてうpしようとしたら>202のレスになってなかった…_| ̄|○
書いてたら、途中で本来は202のレスのためのものであることを忘れちゃったよ…
全部で7ページも書いたのに(´Д`;)

つぅわけで>202のレスになるようもちっと加筆訂正しまっす。
約束の期限破ってしまったが、自分の自由時間全部このレス書くことに費やしてるんで
堪忍してつかぁさいや…

349 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 08:05
カラス殿は”知ろう”として、絶えず心は動く。
如何なるや?この心とは?

動く心は”苦”を滅せず。
その心こそ”苦”なるや。

仏教とは”知る”とか”知らない”とかの問題には属さない。
まあ、そんなことより・・・
先ずは貴殿のレポートを拝見つかまつります。
よろしうに。

350 :無茶なことを言い出す人:04/02/25 08:12
かさねてのごあいさつ、恐れ入ります。どうぞおたいらかにお願いいたします。

351 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 11:51
【私的考察〜般若心経を理解する道筋について】

1 はじめに

まず、般若心経以前に重要な命題がある。それは『仏教とは何か?』ということである。
仏教というと、念仏宗なら念仏言ったり、禅なら坐って棒でバチーンと叩かれたり、
真言宗なら護摩焚いたりするイメージがある。
だが面と向かっていきなり『あんた、仏教とは何か。一言で言ってごらんなさい』と
言われたらちょっと口ごもる人が多いのではないだろうか。

仏教はそもそも、王国の王子だったお釈迦さまが城の外に出て病人、老人、死人を見て
「世の中苦しみばかりだ。どうしたらこの苦しみから解放されることができるのだろう」
と感じたところから始まっている。すなわち

 仏教 = 苦しみから解放される法

それはどんな宗派でも仏教なら変わらない。
よく禅をやってる人間は禅を「洒脱な境地」「奇をてらう問答」「大声で怒鳴る喝」
と勘違いするし、真言宗とかをみると「真言唱えて超能力ゲトズサー!!」と勘違いする
人間がいる。
これは大きな間違いである。ここを間違えるとまったく経典や祖師、先人のの言葉を
理解できなくなる。
『仏教=苦しみから解放される法』これに重点に置いて経典を読み解くと判りやすい。
般若心経の冒頭の部分も

『観自在菩薩が深般若波羅蜜を行じし時、五蘊皆空と照見して一切の苦を度したまえり』

明確にこの経典がどんな効能を持つか示している。
以下、般若心経を解き明かすためのポイントを公案チックに指摘することにする。


352 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 11:51
2 空と苦と苦からの解脱

般若心経のポイントは『苦とは何か』『苦の原因とは何か』『空とは何か』という事を
明らめることにある。

そもそも苦とは何であろうか。
人は母胎に宿り、様々な感覚器官を具備する。胎内から出るとその器官が働き出して、
外界からの刺激を受けて物を認識するようになる。
物を認識すればそれが欲しくなる。物を取れればそれを手放したくなくなる。
そして、物を欲しがる時、物を手放したくなくなるときに『苦』が生じる。

人は、財産を見るとそれが欲しくなる。財産ができれば財産を失うまいとする。好きな
人ができればその人を自分のパートナーにしたいと思い、パートナーにできればそれを
失うまいと思う。
欲しいものが手に入らなかったり手にしたものを失わんとしたとき四苦八苦する。

では、人や物が苦の本体なのであろうか?
一方で、財産が得られればそれについて喜び、彼女彼氏ができればそれについて喜ぶ。
とすれば、人や物は苦そのものではない。

苦とは、欲を満たせないときに生起する心のギャップなのである。
般若心経は、この心にある『苦』を取り除くための心の持ち方を説いた法である。
『この世の現象は全て空である(是諸法空相)と観ずれば、一切の苦を取り除ける』
ことを説いている。

353 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 11:51
話題を『空』とは何かということに移そう。
『空』とは「何もない」「意味をなさない」という意味ではない。誰かが「空に意味は
ない、たとえば指を切って痛い、それに意味はないのだ」とか言っていたが

「あっそ、『意味はない』ですか。だから何がどうかなるんですか。あたしゃ亭主の
 浮気で毎日泣かされてるんですが、そんなんでこの苦しみが消えるんですか、
 消えませんよ」

ということになってしまう。
これを考えるにあたって最も理解し易い例は

   『川は空である』

という命題だと感じる。利根川でも神田川でもその辺のドブ川でも良い。
本当は海でも山で湖でも何でも良が、川がいちばんわかりやすいと思う。

「えー、川が空って……そこに存在してるじゃん。なんで空なん?」

これが普通の人の当たり前の反応だろう。これは「空」の意味を捉え違えているから
こういう答えが返ってくるのである。
空というと「何にもない」「空っポ」とかいう意味に捉えがちだが、それは般若心経で説かれた『空』概念ではない…というのが自説である。
少なくともこういう理解ではまったく経典の意味がわからなくなってしまう。
ここを是非工夫してみてほしい。
これだけだとワケわからん、あんたも概念いじりの野狐禅野郎かと言われてしまうので、もう一つ『空』という概念を解き明かすのを助ける命題を挙げたい。

  『目の前にイスか一脚ある。これはいつからイスで、いつまでイスなのか。』

目の前にあるのは机でも本でも人でも犬でも何でも良いのであるが。
イスと川の話と『空』概念。そして『空』と苦の滅却。ここに何の関係があるのか。
無門関という禅の公案スレですので、ここは各人で頑張ってみて欲しい。

354 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 11:53
この『空』がわかったかどうかを検証するには、次の命題をキチッと説明できるか
どうかが一つのキーポイントとなる。

 『この世の中には一物も存在しない』

きちんとわかれば、『空』の意味を簡単な言葉できちんと矛盾無く論理的に説明できる。
その辺のおじさんおばさんお婆ちゃんに説明しても間違いなくわかる、極めてシンプルな答えである。なお、

「空をイメージすっか…空〜空〜〜くう〜〜クゥゥゥゥ〜〜〜…………エヘヘヘ……」とか
「空は意識をなくすことナリ………………ボォォケェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

とやって頭に蛆を湧かさないで欲しい。それは明らかに別の世界行ってしまっている。
時折話を聞くと、坐禅してたら体から意識が飛んで空高く登ったか、霊が見えたとか、
弥勒が体に入ってきたとか言う香具師がいるが、そういう類では全くない。

この世の中に一物も存在しないことがわかれば、我なく彼なく、親なく恋人もなく、
自分の財産なく他人の財産なく、名誉なく、また自分の肉体もなく生死もないことが
はっきりと理解できる。苦の原因たる欲の対象がまったく消えうせてしまう。
欲の対象が一切存在しなければ、欲もまた消える。欲がなければ苦を生ずることもない。これが
  『色も無く受想行識も無い。眼耳鼻舌身意無く、色声香味触法もまた無い。
   眼界無くないし意識界もない。また無明もなく無明が尽きることもない。
   乃至、老死も無く また老死が尽きることもない』
この部分の意味である。
消えうせると表現したが、悟ったから消えるのではない。本当はもとから何もなかった
のだ。本来的には世界に一物もなく、欲もなく、苦というものも存在はしない。
世の中には物があると『顛倒夢想』しているからアップアップするのである。
現実の中で苦しむということは、あたかも夢の中で金や財産を失って腹を立てることに
似ている。夢から覚めてみれば、実は何も失っていないことがわかるが如しである。

355 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:05
3 色即是空、空即是色

この『空』を理解するにあたって、大きな落とし穴が待っている。

 「世の中なんにもないんなら何にもする気起きねえや。努力も空、我慢するも空……
  何にもないなら飯食って屁こいて寝てよか……」

ここで意味を持ってくるのが

 『色は空に異ならず、空は色に異ならず、色は即ち是れ空、空は即ち是れ色』

の一文である。
五蘊は空と言っておいて、その上で空は色に異ならず、空は即ちこれ色ととって返してる。

川が空ということが解ったが、やはり川は川として目の前にある。体も心も何も無いと
わかったけど、やっぱり体はあるしモノ考えることもできる。
飯食べるためには働かなければならないし、試験通るためには努力しなければいけない。
空を悟っても生活していくのは色の世界。やはり現実の世俗世界で努力精進していく
必要があるのである。
ここを勘違いすると、現実に負けっ放しの腰砕け禅が出来上がってしまう。
そうなったらそれは悟っているようで悟っていない、しかも本人は悟った気になって
有頂天になるという最悪の状態に陥る。

仏教や禅はニヒリストの聖典ではなく廃人製造機でもない。
でなければ柳生の剣が剣禅一如と言われることもなかったし、山岡鉄舟が参禅によって
開悟して無刀流を開くこともなかっただろう。

何のために般若心経が存在するか。それは現実世界に遊ぶためである。
空を悟り、苦が存在しないことがわかればこの世の中全てあらゆる場所が極楽浄土、
現実の世界に生きながら涅槃に入っているのである。
遊ぶというのはプレステやったり女の子とデートしたりすることではない。

356 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:11
4 理屈は禅にも仏教にも非ず

ここまで『空』の概念についてみてきたが、概念を頭で理解してもそれが現実に生きなければ
真に理解したことにならない。
重要なのは『生かす』でなく『生きる』ということである。『生きる』というのは即ち、
何も意識しなくても勝手に体が『空』という法を使いこなしているということである。

例えばこういうことである。
燃え盛る焚き火が熱いのは誰も知っている。誰も自ら火に手を突っ込んでいくことはしない。
見た瞬間、無意識に遠ざかるだろう。
ところが何も知らない赤ん坊や幼児はそれを知らないから、何のためらいもなく触ってみたりする。
燃える焚き火を見てそこで火に敢えて手を突っ込むというのは『火が熱い』という事を理解していない。こういうことである。

357 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:17
また、こう書くのも何だが、恐らく上で提示した問題の答えがわかり、「一物もない」
ことが説明できるようになってもなお「うーん、、だから何なんだろう……」と思う方が大半だと思う
(そうでなければ素晴らしいが)。
そう感じてしまう理由は

  「まだ悟る機縁が熟していない」

ということである。
自分が苦しんでもがき始め、ようやく閃きを得るまで15年近くかかっている。
ここで述べたことを15年前の漏れ自身に対して語っても、恐らく何の実感も湧かず、
悟ることも苦を滅することもなかったであろう。

白隠禅師の弟子の東嶺和尚に師事していたある居士がいた。ある公案の見解を述べたが和尚は肯わなかった。
その一年後、悟るところがあって和尚に見解を述べたところ和尚は悟りを認めた。
その見解は以前のものと同じだった。
 居士「一年前と答えは同じなのに、なんで今はよくてあのときはダメなんですか」
 和尚「一年前と比べて、お前の心の中はどうだ」
居士はハッとして和尚を礼拝したという。

また、あとがきでも述べるが、恐らく般若心経は悟りのレベルとしては高位に属するのではないかと思われる。
般若心経を悟る前に三法印(諸法無我、諸行無常、一切皆苦)について身に徹して理解していなければ
実感として理解することができないと感じる。

そして、掲示板で理屈を語ったり頭で理解しただけでは禅でも仏法でもないことに心を留めてほしい。
頭の中で答えを出しただけでは仏法にはならない。
だから臨済録の中で臨済は「仏法とは言葉のとりつくしまもない」と言っているし、正受老人は初めて
白隠禅師と会ったときに白隠の見解を握りつぶし「禅とは理屈をこねることではない」と言ったのである。


358 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:21
5 あとがき

般若心経について深く考えたのは初めてである。一応自分なりの解釈、答えにいきつく
ような道筋(一部答えも書いた)をたてたわけだが、そこで感じたことがある。
それは、恐らくこの般若心経は縁覚乗にいる人間に対して説かれたものではなかろうか?
ということである。

自分は一年ちょっと前にあるきっかけで「本来無一物」に思いあたり、心の苦しみから
脱却するヒラメキを得た。それは三法印の理論に合致するものであったが、般若心経は
その時に閃いたことより次元が上であると感じた。
般若心経についてここに書いた解釈ができるようになったのはつい最近なのである。

それまでは「是諸法空相」「無眼耳鼻舌身意」等の部分につき、全く手も足もでなかった。
ある時閃きがあり、この部分を言葉で説明することが可能になったのだが、もう一つ
実感が足りないと思っている。一番最初にヒラメキを得たときのようなダイナミックな
衝撃がないのである。悲しいかな「あー、、そう言えばそうだな……」程度の感想しか
ない。ここまで解説してきた自説もまだ全然深さが足りていないと感じる次第である。
申し訳ない。


359 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:22
仏教では、修行者が辿る道としては六道を超えて声聞位に入り、縁覚を経て菩薩に至り、
そして菩薩の十地を経て仏位に至るとされている。
声聞位では主に三法印…諸法無我、一切皆苦、諸行無常を悟ることを目的とし、
縁覚乗では十二因縁を悟ることを目的とし、菩薩乗では六波羅蜜を修行する。
この般若心経を見るに、「無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界
乃至無意識界。無無明亦 無無明尽。乃至無老死 亦無老死尽。」と書かれており、
十二因縁を意識していることがわかる。「無苦集滅道」とも書かれているが…
三法印をきちっと理解して悟ってからでないと般若心経を真に実感して理解することは
できないのではないかというのが自分の今の実感である。

確かにこの経からも三法印を導き出すことはできるが、その理屈を考えたところやや
迂遠の感じがあった。
自分が真にこの辺りを的確に述べるにには、さらに現実の荒波に揉まれ、苦行を積んで
悟らないと不可能である。この辺りが自分の現時点での限界であります。

最後に。
自分は正式に参禅したこともなく、自分が得たものが正しいのかの判断も受けていません。
それゆえ、この書き込みの内容が本当に正しいかどうかの客観的判断ができません。
ただの一俗人の感想です。タイトルにもある通り私的考察です。
まあ、そんな人もあまりいないと思いますが、ここに書いたことを鵜呑みにせず、
然るべき師承の正師に就いて、きちんと修行を積むことを強く強くお勧めします。
もしここに書いてあることが間違っていて、それを信じて人生を踏み外された方が出た
としたらそれこそ死んでも申し訳が立たないです。

これで終わりです。長々と失礼しました。

360 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:29
>>352
>般若心経は、この心にある『苦』を取り除くための心の持ち方を説いた法である。

貴殿はこのレスに形容矛盾があるのをお気づきか?
心は、一念三千の法門流に言うたら、絶え間なく変化するのが心。
三千世界のカラスを殺してしまえ。ってのは、こういう意味かと思う。

>この心にある『苦』を取り除くため

神秀だったら、ここのとこは明鏡台(心)を払拭せよ。って言い方をする。
慧能だったら、ここは”心は本来無一物”。

つまり仏教とは、論理的に説明しようとせば形容矛盾がついてまわる。
だから言語で表記する場合は『無』と言わざるほかはない。
しかしその意は”空っぽ”という意味ではない。



361 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:33
>>353
>「あっそ、『意味はない』ですか。だから何がどうかなるんですか。あたしゃ亭主の
 浮気で毎日泣かされてるんですが、そんなんでこの苦しみが消えるんですか、
> 消えませんよ」

亭主の浮気で泣かされているんじゃないでしょ。
その記憶に泣かされてる。
じゃあ、無き記憶が何故に残存してるのか?
そこが問題です。


362 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:39
>>355
>『色は空に異ならず、空は色に異ならず、色は即ち是れ空、空は即ち是れ色』

貴殿は、こういうことを書いておいて・・・

>空を悟っても生活していくのは色の世界。やはり現実の世俗世界で努力精進していく
必要があるのである。

こういうふうに、相当滅茶苦茶な解釈をするんですか?

よくよく自分で書いた文面を吟味されたし!

363 :鳴かぬ烏 ◆PamoN9dbvU :04/02/25 12:40
あー疲れた……o(_ _o)
しばらくレスお休み。チェックはするけど気力回復するまではカキコはしないよ。
残りの宿題はもちっと待って。

364 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:46
>>357
>般若心経を悟る前に三法印(諸法無我、諸行無常、一切皆苦)について身に徹して理解していなければ
実感として理解することができないと感じる。

ここにおいて、涅槃寂静が抜けている。
だから・・・>>354

>現実の中で苦しむということは、あたかも夢の中で金や財産を失って腹を立てることに
>似ている。夢から覚めてみれば、実は何も失っていないことがわかるが如しである。

こういう解釈になっちまうのかとおもうよ。
涅槃寂静ってのは非常に大事だよ。

365 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:52
>>358
>自分は一年ちょっと前にあるきっかけで「本来無一物」に思いあたり、心の苦しみから
脱却するヒラメキを得た。

まだヒラメイてはいないかと思うよ。
何故に”心の苦しみ”という言葉が出てくるのか?

>だから臨済録の中で臨済は「仏法とは言葉のとりつくしまもない」と言っているし、正受老人は初めて
>白隠禅師と会ったときに白隠の見解を握りつぶし「禅とは理屈をこねることではない」と言ったのである。

貴殿はこういう事をかいておきながら、まだ白隠の本意とやらはわかっていない。

366 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 12:59
>>359
>三法印をきちっと理解して悟ってからでないと般若心経を真に実感して理解することは
>できないのではないかというのが自分の今の実感である。

三法印は簡単に理解できるもんじゃない。

般若心経が大般若経のエッセンスなれば、
般若心経のエッセンスこそ三法印なり。


367 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 13:05
>>359
>もしここに書いてあることが間違っていて、それを信じて人生を踏み外された方が出た
>としたらそれこそ死んでも申し訳が立たないです。

人生を踏み外すような人はいないかとおもうよ。

でも、貴殿の”踏み外す”って発想がインパクトがあるね(>_<)

でも、いろいろカラス殿には勉強させられたよ。
ありがたう。


368 :名無しさん@3周年:04/02/25 15:01
机さんご自身は悟りにおいて ご自分でどのくらいのレベルにあると思われますか?
いろいろ、烏さんのレポートの矛盾点をご指摘なさっておられますが その正解については述べておられません。
その 指摘事項についての机さんの見解がお聞きしたいのですが、 よろしくお願いします。
それから、机さんは 涅槃静寂の境地をご体験されましたか?
されたようでしたら そのことについて どんなものなのか教えてください。

369 :かがみ:04/02/25 15:03
>>368
ちゃんと 礼をもって接すれば あなたに相応しいご指導をくださいます。

370 :名無しさん@3周年:04/02/25 15:18
机の上の発言って感想であって、指導ではないだろ。
しかも否定的な感想しか言えてない。指導ってのは可能性を見抜いて
勇気出させることだ。机は烏から自分を守ろうとしているに過ぎぬ。

371 :かがみ:04/02/25 15:22
>>370
それは机さんを知らない人の発言ですね。
机さんは 2ちゃんねるでは有名な方です
謙虚になるべきは あなたでは?

372 :名無しさん@3周年:04/02/25 15:28
> 謙虚になるべきは あなたでは?

なんだ、人の話が読めない奴か。
君が見ている机は机自身ではない。
自己の投影である。

373 :名無しさん@3周年:04/02/25 15:31
歪んだ鏡であるだけでなく、外光も捉えられないとは、皮肉だな。

374 :名無しさん@3周年:04/02/25 15:37
え〜〜〜〜っ (ーー;) 別名で弁護せんでも・・・。ちょっとさぶいよ。

375 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 15:39
>>368
>机さんご自身は悟りにおいて ご自分でどのくらいのレベルにあると思われますか?

貴殿はパソコンを操作しているね。
して、その腕前はプログラマーなみですか?
もしプログラマーじゃなくても、ある程度の操作が出来ればいいんであって・・・
いうならば空思想とは、レベルという概念もなくなる。

>いろいろ、烏さんのレポートの矛盾点をご指摘なさっておられますが その正解については述べておられません。

貴殿の意見を言うたら、私はそれに答えます。

>それから、机さんは 涅槃静寂の境地をご体験されましたか?

境地というのは消えてしまうもの、常住なるものはなにもなし。
諸行無常。
なんも理屈などいらん。三法印で充分なりや。
>>369
かがみさん。いらっしゃい。
れいの統一スレは興味深くロムってます。
最近、盛り上がってきましたね(^。^)


376 :かがみ:04/02/25 15:43
>>375
机さん こんにちは。

身の程知らずのやからを 切って捨てる鋭さは衰えてませんね。
ご活躍をロムしております。

377 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 16:04
>>376
このスレに書き込んでいる連中は、かつて私が統一の講論を聞いていた頃を思い出します。

あの頃はまさに私もこんな感じでしたね。

カラス殿も、昔の私を見るようです。


378 :名無しさん@3周年:04/02/25 16:22
無能で増上慢が君臨を味わうスレ

379 :名無しさん@3周年:04/02/25 16:24
ブタを木に登らせるスレ

380 :名無しさん@3周年:04/02/25 16:41
かがみと机は元統一の信者。要するにかがみのシンパシーは
統一で受けた傷の癒し仲間の連帯感なんだな。舐めあいしてろよおまえら。
禅スレでもなんでもない。看板外しちまえ。

381 :名無しさん@3周年:04/02/25 16:44
かがみ=金田=3ちゃん

机を擁護するやつは昔からひとり

382 :名無しさん@3周年:04/02/25 17:48
なるほど、机は元統一の信者か。
一連の禅に対する偏った理解もこれでうなずける。

383 :名無しさん@3周年:04/02/25 18:11
>>335
自分は何一つ手も下さず汗にもまみれず、高みの立場から
気軽な発言をかますあなたこそ、ずる賢さと卑劣さを感じてならない
机がいつ、含蓄ある発言をしたと思う?
どのような話しの手法で、いつも自分自身の砦を死守する
ことに専念してるか、終始それだけに尽きてるかということは、あなただって
解らないわけではなかろう。

あ、そうかそうか、このことをいいたかったんであれば、確かにあなたの仰られるとおりですね。
このことをいいたかったんでしょ。

384 :名無しさん@3周年:04/02/25 18:12
机殿 以下の質問にお答えいただきとう存じます。

>>360
>貴殿はこのレスに形容矛盾があるのをお気づきか?
>心は、一念三千の法門流に言うたら、絶え間なく変化するのが心。
>三千世界のカラスを殺してしまえ。ってのは、こういう意味かと思う。

この文章の意味がわかりません。

あなたのレスを読んでいて どうしても 言葉の揚げ足取りにしか聞こえないのは私だけでしょうか?
もし すべては無だとお考えなら あなたの議論自体が無駄なのではないでしょうか?
さめたふりをしておいでですが、言葉の端々に感じる煩悩をご自分ではどうお感じになっているか お聞きしたいです。

385 :名無しさん@3周年:04/02/25 18:13
質問について机さんのレスについて(以下2文)は矛盾していませんか?
ご見解をお聞きとう存じます。
375
>>それから、机さんは 涅槃静寂の境地をご体験されましたか?
>>357
>般若心経を悟る前に三法印(諸法無我、諸行無常、一切皆苦)について身に徹して理解していなければ
実感として理解することができないと感じる。
>境地というのは消えてしまうもの、常住なるものはなにもなし。
>諸行無常。
>なんも理屈などいらん。三法印で充分なりや。

>>364
>ここにおいて、涅槃寂静が抜けている。
>だから・・・>>354の・・・・こういう解釈になっちまうのかとおもうよ。
>涅槃寂静ってのは非常に大事だよ。

>>366
>三法印は簡単に理解できるもんじゃない。

>般若心経が大般若経のエッセンスなれば、
>般若心経のエッセンスこそ三法印なり。

>>376
>なんも理屈などいらん。三法印で充分なりや。

机殿の理解される三法印とはどういうことか ご説明ください。

386 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 18:21
>>352
では、カラス殿からお題を頂戴したから、私の自論を申し上げる。

>『この世の現象は全て空である(是諸法空相)と観ずれば、

誰が観ずるのだろうか?無我なるものを無我が観ずるのだろうか?
これは、色即是空だから観ずることはない。般若心経を曲解しないでそのまま読めばよろし。

>一切の苦を取り除ける』
ことを説いている。

苦、ってのがどっかにひっついていて・・・
それを誰が取り除くのであろうか?

心、住するところなく、ひっつくところもなし。
ましてや取り除こうとする我もなし。
諸法無我。









387 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 18:25
>>384
貴殿の答えは>>386に書いておきました。

つまり、貴殿がわからない。ってのは形容矛盾のことですね?

388 :名無しさん@3周年:04/02/25 18:32
ば か ま る だ し

389 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 18:33
>机殿の理解される三法印とはどういうことか ご説明ください。

我は生起するも、そのまま滅す。これ諸行無常。
ならばそこに常住なる我はなし。諸法無我
この位相を涅槃寂静。

涅槃寂静とは常住ならざるがゆえに、これを即今即所。”今ここ”なるや。
今この時こそが涅槃寂静なり。



390 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 18:35
>>385さん
>質問について机さんのレスについて(以下2文)は矛盾していませんか?
ご見解をお聞きとう存じます。

では、貴殿はどこが矛盾しているとお考えですか?

391 :385:04/02/25 19:40
涅槃静寂が大事なのか いらないのか 
何が大事で 何がいらないのか
あなたが理解しているものが何なのか 読み取れない

392 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 20:02
>>391
>涅槃静寂が大事なのか いらないのか 

諸行無常、諸法無我、涅槃寂静は3っつでワンセット。
だから3っつとも大事で、どれも外せない。

そこに一切皆苦、を加えて四法印になるけど、この四法印は人それぞれ。
三法印でもいいし。
四法印でもいい。

とにかく、この三法印は大事だよ。仏教はこの三法印に集約されている。

>あなたが理解しているものが何なのか 読み取れない

それは貴殿が”我”という概念を作り上げるからではないでしょうか?
「観ずる」という我とはなんでしょう?
これの主体とはなんでしょう?→我は諸法無我です。仏教は。

つまりここにおいて、概念が概念を作り上げちゃうのがわかるかと思います。
仏教はそこのとこを諸法無我、と言うてる訳です。



393 :名無しさん@3周年:04/02/25 20:16
机龍之介にヘキサゴン!

394 :名無しさん@3周年:04/02/25 20:23
>1

とりあえずバカな本読んでないで
学校の勉強をマジメにしろよって感じ

395 : :04/02/25 20:35


「諸法無我」には、机の言説ももち含まれる。

隻手の音声とは、このことなり     うっしっし

396 :名無しさん@3周年:04/02/25 20:36
はっぱふみふみ

397 :asker:04/02/25 20:55
ちょっと、間があいたらすごい議論が進んでてついていくのが大変だなぁ。
ミナサンお疲れ様です。烏さんのお話とてもよく解りました。ありがとうございます。

ちょっと、素朴な疑問なんですが、聞いてもいいですか?
机さんは 達観されておられるようですが、
人として生きていて 腹が立つことってあるんですか?
悲しいと思うことは ありますか?
もしあるなら、それぞれどういう時ですか?

そういう感情(喜怒哀楽)がもうなくなっているとしたら、 いつ、なくなりましたか?

どういうきっかけでそんな風になれたのか知りたいです。
幼稚な質問ですみません。

398 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 21:27
>>397
腹が立つとか、悲しい事とかはそのまんま受け止めるのが正見。

>もしあるなら、それぞれどういう時ですか?

自他に関わらず、悲しい事件・事故も一切皆苦。

>そういう感情(喜怒哀楽)がもうなくなっているとしたら、 いつ、なくなりましたか?

喜怒哀楽がなくなるわけではない。
それも生起せるが、そのまま生滅す。

>どういうきっかけでそんな風になれたのか知りたいです。
>幼稚な質問ですみません。

自灯明、法灯明にて調ひなさればよろしいに。



399 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/25 21:30
では、おやすみ。

400 ::04/02/25 22:17
今日も単調な仏教用語が並んだね

401 :名無しさん@3周年:04/02/25 23:18
机さんの「調ふ」というこの短い言葉は、いつもわたしを激しく震撼させます。
有難う。合掌。

402 :名無しさん@3周年:04/02/25 23:29
『無門関』の話はいつ出てくるんだ。

>401
感動してんすか。
>調ひなさればよろしいに

活用間違ってんのに。こいつこんなのばっかり。


403 :asker:04/02/25 23:30
お返事ありがとうです。
そうですね。 ・・・そうなのか。
>自他に関わらず、悲しい事件・事故も一切皆苦。
>それも生起せるが、そのまま生滅す。
苦の処理の仕方があるってことですか?
自分の中で起こった感情が、また 消えていくんですか?
家族が死んだときみたいな悲しみって どうなるんだろう。
そういうのって、頭で仕方がないとわかっていながらめちゃめちゃ悲しくて苦しいでしょ。
諦めよう送ってあげようと思いながら 身が引き裂かれるような辛さが沸き起こってくるじゃないですか。
そういう悲しみを消す方法があるんなら 知りたいんだけど、
ただ 滅するという作業(?)をして すべてが無だと思えたら、悲しみは消えるのだろうか?
世間の出来事や他人の事、未来の不安に対しての苦しみはそういう方法で消せると思うけど、
あの、家族を失う暴力的な痛みというのは消える気がしないです。僕には。
癒されるまでにかなりの時間がかかると思う。
自分が死ぬより 家族が死ぬほうが苦しいと思います。
それは、自分が死ぬのならもうそれで終われるけど、家族が死ぬのは自分にとっては終われないことでしょ。

あ、たとえば、この現実を空というバーチャルな感覚にしてしまったら
家族の死はバーチャルな受け止め方ができるかもしれないな。
そういうことかな。
つまり、自分の周りで起きるすべてのことは 本当は ない ことなんだってね。
となるると、悲しみにベールがかかるけど、喜びにもベールがかかるかもしれないね。
それって、いいことなのかなあ?  

仏教に出会って喜べることは少なくなるんだろうか?
禅宗だと そうなりますよね。
浄土系は 喜びに満ち溢れているように思うのですが、
やはり、禅宗は枯れているのですか?

お忙しそうなので またお時間のある時にご回答ください。くだらない質問なので。

404 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/26 00:20
>>270

かなりの遅レス・約束違反で申し訳ないです。

荊タン国の人我朝にきたりて御勘化をうけし事あり。其昔彼国の人、愛子を一人もちたりしを、
うしなひなげきて、観世音菩薩に後生菩提をいのり申侍しに、あらたに示現かうぶりてぞ侍りける。
その告にいはく、日本日域にわたり、此比念仏一門繁盛の宗体あり、かの勧化をうけて後生の一大事
の義をさだむべしと、示現をたしかにかうぶりて、この日域にわたり、和泉国堺の津に着岸し、縁を
たづねて本願寺の上人に後生の一義をうけ奉るべしとて、境の御坊へ参て蓮如上人にぞまいりける。
すなはち御教化をたびたびうけ申、ありがたき旨になりて本国タン国へぞかへりける。不思議なりし
こととぞ申し侍りし。本国の言説もたがはずや侍りけん、安心領解せしめけるぞ奇妙なりき。

けい旦国の人四五人日本にわたり、蓮如上人へまいる事あり。堺の坊に御座の折節、彼国の人一子を
失い嘆きて子の向後をも知って仏果になし給れと観音に祈り奉るに、示現あらたかにかうぶり、又日本
に渡り、後生の向後を知べしと告げ給いければ、日本に渡り、堺の津にて観音の示現のごとくたづね
ゆきて縁を求め、蓮如上人に御勧化をうけてありがたき旨申しけり。本国の出立にて御坊へまいり
けるが、事の外に大に一間に一人は有りかぬる程なりける。その子孫いまも侍るらんとぞおぼゆる。
@拾遣蓮如上人御一代記聞書

というのを見つけました。蓮如上人を「堺の御坊」に尋ねたとありますから、
今から520年ほど昔の記事ですね。

でもしかし。インドでも念仏的?の法門が発達したんならばありがたいことですねえ。

405 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/26 00:45
あ、荊膽国がどこかは、ちと分かりません。

識者の解説キボンヌ。

406 :名無しさん@3周年:04/02/26 01:43
www.kiyoshi.net

 がんがん遊びに来てくれ。統一教会の祝福2がつくったホームページだ。
掲示板にもがんがんかいてくれよな


407 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/26 04:09
>>384
説明の続きです。
>>貴殿はこのレスに形容矛盾があるのをお気づきか?
>>心は、一念三千の法門流に言うたら、絶え間なく変化するのが心。
>>三千世界のカラスを殺してしまえ。ってのは、こういう意味かと思う。

三千世界とは天台大師の法門かと思います。
ここにおいて”殺してしまえ”とは”いわゆる作仏することなかれ”の意に解しております。
”仏に会うたら仏を殺せ”これと同義。
いわゆる円相の位相と拝せられる。

>もし すべては無だとお考えなら あなたの議論自体が無駄なのではないでしょうか?

この「無」というのはニヒリズムとは全く違いますね。
いわゆる仏教は一如の法門ですから有無(二項)の無とは根本的に違います。





408 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/26 04:40
>>403
>苦の処理の仕方があるってことですか?

これを苦集滅道。
いうゆる仏教は、苦の原因を探りこれを滅する道を歩む。
この道筋において段々”苦”の正体ってもんがわかってくる。
これを般若心経は無苦集滅道、といってる。

では、苦を生起させると思われる我とは何だろう?
五蘊(認識)は縁起によりあるのだったら、その縁起を取り除いたとして残るものは何だろう?
自性(主体)としての我とは果たしてあるのだろうか?
これをどんどん突き詰めていくのが仏教です。

主体も客体もない、相対するものもない、この理法を説いたのが一如の法門。
それは縁生して、そのまま縁滅す。
留まることなく繰り返す。
苦がそこにある訳ではない。









409 :名無しさん@3周年:04/02/26 06:44
   (^^^)
      |=|
        \/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
      /             \
     /                 ヽ
      l:::::::::               | 
  ◇ 、|::::::::::   (●)    (●)   | /ヽ
   >/|:::::::::::::::::   \___/    | ゝ_ノ  <<ここってみんな
    `^ヽ:::::::::::::::::::.  \/     ノ /     おバカちゃんなの〜?
 (⌒)二二)) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ))/
   ̄   |       O O    |
       |__________,|\
      /        Y       \◇
      └--------‐‐'ー-------┘

410 :名無しさん@3周年:04/02/26 07:54
>>409
そうです、それがいかがなされましたか?

411 :名無しさん@3周年:04/02/26 07:59
>>408
>主体も客体もない、相対するものもない、この理法を説いたのが一如の法門。

しかし机先生、そうやって何もかも「〜ない」と云うが
突き詰めていくと無さえ無いのではないのか?

412 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/26 08:59
>>411
>しかし机先生、そうやって何もかも「〜ない」と云うが
>突き詰めていくと無さえ無いのではないのか?

二項における”無”という意味ではない。ってことですね。
いわゆる無門関です。

なにもかも”ない”って観念論てきな意味あいではないですね。
いわゆるマルクス論みたいに、あらゆるものを”対立”として捉えるなら話は簡単なんですが、
ここが全く違う。

人間の思考は言語がベースになってますから、言語は相対により意味をなす。
つまりは思考そのものも”対立”としてなら理解できるが、言語概念が意味をなさない、
ってなりますと、いやゆる思考システムそのものがパニックをおこしますね。

いわゆる無門関っていうのは、日常性における非日常性という具合に、ある切断された状態と思えばいいかとおもう。
坐禅にしても作務にしても、いわゆるこの非日常性のなかである瞬間を顕現するんでしょうから。
これが頓悟といわれる所以でしょう。

ある日蓮宗の僧侶が、僧堂における”歯を見せない磨き方”ってのは意味があるのか?
なんて馬鹿なことを聞いていたが、意味がなくていいんです。
つまりは行という目的をもつ日常からの一瞬の切断ですから。
そこに目的がなくていいんです。




413 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/02/26 10:39
>>403
>あ、たとえば、この現実を空というバーチャルな感覚にしてしまったら
>家族の死はバーチャルな受け止め方ができるかもしれないな。

空とは、非常に現実的な意味あいですよ。

カラス殿が”色の世界”って言い方するけど。これは”色の色”って意味になっちゃう。
”色の世界”ではなく、これは色即是空。
読んで字の如しなんですよ。色はそのまんまで空。空はそのまんまで色。

>やはり、禅宗は枯れているのですか?

禅の考え方ですと、過去は既になし、未来もなし。
つまり時間的連続性はありません。
”この時の自分”という縁を非常に大切にします。
いわゆる一期一会ですね。
涅槃寂静とは、いわゆるこの瞬間の即今即所です。涅槃即寂光浄土という言い方をします。
その時に自分が”ある”ことの喜び。これが全てです。
さすれば生死一如。そこに生死を越えた人間としての喜びを感得なされたらどうでしょうか?



414 :名無しさん@3周年:04/02/26 16:00
道元ってダメだね

415 :名無しさん@3周年:04/02/26 19:57
道元さんが悪者になっちまったぢゃねぇかよぅ!

416 :名無しさん@3周年:04/02/26 20:15
これぞまさに机効果だよね。

417 :名無しさん@3周年:04/02/26 21:08
NBさま。

>>404
>かなりの遅レス・約束違反で申し訳ないです。
>荊タン国の人我朝にきたりて御勘化をうけし事あり。其昔彼国の人、愛子を一人もちたりしを、
>うしなひなげきて、観世音菩薩に後生菩提をいのり申侍しに、あらたに示現かうぶりてぞ侍りける。
>その告にいはく、日本日域にわたり、此比念仏一門繁盛の宗体あり、かの勧化をうけて後生の一大事
>の義をさだむべしと、示現をたしかにかうぶりて、この日域にわたり、和泉国堺の津に着岸し、縁を
>たづねて本願寺の上人に後生の一義をうけ奉るべしとて、境の御坊へ参て蓮如上人にぞまいりける。
>すなはち御教化をたびたびうけ申、ありがたき旨になりて本国タン国へぞかへりける。不思議なりし
>こととぞ申し侍りし。本国の言説もたがはずや侍りけん、安心領解せしめけるぞ奇妙なりき。

>というのを見つけました。蓮如上人を「堺の御坊」に尋ねたとありますから、
>今から520年ほど昔の記事ですね。

長文ありがとうございます。
荊タン国というのはどこなんでしょうね。

>でもしかし。インドでも念仏的?の法門が発達したんならばありがたいことですねえ。

これは僕が勝手に、似ている、と思っただけかもしれないです。
実は今回行ったのはベンガル地方だったんですが、
ここは400〜500年前ほどにチャイタニヤという人が出てクリシュナ信仰を広めたところで、
熱心に神の名を唱える人たちがおりまして。。
まあ、念仏とは全く違う、といえば違うのかもしれませんが、
この地方は最後まで仏教が残っていた地域で、意外と教義に接点がある、と感じました。

418 :名無しさん@3周年:04/02/26 21:09
例えば、こちらのサドゥーの人たちの言うには、
道には2つの道があり、
一つは瞑想したり、ヨーガ的な厳しい修業をする道と、
もう一つはグルや神に明渡してその名を唱えたりする易しい道だ、
とのことでした。
でもこれって仏教で言う聖道門と浄土門に似ているし、
前述のチャイタニヤも、今の時代は人々が堕落して罪を犯しやすい時代だから、
神の名を唱える易しい修業が向いている、と教えたそうです。

学問的には本で読んで知っているつもりでいましたが、
現地の人の話を実際に自分で聞いてみると、
なんというか、新しい発見があって、
宗教というものの普遍性に気がつくことが多いですね。

419 :名無しさん@3周年:04/02/26 21:10
例えば、インドとは全く別の話になりますが、
タイに立ち寄った際にも、現地の人と話をしたときに新しい発見がありました。
タイは仏教は仏教でも、小乗仏教だし、
僕は長いこと、お布施をしたり、タンブン(徳を積む行為)すれば罪が消える、
みたいな、単純な現世利益型のしょうもない教えであろうと思っていたのでした。
でも、たまたま今回出会った人には、
「自分にとっては日常生活のすべてが修業だ。
寺に出家して瞑想するのだけが修業というものでもない。
在家の人は自分の仕事を一所懸命にやればいい」
などと言われてしまいまして、小乗仏教のイメージを壊されてしまいました。
とどめに
「(肉体が)死ぬ前に死になさい」
などと禅的なことまで言われてしまいまして、
どこの国にも本質的な教えを汲み取るすごい人たちがいるのだなあ、
と感心した次第です。

ということで、宗教的な真理というものには、
仏教とかキリスト教とか、宗派の違いを超えて普遍的なものがある、
と改めて感じさせられた今回の旅でした。

420 :名無しさん@3周年:04/02/26 21:16
いつもの吼え方なんだから、致し方あるまい
吼えるだけが能でもないけど

421 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/02/27 01:38
>>417
難易二道は『十住毘婆沙論』(伝、龍樹菩薩造)に見ることができますし、称仏名を説く
大乗経典もかなり早い段階で結構たくさん成立してますね。ですから実はそれほど
驚くようなことでもないのかもしれません。
日本の真宗は、中国の曇鸞・善導の両祖なくしてはありえませんから、インドでもそれらの
祖師にあたるような思想的な深まりをみせたのであれば、それはちょっと、つか、かなり
驚嘆すべきことだと思います。

お念仏を「バクティ」として捉える方って、日蓮系の人の念仏観とか、結構見受けますけど、
お念仏というのはつまり、わたし自身と悟りの世界との関係に正しく名前をつける行為なんです。
たとえて言えば「お父さん」とか「お母さん」なんて名前の人間は、実はどこにもいやしない
んだけど、ある個人と自分との関係・関連が理解されて初めて「お父さん」とか「お母さん」と
呼ぶようなもんです。「お父さん」や「お母さん」が私だけのものであるのと同じように、お念仏も
私だけのものなんですね。「易しい」ことはお念仏にとって本質的な問題とはなりません。あえて言えば。
ですからお念仏は「称える」と表現します。「唱える」お念仏は他力の本願念仏ではありません。
でも、「バクティ」の言葉の意味や文献的な知識はともかく、バクティの「実際」ってどうなんでしょうね。

それにしても素晴らしい旅をなさったようで、ほんとにうらやましいです。
人間のことは仏教に聞き、仏教のことは人間に聞く。ってのがぼくの信念なんですけど、
世界中のいろんな人やモノの響きを直に聞いていくような旅ができるなんて、最高ですね。

宗教的な職業倫理観のこととか、いっぱいいっぱいお話させていただきたいところなんですけど、
今日はこれにて失礼いたします。
あ、「(肉体が)死ぬ前に死になさい」 は真宗教義の根幹でもあります。「平生業成」という
言葉で表現されるところのものです。
しっかし、それを引き出して聞くあなたは本当に素晴らしい方ですね。

422 :名無しさん@3周年:04/02/28 01:52
NBさま。

>>421
>難易二道は『十住毘婆沙論』(伝、龍樹菩薩造)に見ることができますし、称仏名を説く
>大乗経典もかなり早い段階で結構たくさん成立してますね。ですから実はそれほど
>驚くようなことでもないのかもしれません。

なるほど。
難易二道はインドでも古くからある考え方なんですね。

>日本の真宗は、中国の曇鸞・善導の両祖なくしてはありえませんから、インドでもそれらの
>祖師にあたるような思想的な深まりをみせたのであれば、それはちょっと、つか、かなり
>驚嘆すべきことだと思います。

真宗のことは、まだまだ全く不勉強なので思想的な深みのことは分かっていません。

>お念仏を「バクティ」として捉える方って、日蓮系の人の念仏観とか、結構見受けますけど、
>お念仏というのはつまり、わたし自身と悟りの世界との関係に正しく名前をつける行為なんです。
>たとえて言えば「お父さん」とか「お母さん」なんて名前の人間は、実はどこにもいやしない
>んだけど、ある個人と自分との関係・関連が理解されて初めて「お父さん」とか「お母さん」と
>呼ぶようなもんです。「お父さん」や「お母さん」が私だけのものであるのと同じように、お念仏も
>私だけのものなんですね。「易しい」ことはお念仏にとって本質的な問題とはなりません。あえて言えば。

こういう説明は初めて聞きました。
勉強になります。

423 :名無しさん@3周年:04/02/28 01:53
>ですからお念仏は「称える」と表現します。「唱える」お念仏は他力の本願念仏ではありません。
>でも、「バクティ」の言葉の意味や文献的な知識はともかく、バクティの「実際」ってどうなんでしょうね。

もしかして「バクティ=唱えることが修行=自力」というイメージでしょうか?
僕の中では「バクティ=絶対他力」です。
現地の人も、すべては恩寵だ、と言っていましたね。
でも「実際」のところは入門しないと分からないですけど。

あと面白かったのは、この世の苦しみを海にたとえて、
自分たちの教えを、その海を渡る船にたとえていたことですね。
どこかで聞いた例えだなあ、と思って聞いていました。

>それにしても素晴らしい旅をなさったようで、ほんとにうらやましいです。
>人間のことは仏教に聞き、仏教のことは人間に聞く。ってのがぼくの信念なんですけど、
>世界中のいろんな人やモノの響きを直に聞いていくような旅ができるなんて、最高ですね。

旅は好きでよく出かけますが、やはり人との出会いが一番面白いです。


424 :名無しさん@3周年:04/02/28 01:54
>宗教的な職業倫理観のこととか、いっぱいいっぱいお話させていただきたいところなんですけど、
>今日はこれにて失礼いたします。
>あ、「(肉体が)死ぬ前に死になさい」 は真宗教義の根幹でもあります。「平生業成」という
>言葉で表現されるところのものです。

「平生業成」ってそういう意味だったんですか。
僕の知り合いで、実家が真宗のお寺という人がいるんですが、
その人が、真宗は死後の救いを教義にして、現世で不遇な農民を慰めた、
なんて言っていましたので。。。流石にあれは嘘だったみたいですね。

最後にひとつだけ教えてください。
最近読んだ本で、約機廃立、約法廃立という言葉が出てきましたが、
それぞれどういう立場なのかいまいちよくわかりませんでした。
よろしかったらこの言葉の解説をお願いできませんでしょうか?
よろしくお願いいたします。

425 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/01 02:04
>>422-423
>こういう説明は初めて聞きました。

いやあ。教義に関するレスは、ぼくなりに典拠となるお聖教を頭の中に思い浮かべて
はいるんですが、どうもNB臭さが抜けないようで、ダメですね(w
教義が薫るようなレスができればと願うばかりです。初めて聞いたような説明は、
必ず自己責任で疑ってかかってくださいませ。

それと「さま」なんてやめてください。穴があったら入れたい、じゃなかった、、
入りたい気分になっちゃいます。あははは。

あと、「バクティ」については、
>「バクティ=唱えることが修行=自力」というイメージ
というよりも、「疑い」にどういう地位と意味を見出すのか?によっては「バクティ=
絶対他力」にはならない。というイメージです。仏典ではあまり出てこない言葉ですよね。
むしろ「信」とは、仏教を疑いぬくためのガイドラインみたいなもんじゃないでしょうか。
で、法を生死苦海の大船筏と見るたとえは確かに真宗にも(真宗以外にも)ありますよねえ。

426 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/01 02:05
>>424
で、まずは
>真宗は死後の救いを教義にして、現世で不遇な農民を慰めた

については、あながち「嘘」であるとも言い切れない歴史を真宗教団は持っています。
特に江戸期の真宗教学は現世での救いを封建体制下の身分秩序に安住することであると
説いた。と言われております。個人的には、現代においてもそうした影響を払拭しきれ
てないと考えてます。
ちなみに極楽は死後の世界ではなく、生死を超える世界ですね。

で、「約機廃立、約法廃立」との事ですが、残念ながらちょっと分かりません。
申し訳ないです。一度調べてみます。

言葉自体の意味としては、
「約」は約する、「就」の義。「〜について」物事を見ること。「機」は機根、つまり
「わたし」のこと。「法」は教法、「み教え」ですが、この場合は「ダルマ」でしょうか。
「約法(約仏という場合もあります)・約機(約生という場合もあります。この場合の
「生」は衆生のこと)」のそれぞれの立場から釈を作っていくやり方自体は仏教的な思考
ではよく使われます。
「廃立」の「廃」は廃捨、「立」は存立。真宗の場合ですと、非常に大切な言葉ではあり
ますが、ややもすれば殺伐とした教義の優劣を喧伝するだけの戯論に陥りがちなところでも
あるかと思います。
以下、かなり長文ですが、「廃立」ということを考えるにあたって、NB的に大切な視点だと
思う一条をコピペ。『口伝鈔』より。親鸞聖人のお言葉と伝えられるものです。

427 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/01 02:19
一 凡夫として毎事勇猛のふるまひ、みな虚仮たる事。
 愛別離苦にあうて、父母・妻子の別離を悲しむとき、「仏法を保ち念仏する機、
いふ甲斐なく嘆き悲しむこと、しかるべからず」とて、彼を恥しめ諌むること、多分
先達めきたる輩、皆かくのごとし。この条、聖道の諸宗を行学する機のおもひ慣わし
にて、浄土真宗の機・教を知らざるものなり。
 まづ凡夫は、ことにおいてつたなく愚かなり。その奸詐なる性の実なるをうづみて
賢善なるよしをもてなすは、みな不実虚仮なり。たとひ未来の生処を弥陀の報土と
思い定め、ともに浄土の再会を疑なしと期すとも、おくれさきだつ一旦の悲しみ、
まどへる凡夫としてなんぞこれなからん。なかんづくに曠劫流転の世々生々の芳契、
今生をもつて輪転の結句とし、愛執愛着の仮の宿、この人界の火宅、出離の旧里たる
べきあひだ、依正二報(生活の場も家族なども。の意味:NB註)ともにいかでか
なごりをしからざらん。これをおもはずんば、凡衆の摂にあらざるべし。けなりげ
ならんこそ、あやまつて自力聖道の機たるか、いまの浄土他力の機にあらざるかとも
疑ひつべけれ。愚かにつたなげにして嘆き悲しまんこと、他力往生の機に相応たるべし。
うちまかせての凡夫のありさまに変わり目あるべからず。
 往生の一大事をば如来にまかせたてまつり、今生の身のふるまひ、心のむけやう、
口にいふこと、貪・瞋・痴の三毒を根として、殺生等の十悪、穢身のあらんほどは断ち
がたく、伏しがたきによりて、これを離るることあるべからざれば、なかなか愚かに
つたなげなる煩悩成就の凡夫にて、ただありに飾るところなき姿にてはんべらんこそ、
浄土真宗の本願の正機たるべけれと、まさしく仰せありき。

428 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/01 02:20
 されば常の人は、妻子眷属の愛執ふかきをば、臨終の際(きは)には近づけじ、
見せじと引き裂くる習いなり。それといふは、着想にひかれて悪道に堕せしめざらんが
ためなり。この条、自力聖道の常の心なり。他力真宗にはこの義あるべからず。
そのゆゑは、いかに境界を絶離すといふとも、保つところの他力の仏法なくは、なにを
もつてか生死を出離せん。たとひ妄愛の迷心深重なりといふとも、もとよりかかる機を
むねと摂持せんといでたちて、これがためにまうけられたる本願なるによりて、
至極大罪の五逆・謗法等の無間の業因を重しとしましまさざれば、まして愛別離苦に
たへざる悲嘆に遮らるべからず。浄土往生の信心成就したらんにつけても、このたびが
輪廻生死のはてなれば、嘆きも悲しみも最も深かるべきについて、後枕にならびゐて
悲歎嗚咽し、左右に群集して恋慕涕泣すとも、さらにそれによるべからず。さなからん
こそ凡夫げもなくて、ほとんど他力往生の機には不相応なるかやともきらはれつべけれ。
さればみたからん境界をもはばかるべからず、嘆き悲しまんをも諌むべからずと云々。

429 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/01 02:23
いや、長文の応酬は疲れますので、肩の力抜きましょうか(w
もしよかったら真宗スレにもお越しください。
あまりカキコできませんが、読ませていただくだけでも楽しいです。

スレ違いな連カキコ、皆様お許しください。

430 :名無しさん@3周年:04/03/01 10:12
それも面白いので 続けてください。

431 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/01 19:38
>>429
>スレ違いな連カキコ、皆様お許しください。

いえいえ、そんなことはないです。
私はもっと生活に密着した”禅の心”というものを語りたかったのですが、
なかなかそう思うようにはいかないものです。

皆さまが考えてることがイマイチわかりません。

>肩の力抜きましょうか(w

この一言↑に尽きる。それが禅への登竜門なのかとは思うが。






432 :名無しさん@3周年:04/03/01 23:38
>>425
>いやあ。教義に関するレスは、ぼくなりに典拠となるお聖教を頭の中に思い浮かべて
>はいるんですが、どうもNB臭さが抜けないようで、ダメですね(w
>教義が薫るようなレスができればと願うばかりです。初めて聞いたような説明は、
>必ず自己責任で疑ってかかってくださいませ。

はい。
でもいろんな視点で考えるきっかけになって本当に勉強になっていますよ。

>それと「さま」なんてやめてください。穴があったら入れたい、じゃなかった、、
>入りたい気分になっちゃいます。あははは。

分かりました。ではNBさん、ということで。

>あと、「バクティ」については、
>>「バクティ=唱えることが修行=自力」というイメージ
>というよりも、「疑い」にどういう地位と意味を見出すのか?によっては「バクティ=
>絶対他力」にはならない。というイメージです。仏典ではあまり出てこない言葉ですよね。
>むしろ「信」とは、仏教を疑いぬくためのガイドラインみたいなもんじゃないでしょうか。
>で、法を生死苦海の大船筏と見るたとえは確かに真宗にも(真宗以外にも)ありますよねえ。

向こうの人はどの宗派か、どういう教義か、という以前に聖者信仰があって、
宗派によって説明の仕方が違っても、聖者は同じ境地を持っていて、
結局は同じ真理を説明しようとしていると言う人が多いです。

433 :名無しさん@3周年:04/03/01 23:39
>>真宗は死後の救いを教義にして、現世で不遇な農民を慰めた
>については、あながち「嘘」であるとも言い切れない歴史を真宗教団は持っています。
>特に江戸期の真宗教学は現世での救いを封建体制下の身分秩序に安住することであると
>説いた。と言われております。個人的には、現代においてもそうした影響を払拭しきれ
>てないと考えてます。

でもそれは親鸞上人の本意ではなかったのでしょう。

>で、「約機廃立、約法廃立」との事ですが、残念ながらちょっと分かりません。
>申し訳ないです。一度調べてみます。

そうですか。
僕もネットでちょっと検索した程度では分かりませんでした。
ゆっくり勉強していきます。

>いや、長文の応酬は疲れますので、肩の力抜きましょうか(w
>もしよかったら真宗スレにもお越しください。
>あまりカキコできませんが、読ませていただくだけでも楽しいです。

そうですね。
また分からないことがあったら今度は真宗スレで質問します。
どうもありがとうございました。

434 :NB ◆YIoCB90ZbI :04/03/02 02:07
皆様ありがとうございます。

>>432さん。最初のカキコのお気持ちを無視してミスリードなスレ違い謝罪、
心苦しく、お詫び申し上げます。

>向こうの人はどの宗派か、どういう教義か、という以前に聖者信仰があって、
>宗派によって説明の仕方が違っても、聖者は同じ境地を持っていて、
>結局は同じ真理を説明しようとしていると言う人が多いです。

なあるほど。です。
個人的には八宗や禅に対してはそういう思い(結局は同じ真理を説明しようと
している)をもっています。何を目にしても心が洗われる思いを抱きますね。
千日回峰の阿闍梨様なんて、ほんとひれ伏して敬わずにはおれないです。
NBも袈裟・衣ばかりは紛うことなき本物なので、もったいなくも等しく僧侶を
名乗らせていただいてはおりますが。

しっかし、中国式の宗派仏教ってのは、功もあるけどやっぱり罪も相当あるん
でしょうね。こちらこそ勉強させていただきます。

435 :直木三十五:04/03/02 21:57

シクエ、今からでも遅くないっ。
浄土門に転向して、死ぬまでに「謙虚」さを学びなしゃい(ワラヒ

436 :名無しさん@3周年:04/03/04 10:58
いろいろ理屈を言っているが、
して、お主らどれほどの定力があるのか
観てみたいものよ。

437 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 11:16
>>436
それでも・・・カラス殿は私と真正面から向き合った。

いまだかつて拙者とそんな風に向き合った御仁がおったらうか?

そーゆー意味においては、カラス殿は拙者の師である。

438 :名無しさん@3周年:04/03/04 11:28
かまってほしいだけか

439 :名無しさん@3周年:04/03/04 13:20
暇をもてあましていただけのことか
アホくさ!

440 :名無しさん@3周年:04/03/04 13:24
暇をもてあましていただけのことか
アホくさ!

441 :名無しさん@3周年:04/03/04 13:46
>いまだかつて拙者とそんな風に向き合った御仁がおったらうか?

他の投稿者への無礼も無自覚なんだ「らう」な、このカルト野郎は。

442 :名無しさん@3周年:04/03/04 14:45
どーも、中国の禅のトレンドがようわからんのよね。
最後は浄土教と合流しちゃうらしいし。日本の禅の流れだけじゃつかめん。

なんつーか、イギリス・アメリカのロック史を抜きにして、
日本のJ-POP語ってるような感じかも。

中国禅の流れをわかりやすく解説してる本ってありますか?

443 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 15:20
東禅院に既に法はあらざる。by弘忍

444 :名無しさん@3周年:04/03/04 15:25
げらげら

445 :名無しさん@3周年:04/03/04 16:03
自分を安売りするするのはいないみたい


446 :名無しさん@3周年:04/03/04 16:13
後にも先にも、糞カキベラ

447 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:09
机なんてしょーもないペンネームつかうだけあって無明だな

448 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:21
そこらの木


449 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:28
おクスリ 1.8`

450 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:29
莫妄想

451 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 17:36
>>442
>最後は浄土教と合流しちゃうらしいし。日本の禅の流れだけじゃつかめん。

思考に、ある方向性をつけてしまっては、それはもはや禅ではない。
このタイプは神秀(大乗起信論)とか明智光秀なんかを想起する。

禅とは、いわゆる絶対的な自由だらう。
それなくしてはもはや宗教とは言えぬ。
道徳とか哲学ではないのだから・・・。

452 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:38
>>451
禅は思想だろ?

453 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:43
こわれた素焼き

454 :名無しさん@3周年:04/03/04 17:48
気の研究家さんはどこへいってしまったのかな

455 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 17:53
>>452
カタチに囚われるなら、それは思想なんだろう?
カタチに囚われるなら、それは明鏡台なんだろう。
仏性というカタチに囚われるなら、それは明鏡台を払拭せねばならん。by神秀

ようは、カタチに囚われぬ心。本来無一物。by慧能

456 :名無しさん@3周年:04/03/04 18:05
机先生

たとへばイラクでは毎日現地の方も含めて沢山の人が殺されてゐるのがテレビ
等で伝へられてきます。こういう状況においても「調ふ」のでしょうか?
或いは「調」ってしまふだけで終るのでせうか?それとも何らかのアクション
は起こるのでせうか?

また禅は仏教ですか?

457 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 18:38
>>456
>或いは「調」ってしまふだけで終るのでせうか?それとも何らかのアクション
>は起こるのでせうか?

日本にいたのでは、一般的にはアクションは起こせないんじゃないですか?

”無可無不可”
こうせにゃ〜ならん。とかの決めつけはない。
それが禅なるや。
無分別智より分別する智慧でよろしいかと思ふ。

>また禅は仏教ですか?

仏教です。


458 :名無しさん@3周年:04/03/04 18:56
机せんせい

>日本にいたのでは、一般的にはアクションは起こせないんじゃないですか?

禅は同じ地球上の遠くで起こつてゐる、暴力に対して言ふことも、行動する
こと、なんにもないなのですか?

>こうせにゃ〜ならん。とかの決めつけはない。
>仏教です。

禅では戒律をどうかんがへますか?

ご教授おねがひします。



459 :名無しさん@3周年:04/03/04 18:59
机は死ぬまで般若心経を唱えてやがれ

460 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 19:26
>>458
>禅では戒律をどうかんがへますか?

社会的な正当性のある(一般的に)ものは、つまりは他者への正当性であり、これもまた自己へ内面化される。
人はあらゆる社会生活において、このように正当化する方向へと転化させるようになっている。
これがいわゆる戒律とならば、この論理的思考のその一瞬の停止。
つまり非論理的なシステム。
いわゆるこれを禅的な思考システムなのかと思う。

方便(方法)としては有効であるが、そのテーゼはあくまでも自由な精神こそが禅である。


461 :名無しさん@3周年:04/03/04 19:44
はじまったぞ

462 :名無しさん@3周年:04/03/04 20:03
つくえせんせい

ご教授有難うございます。さて、
>方便(方法)としては有効であるが、そのテーゼはあくまでも自由な精神こそが禅である。

仰る意味での「戒律といふ方便」と「自由な精神」はわたしたちの中で衝突や
分裂を起さなひでせうか?

また、わたしは方便としての「戒律」から入つたとします。「戒律」は禁
止の言葉からなつてをります。そこで「禁止」が如何に「自由な精神」なり
うるのでせうか?

ご教授お願い申し上げます。


463 :名無しさん@3周年:04/03/04 20:06
訂正です。
わたしは方便としての「戒律」から入つたとします。
→わたしが方便としての「戒律」から入つたとします。

464 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 20:36
>>462
>仰る意味での「戒律といふ方便」と「自由な精神」はわたしたちの中で衝突や
>分裂を起さなひでせうか?

前者が論理的かつ社会的、というならば後者が非論理的かつ反社会的、というべきや。
いわゆるこの前者の論理的思考システムを一端停止して、あらたな二項における創造をするのが後者。
これを仏の智恵というべきや。

禅とはいわゆるこの自由闊達は心のありかたをいうんであって、なにもそこで論理性を追及することもなかろうに。

>また、わたしは方便としての「戒律」から入つたとします。「戒律」は禁
止の言葉からなつてをります。そこで「禁止」が如何に「自由な精神」なり
うるのでせうか?

何故に貴殿は、かの日蓮宗坊主と同じ事を言うのや?
僧堂で修行僧が歯磨きするのに、そこに意味を求めなさるか?
ただ考えずに、言われた通りに歯を見せずに歯磨きすればよろしいこと。
その日常性における、ほんの瞬時の”停止”を垣間見なさることが大事なるや。
そこに論理性を求めることはない。禅だから。

いわゆる、歯を見せずに歯磨きする。ってことが禁止項目。
そこから自由なる精神へと顕現なさるのが禅。
なにも坐るのだけが禅ではない。
飯を食うのも禅。
歯を磨くのも禅。




465 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 20:48
>また、わたしは方便としての「戒律」から入つたとします。「戒律」は禁
止の言葉からなつてをります。そこで「禁止」が如何に「自由な精神」なり
うるのでせうか?


只管打坐には、坐り方にはあるルールがある。
だけど心は目的をもたない。

最終的には禅の心。自由な精神へと転化される。
これと同じ事。


466 :名無しさん@3周年:04/03/04 20:55
          ハァ?(AA略

467 :名無しさん@3周年:04/03/04 20:58
いっぺん座ってこい、と

468 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:00
>>466
まあ、頭で考えても無理かと思う。

南泉斬猫

469 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:01
ひざを痛めるまえからこざかしそうに

470 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:05
頭で考えきった末に、座って死にきるわけで
なーーんにも考えなしに雰囲気でマイ禅ワールド
語っちゃうのはアレかと

471 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:09
>頭で考えきった末に、座って死にきるわけで

思考を停止せにゃならん。
その意味は・・・後からわかるもんだ。

今はその意味はわからんでも、いたしかたない。

472 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:13
じゃ、とりあえず禅を語る資格は机さまにはないじゃん。

473 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:16
つくえせんせい

わたくしは一般人で日蓮宗その他は全然知りません。こちら2Chも新参者です。
よく分らなゐのでまたまた質問でございます。

「自由闊達な禅の心」であるときは、戒律はそのままその人を規制し続けても
意識しなくなる、つまり論理性を忘却すると理解してよろしひでせうか?






474 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:16
人間の行動とは、常に目的とか目標があるもんだ。
いわゆる禅とは、このベクトルが切断されたときに、その真意がわかる。
考えてるうちはわからんだろう。

475 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:20
そういうのは考え尽くした者が言うこと

476 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:24
つくえせんせい
論理的・意味目的的に生きざるを得なひ一般人と禅との接点は何でせうか?
ふたたび、爆弾テロの恐怖から逃げ惑ひ、泣く子どもと禅の接点はなんでせうか?

477 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:26
>>473
>「自由闊達な禅の心」であるときは、戒律はそのままその人を規制し続けても
>意識しなくなる、つまり論理性を忘却すると理解してよろしひでせうか?

というか、勝義諦と世俗諦の二諦がある。
これは不一不二。
色即是空の”色”と”空”は、ひとつにあらず、ふたつにあらず。
いわゆる一如の法門ゆえ、このように調ふのが仏の智慧。仏智ともうす。

空思想にて調ひなさればよろしいに。

>つまり論理性を忘却すると理解してよろしひでせうか?

禅とは、いわゆる論理性とは程遠い。
というより、これを破壊する。

南泉斬猫。
この公案には、まったく論理性の微塵もなし。



478 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:30
>>476
>論理的・意味目的的に生きざるを得なひ一般人と禅との接点は何でせうか?

空(無分別)で生きてはいけぬから色(分別)がある。

いわゆる世間とのしがらみを上手に生きるのも大事。
常に、勝義諦と世俗諦の二諦にと調ふことが肝要。

479 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:32
専門用語でそういうのを「蒙昧主義」って言うらしいよ

480 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 21:38
>>476
>ふたたび、爆弾テロの恐怖から逃げ惑ひ、泣く子どもと禅の接点はなんでせうか?

そもそもが宗教というのは「大元の考え方」。

いわゆる木でいうたら根っ子の部分。
倫理学とは、そもそも違う。

神秀というのは、いわゆるこの模範生的な考えかた。
頓悟というのは、これとはまた違う。

481 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:53
つくえせんせい

禅の社会的存在理由は、あんまりなひといふ意味ですか?

482 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:57
つくえせんせいの社会的存在理由は、あんまりなひといふ意味です

483 :名無しさん@3周年:04/03/04 21:59
自分が病んでることに気付けないのか?

484 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:03
師匠が悪いな

485 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:09
南無

486 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 22:13
>>481
>禅の社会的存在理由は、あんまりなひといふ意味ですか?

ようは、無可無不可なんですよ。

良寛という禅僧は、私はもっとも禅僧らしい生き方かとは思ってます。
良寛は、社会的存在理由はあったのか?
良寛自身はそんなこと微塵も思ってなかったらしい。
そんな逸話も残されてます。

しかしながら、良寛の生き方そのものは後世にまで影響を与えている。
つまり菩薩というのは、社会性云々よりも”その生き方そのものが”すでに菩薩なんですね。
子供と遊ぶ。それが菩薩の見本なんじゃないでしょうか?

そういう意味においては、良寛の社会的存在理由は大いにあったかと思う。


487 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:17
ちゃんと働けって。珍味なんか売って気が狂っちまったか?

488 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:24
つくえせんせいにしつもん
ざぜんてしたことありますか?
したとして、みぎあしはひだりあしのうえですかしたですか?

489 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 22:29
説明を加えます。

つまり、良寛の生き方にどれだけの人の心が癒されたでしょう?
菩薩というのは、その生き方が既に周囲に影響をもたらすのかと思ふ。

では、このへんでおやすみ。


490 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:31
げらげら

491 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 22:36
>>488
貴殿が疲れないように坐ればいいんじゃないですか?

歯を見せないで歯を磨く。ってのと意味は同じ。
言われたとおりにやればいいこと。

492 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:37

ざぜんてしたことありますか?

493 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:38
つくえせんせい
禅の社会的な存在理由として展開は良寛的な癒しという意味だと理解して
よろしいでせうか?

おやすみなさひ


494 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:38
>つまり菩薩というのは、社会性云々よりも”その生き方そのものが”すでに菩薩なんですね。
>子供と遊ぶ。それが菩薩の見本なんじゃないでしょうか?

イイヨー

495 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:40
師匠が悪いな 曹洞なのか臨済なのか

496 :名無しさん@3周年:04/03/04 22:41
禅以前

497 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 22:59
>>493
>禅の社会的な存在理由として展開は良寛的な癒しという意味だと理解して
>よろしいでせうか?

徳利ぶらさげて、街でぶらぶら〜〜
布袋さんは菩薩のモデルだよ。

では、おやすみ


498 :名無しさん@3周年:04/03/04 23:04
つkへせんせひ

ご教授ありがたふございました 拝

499 :名無しさん@3周年:04/03/05 02:09
なんだかやたらめったら虚しい人はどうしたらいいですか?

500 :名無しさん@3周年:04/03/05 04:39
497 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/04 22:59よ。
精神異常の類なのでは。医者に行って診てもらえ。

501 :名無しさん@3周年:04/03/05 04:58
布袋は弥勒だしな。雰囲気だけの書き散らしに間違いだらけ。
言葉遣いも珍妙なんで、細かい突っ込みは脱力して誰も出来ず。
こうしてキチガイ判定の太鼓判が並ぶのでせう。

502 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/05 06:38
>>499
>なんだかやたらめったら虚しい人はどうしたらいいですか?

”禅のこころ”とは、生きることが楽になる。

仏教とはそういう宗教なのだ。

苦集滅道

自らが救われる。それは衆生も救われる。

自他不二



503 :名無しさん@3周年:04/03/05 06:49
朝からご苦労さん

504 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/05 08:28
禅とは、世俗の価値観とはマッチしないとこがあるかもしれんな。

現世利益、ご利益信仰なら日蓮宗がいいかもしれん。



505 :名無しさん@3周年:04/03/05 09:31
曹洞なのか臨済なのか黄檗なのかを御教示頂きたい

506 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/05 10:42
>>505
まずは中国へ訪れなされ。
神会なくして慧能あらず。
慧能なくして曹洞・臨済あらず。

六祖壇経あたりから入るのがベターかとおもう。

そこから日本の禅宗を考えた方がいいかと思う。
禅のふるさとは中国。

507 :名無しさん@3周年:04/03/05 12:58
禅戒一如



508 :名無しさん@3周年:04/03/05 13:20
>禅のふるさとは中国。
で 貴師は?

509 :魔法のマント:04/03/05 19:03
エッチ光線。

510 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/05 20:03
>>508
われわれにとって〇〇・・・ではなく、
自分にとって〇〇



511 :名無しさん@3周年:04/03/05 20:39
     λ         ____________
    .(肉)       /   
   (´ё`)     < はいはい糞スレ終了
  (     )     \____________
 (_____)


512 :名無しさん@3周年:04/03/05 21:27
ですから貴師は曹洞なのか臨済なのか黄檗なのかあるいはそれらには属さない別の流れなのかを御教示頂きたい。

513 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/05 21:56
>>512
私は曹洞宗に属してるよ。

カタチだけは曹洞宗門下。

しかしこれは名前だけ。なんの意味もないよ。日本の仏教とはそんなもんだよ。
私が死んだら、お布施を払えば道元の弟子になれる。

まあ、私は道元の弟子にならんでもいいかと思ってるんだよ。


514 :名無しさん@3周年:04/03/05 23:41
ぷ(´`c_,'` )

515 :名無しさん@3周年:04/03/06 00:48
つくえせんせい

「自他不二」という言葉についですが、もしこれが真だとすれば、逆に他人の痛みは
自分の痛み、という意味で理解して宜しいでしょうか?それともそういう言い換えは
成り立たないのでしょうか?

516 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 07:01
>>515
>逆に他人の痛みは
>自分の痛み、という意味で理解して宜しいでしょうか?それともそういう言い換えは
>成り立たないのでしょうか?

そういう発想こそが私には理解できんのですよ。

仏教とはそもそも、そういう観念論的な意味では決してない。
貴殿はそこのとこをわかっているんだか?
本当にわからんのだか?

オウムの林郁夫という人間は、医師の中でも抜群に優秀な人物だったらしい。
しかしながら仏教においては殆ど無知な男だ。

”自分”というのは”他人”というのがあって、はじめて意味のある概念となる。
自分とは、他人という概念がなくして成立たない。

自分というのは、なにに相対しての自分なのか?
他人というのは、なにに相対しての他人なのか?

無我というのは、なにに相対しての無我なのか?
無我と認識する無我とは果たしてどういう意味なのか?




517 :名無しさん@3周年:04/03/06 07:32
あっ!原理からオウムに行ったんですか?それでなんとなくわかった。なら今後は責めまい。さようなら。

518 :名無しさん@3周年:04/03/06 08:29
つくえせんせい

ご回答有難う御座います。

禅で自他が「一如」であるということは、自分=他人/他人=自分という意味では
ないという意味で理解して宜しいでしょうか?

夜にもう一度お邪魔します。

519 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 08:38
林郁夫は医師であった。
人の命を救うのは医師の仕事であるから、それはそれで当然なことである。
しかしながらこの「救う」を、仏教の世界に持ち込んでしまったことに大いなる誤りがある。

林にとっては「救う」ことは善であったかもしれない。
しかしながら「救われる」方にとっては紛れもなく悪なのだ。

いわゆる善悪とは、あくまでも主観の問題であるし、これはそのおかれた状況の”都合”によって判断がなされる。
そこに全くの善悪においての普遍性はない。

仏教においてはこれを善悪一如、という。
そこに相対はないのだ。
大慈・大悲は普遍であり、それは平等一枚である。


520 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 08:45
>>518
つまり、自分というのは常に他人というのを前程にした自分。
    他人というのは常に自分というのを前程にした他人。
言語自体が、そういう相対概念なくして成立たない。ってことだよ。

生きる、っていうのは常に死ぬ事を前程にしている。
死ぬ、ってことは生きることの相対概念だよ。

>禅で自他が「一如」であるということは、自分=他人/他人=自分という意味では
>ないという意味で理解して宜しいでしょうか?

そもそも仏教では、こういった発想自体しない。
一如の法門は不一不二。



521 :名無しさん@3周年:04/03/06 09:03
マジでぶっ壊れてる…     ^_^;


522 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 09:08
>>521
わからんのは当然だよ。
たやすく理解できるものではないし。

学業優秀な人間でもオウムに引きこまれたのは、頭で理解しようとしたからだろう。

では、PCを一端切ります。

523 :名無しさん@3周年:04/03/06 11:06
で、机先生は曹洞のどの寺で座ったことあるんですか。
それとも、座らなくても禅の精神を見抜いていらっしゃるわけでしょうか。

524 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 11:27
>>523
貴殿が便所で太いのを垂らして・・・その瞬間こそが禅なるや。

あれが禅で、これは禅ではない。
ということはないのです。

今ここ、こそが禅。

525 :名無しさん@3周年:04/03/06 12:27
ろくに座ったことないのね

>>524
そんな事よりコンビニ弁当なんかに入ってる魚の形した
醤油入れ、知ってるか?
俺の仕事は、その魚の形した醤油いれのフタを閉める仕事だ!
1日8時間、閉めて、閉めて、閉めて・・・
これでも、知り合いのつてで、やっと就いた仕事なんだ
俺には、やりがいのある仕事だ
とにかく、おまえも、自分にあった仕事みつけろ
今、俺が言えることは、これだけだ

526 :名無しさん@3周年:04/03/06 13:10




     (⌒Y⌒Y⌒)    
    /\__/     
   /  /    \      
   / /       \   
(⌒ /   ○   ○| 
(  (6       つ  |  .
( |     ___| / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   \    \_( < ハァ?
    \____/  \_______

527 :名無しさん@3周年:04/03/06 13:47
机さん同意。ご教授ありがとうございます。
頭で理解しようとする輩には骨が折れると思いますが、私はおおいに
参考にさせていただいております。

>>520
のように、分ける発想、対極に在るものとしての発想しか出来ない人に
とっては矛盾しているとしか考えられないのでしょう。

528 :人権くみあい:04/03/06 14:02

哀しき中年おとこの唯一の楽ちみを         奪うなー     奪うなー
                                奪うなー     奪うなー


529 :名無しさん@3周年:04/03/06 14:07

自分自身だけは、唯一、頭では理解していないと、頭で考えるものだ

530 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 14:17
>>525
>1日8時間、閉めて、閉めて、閉めて・・・
>これでも、知り合いのつてで、やっと就いた仕事なんだ

禅もこれによく似てるよ。
ただ目的もなく黙って坐る。
これの繰り返し。
なんかの拍子にフッと脇道に花が咲いてる。
「いやぁ〜、こんなとこに花が咲いているじゃないか!」。

いわゆるこれが頓悟だよ。

花は、見つけようとしても見つかるもんじゃない。
ある瞬間の出来事なんだよ。
ただ黙々と坐るしかないんだよ。
まあ、黙々と醤油の蓋を締めるようなもんだよ。

>>527
これはこれは同意ありがとう。
続けてロムってくだされ。



531 :名無しさん@3周年:04/03/06 16:35
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも妄想書込みして下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎


532 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/06 17:04
>>531
そうだろうな。
一度出ちまった糞は、もう元には戻せんし、あとは出し切るしかない。
そして紙で拭くことを考える。

つまり、日常とは常に心は先に向かう。
片時も休むことなく。

糞を出し切る前に手は紙を求める。
僧堂では紙を使わんがな・・・。

心、住することなく、そのまま生ず。

533 :名無しさん@3周年:04/03/06 22:24
つくえせんせい

ご回答有難う御座いました。禅における救済観を知ることが出来てとても善かったです。
ただ、他の仏教思想では、積極的に実社会や政治に関わりあおうとするものもあるよ
うに思います。そこでは、「仏教的救済」には「権力」とのチームワークが必要だ、
と考えられたのだと思います。良寛や布袋は確かに権力から自由であったと想像しま
す。

しかし、同じ仏教なのにどうしてこのような差異が生まれていったのでしょうか?

むしろ、この権力と癒着しようという思想の方が圧倒的に優勢であるように見えます。
つくえせんせいがわたしのこの意見に同意して頂けるなら、こうした仏教の歴史や現
状に対し何かコメントしていただけませんか?



534 ::04/03/06 22:55
ヤコゼン        ヤコゼン     
       ヤコゼン        ヤコゼン     


535 :名無しさん@3周年:04/03/06 22:59
福永がよく「頭とれ」って言ってたようだが、机さんの言ってることと
ほぼ一緒ですね。

536 :名無しさん@3周年:04/03/06 23:15
戦前の大日本帝国主義路線に躊躇なく賛同できたのも、
「頭とれ」であり、論理性の脱却だったのか
うん、いろいろと勉強になるな




537 :名無しさん@3周年:04/03/06 23:19
信者に考えさせないのはカルト洗脳の第一歩ですからね

538 :名無しさん@3周年:04/03/06 23:32
黙っていては 友達になれない
叫ばなければ 消え去ってしまう
私たちが 生まれる前から伝えて来た“何か”を伝え合う為に
千切れかけた世界の 心と心を繋ぎ合う為に
私達の歌が 今 ここにある

539 :名無しさん@3周年:04/03/07 01:18
机師は、人も知る2ch切っての書き手。他のスレでは聴けないあり難いお話
です。黙って拝聴するだけで、私達カルト信者の根拠の無い観念が少しずつ
外れてゆく気持ちが致します。有難うございます。 合掌

540 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 04:12
>>533
私は「救済」って言葉は、あまりいい印象はもってないんだよ。

かつてヒットラーは「救済」の美名のもとにユダヤ人を虐殺したし、
レーニンは粛清をしてる。
麻原もやっぱり「救済」だったね。
人が人を救済して、あまりいい結果にはならない。ほうが多い・・

マザーテレサは「救済」ということは一言も言わなかった。
彼女は、言葉には非常に気を使ってたかと思う。

いわゆる仏教における大慈・大悲とは、私はテレサの考えに相当近いかと思う。




541 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 04:24
>>533
もともとバラモン教は、形式的・儀式的な宗教で、そこから脱却した自由思想を打ち立てたのが釈尊。
いわゆる仏教の底流はこの”自由”かと思う。

選挙の投票でも、どっちつかずで無可無不可の関心がなくなるかと思うが。

しかしながら宗教というのは、教団を維持しなければならんからその歴史は権力とか商人と深く結びついていた。
一休宗純の室町時代ころには堺の商人の羽振りのよさに頼ったし。
その時代その時代でどうにか寺は維持をしてきた。

これは、なんの生産活動が出来ない宗教の宿命なんだろう。
なにかに財力を頼らねばならんし、それは権力についた方が有利に決まってる。


542 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 04:29
>>535>>536
>福永がよく「頭とれ」って言ってたようだが、机さんの言ってることと
ほぼ一緒ですね。

頭をとって、dでも概念を植え付けられたんでは、dでもなことになっちまう。
禅はいわゆるそれはない。

    ”無”

>>539
ありがd

543 :名無しさん@3周年:04/03/07 09:42
>>540
宗教の方々が口癖のように唱える「救い」とか「愛」などの言葉が、具体的には
どう言う意味なのか深く考えて見るべきだと思う。無宗教者にとっては、これらの
言葉は意味不明、翻訳調で浅薄・偽善的に響きます。本来、口にすべきではなく、
生活の中で人知れず他者に与えるものだと思います。キリスト教は、史上、愛を唱
えながら、誰よりも多くの人を殺して来ました。「救い」を唱える仏教の宗派も、
何となくキリスト教的です。

544 :名無しさん@3周年:04/03/07 09:49
>>540
マザーテレサの有名な言葉
「インド救済の使命を神からいただきました。」

545 :名無しさん@3周年:04/03/07 09:56
>>544
テレサは救済を身をもって実行しました。人を殺すことなく。他の宗教者
とは異なり、その具体的意味を知っていたからでしょう。異教徒も排斥する
ことなく、それに同化していたそうですね。

546 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 12:14
>>543
釈尊在世当時のバラモン教というのは、いわゆるバラモン制度における身分格差が
輪廻思想へと結びつく(来世への希望という期待)のだろうし、
仏教というのは、この形而上学的なものを無記とした自由・平等思想。

ここにはもともと、救済する側と救済される側という人間同士の格差はない。
仏教というのは基本的には自己責任で、四諦とはこの典型だろう。
いわゆる自分の問題、自己洞察、このテーゼがつまりは自他行に結びつく。
そこから「救済」という概念がくるんだろうけど、これは仏教本来ではない。

つまり、拡大解釈されちまった「救済」がひとり歩きしたのがいわゆるオウムなんだろね。




547 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 12:22
>>544
>「インド救済の使命を神からいただきました。」

マザーテレサは日本語を喋ったわけじゃないし、いわゆる日本人が普通に使ってる「救済」
とは意味が違うかとおもうよ。
翻訳的に問題があるかと思う。
翻訳ってのは非常に大事だよ。

浮浪者に対しても目線はいつも対等でしたし。
「神の代理として手足を洗わせて頂く」。とかいった言葉だったよ。

また、テレサの宿泊所は布団を全部捨てちまったらしい。
これは浮浪者と「対等な立場」という意思表示だろう。

むしろインドでは、テレサはキリスト教団より非難を浴びている。
神の被造物破壊の罪らしいが、
仏教教会の方がむしろ好意的だった。

548 :名無しさん@3周年:04/03/07 13:15
>>547
ヒットラーやレーニンの「救済」はそのままでいいとでも 藁

549 :名無しさん@3周年:04/03/07 17:37
>>548
ヒットラーはキリスト教徒。当時のローマ法王はナチスの行為を黙認した。
最近ではナチスはカルト宗教として捉えられている。
マルクス主義は、実在し得ない共産主義ユートピア社会の観念に最大の価値を認
める擬似宗教。一般の宗教とは、信じる「神」が異なるだけ。「宗教は阿片だ」
と言って排斥したのは、宗教間紛争に過ぎない。

550 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 21:12
搾取する者と、搾取される者。
救済する者と、救済される者。
このような相対・対立する、と考えたのは実はマルクスだった。
あらゆるものが対立し、その対立によって発展する。→唯物弁証法。

簡単にいうならば中観はこの対立がない。
よって、救済する、とか救済される、とかの相対した関係はありえないのである。

つまり唯物論は、あらゆるものが対象化される。
仏教においてはこの対象という概念が全くない。

林郁夫は、この仏教の基本のとこを抑えておけば過ちを犯すことはなかった。
非常に残念なことだと私は思っている。





551 :kaitabha:04/03/07 21:38
机龍之介先生

ご回答有難う御座います。今回からHNを付けて見ました。これまでの文体も今後はも
うやめます。今後ともどうぞ宜しくお願いします。

わたしが「自他一如」という語を理解できなかったのは、ウパニシャッドの「梵我一如」
が念頭にあったからだと思います。仏教における「救済」とは何か、ということを
暫く考えてきましたが、どうやら仏教では「救済」という言葉を使った瞬間、何か別な
ものに変質してしまう可能性があるというご指摘は非常に重要だと思いました。また、
図らずもカルト問題を解明するヒントも頂戴しました。
ご教示に重ねて御礼を申し上げます。拝

552 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 22:13
>>551
「梵我一如」というのはバラモン教の考えだよね。
これは始めは概念として非常に入りやすい。
しかしながら段々と馴染めなくなってくる。

例えば、
人間が永久に死ぬことがない。と仮定したなら、もはや”生きる”という意味が消失する。
これと同じような意味で、ある到達地点に達したなら、もはや意味をもたなくなる。

だから、私は「梵我一如」も意味をもたなくなる。と、そう思います。
いわゆるここがバラモンと違う仏教なのかと思う。

>図らずもカルト問題を解明するヒントも頂戴しました。
>ご教示に重ねて御礼を申し上げます。拝

いえいえ、どういたしまして。
いわゆる仏教は、どこまでいっても中道は中道。
これを貫き通すのが正道かと思う。
さすれば答えは顕現されるであろう。





553 :kaitabha:04/03/07 22:43
>例えば、人間が永久に死ぬことがない。と仮定したなら、もはや”生きる”
>という意味が消失する。 これと同じような意味で、ある到達地点に達した
>なら、もはや意味をもたなくなる。

ウパニシャッド時代の哲人は、先行するリグ・ヴェーダ時代の祭祀至上主義か
ら、人間の本質であるところの我(Atman)を電撃の如き直観によって知ろうと
したようです。その「知(veda)」は、人間の本質であるところの我が、世界の
本質、即ち梵(brahman)であったであったという格言(aham brahmAsmi我は
梵なり)へと結晶したようです。電撃の如き直観は、洞察の極北、言語の裂け目
から飛び出してくると考えられています。

いわく梵我一如の知の海に没入した後では、個我は完全に解体し輪廻は終息す
ると信じられていたようです。そういう意味では「梵我一如」も溶解した非
意味となるのかも知れません。

ある学者の言うところでは、このウパニシャッドの思想が、仏教やジャイナ教の
興起を用意しただろう、ということです。

どうも後に起こった大乗の思想運動から、所謂「成仏」するまでに菩薩としての偉大
な仕事(衆生「救済」…と再び使いたくなります)、また成仏後も同様の仕事が永遠に
控えている、というイメージがあるようです。


554 :kaitabha:04/03/07 23:00
わたし自身、禅も大乗仏教の流れにあるとした上で、その「済度」観とは何かを
考えてきました。浅学なのでこうした言い方が失礼に当るかもしれませんが、表
面的に見る限り、禅修行者の態度は僧院に篭って只管修行と学問に明け暮れる
、所謂「小乗」という印象が拭い切れなかったので、敢えて、色々な角度から
ご質問させて頂いた次第です。失礼ながら先に「禅は仏教ですか?」などとす
かした問いを投げかけたのも、そんな疑問があったからです。



555 :名無しさん@3周年:04/03/07 23:01
この違和感はなんなんだ…。

556 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/07 23:06
>>553
>どうも後に起こった大乗の思想運動から、所謂「成仏」するまでに菩薩としての偉大
な仕事(衆生「救済」…と再び使いたくなります)、また成仏後も同様の仕事が永遠に
>控えている、というイメージがあるようです。

いわゆる仏教史観ということですね。
世界はある矛盾性を孕んでいる。そしてそれはある理想へと到達しようとするひとつの”方向性”がある。
ということですね。
そこには当然、矛盾なる世界から〜理想世界という時間の流れがあり、理想世界というある到達地点がある。
ということですね。

しかしながら、何故に世界は矛盾があるのでしょう?
そして何故に理想へと向かわなければならんのでしょう?

世界は完全ではなく、菩薩によりて完全なる世界へと移行する。

まあ、私には少しわかりませんが・・・
いろいろご教示くだされ。

眠くなりましたので寝ますが、なにとぞよろしうにm(__)m





557 :名無しさん@3周年:04/03/07 23:10
既知外のことには違和感

558 :名無しさん@3周年:04/03/07 23:54
宗教の方々は「世界」とか「宇宙」とか、自分の認識が及ばないことについて語ら
れますが、確認可能な手近な人間や自然に全世界も宇宙も見出せるのではないので
しょうか。例えば、医学をやる者にとっては、身体そのものの神秘と不可思議さが
まさに大宇宙です。全ての宗教の教典を集めても、木の葉一枚に宿る神秘さえ解き
明かせないと思います。

559 :名無しさん@3周年:04/03/08 09:29
禅をやり始めて間もない初心者で教えていただきたいのですが、
机先生は曹洞宗門下とのことですが
曹洞宗では無門閑を使うのでしょうか?

560 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/08 12:23
>>559
>曹洞宗では無門閑を使うのでしょうか?

というよりも、六祖慧能から南嶽→馬祖→臨済の流れのほうが大物禅師は輩出されている。
それよりも、五祖から神秀、慧能あたりの禅の歴史を学んだ方が、私はいいかと思う。
曹洞宗だけではなかなかここのとこは理解しずらいかと思う。

神秀は頭脳明晰で、明晰なるがゆえの弱点というのがある。
これはいわゆる思考にある一定の方向付けをしてしまうことだ。

これと対照的なのは慧能。
この両者の違いを研究してみるといいかもしれない。

林郁夫というのは神秀タイプ。
こういうタイプの人間は、なかなか「隻手の音声」の公案は解けない。

白隠のお題に答えたのは修行僧じゃなくて寺男だった。
つまり無門間というのは、思考に方向付けてしまうようなタイプには、なかなか難しい公案なのだ。

とりあえずは曹洞宗に拘ることはないかと思う。
ひとつの末端の法脈くらいに考えていたほうがいいかもしれません。
道元は尊敬してるが・・・。

561 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/08 12:37
>>558
十九世紀の末ころ、マルクスはイギリスの貧民窟をぶらぶらしていた。
産業革命の恩恵を受けないこの人たに救いはないのか?
いわゆるそこに社会の矛盾性を考えた。
これが唯物史観の発端なんだろう。

釈尊は経済的には恵まれていたし、よもや社会の矛盾性などは当初から念頭にはなかった。
四度城を抜け出し生老病死を悟った。

人間の認識できるものは狭い範疇しかないし、
人間の考えることはその経験に依る判断でしか捉えられない。
そんな儚い人間ではあるが、それはまた大自然(だいじねん)なのだ。
これが仏教なんでしょうね。


562 :名無しさん@3周年:04/03/08 13:53
良すれ、記念かきこ。

563 :名無しさん@3周年:04/03/08 14:09
>>561
>人間の認識できるものは狭い範疇しかないし、
>人間の考えることはその経験に依る判断でしか捉えられない。
>そんな儚い人間ではあるが、それはまた大自然(だいじねん)なのだ。
>これが仏教なんでしょうね。

お見事。感動した。



564 :名無しさん@3周年:04/03/08 14:51
>>561
机の認識できるものは狭い範疇しかないし、
机の考えることはその経験に依る判断でしか捉えられない。
そんな儚い机という人間ではあるが、それはまた机流大自然(だいじねん)なのだ。
これが机の仏教なんでしょうね。

であるから、断定的な物言いも、そのような机の認識に基づいた断定でしかない

565 :名無しさん@3周年:04/03/08 15:00
「壁」から流行の言説を引っ張ってきただけなんですよ。
座らない、考えない禅ってのはあれですか、キャッチイな言い回し
を継ぎ接ぎする禅なんですね。これを耳禅としよう。

566 :名無しさん@3周年:04/03/08 15:14
>>565
別に「禅」にこだわる必要はない。現実に立脚した人間の営みであれば充分。

567 :名無しさん@3周年:04/03/08 16:33
何だか互いに言葉尻を捕まえては、どーたらこーたら言っているようだが、
ただ漏れが長年の禅経験から言えることは、かの鈴木正三師の言っているように
禅は生活に密着した活禅であってこそ本来の禅であり、
観念が一人歩きしているような死禅であっては、ならないということだ。
ただ坐っているなんぞ、全くの死禅であり、なんの意味も無い。
意味の無いことが禅である、なんぞ知ったかぶりをする輩を死禅坊という。



568 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/08 18:23
>>567
NB氏のいうような”仏心に飛び込む”という言い方は、いわゆる差別相だね。
また、”仏心がない”のもひとつの言い方。
ようは意味とすれば同じこと。

対象化すれば意味があるものでも、対象化できないものは意味がなくなる。
ようは同じこと。

569 :名無しさん@3周年:04/03/08 18:40
http://www3.omn.ne.jp/~imanari/howajimitokudo.htm

「自未得度先度他」の心とは「自らは未だ得ていなくても、まず先に他に得させてあげる」という

利他救済の心のことである。菩提心(最高の悟りの境地)を起こすということで、発菩提心ともいう。

己を空しくしなければできないことである。


570 :名無しさん@3周年:04/03/09 08:51
禅は修証をもってよしとす。
禅の本を読んで観念が少しわかった様でも、
そんなものは禅の周辺をなでているだけだ。
まして見性なんぞとても無理な相談というもの。
禅の本当のことはなにも掴めない。
禅を語る資格があるのは、少なくても見性してからのことだ。



571 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/09 09:30
>>570
生きることにマニュアルはいらない。
しかしながら人というのは”そのまま”では気がすまない。
いわゆるこれが迷いなんじゃよ。

まあ、そこのとこを徐々に語っていきたいかと思ふ。
以後も期待してロムってくだされ。

そのうちわかってくる。

572 :名無しさん@3周年:04/03/09 11:05
まだ漏れが若くて修行に明け暮れていたころのこと。
水想観を工夫して漏れなりの転倒観を修行していたときじゃった、
幼い子供が襖の間から漏れの様子を覗き見したそうな。
そして、子供たちが漏れの姿を見て組んだ足と頭が転倒していると
騒いだそうじゃよ。
もっともそれは、修法を終えて奥から聞いた話だがな。
漏れの程度の頓悟の輩でもこの程度の定力はあるもの。
机先生はさぞ相当な定力をお持ちのようですな。



573 :名無しさん@3周年:04/03/09 12:01
定力なんか、ないほうがいい。
定力自慢するのは禅の初心者。

574 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:12
定力なくしてなんの禅か。
そんなへなちょこ禅をやってもなんの足しにもならん。
昔、江戸の三舟といってな、山岡鉄舟、勝海舟、高橋泥舟なぞは、
禅で定力を練ったからこそ大仕事をやってのけたんぞな。
禅に定力は不要とは、見性もできてなく禅を語る資格も無い香具師だわな。


575 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:28
574=初心者

576 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:35
↑この死禅坊めが


577 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:46
禅以前のドリームワールドなんですから許してやってください。
飛行機のパイロットに憧れた子供が絵本読んで一人前になった
気で居ても、別に構わんでしょう。ただ、あたかも飛行できる
かのような言い方をして、何も知らん他人を誑かすようだと、そのガキ
はしごかれて当然なわけです。

578 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:53
禅もまじめにやってりゃね、そりゃ定力の一つや二つはつく。
しかし、もっとまじめに打ち込んでればね、
もっと大事なことが見えてくるんだよ。
ね、初心者くん。


579 :名無しさん@3周年:04/03/09 13:59
そもそも机御大は座ったこともないらしいぞ。
定力なんて持ちださなくても揶揄るのに事欠きはしませんが。

580 :名無しさん@3周年:04/03/09 14:05
直指人心見性成仏!

581 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/09 14:44
>>572
禅とは行にあらず。

いわゆるこれは仏道におけるイロハでして、解説はいらんとおもうが・・・
あえて解説します。

つまり目的をもってはいかんのですよ。

林郁夫をここがわからんで大失態をしている。
まあ、失態というても人を殺しちまったら取り返しはつかんがな。

ここのとこは徐々にではあるが語っていきます。
ご期待なされまし。


582 :名無しさん@3周年:04/03/09 15:57
机の語り口は、いつもパターンが決まっている


レスがくれば、しゃにむに飛びつくその軽さ

相手するにも人物を選ぶべし、諸君!


583 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/09 20:35
>>582
>相手するにも人物を選ぶべし、諸君!

まあ、どうでもいいんだけどね・・・

スレを仕切るんならコテハンにしてはどうかね?

では、おやすみなされまし。

584 :名無しさん@3周年:04/03/09 21:02





585 :名無しさん@3周年:04/03/09 21:15
>>583
机御仁は好きではないが、叩かれても叩かれても崩れない、その境地は、
それはそれで敬服している。
スレを乗っ取るつもりなんて微塵もないから、これからも励めばよろしかろ。

586 :kaitabha:04/03/09 22:22
「定力」自慢はとてもかっこ悪いと思います。定力そのものは否定しない(だが肯定
もしない)けれど、場をわきまえた表現ができなかったら、死人禅より悪い、カルト
の宣伝文句に聞こえます。

587 :名無しさん@3周年:04/03/09 22:48
カルトという言葉は、悪を全部引っ被ってくれるのかね
たいそう便利な言葉なんだね
ところで、カルトの対語はなんだろ?
世の中には、カルトに類する便利で都合の良い言葉は、いっぱいある
みんなその便利な引き受け手に被せちゃえば、絶大なカタルシス効果
間違いないからね。通俗的だが、これは事実だ。


588 :kaitabha:04/03/09 23:55
カルトが悪を全部引っ被ってくれると言っていないことは、文章から明らかではない
ですか。また意味内容においてもそんな意図での586ではありません。

ここで言いたかったのは、禅にとって先に提出されたような意味での「定‘力’」
や、それに纏わる不思議話が重要であったとはどうも考えにくいから、そのことを指
摘したまでです。

「便利な言葉で纏める」=「引き受けてに被せる」=「カタルシス効果」という論理は
理解できます。が、いまここでは的外れな感じがします。例として机先生が挙げられま
したが、わたしの質問に対し、カルトに於ける「救済」と本来の仏教での「救済」の
相違を明確にしておいた方がよいだろう、というのが一寸前までの話の流れです。

カルトの特徴で一つ大きく目に付くのは‘力’への憧憬、‘力’の物神化、‘力’へ
の服従、‘力’による「救済」に大きく重心を偏重させていることにある、とわたし
は思います。験比べをする修験系の行者が法螺を吹くのならともかく、禅者(かどうか
知りませんけれど)の語る「定‘力’」の自慢話に疑念を抱いた所以です。

589 :名無しさん@3周年:04/03/10 00:36
>>597
カルトが人間にとってそれほど有害であるからですよ。現実界では全く根拠のない
観念のみの架空現実を殆ど不可逆的に構築してしまうため、現実的存在としての人間
が破壊されてしまいます。オウムやその他のカルトをよーく観察してください。

590 :597:04/03/10 00:46
>>589
俺は何も言ってないぞ

591 :589:04/03/10 00:52
>>597>>587に訂正。

592 :kaitabha:04/03/10 00:54
588の訂正
カルトに於ける「救済」と本来の仏教での「救済」の相違を、、、
           ↓
カルトに於ける「救済」と本来の仏教での「慈悲」の相違を、、、

593 :名無しさん@3周年:04/03/10 01:17
>>592
「慈悲」のほうが判りやすいね。宗教で言う「救済」とか「愛」などと言う言葉の
具体的な意味はサッパリ判らん。宗教の連中は判って唱えているのか。いずれにせ
よ他人に押しつけるものではないことは確かだろう。西洋では「自分がして欲しい
ことを他者になせ」というが、東洋では「自分がして欲しくないことを他者になす
な」という。この相異は、結構奥深いのではないだろうか。

594 :名無しさん@3周年:04/03/10 02:12
おれはそうは思わん。
救済はあまりよくない表現だが、愛はいいんじゃないか。
積極的に他人に関与するのは宗教的には実は深い意味がある。

押し付けになってはいけないのは言うまでも無いわけだが。


595 :名無しさん@3周年:04/03/10 02:25
>>594
宗教は、その布教のために他人の心に土足で踏み込むような行為をすべきではない。
精神の自由の侵害ではないか。そのような行為を「spiritual abuse」という。

596 :名無しさん@3周年:04/03/10 02:32
どうでもいいが自由の意味を履き違えていないか?

それと布教のために他人の心に土足で踏み込めとは言っていないぞ。

597 :名無しさん@3周年:04/03/10 08:50
>>596
現実界ではなんの根拠もない観念を他人の心に植えつけることは、土足で踏み込む
のと同じ。宗教は、布教行為を止めるべきだ。歴史上、キリスト教の布教行為はま
さに狂気の沙汰ではないか。宗教が個人の救済であるのなら、自分独りで信仰すれ
ば充分なのに、何故これほど熱心に他人に押し付けようとするのか。布教や組織の
拡大は、宗教の持つ本質的病理の一部である。
あと、「信教の自由」と言いたいのだろうが、そんなものは、既に宗教に影響された、
叉は宗教の病理に無知な者の妄言に過ぎない。オウムについてさえ信教の自由を唱え
る馬鹿者がいる。

598 :名無しさん@3周年:04/03/10 09:23
ここにくる香具師らは、どうやら新興カルト教団の教義に毒されて
救いを求めているようだな。
禅定力の話は自慢をしたのではない。
禅には深い禅定力があってこそ自己本来の面目に会えるのであって、
1つや2つの定力があったからって、決して見性出来るものではないのだ。
また深い禅定力があってこそ、般若の智慧に触れ底から来る法喜禅悦を
味わうことができると言うものよ。
仏教の歴史やら禅語の文字講釈を聞いて分かった様でも、
メクラが像を撫で回して、どうたらこうたら言っているようなもんだということ。
こんな頭でのエセ禅に時間を費やすのであれば、早く正師家について
参禅をすることだ。
心持の悪い業深の香具師が独力で坐禅まがいなことしても、
返って不幸な結果に陥るぞ。
最近の宗教団体のなかに、そういう香具師らが多くいるもんだ。
その意味でも早く師家について提唱を聞き、できれば相見することだ。
尚、提唱は大悟徹底し大事了畢して印可を受けたものができるもの。


599 :名無しさん@3周年:04/03/10 09:36
正統禅が今に残ってるか怪しい
説得力に欠ける


600 :名無しさん@3周年:04/03/10 10:45
>>597

勘違いだらけでどこから手をつけていいのか分らん。


>>598

いちから勉強しなおせ

601 :kaitabha:04/03/10 11:07
>>598
「新興カルト教団の教義に毒されて」
これまでの人々の対話の本筋を読めていないような気がしますが如何でしょうか。
整理すれば、こちらの指摘は、仰るような禅定‘力’のお話しが「不思議話」
として人々に読まれざるを得ない、或いは誤読をされざるを得ないだろうとい
う危険性がある、ということでした。

正師に就くべき、というのは双手を挙げてわたしも賛成です。ただ、この考
え方の問題点は、これを肯定してしまうと、表層的に「正師に遭えぬ世の中
の99.99%の人々はすべて不幸である、不幸になる」という言い方に「
聞こえてしまう」ということだと思います(話した本人そのような意図を持っ
ていないとしてもです)。このように否定的に「聞こえてしまう」というeffect
が、裏で構造的にカルトを支えてしまわないだろうか?とわたしは危惧します。
何故なら、多くのカルトは「ここでしか‘救済’されない、他では地獄に落ち
る」という言い方が特徴であり、わたしのような凡人の頭には、表層的に何と
なくカルトと同じことを言っているように聞こえてしまうものです。

正師に就くべき、という主張はよいのですが、‘力’を誇示するような物言い
は、ここでは的外れだったと思います。

また、「仏教の歴史」という言葉が出てきたのでついでに申し上げたいと思いますが、
仏教に限らず、宗教を考えたり、或いは実際にその道に入ろうとするときには
歴史を可能な限り広く自分で調べてみることは不可欠でしょう。いまはその手
間を省いてしまうから、短絡的に「不思議話」に飛びついてしまうのではない
でしょうか。

わたしは頭と足が逆さまになる不思議話よりも、子どもと遊ぶ良寛や布袋のイ
メージの方が大切だと思っています。



602 :名無しさん@3周年:04/03/10 11:31
救済を「済度」と置き変えたらどうよ
厳密な国語学では、違いもあるだろうが、
本質的なものは、なにも変わらないとおもうのだが。
どうも「救済」という言葉に、固定的先入観を持ちこんではいないかね

目の前に、自分の家族や子供や仲間が危険に晒されている場合、咄嗟に、
本能的に、己の危険をも省みないで助けようとする行為、救済とは、その
本能的な琴線の部分をより幅広い対象に向ける菩提心のことだと思う。
その咄嗟や瞬間には、あきらかに危険な場面に陥っている、助け出される側の
対象が認識されているのだ。


603 :kaitabha:04/03/10 11:54
>>602
『その咄嗟や瞬間には、あきらかに危険な場面に陥っている、助け出される側の対象が認識されているのだ。』」」

とても重要なご指摘だと思います。このようなアクションと本スレの主題「不二」
「一如」とについて、もう少しお話を伺えたら幸いです。



604 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/10 12:01
>>598
>禅には深い禅定力があってこそ自己本来の面目に会えるのであって、

ないものに何故に会えるのか?我を離れなされ。

>また深い禅定力があってこそ、般若の智慧に触れ底から来る法喜禅悦を
>味わうことができると言うものよ。

味わなくても飯を食うて生きていれば良いではないか?
”悦”になりたい、というは我欲の現れじゃよ。

>その意味でも早く師家について提唱を聞き、できれば相見することだ。
>尚、提唱は大悟徹底し大事了畢して印可を受けたものができるもの。

貴殿は僧侶かな?
臨済宗の僧侶とも被ったことがあるが、同じような書き込みだね。





605 :名無しさん@3周年:04/03/10 12:10
>>602
そのような物理的(現実的)救済なら問題はない。宗教団体が貧しい人々
にお金をあげるのは大いに結構。問題は、宗教が、主観でどうにでもなる
「心」の救済を説き、または死の恐怖の強調、霊の存在、前世来世の存在、
原罪、最後の審判など、根拠のない作り話でまず信者に恐怖感や期待感を
与えてから行う「マッチポンプ救済」である。

606 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/10 12:11
>>602
>目の前に、自分の家族や子供や仲間が危険に晒されている場合、咄嗟に、
>本能的に、己の危険をも省みないで助けようとする行為、

日常性の中の”非日常性”。
つまりそこに思考せずとも大慈・大悲はある。
この一瞬(非日常性)を私はいい続けておるんです。
それは救済でもなんでもなくて”本来あるもの”仏心、仏智、無分別の位相、
これを空なり。

仏と我の二見を離れて、それが空。

かように調ひなさればよろしいかと思ふ。

607 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/10 12:34
林郁夫は、サリンを撒く前は躊躇したらしい。
「女と子供は殺したくない」。→これが非日常性。大慈・大悲。

しかしながら思考は存続し続けてついには目的を達成するのである。→これが日常性。

人間は時間を連続的に捉えるため、瞬間的に大慈・大悲は顕現しても”日常性”において
それは埋没してしまう。

善因善果、悪因悪果。
人は縁によりて変わるもんである。
そんな儚いものが人間なりや。


608 :名無しさん@3周年:04/03/10 19:20
>>603
簡単に言えば、自他を超えるということです
母親と赤ん坊とか、恋人同士なんかの場合、比較的容易に実現します。
菩薩の利他行というのは、対象は平等であり無特定ですね。
また利他行というのは、自利行も同時に含みますが、目覚めた後の我と、それ以前の我
とは認識において別です。発菩提心後の我とは、我と無我が一体となった状態です。そ
れが相対的世界においては、己を空しくして他者を利するという行為で現象化されるの
でしょう。
わたしたちはなぜ悟りや菩提を求めるのか?
それは、煩悩という暗闇に覆われて行き場を失ったリクパ(明智)の光が、一生懸命に
出口を暗中模索している、わたしたちが本来有する心の本然の衝動であり気づきなのか
も知れません。もともと存在しない、実体として存在しない無明(我)だから、本然の
あり様としてのリクパ(無我)から離れようがない。しかし修行においては、無明(我)
があり、無明が作り出す自他の区別があるから、修行の価値も見出される。無いけれど
も有る→ 一如・不二なんだと思います。恰も、飛蚊症を病んだ眼病患者の見る対象の
如し。な〜〜〜んちゃって(~o~)
気をつけなければいけないのは、なにもかも一如とか不二とか空とかで十把一絡げに一掃
して良しとするような、悪しき観念論に偏らないことだと思います。一如や不二は、基本
前提であり、そこを出発点として、生の現実の縁起の一環一環を生きる個々人の努力や価
値観、感情の機微に目を向けてこそ、法の躍動もあり、常に目覚めたもの→仏陀の連続性
に向かう宗教的面目があるのだと思います。


609 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/03/10 21:03
>>608
>気をつけなければいけないのは、なにもかも一如とか不二とか空とかで十把一絡げに一掃
>して良しとするような

そうだね。
今の僧堂が十把一絡げになってる。
カリキュラムをマニュアルとおりになんなくこなすだけ。

だから、見性しててもしてなくても十把一絡げに同じことを言う。
マニュアル禅僧なのかと思ふ。

禅というのは、もっと自由であってこそが禅なのだろう。
だからこそ禅の歴史は個性ある僧を輩出してきた。

良寛の生き方に、多くの市井の人は学んだだろう。
それがやはり菩薩のありかたなのかと思ふ。

610 :kaitabha:04/03/10 22:56
>>608
ご教示有難う御座います。

>母親と赤ん坊とか、恋人同士なんかの場合、比較的容易に実現します。
>また利他行というのは、自利行も同時に含みますが、目覚めた後の我と、それ以
 前の我とは認識において別です。
>出口を暗中模索している、わたしたちが本来有する心の本然の衝動であり気づき
 なのかも知れません。もともと存在しない、実体として存在しない無明(我)か
 ら、本然のあり様としてのリクパ(無我)から離れようがない。

期待していた通りの素晴らしい言葉を頂戴しました。重ねて御礼を申し上げます。拝

611 :名無しさん@3周年:04/03/17 11:17
野狐=机竜之助がグダグダ説教しているスレはここか?
見性していない凡夫が「不立文字」の禅を、言葉で捉えようとして何になる?


612 :アデランスの育毛 ◆My/25L.cms :04/03/17 20:15
ワーーーーーイ

613 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/22 22:45
質問箱の続きはここでやりませんか?

614 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/22 22:47
>>613
はい、いいですよ。

615 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/22 22:54
いや〜終盤すごかったですね。
なんか「オレもなんか言っとかな損じゃ」って感じですね。
もう、何が何だかわからんかった。

616 :名無しさん@3周年:04/04/22 22:57
日本の真言宗は顕教以下

617 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/22 22:59
そろそろ寝ます。
明日の朝書き込みします。
おやすみ。

618 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/22 23:00
>>617
おつかれさまでした。
おやすみなさい。

619 :名無しさん@3周年:04/04/22 23:00
別スレたててよそでやってください

620 :名無しさん@3周年:04/04/22 23:02
>趙州、草履を頭の乗せ逃げる

定説化した陳腐な公案
物質脳の破壊だけで終わり

621 :名無しさん@3周年:04/04/22 23:09
>>616 顕教ってなんだか知ってる?

622 :名無しさん@3周年:04/04/22 23:29
>>621
一口で言えば、言語化された仏教

623 :名無しさん@3周年:04/04/23 00:19
よくこんなやつ透す室内があるな

624 :名無しさん@3周年:04/04/23 00:53
918 :真言坊主 :04/04/22 18:44
>>915
しかし、求道ってきびしいですね。
母を見捨てる慧能の覚悟、
それくらいの思いがないと
極められないのでしょうね。
どっちつかずは、中途半端に終わりますか。
それとも、そこに真の中道はあるか……


機が熟せば、必然的にそちらに向かうらしいです
人生のベクトルを変えるような、大転換が到来して〜
具体的には、自分を取り巻く環境の変化、たとえば家族や自分の身の上に
降りかかる不幸といった形の試練を機に、さらなる求道に入ってゆく
順風満帆のときの色即是空と、苦の試練に直面したときの色即是空は、成句の
重みも変わってくると思います
ま、あくまでも機が熟した場合のことでしょうから、そういう道に入るひとは。
2chで仏教を語るのも同じ空ですからね。
無差別相という概念で、イージーに調うのも悪くはありません。(^_-)





625 :名無しさん@3周年:04/04/23 01:41
>>622
アイタタ〜〜★顕教が言語化された仏教??天台止観も、法華も、華厳も
言語で説明されていても言語を超えたものを示そうとしている。

言語化されているのは半ば密教も同じです。密教も言語の助けなしには学
ぶことは出来ません。もし言語化が必要なければ、なぜ密教の祖師達は多
くの注釈を書いたのでしょうか?それは言語が伝達には必要だからです。



626 :名無しさん@3周年:04/04/23 01:47
どれも、言葉によって言葉に表せないものを現していると思いますよ。自分だけと思う時点で、言葉に堕している…いや、嘘だけどね。

627 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 08:58
そうですね。
これを煩悩即菩提というのでしょうね。
煩悩ありて菩提心あり。煩悩なきて菩提心なき。

炉リ画でセンズリして、それで何の苦労もないのでしたら、
少女パンツを頭に被ったその姿こそが仏のお姿。ということになる。

菩提心あらば、人間というのは自然に座位の姿勢になるし、その作為のない姿こそが禅定ということなんでしょうね。
禅定もまた仏のお姿。

その位相は三千世界なり。by法華経寿量品。


628 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 09:01
627レスは書き直し。
___________________________________
>>624
>降りかかる不幸といった形の試練を機に、さらなる求道に入ってゆく

そうですね。
これを煩悩即菩提というのでしょうね。
煩悩ありて菩提心あり。煩悩なきて菩提心なき。

炉リ画でセンズリして、それで何の苦労もないのでしたら、
少女パンツを頭に被ったその姿こそが仏のお姿。ということになる。

菩提心あらば、人間というのは自然に座位の姿勢になるし、その作為のない姿こそが禅定ということなんでしょうね。
禅定もまた仏のお姿。

その位相は三千世界なり。by法華経寿量品。



629 :名無しさん@3周年:04/04/23 10:15
印可貰ってるの?

630 :名無しさん@3周年:04/04/23 10:33
>炉リ画でセンズリして、それで何の苦労もないのでしたら、

二項?

631 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 10:49
乳幼児は萌えますか?
オシメは萌えますか?
パンツはどうでしょ?
萌えると、萌えない、は何処で分別しますか?
サオの具合に依りますか?


632 :名無しさん@3周年:04/04/23 10:55
ぺドとロリは分野が違いますよ。

633 :名無しさん@3周年:04/04/23 11:09
お前さんに本当の禅とは何かを話そうと思ったが止めにした。
というのは、お前さんはまだ啐啄の機になっていないからと分かったからだ。
逆に自論の正当性をことさら誇張して、ますます我執を強くしておるしナ。
禅徒にあるまじき我執、我見に固執するようでは、いくら言っても無駄であろう。
お前さんは、まだまだ悟りに程遠く、今生ではとても悟ることはできまい。
そういうお前さんは厨房を相手にガキ大将になっておればよい。
それがお前さんに一番ふさわしい。
もうこれでこのスレには来ずカキコもしないから、安心して厨房相手にお前さんの迷論妄論を語ればよい。
よかったであろう。

634 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 11:15
自分が傷つくのは嫌で、
他人は傷つくのは平気。
これが炉リ、ペド(意味は知らん)、二次元の本性。

そんな輩が他人様を「救済する」。などとのたまう。
禅定力で他人様の苦を和らげる。などとのたまう。

先ずは己を習う事。これが肝要なり。

635 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 11:19
>>633
>今生ではとても悟ることはできまい。

今生とは・・・(>_<)

もうなにも言うまい。語るまい。
ただ一言いいましょうぞ。

涅槃寂静。これにて調ひなさればよろしいに。

636 :とおりすがり:04/04/23 12:17
>>629
>印可貰ってるの?

スルー!?


637 :名無しさん@3周年:04/04/23 13:37
いや、ロリ画はいらんだろう。パンツは頭にゃかぶらない。
あべこべの意味をそう取れば、人とことさらに逆のことをする自意識過剰型人間の誕生になっちまうよ。


638 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 13:41
>>636
印可証はないよ。
あんなもんは紙切れだよ。
僧籍に入るんだったら別だけど。
大事にしないと駄目だね。
飯の種だから。

639 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 13:52
>>637
炉リ画でセンズリするとか、またはそれ以外でも家の中で妄想に耽るだけだな結構なこと。
問題はリアルでなにか間違いでも犯すんじゃないか・・・。
ってのが世間では心配してるんだよ。

つまり、炉リは社会にもたらす影響が大きい。ってこと。

子供の親は心配で、自分の子を守るのが精一杯だよ。
間違いがあったとしたら・・・
そりゃもう地獄というもんだろうね。

炉リオタは一瞬の快楽かもしれない。
しかしながらその代償は計り知れない。

640 :名無しさん@3周年:04/04/23 14:11
>あんなもんは紙切れだよ。

大悟していて敢えて書いているのかな?

641 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 14:19
>>640
>大悟していて敢えて書いているのかな?

可笑しなこというね。
して、貴殿は印可証を何に使うのですか?
額にいれて飾っておくとか?

んでもね、ああいうのはあまり飾らない方がいいよ。
私もいろいろな賞状とかあるが、あまり飾らないよ。
飾らない理由を聞きたいですか?

642 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 14:23
>>640
印可証に仏性ありや?なきや?

・・・ほら、もう分かりなしたか?

643 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 14:30
>>624
中道ってむずかしいですね。
単純な中間とか、極論と極論との折衷といった意味とは違いますから。
マニュアル化できないのが中道。
私はこんなふうに考えています。

644 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 14:45
>>636とおりすがりさん
貴殿は、ネタを振っといてスルーしちゃったですか?

それとも私の公案で開眼なされましたか?

645 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 14:53
>>622
顕教とは何か。
言語化された仏教?
なんだかそれっぽい答えだけど、
ちょっと理解できない。
>>625さんのご指摘のように
言語でもって仏教を語る、という点では
密教も仏教もかわりない。

覚体(諸法の実相=法身)は言語では語ることができない、
とみなしたのが顕教。
これを言語(通常の言語の概念とは異なる)で語ることはできる、
と主張したのが密教。
覚体(法身)は言語を超越した存在であるから言語でもって説法はしない、
とみなしたのが顕教。
覚体は我々の概念を超越した言語形体(真言)でもって常恒不変の説法を行っている、
とみなしたのが密教。

これが空海の主張だと思う。
要するに、空海の主張したところの顕密の違いとは、
悟りの世界の実在を否定したのが顕教。
その実在を主張したのが密教。
ということ。

646 :名無しさん@3周年:04/04/23 15:10
<<644
大バカもの!

いつまでぶら下げているのだ。

放下着!

647 :640:04/04/23 15:26
印可証と印可をわざと混同していらっしゃいませんか?

648 :名無しさん@3周年:04/04/23 15:33
度し難し

649 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 15:40
>>646
大バカもの!

いつまでぶら下げているのだ。

印可証を・・・放下着!
と言うてるではないか?

まあ、そんなことはどうでもいいけどね。
あまり考えないことだよ。
ドキュンが暴れるから・・・これで終了にしなさいね。

650 :646:04/04/23 17:03
印可証と印可をわざと混同していらっしゃいませんか、とうかがっているのですが。

651 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:05
あぁ、失礼な書き方かもしれませんでしたね。
印可状そのものに意味が無いのはわたしも同意します。

それでは伺い方を変えます。

「印可無き悟り」を主張なさいますか?



652 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:08
因果はあるな

653 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:08
無門関というより門外漢

654 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:12
門外漢というより頓珍漢

655 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:15
─- 、::::;;;;;;;;;`゙゙''‐ 、    __,,,,......,,,,_/:::::::::/: !|   また ご冗談を>>644
  . : : : : : : `゙'ヽ、:::゙ヾ´::::::::::::::::::::::`゙゙゙'''‐'、. l|
、、 . : : : : : : : : r'":::::::::::::::::::::::::,r':ぃ::::ヽ::::::::ヽ!                 ,、- 、
.ヽ:゙ヽ; : : : : : :ノ:::::::::::::::::::::;;、-、、゙:::     rー-:'、                /   }¬、
. \::゙、: : : :./::::::::::::::;、-''"::::::::::   ,...,:::,::., :::':、            _,,/,,  ,、.,/   }
   ヽ:ヽ、 /:::::::::::::::::::::::::     _  `゙''‐''"  __,,',,,,___       /~   ヾ::::ツ,、-/
     `ヽ、:::::::::;;;、、--‐‐'''''',,iニ-    _|  、-l、,},,   ̄""'''¬-, '  ''‐-、 .,ノ'゙,i';;;;ツ
   _,,,、-‐l'''"´:::::::'  ,、-'" ,.X,_,,、-v'"''゙''yr-ヽ / ゙゙'ヽ、,    ,.'      j゙,,, ´ 7
,、-''"    .l:::::::::::;、-''"  ,.-'  ゙、""ヾ'r-;;:l  冫、     ヽ、 /    __,,.ノ:::::ヽ. /
       l;、-'゙:   ,/      ゞ=‐'"~゙゙') ./. \    /  '''"/::::;:::;r-''‐ヽ
     ,、‐゙ ヽ:::::..,.r'゙         ,,. ,r/ ./    ヽ.   ,'     '、ノ''"   ノ
   ,、‐'゙     ン;"::::::.       "´ '゙ ´ /      ゙、 ,'            /



656 :名無しさん@3周年:04/04/23 17:27
まさに ガン

657 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 17:42
>>651
それ、おもしろい。机さんの意見をぜひ聞きたい。
それに>>651さん、あなたの意見もぜひ。

658 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 17:51
>>651
>「印可無き悟り」を主張なさいますか?

これは面白いですね。
して、このお題にはいつぞや私が答えておるんですよ。
言語において一つだけ二項対立せんもんがある。
それは何か?
悟る⇔悟らない。これなんだが・・・

いやはや、ついぞ私も書きたくなっちゃうんだが・・・
先ずは貴殿の意見はいかに?


659 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 17:54
>>651
貴殿はよもや印可はあるんでしょうね?
私に問うのですから・・・

印可があって、しかも悟られている。
そういうことでよろしいですか?

660 :とおりすがり:04/04/23 18:09
>>644
>>636とおりすがりさん
>貴殿は、ネタを振っといてスルーしちゃったですか?

>それとも私の公案で開眼なされましたか?

とおりすがりです。
机先生、今、仕事から戻りました。
なんかその道の専門化揃いで思いっきり引いちゃうのですが〜

>印可証に仏性ありや?なきや?

>・・・ほら、もう分かりなしたか?

法身は虚空の如し

十方四方、遍く行き渡る

あなたのように、エキセントリックに印可(証)を拒むまい

↑こんなのでどうでせうか


661 :名無しさん@3周年:04/04/23 18:39
>>625
>アイタタ〜〜★顕教が言語化された仏教??天台止観も、法華も、華厳も
>言語で説明されていても言語を超えたものを示そうとしている。

別に痛がらなくたって。
言葉が法伝達の仮託増広であることくらいは分かりますから。けど、あまり
にも稚拙な一行レスは反省します。
楞伽経にいわく〜釈迦は成道してから涅槃するまで、49年間一字たりとも法
を説かなかったとか。
例えば、目の前にいる牛を示して、牛という。しかし実際は、経験的に知識
として学んできた牛という言語イメージによって認識されただけであり、牛
そのもの自体を認識してるわけではない。
中論には空の理が顕教の最高峰に立つ論理学で顕されています。
して、空の玄義を引き出すのは、瑜伽行中観派であり経量部中観派であり。

そうそう、顕教はwhatでしたよね。
いろいろな定義はあるようですが、釈尊によって説かれた四諦を根本とする
教え。執着、欲望は苦の原因であり、輪廻の原因であるから、その原因を滅
する八正道を実践する。苦と転生の原因を滅し、悪しき因縁を生みだす行為
を放棄したり、抑制する。全体的に個人の行為の制限、身体レヴェル、物質
的次元のレヴェルを放棄するという放棄の道である。顕教の瞑想修行の目標
は、寂静な精神的境地を悟ること。四諦八正道は、原始仏教そのものですが、
大乗仏教というのはこれのバリエーション?人無我から法無我→空を根本に
している。やはり同じ放棄の道です。身・口・意の三つの門でいえば、身。


662 :名無しの言辺 ◆9/.wwDHUOc :04/04/23 18:46
質問箱スレ>>922
大乗菩薩というのは見たことがありませんが、子供と遊び戯れる智者の姿なら
見たことがあります。
子供は何時の時代でも、何処の国の子供でも可愛いです。
その姿に我執はなく、共に楽しく遊んでいるだけですから。私も子供と遊ぶの
はとても楽しい。だけど遊んでばかりでも済みません。

親はなくても子は育つ。とも言われますが、やはり智者を親や教師に持つ子供
は幸いだろうと思います。やはり違いが出ますから。

質の悪い親や教師に囲まれて生きる子供は気の毒に思う。
返り見ると、最近の親や教師は子供達を虐めてしまう人達が増えているよう。
子供達の目覚める自我も、親、教師達に次第に反抗的になって来ています。
双方言い分が通せず捨てられず、なかなか巧くいかず至る所で問題になって
いるようです。

今は名無しですが、以前のHNも御存知のようですね。宜しくお願いします。


663 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 18:50
>>660
例えば二項を抹消する。抹消すると通常の認識活動は不可能ですね。
いわゆる精神分裂病みたいなもんでせうか。

認識活動ってのは言語概念が介在する。ならばその相対概念を相容れねばならん。
即ち、無分別のなかに分別を相容れる。

しかしながらこれは言語概念を否定するものではない。
またこれを肯定するものでもない。
この対立がなきをもって、これを悟り。
つまり悟りとは、対立そのものがない。
よって、悟る⇔悟らない。は対立しない。
こんな私の自論はどうでせうか?

664 :名無しさん@3周年:04/04/23 19:09
>>663
十八番である二項を離れるということですか
離れれば尚更、頑なに構えなくとも…

例えば、孔子が無を殊更に口にするのは、未だ有を離れていないがゆえのこと
離れてしまえば、さほど有も気にならなくなっちゃたりして
対立にしてもしかり、悟る⇔悟らないの対立を離れてしまえば、素直に悟るを
受けいれられる。机龍之介のように、構えがなくなっちゃうから

こんなわちきの持論は如何でせうか?

665 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 20:01
>>664
だから、私は貴殿と同じようなことを>>663で書いたんですよ

そもそもが「貴方は悟ってますか?」。ってお題に、私が答えたもの。

じゃあ「悟ってる」ってのはどういうことなのか?
ってのをカキコしたもの。

人は「悟ってますか?」って問われて、「悟ってますよ」。と答えられるであろうか?
このテーマについてカキコしたものです。

666 :名無しさん@3周年:04/04/23 20:16
>>665
またまた二項ですか?
悟りへの構えが過剰ですね
されど、弥栄!
法身仏はそなたの構えにも遍く遍く
女々しくいつまでも問うこともなし

ほれ、公案にあったでちょ
草履をオツムにのせるやつ
これにて調ふべし

もうレスしないからね
一期一会にグッドバイ

667 :646:04/04/23 20:32
わたしは師家に印可はいただけていません。印可どころか正しく坐れているかどうかも。。。。
で、机さんは御自分で悟られたのですか?

>「悟ってますか?」って問われて、「悟ってますよ」。と答えられるであろうか?
妄語戒を守っているのであれば、悟っています/いません あるいは 悟りが何なのか分からないのでおこたえできません あたりの答えが帰ってくるんじゃないのでしょうか?

668 :名無しさん@3周年:04/04/23 20:33
公案は臨済

669 :名無しさん@3周年:04/04/23 20:42
妄語戒を守っているのであれば2ちゃんねるには来てないはずだが

670 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 21:01
>>663>>664とは同じことじゃないのですか?
机さんは>>665で同じことを認めていますよね。
>>664さんは机さんの説の何がいけないって言ってるのでしょう?
「構える」ってのがいけないって言ってるようだけど、
その本意がよくわからない。

671 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 21:07
それと、すっきりしないのが
「孔子が無を殊更に」云云のところ。
老子か荘子のまちがいかな?
たしか孔子も無為について語ったところが
『論語』の中にあったような気もするけど、
殊更というほどには言ってなかったと思う。
それに、老子、もしくは荘子のまちがいだとしても、
老荘は無為自然を理想とすることを述べてはいるけど、
有の立場に立っての発言しかしていなかったと思う。

672 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 21:18
>>667
白隠の見性体験と同じような体験を精神病患者がしたとする。

白隠の方は→素晴らしい。ってことになるかと思う。
精神病患者は→抗精神薬を処方されて終わり。

双方の類似点は論理的な破綻をきたしてる。
ようは相違点の問題かと思う。

>妄語戒を守っているのであれば、悟っています/いません 
>あるいは 悟りが何なのか分からないのでおこたえできません 
>あたりの答えが帰ってくるんじゃないのでしょうか?

ともすれば答えというのは、非ず(あらず)非ず(非ず)で終止します。
しかしながらこの非ずは論理性を廃する非ずの意。
本意は否定も肯定もできない。

だから「悟ってる」って答えはできないんじゃないでしょうか?
答えたらそれで分別してることになりますから。




673 :名無しさん@3周年:04/04/23 21:21
>>670
>構える」ってのがいけないって言ってるようだけど、
>その本意がよくわからない。

もうレスはしない思ったけれども、
机師は常々、対象化しないということが持論です
しかし、思考というのは常に対象化に向かうものです。
知覚、イメージ、言語化と常にベクトルは対象化に向かっています。
また、机師はどういう訳か、極度の唯識嫌いのようで、禅は中観にありと
仰っています。ま、中観哲学は難しくて、わたしなどに到底極められるも
のではありませんが、言わんとしているのは、言葉の虚構性でしょね。
対象化しないがモットーであるなら、尚更に虚構性としての言語に構えても
いたしかたないという意味であります。ま、机師はだれよりも言葉を愛する
禅者でありますがね。そういうことです。別に悪意はありません。もっと大人
の対応もしなければいけないのでしょうが…


674 :名無しさん@3周年:04/04/23 21:29
>>671
>それと、すっきりしないのが
>「孔子が無を殊更に」云云のところ。
>老子か荘子のまちがいかな?

わたしは生意気にも禅スレなどにカキコしたりしますが、実をいうと、
今までに読んだ禅関係の本は、正直言って 3冊位といったところ
なんです。最近読んだ本ですから、記憶は間違いないでしょう。調べて
おきます。今日は無理ですが、2、3日中にカキコしましょう。


675 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 21:38
>>674
ご親切にレスをいただき、ありがとうございました。
私も今、確認したのですが、
『論語』衛霊公篇に

子曰わく、無為にして治むる者は、それ舜なるか。
それ何をか為さんや。
おのれを恭しくして正しく南面するのみ。

とありました。おそらく、これのことでしょうね。

676 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 21:39
>>673
>また、机師はどういう訳か、極度の唯識嫌いのようで、禅は中観にありと

そもそもが、人牛倶忘において爆発的な大変革があるかと思う。
ここにおいて唯識の考えが一変するかと思う。

私は唯識を否定も肯定もしないですよ。
しかしながら、唯識が仏教の核になるとは思えない。ってことです。

677 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 21:43
>>672
『維摩経』の不二の韜黙ってやつですね。

>>676
きびしー。私は唯識の理屈っぽいところが好きです。
私のような形而下型にはちょうどいい。

678 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 21:49
>>677
>きびしー。私は唯識の理屈っぽいところが好きです。

そうですか。
とどのつまりは認識論へと発展していくのでしょうかね?
中観と唯識は・・・


679 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 21:50
>>678
でしょうね。
認識論の両極ってところになりますかね。

680 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 21:56
>>679
唯識論ていうのは、その底流は人間の願望なんでしょうか?

ならば唯識であってほすい。ってのは心の奥底にはあるかもしれませんね。

まあ、これはいちがいにはいえませんね。
空海は唯識における体系ってのもあるんでしょうから。
こんなこと私が逝ったら失礼になるしね。


681 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 22:03
何か、最終的に納得できる基点のようなものが欲しかったのでしょうね。
人間が神という創造者を設定したように。
それこそ、こんなことを私がいったら、キリスト教徒の人に失礼ですね。
机さんは若き青春のいちぺいじに統一との接触があったそうですけど、
それはやはり、キリストの教えに関わってのことですか?

682 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 22:20
>>681
>何か、最終的に納得できる基点のようなものが欲しかったのでしょうね。

なるほど。
わたしも全く唯識を否定しているわけじゃないんですよ。

>机さんは若き青春のいちぺいじに統一との接触があったそうですけど、
>それはやはり、キリストの教えに関わってのことですか?

キリスト教はそんなに関心はなかったですね。
まあ、多少はあったかもしれませんが。

ようは女子大生と接触がしたかったのです。
いい思い出になりました。
ああいう体験というのはなかなか出来ませんね。



683 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 22:26
虫の知らせ。とか
胸騒ぎ。とか
ユングの集合意識とか、
そういったのは全く否定している訳じゃないんです。

まだまだ未知なることはイパイあります。


684 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/23 22:27
では、このへんでおやすみ。

685 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 22:30
そうですか。若いころは異性に莫大なエネルギーを費やしますからね。
でも、机さんの体験というのは、ちょっと変わってるようですね。
私は最近、かなりキリスト教に関心があります。
聖書を読むときに、いつも仏教を念頭において読んでいるんですけど、
これがメチャクチャおもしろい。なんか、宗教のもつクセのようなものが
見えてくるんです。

686 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/23 22:32
あれれ、今日はおはやいですね。
じゃ、私もこれで失礼します。
おやすみなさい。

687 :kaitabha:04/04/23 22:47
>>真言坊主さん
キリスト教、わたしも関心を持っています。岩波文庫の『福音書』の訳は読み
やすく、また何度読んでも「面白い」。こういうと敬虔なクリスチャンには
叱れるかな。ところで先日、某「神父」が主催するという「座禅会」に参加す
る機会がありました。ZENといえば、NINJYAやYUKUZAなどと同じく欧米で既に
ポピュラーな言葉になっていると聞きますが、彼らクリスチャンが関心を持つ
禅体系が、彼らの眼にどう映じているのかも、興味深いところです。


688 :名無しさん@3周年:04/04/23 23:07
無門関っておもいっきりぶっちゃけて言うと、
「私的体験があればそれで十分だろ?ね?」という教えなんでしょうか?

689 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 05:37
>>688
>「私的体験があればそれで十分だろ?ね?」という教えなんでしょうか?

私的体験そのものにはあまり関係ない。
その体験がきっかけになる。ってことはあったとしてもですね・・。

>無門関っておもいっきりぶっちゃけて言うと、

ぶっちゃけて言えば境界例(精神病)みたいなもんです。
世俗との価値観とは必ずしも合致するもんでもない。
だから分別智ってのが必要なんだろうけど。

色即是空だから、ようするに勝義諦と世俗諦の絶妙なバランス。ってことなんでしょうね。

良寛は世俗諦では殆どビョー気みたいなもんです。
しかしながら勝義諦においては、後世にその素晴らしい生き方を伝えてくれた。

こういう禅僧だから、その評価も分かれるのは当然。


690 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 05:52
>>685
キリスト教は、浄土門に似ているとこがあるでしょうか?

人間というのは自分の意思に関わりなく自然そのものですね(だいじねん)。
生きてる、生かされる、って観点からすれば当然、感謝って気持ちがあるのは自然です。
それが神であったり仏であったり。

たしかに仏教と通じるとこはありますね。

691 :ヲタ:04/04/24 06:10
「マールンキヤ小経」なる経典には、四諦が説かれているのですか?
という事は、八正道もかな?


692 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 07:49
>>691
四諦は仏教の発端(四苦)が基底になるもんですから、経典に説かれていなくても教義の核になるとこです。
だから四法印の一切皆苦は非常に大事なとこです。

ようするに炉リオタは、画像(二次を含む)でセンズリを掻いて・・・
それで何の苦労もないのだったら、
あえて民衆を救済する。などと余計な考えはしないことです。

良寛は子供と遊び戯れる傍で、農民が汗水たらして農作業をしてても「手伝う」とか、
そんな余計なことは一切やりませんでした。

空性の大慈・大悲。それで充分。そこに属性があってはならんのです。by机龍之介





693 :名無しさん@3周年:04/04/24 09:32
○では釈尊が記説したものは何か<四諦(したい)>
マルーンキヤの子よ、「これは苦である」とわたくしは記説した。
マルーンキヤの子よ、「これは苦の生起である」とわたくしは記説した。
マルーンキヤの子よ、「これは苦の止滅である」とわたくしは記説した。
マルーンキヤの子よ、「これは苦止滅に導く道である」とわたくしは記説した。

694 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 10:49
優性思想ってのは、つまりはイイ種だけが継承される。ってこと。

つまり炉リオタが多くなる。ってことはDNAは繁殖を制御してるんだろうね。
子孫を残さず。
つまりはそのまま臨終になるのが、長い歴史から鑑みればベターなんだろう。
まあ、民衆を救済する。などと・・・
考えることもあるまい。
その前に淘汰される。

695 :名無しさん@3周年:04/04/24 10:52
机さんの今日の発言はすべて駄目ですが、何かあったんですか?

696 :名無しさん@3周年:04/04/24 10:55
マールンキヤが、「世界は時間的・空間的に有限か無限か、如来は死後もあるかないか」と詰問した時、釈尊は、毒矢の比喩を述べ、
答えを拒絶されます(パーリ・ニカーヤ中部第六三経)。ご存知のとおり、
無記の最も有名な記述です。
無記を、経験的思考の及ぶ範囲とその先の神秘的形而上学とを明確に区別する態度として高く評価しておられますが、私としては、
無記よりも、無我=縁起こそが重要です。釈尊が答えを拒否されたのは、マールンキヤの質問へのいかなる答えも梵行他の修行や
涅槃に資することがないからであって、分からない、知らないと言っておられる訳ではありません。
 同じくパーリ・ニカーヤ中部の第七二経では、釈尊はヴァッチャゴッタの同様の質問に「火のたとえ」で答えておられます。
「火は何によって燃えるか?」「薪によって」「火が消えたら、その火はどこへ去ったのか?」「薪が燃え尽き加えられなければ、
火はただ消えるのみ。どこへ行くのでも行かないのでもない。」 この話の終盤は、如来は色受想行識それぞれが断たれている
(=薪が尽きている)から、根幹を断たれた樹のように未来に生起しない、という内容で、如来に限定した話かもしれません。
しかし、ともかく、後生の明白な否定ではないでしょうか。火、炎は、「あたりまえ、、、」本文にも書きましたが、無我=縁起
を説明するもっとも分かりやすい事例だと思います。


697 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 11:03
>>695
仏教とは、空性に留まることではないよ。
現実をしっかり受け止めることが一番大事なことだよ。即今即所。

現実から逃げては、もはや法はあるまい。


698 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/24 11:05
>>687
kaitabhaさん
はじめまして。密教系スレでのご発言、いつも拝見しています。
でも、お話するのはこれがはじめてですね。
たしか…NBさんが呪術の現代的意義について質問したご相手が
kaitabhaさんではなかったでしたっけ?
実は、私が机さんにこの話をもちかけて議論しているうちに
NBさんもあらわれて、話題がとんでもない方向に展開していって、
ものすごい充実した勉強ができた(私一人の思いこみかもしれませんが)、
ということがつい先日にありました。私も最近はすっかり
机さんのスレにはまってしまって、いつも顔を出しておじゃましています。

聖書は私は定番の新共同訳を利用しています。
でも、岩波本がそんなにおもしろいのでしたら、
一度、読んでみたいと思います。訳によって、読んだときの印象は
ぜんぜん違いますからね。

699 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/24 11:12
>>690
質問です。
これまでの机さんの発言からしますと、
禅においてはこの「感謝」という気持ちはなかなか出てこないような
気がするのですが、いかがでしょうか。
また、かりに感謝をするということもあるというのであれば、
禅の観点からすれば、どのような形で行なわれなくてはならないでしょうか。

700 :名無しさん@3周年:04/04/24 11:14
697
仏教は現実世界に飲まれることなく、
真理(法)を極めることによって
あらゆるものの目的と原因を探り
現実世界に左右されることなく生きることのできる
確かな自分を見出すためのもの

701 :真言坊主 ◆WU311ujDWk :04/04/24 11:14
すいません。
>>699の質問は取り消しです。
すでに>>690に答えが出ていました。
失礼しました。

702 :名無しさん@3周年:04/04/24 11:23
きょう、2chに書き込む前に買い物に出まして、そこにエビスの黒ビールが
あったのですが…。
喉から手が出かかったのですが止めておきました。
実は私、ある種の病気持ちでして、残念ながら特に好きなビール系がその為には
良くないとされているのですよ。
それで、この頃実際に飲むのは焼酎が多くなりました。
もっとも、自分自身薬を飲む以外で日常意識する事はほとんどありませんし、
周りの人も言わなければ分からないような種類のものなんですが。


703 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 11:43
>>700
禅とは何たるや?
これを表現するために、ある僧が指を一本立てる。
この意は、
今ここ、ここを通過(透過)なされ。無門の関へ・・。

いわゆる仏教というのは非常にリアル。
つまり、リアルとは見えにくいもんじゃよ。

704 :名無しさん@3周年:04/04/24 19:06
菩薩の種族は自分の徳性を見せびらかすことなく、隠しているものです。
ところが普通の人々は自らの徳性を外にみせびらかすものです。腹の底
では馬鹿にしながら、表面上は尊敬している様子をよそおい、おべっか
を使うのは、その相手が徳性を欠いているしるしです。

705 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 19:27
菩薩とは、涅槃寂静、今ここに戯れるその姿そのものが菩薩なんですね。

普通のことです。
特別なことでは決してない。


706 :名無しさん@3周年:04/04/24 19:59
よくわからない。

707 :kaitabha:04/04/24 20:03
>>真言坊主さん レス有難うございます。先のスレではかなりヒートアップしていま
したね。ご指摘の通りNBさんとは一度意見を交換させて頂きました。先に顕密の関係
について回帰という軸で考えてみようとした由で、625を書き込んだのもわたしです。
机先生と真言坊主さん、NBさんのダイアローグはわたしにとって非常に刺激になりま
す。これからも拝見させていただきますので宜しくお願いします。割り込み済みませ
んでした。どうぞお話をお続け下さい。

708 :名無しさん@3周年:04/04/24 20:06
二項を離れよと常に口にするものは、
実は二項を離れていないのです
普通 VS 特別を致命的に対象化するひとは、
いつまでも二元的言語の呪縛からはなれることは出来ません



709 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 20:16
>>706
本来、仏なら。→即心即仏
作仏することはない。→非心非仏

菩薩になるのではない。→瓦を磨いても鏡にはならない。
菩薩であった。→瓦は瓦のままで菩薩なり。
>>707
>これからも拝見させていただきますので宜しくお願いします。割り込み済みませ
んでした。どうぞお話をお続け下さい。

こちらこそよろしく。
いろいろお話を聞きとう存じまふ。

710 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 20:22
>>708
空性に執着するは是、正見にあらず。
二諦に依りて調ふは仏道の常道。

色即是空  空即是色

不一不二にてそうらえ。

711 :名無しさん@3周年:04/04/24 20:25
>瓦を磨いても鏡にはならない。

瓦を磨き続けた禅僧もいることだし、
いいではないか
原理主義的解答は、禅の気風を一番に欺く
無碍自在なる錬金術こそ、無依の道人なり

712 :名無しさん@3周年:04/04/24 20:30
>>711
ぶんなぐってやるのが正しいのかな?

713 :名無しさん@3周年:04/04/24 20:31
>>710
>空性に執着するは是、正見にあらず。

空性を透過すれば、そこは空性

714 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 20:35
>>711
>瓦を磨き続けた禅僧もいることだし、

その人は北の方へ逝った。

>原理主義的解答は、禅の気風を一番に欺く

なるほど、それも一理あり。

715 :名無しさん@3周年:04/04/24 20:41
>>714
もっと構えるかとおもったよ

これから所要で出かけるゆえ、これまで

716 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 20:47
>>715
>もっと構えるかとおもったよ

磨くも、磨かざるも同義。
相が違う。

明鏡台を払拭(神秀)するは差別相。

簡単に言えば・・。

717 :名無しさん@3周年:04/04/24 21:48
じゃあ、ロリを抱くも、ロリを抱かざるも同義?

718 :名無しさん@3周年:04/04/24 21:50
>菩薩であった。→瓦は瓦のままで菩薩なり。

瓦は瓦。

鏡は鏡。

元々鏡であって、瓦ではないものだが、
瓦のように見えているのは余分なものを身につけたから。
瓦のように見えても鏡は磨けば鏡にもどる。
そういう意味なのに、
どうして君は、「瓦→菩薩」「瓦のままでよし」
と思ったのですか?誰がそんなことを言ったのですか?
文句を言いたいのでソースを教えてください。

719 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 22:06
>>718
瓦ってのは仏性を象徴的に言ったもんだね。
人はときとして、自らの仏性を磨こう(努力)とする。

もともと自らにあるものをどうして磨こうとするのか?
ってことだね。
直指人心。→自らを指し示せ。
平常心是道。→仏道とは目的をもつ、ということには属さない。
ようするに、作仏することなかれ。
仏に逢おたら殺してしまえ。ってことだよ。


720 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:06
必死でググり中

721 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:07
>どうして君は、「瓦→菩薩」「瓦のままでよし」
>と思ったのですか?誰がそんなことを言ったのですか?
>文句を言いたいのでソースを教えてください。

いつも通り、都合の悪いのはスルー。

722 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 22:08
では、これにて寝るよ。
レスは明日つける。

723 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:09
ロリを抱くも、ロリを抱かざるも同義?

724 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:10
幼女を抱いても空、幼女を抱かずとも空。

725 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:12
抱いてもいいが食うのは駄目

726 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 22:12
>>721
>いつも通り、都合の悪いのはスルー。
____________________
本来、仏なら。→即心即仏
作仏することはない。→非心非仏
____________________
私はちゃんと答えを書いてあるだろ。
何故文意を読めないんだろ?


727 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:13
>誰がそんなことを言ったのですか?
>文句を言いたいのでソースを教えてください。

いつも通り、都合の悪いのはスルー。

728 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/24 22:16
>>727
>誰がそんなことを言ったのですか?

禅宗においてはイロハのことだよ。
いまさらながら言うこともあるまい。
有名なことゆえ、知らんもんはいないよ。

729 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:17

>誰がそんなことを言ったのですか?

730 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:19
「壇経」の冒頭

原(たず)ぬるにそれ、真如・仏性は本(も)と人心に在り、
心正しければ則ち諸境侵し難く、心邪なれば即ち衆塵染め易し

原夫 真如仏性 本在人心 心正則諸境難侵 心邪則衆塵易染

731 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:22
トリップ入れ忘れですか?

732 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:23
ロリを抱くも、ロリを抱かざるも同義?

733 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:24
机先生、

【自性清浄心、客塵煩悩染】の教理を解説してください

734 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:25
二項です

735 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:25
一如です

736 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:26
不一不二です

737 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:35
机先生に吟味していただきたいのです

「壇経」の冒頭

原(たず)ぬるにそれ、真如・仏性は本(も)と人心に在り、
心正しければ則ち諸境侵し難く、心邪なれば即ち衆塵染め易し

原夫 真如仏性 本在人心 心正則諸境難侵 心邪則衆塵易染


738 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:36
734 :名無しさん@3周年 :04/04/24 22:25
二項です

735 :名無しさん@3周年 :04/04/24 22:25
一如です

736 :名無しさん@3周年 :04/04/24 22:26
不一不二です

739 :名無しさん@3周年:04/04/24 22:38
論外です

740 :名無しさん@3周年:04/04/24 23:10
慮外です 

741 :名無しさん@3周年:04/04/24 23:15
結局はいつもはったりとんちんかん

されど、同調者もいるみたいだから、仏教は奥が深い?

枯れ木に花を咲かせられるひとこそ、真の仏道修行者?

742 :名無しさん@3周年:04/04/24 23:58
>枯れ木に花を咲かせられるひとこそ、真の仏道修行者?

イキナリ第10段階ですね。まず尋牛見牛、牧牛から。。。。

743 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/25 06:09
>>737
>机先生に吟味していただきたいのです

拙者が吟味するには及ばず。
貴殿が仏ならずんば、貴殿の心に尋ねることだ。
読んで字の如し。

仏道とは己を習うことなり。by道元

>>741
>枯れ木に花を咲かせられるひとこそ、真の仏道修行者?

枯れ木ならずんば、花を咲かすことはありえない。あたりまえのこと。

あたりまえのことを、あたりまえ、と知る。これを慧眼。



744 :名無しさん@3周年:04/04/25 06:16
枯れ木に花は咲かないのがあたりまえ。枯れてるんだから。

745 :名無しさん@3周年:04/04/25 07:08
>>703
それを見た小僧が真似をした時、老師はどうしたかね?
で、机氏は老師の位にあるのか、まねをした小僧の位にあるのか。

746 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/25 07:48
>>745
>それを見た小僧が真似をした時、老師はどうしたかね?

私に問うこともあるまい。
すでに答えは貴殿の胸の内にあり。

>で、机氏は老師の位にあるのか、まねをした小僧の位にあるのか。

貴殿は、何故にさような分別が生起するや?
迷う事なくどうか透過なされましm(__)m

747 :名無しさん@3周年:04/04/25 08:53
やっぱりとんちんかん。若いときにカルトに壊されたこころは復旧しないのね。

748 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/25 11:44
>やっぱりとんちんかん。若いときにカルトに壊されたこころは復旧しないのね。

人間の心などアヤフヤなもんだよ。
認識はひとつの断面に過ぎない。
断面ひとつで、赤ちゃんのオシメでもセンズリ掻くことができるんだよ。

貴殿はオシメの臭いを嗅いでセンズリしたことはありますか?

749 :名無しさん@3周年:04/04/25 12:52
吉祥吉祥 大吉祥

750 :机龍之介 ◆8Z1PfzdK1. :04/04/25 18:38
>>717
>じゃあ、ロリを抱くも、ロリを抱かざるも同義?

これは同義ではない。
世俗諦において相反する。

本来無一物(勝義諦)⇔心は動く(世俗諦)。・・・これは同義。by慧能
相が違う。




751 :名無しさん@3周年:04/04/28 08:59
以下は
☆卍 仏教質問箱@机質問スレ 卍☆パート10
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1082964964/l50

でお願いします


752 :名無しさん@3周年:04/04/29 20:43
↑↑↑削除されたもようです↑↑↑

753 :名無しさん@3周年:04/04/29 21:01
>>752
机氏は、たらい回しされてるのではないでしょうか?

困りましたね。
こんなことになっては。

754 :名無しさん@3周年:04/04/29 21:27
隔離スレが潰され、挙句が別ハンドルで暴れています。




透過されたし。 (火暴

755 :名無しさん@3周年:04/04/29 21:40
>>754
机氏のレスを楽しみにしてましたけど、スレが潰されては困りましたね。

756 :名無しさん@3周年:04/05/05 19:33
れんきゅうあげ

757 :名無しさん@3周年:04/05/12 14:36
あらあら

758 :名無しの言辺 ◆9/.wwDHUOc :04/05/15 09:20
※私信
机さんには他スレでガッカリさせてしまったかもしれませんね。悪気はないの
ですが、禅者批判、無分別批判が少しよくなかったかもしれません…。
ご気分を悪くされたのなら、ここにお詫びを申し上げておきます。


759 :名無しさん@3周年:04/05/28 20:18 ID:a39k/NJw

       ホシュ  


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